金融派生商品論 補足 — Black の公式について —

金融派生商品論 補足
— Black の公式について —
2003 年 11 月 18 日,高岡浩一郎∗
M. Baxter & A. Rennie 著 Financial Calculus (Cambridge University
Press, 1996) の記述に基づき,リスク中立確率 Q の下で原資産価格 S(T ) が
対数正規分布に従っているようなモデルにおいて(ほとんどいつもと言って
良いくらい)しばしば成立する Black の公式について解説します.
• 配当がない株式のオプション価格に関する通常の Black-Scholes 式は,
この Black の公式に書き換えることができます.
• 外国為替オプション(上記の Baxter-Rennie の本 §4.1)
• 配当付き株式のオプション(同 §4.2.連続配当のケースでも,定期的
に配当が支払われるケースでも.
)
• クオント・オプション(同 §4.5)
• マルチファクターモデルでのオプション価格(同 §6.2)
• 割引債オプションに関しても,Ho-Lee モデルや Vasicek モデルという
(同
金利モデルの下では,e−rT を割引債価格に置き換えたものが成立.
p. 169, 訳書では p. 218.有名な CIR モデルでは,残念ながら不成立
です.
)
• 先物オプションについても成り立ちます(Hull の本の第 12 章を参照
のこと).歴史的には,まず Black が先物オプションについてこの公式
を示し,その後,汎用性の高さが明らかになってきたようです.
本稿の概要. まず第1節で,多少限定された設定下ではありますが定理の主
張を述べます.そこで定義された F という量がなぜ先渡し価格とみなせるか
などについてのコメントや注が第2節です.第3節では定理を証明するため
の補題を示し,第4節で定理を証明します.
∗ 一橋大学大学院商学研究科.Email:
[email protected]
1
1
Black の公式
仮定.
以下の2点を仮定する.
• ニュメレールは B(t) = ert と,確定的に変動する.
(この仮定はある
程度緩めることができますが,本稿ではこの設定下で解説します.
)
• リスク中立確率 Q の下で,満期における原資産価格 S(T ) の分布が対
数正規分布である.
(この仮定は落とせない.
)
記号の準備.
log S(T ) の分散を
1
T
倍して平方根をとったものを σ̄ と記す
ことにします.σ̄ は期間ボラティリティ (term volatility) と呼ばれています.
【つまり, log S(T ) の分散が σ̄ 2 T であるということ.例えば,Q の下で
S(t) = exp σ W (t) + η t ならば log S(T ) = σ W (T ) + η T なので,分
散は σ 2 T となり,期間ボラティリティは通常のボラティリティ σ と一致し
ます.
】
定理.
上記の設定下で,
+ S(T ) − K
Q
= e−rT F Φ(d+ ) − K Φ(d− )
E
B(T )
が成立する.ただし
d±
F
2
注1
F ± 1 σ̄ 2 T
√ 2
,
σ̄ T
def
log
def
E Q S(T ) .
=
=
K
コメント,注
ニュメールが確率的に変動するケースも含め一般的な設定下での解
説は,本稿冒頭に挙げた Baxter-Rennie の本の §6.2 を参照して下さい.
注2
上で定義した F がなぜ「先渡し価格」とみなせるかを説明します.
満期 T において原資産1単位を k 円で買うことを,ゼロ時点で契約するこ
とを考えます(受け渡し価格 k の先渡し).ゼロ時点での契約価値は
Q S(T ) − k
E
= e−rT E Q S(T ) − k
B(T )
となりますが,実際の市場ではゼロ時点で予約するだけでお金のやりとりは
しない,つまりこの契約価値が 0 になるような k = E Q S(T ) が先渡し
価格として選ばれる訳です.
注3
金利の CIR モデルにおいては,割引債価格の分布は対数正規分布で
はありません.この定理の適用範囲外です.
2
3
定理の証明に用いる補題
補題.
確率変数 Z の分布は標準正規分布であるとする.このとき任意の実
数 x と y に対し
E exp yZ −
y2
2
= Φ(x + y)
I{Z>−x}
が成立する.
ただし一般に IA とは,事象 A が起これば 1 という値,事象 A が起こら
なければ 0 という値を取る関数で,A の定義関数 (indicator function) と呼
ばれています.1A と記すこともあります. また,上式の左辺を
2 E exp yZ − y2 ; Z > −x
と記すこともあります(セミコロンで分ける).
注.
y = 0 の時に補題が成立することはすぐ分かると思います.また,x =
±∞ の時も成り立ちます.
補題の証明.
左辺
∞
=
−x
∞
=
−x
eyz−
∞
−x−y
x+y
=
−∞
z2 1
√
exp −
dz
2
2π
(変数変換)
z2 1
√
dz
exp −
2
2π
2
= 右辺.
4
z2
1
· √ e− 2 dz
2π
(z − y)2 1
√
dz
exp −
2
2π
=
y2
2
定理の証明
見やすくするため,2つのステップに分けて証明します.
Step 1.
S(T ) を
S(T ) = F exp yZ −
y2
2
(∗)
の形に書き表せることを示します.ただし,確率変数 Z は確率 Q の下で標
準正規分布に従うものとし,また
def
y = σ̄
3
√
T.
なぜなら,log S(T ) (確率 Q の下で正規分布になる)の期待値を m と記す
ことにすると,標準偏差は仮定より y だから
log S(T ) = m + y Z
の形に書け,
S(T ) = em eyZ
となるが,確率 Q の下でこの両辺の期待値を取ると
F = em e
y2
2
.
最後の2式から em を消去すると,(∗) を得ます.
Step 2.
本題の証明.
+ S(T ) − K
Q
E
= e−rT E Q S(T ) − K I{S(T )>K}
B(T )
= e−rT
= e−rT
E Q S(T ) I{S(T )>K} − E Q K I{S(T )>K}
2 F · E Q exp yZ − y2 I{S(T )>K}
− K · E Q I{S(T )>K}
.
最後の等号は,Step 1 の議論から成立します.ここで
S(T ) > K
⇐⇒
exp yZ −
⇐⇒
Z > −d−
y2
2
>
K
F
が成り立つので,
(∗∗) = e−rT
= e−rT
= e−rT
2 F · E Q exp yZ − y2 I{Z>−d− }
− K · E Q I{Z>−d− }
F Φ( d− + y ) − K Φ(d− )
F Φ(d+ ) − K Φ(d− )
4
.
(補題より)
2
(∗∗)