競馬ブック> 体調のバロメーター ~馬体重のお話

第 29 回 「体調のバロメーター ~馬体重のお話~」
横田 貞夫 (よこた さだお)―――――――――――――――――――――――
栗東トレーニング・センター
競走馬診療所 所長。
昭和35年生まれ。
岐阜大学大学院 農学研究科
獣医学専攻を修了し、
1984年日本中央競馬会
(現JRA)入会。
美浦トレーニング・センター
競走馬診療所に7年、
栗東トレーニング・センター
競走馬診療所に8年、
JRA本部
馬事部防疫課・獣医課に
11年勤務して、
2010年3月から現職。
前回のコラムでは「ウマの歯医者事情」について
香港競馬では当時、出走当日と出走前々日の2回
紹介しましたが、サラブレッドの歯の本数が牡馬と
にわたり馬体重が測定されていたこともあり(現在
牝馬で異なっているのはご存知でしょうか?牝馬は
は香港競馬では出走当日の馬体重は測定されていま
切歯・前臼歯・後臼歯の合計が36本ですが、牡馬に
せん)
、JRAでも検討が進められ、平成20年からは
は上顎・下顎にそれぞれ左右の犬歯があるので合計
GⅠ競走出走馬については出走週の水曜または木曜
40本あります。ヒトやサルの歯は32本です。3月に
の調教後馬体重を発表することにしています。
は獣医師の国家試験が行われますが、動物の種類に
こうして発表される調教後の馬体重は、実際の出
よって異なる歯の本数や構成を国家試験に向けて記
走時の馬体重とは多少の差が生じます。特に栗東ト
憶するのは大変です。
レセンから関東の競馬場に遠征する場合などでは、長
さて、今回は競走馬の体調のバロメーターでもあ
る馬体重について紹介したいと思います。
~競馬出走時の馬体重~
距離輸送による馬体重減を見込んで多少余裕残しで
調整するため、出走時の馬体重よりやや重めの馬体
重で発表されることもあります。先々週のフェブラ
リー S に出走したワンダーアキュート号は、輸送減
以前、本コラムにおいて競走馬診療所が競馬開催
りする体質なので調教後馬体重はいつも出走時の馬
日に担当する業務を紹介しましたが、出走馬が競馬
体重よりも重めです。今回も出走時の馬体重518kg
場で最初にチェックされるのが、出走70分前(日本
に対して、調教後馬体重は+16kg の534kg でした。
ダービーと有馬記念は出走90分前)までに入所が義
このように調教後馬体重は出走当日の馬体重に比べ
務付けられている装鞍所での馬体重です。競馬ファ
て多少の増減はありますが、前日発売が行われるG
ンの皆様にはお馴染みの馬体重ですが、出走馬は縦
Ⅰ競走で予想ファクターが多くなるのは、競馬ファ
2.1m×横1.2mほどの計量台(馬衡器と呼んでいま
ンの皆様にも良いことと考えています。
ば こ う き
す)の上に乗って馬体重が計量されます。競馬開催
日の朝早くには、馬衡器の表示が正しいかどうかが
おもり
専門の秤屋さんによって実際に錘を載せてチェック
されています。
~馬体重の日内変動~
今年初めは思わぬ雪の影響で、1回中山競馬第5
日目の第5競走以降が出馬投票をやり直して続行競
この馬衡器に乗るときに、慣れている出走経験馬
馬として施行されました。初めて続行競馬となった
は落ち着いたものですが、初めて競馬に出走する競
のは平成8年の第3回新潟競馬第2日目第6競走以
走馬や、入れ込み癖のある競走馬は馬衡器の上でじ
降でしたが、この時には関東馬も関西馬も全出走馬
っとすることができず、なだめながら計量すること
が新潟競馬場に滞在しており、公正確保上問題がな
になります。馬体が動いている間は馬衡器の数字が
いということから同じ出馬表での出走となりました。
落ち着かず、競走馬が静止する僅かなタイミングで
数字を読み取ります。
この時に競馬ファンの間で話題となったのが、馬
体重でした。同じレースなのに、中止となった一日
競馬ファンの皆様が注目されるように、馬体重の
前の馬体重と当日の馬体重が異なるという話になっ
増減については出走馬の担当厩務員も敏感に反応し
たのです。実際のところ、前日に馬体重が発表され
ます。馬体を絞ってきたつもりなのにプラス体重で
て中止となった3レース32頭のうち、同じ馬体重で
あったり、余裕残しのつもりで仕上げてきたのにマ
あったものは8頭、前日に比べて10kg 以上の差が出
イナス体重であったりすると、今一度、馬体重のチ
たものは2頭いました。ヒトでもそうですが、馬体
ェックを求められることもあります。
重は日内変動をしています。かつて競走馬総合研究
競馬出走時の馬体重は、レース出走の70分前に毎
所で馬体重の日内変動の調査を行ったことがありま
回測定されることからほぼ同じ数字となりますが、前
すが、一日のうちに最大で18kg、最小で10kg、平均
走からしばらく出走間隔が空いていたりすると体重
すると12.6kg の変動があることが判っています。
に20kg 以上の変動がある場合があります。このよう
新潟競馬場における初めての続行競馬では、
「馬の
な時には馬体重の増減の理由(例えば食欲が良好で
体調や馬場状態が変更になることもあり、買った時
あったとか食不振であったとか)を確認し、必要に
と条件が違う」というご意見もあり、現在では勝ち
応じて再度計量する場合もあります。
馬投票券を発売した競走を中止する場合は、出馬投
~馬体重の早期計量~
このように競馬ファンの皆様に馬体重が発表され
る前には、注意深く確認作業が行われていますが、G
Ⅰ競走出走馬に馬体重の増減が大きくあることが競
走当日になって判ると、競馬ファンの皆様の予想の
ファクターが揺らぐことになります。
かつてマルゼンスキーの再来と呼ばれたグラスワ
ンダー号が有馬記念に向けて調整されていた時に、競
馬出走時の馬体重は前走の毎日王冠からプラス12kg、
続く日経賞ではプラス18kg ということで馬体重のこ
とが競馬ファンの間でも話題になりました。
票をやり直して施行することになっています。
次回は本コラムの最終回となります。今年の秋に
完成予定の新しい競走馬診療所について紹介したい
と思います。
現在は各競馬場の
馬衡器も写真にある
ようにデジタル表示
となりました。アナ
ログ式(針で表示)
の馬衡器の時代には、
馬の動きで揺れる針
先が静止するタイミ
ングを計って体重を
読み取っていました。
次回は3月18日発行号