コラム:競馬ブック> 競走馬の眼病 ~創傷性角膜炎のお話

第 27 回 「競走馬の眼病 ~創傷性角膜炎のお話~」
遅ればせながら新年明けましておめでとうござい
ます。年末年始の競走馬診療所は例年より重患馬や
緊急の手術馬が多く、あわただしい年始を迎えてお
ります。
さて、
「創傷性角膜炎」という言葉を耳にされた方
になることもあり、最悪の場合には失明してしまう
場合もあります。レース出走後は肢元のケアだけで
膜が傷ついた状態を指しますが、時には失明するこ
なく、眼のケアをすることも大切です。
横田 貞夫 (よこた さだお)―――――――――――――――――――――――
~創傷性角膜炎~
競走馬の眼病といえば、ウマ属特有の病気があり
ます。最近は駆虫薬の投与が行き渡って発症は少な
ゴルフのショットで芝が削られるように、前馬が蹴
くなりましたが、「溷晴虫症」という病気があります。
り上げた草履ほどの大きさの芝生が後続の競走馬の
秋が好発時期なのですが、ある日突然、ウマが目を
顔を直撃することもあります。騎手はゴーグルやプ
しょぼつかせているということで診察すると、眼の
ラスチック製のバイザーで眼を守ることができます
眼房水の中を白い糸状のものが動き回っているので
が、競走馬の眼にはまともに砂が直撃します。
す。牛の寄生虫である指状糸条虫が誤ってウマに感
レースを終えた競走馬の眼を入浴剤にも用いられ
染(異種感染と呼ばれています)すると、時として
ているフルオレセインという黄色い特殊な蛍光色素
神経索を伝わって眼房水の中に現れるもので、その
で染めてみると、角膜の表面上に細かな傷が付いて
ままにしておくと眼房水は白濁し、虫体が確認でき
いることがわかります。そのため、本コラムで以前
なくなります。かつては毎年秋には何件かの発生が
紹介したように、レースを終えた競走馬は競走馬診
ありましたが、現在は進歩した駆虫薬のプログラム
療所において眼を洗った後に眼軟膏が点眼されます。
が浸透した甲斐もあり、ほとんど発生を見なくなり
レースに出走した競走馬の角膜表面には微細な傷
本病の治療は虫体を取り除くことです。鎮静処置
題になることはありません。しかし、稀に角膜表面
を施した後に角膜の表面を針で穿刺して虫体を除去
が砂などによって大きめに傷ついたりすることがあ
するということをしていましたが、不慮の事故を防
ります。こうなるとレース翌日から明るい光を嫌が
ぐために最近は全身麻酔下で処置を行っています。
って眼を細めたり涙を流したりします。このような
本病は虫体を取り除くことができれば、あとは角膜
症状を示した時に、先に紹介したフルオレセイン試
表面の創が癒えるのを待つだけで、予後は良好です。
験紙で角膜表面を染めてみると、角膜表面が大きく
サラブレッドの眼球の大きさは直径45mm もあり
傷ついていたり、小さいながらも深く傷ついている
ます。ヒトの眼球の直径が24mm であることを考え
ことが確認できますが、このような状態を 「創傷性
ると相当大きいことが判ります。競走馬の眼が愛く
角膜炎」 と呼んでいます。
るしく見えるのは大きな眼のほとんどが黒目に見え
れたり、ヒトが目をこするように馬房の壁に目をこ
以上の長期間を要することになります。
JRA本部
馬事部防疫課・獣医課に
りんがん
を取り囲んでいるもの(輪眼と呼びます)や、黒い
部分のうち虹彩の色素が欠乏して青く見えるもの
さ
め
(魚目と呼びます)もあります。
次回は、
「ウマの歯医者さん」について紹介したい
と思います。
右は競走馬用
のコンタクトレ
ンズです。左の
ヒト用コンタク
トレンズに比較
していかに大き
いかが判ります。
す。不幸にも傷が細菌に感染したりすると角膜潰瘍
など重篤な症状になる場合があり、治療には一ヶ月
競走馬診療所に8年、
るからでしょうが、なかには白目の部分が瞳の周り
すったりすると、時には傷が大きくなってしまいま
1984年日本中央競馬会
競走馬診療所に7年、
ました。
は生じますが、レース後に洗点眼することもあり問
獣医学専攻を修了し、
栗東トレーニング・センター
こんせいちゅうしょう
~溷 晴 虫 症 ~
砂は後続の馬や騎手を直撃します。芝のレースでは
ますが、発見が1日でも遅れて治療の開始時期が遅
美浦トレーニング・センター
ることが可能です。
ます。レースの途中で前を走る競走馬が蹴り上げた
「創傷性角膜炎」は厩舎関係者によって早期に発見
(現JRA)入会。
1眼を失明した場合には、平地競走に限って出走す
になっている写真をご覧になった方も多いかと思い
され、適切な治療を速やかに受ければ数日で治癒し
岐阜大学大学院 農学研究科
JRAのルールでは失明した馬は出走できないと
定められていますが、競走馬として登録された後に
レースを終えたばかりの競走馬の顔面が砂まみれ
~ 「創傷性角膜炎」 の治療~
昭和35年生まれ。
創傷性角膜炎は治療の開始が遅れると病態がどん
も多いのではないかと思います。文字どおり眼の角
紹介したいと思います。
競走馬診療所 所長。
ンタクトレンズを装着することもあります。
どん悪くなり、角膜潰瘍から角膜穿孔といった状態
とにもなる病気です。今回は競走馬の眼病について
栗東トレーニング・センター
にします。また、角膜を保護する目的で治療用のコ
角膜の表面上は乾燥を防ぐために常に涙液が流れ
ていることから、ヒトの眼病でもそうですが治療薬
を点眼しても流れてしまいます。そこで点眼薬など
は一日に何度も点眼しなければなりません。ヒトと
違って競走馬に一日に何度も点眼するように言って
11年勤務して、
も無理な話ですので、重度の創傷性角膜炎に対して
2010年3月から現職。
はシュアフューザーと呼ばれる収縮性のあるゴム風
船の小さなものに薬液を充填して、瞼の裏に取り付
けた極細のパイプから点眼薬が持続的に流れるよう
ある日突然、競走馬が眼をしょ
ぼつかせていると思って見てみる
と、眼の中を白い糸状の寄生虫
が泳ぎまわっている(矢印は寄生
虫を指しています)ので厩舎関係
者はびっくりします。かつてはJR
Aの施設内で毎年何頭かの発生
がありましたが、駆虫薬の進歩で
その発生数は激減し、最近5年間
では3頭の発生しかありません。
次回は2月4日発行号