疾患別説明書:中枢神経系の感染症(INF-70)

疾患別説明書:中枢神経系の感染症(INF-70)
船橋市立医療センター脳神経外科(2002 年 7 月 15 日作成)
1) 中枢神経系の感染症の種類
(当院の統計:1983-2001 年
ウイルス性脳炎 14% (単純ヘルペス脳炎が 4%)
N=274)
細菌性髄膜炎 9%
その他 7%
ウイルス性髄膜炎 49%
真菌性髄膜炎 1%
結核性髄膜炎 1%
頭蓋内膿瘍 13%
静脈洞血栓症 5.5%
(脳膿瘍 9.5%、硬膜下膿瘍 2.2%、硬膜外膿瘍 1.5%)
2) 髄膜炎・脳炎の診断
炎症部位
髄膜炎
脳炎
症状
くも膜と軟 ①発熱、②頭痛・嘔気などの頭蓋内圧亢進症状、③項部硬直などの髄膜刺
膜の炎症
激症状
脳実質
上記①、②、③に次の脳実質障害による症状が加わる:④意識障害、精神症
の炎症
状(異常行動、見当識障害、興奮、錯乱)、けいれん、麻痺など
髄膜炎や脳炎の診断のためには、腰椎穿刺を行
い脳脊髄液(髄液)を検査することが必要
側臥位で腰椎穿刺
座位で腰椎穿刺
髄液検査
外観
髄液圧
細胞数
蛋白
糖
単核球優位の細胞増多
正常では細胞は血液脳関
多核球優位の細胞増多
門を通過できない。した
クロール
がって正常では髄液中に
侵入してきた病原微生物を攻撃するために好中球
培養など
細胞はほとんどみられな
い(5/mm3 以下)
(多核球)やリンパ球(単核球)が血液脳関門を超
えて髄液に入ってくる。
-1-
髄液圧
細胞数
蛋白
糖
【正常値】
【50∼150
mmH 2 O】
【5/mm3 以下】
【15∼45mg/dl】
【50∼75mg/dl,
の 2/3】
ウイルス性
↑
単核球↑
↑
→
(50∼500mg/dl)
●急性期に髄液糖/
血糖値比が 0.5 以下に
なることあり
↑↑
↓↓
(30-500/mm3 ,1000/mm3 以上に
なることはない)
● 急性期においてときに
多核球優位になることあり
細菌性
結核性
真菌性
↑
↑
↑
多核球↑↑
(500/mm3 以上、
(50∼1000mg/dl)
1000/mm3 を超えることもある)
(0∼20mg/dl)
単核球↑
↑
↓
(30-500/mm3 )
(50∼500mg/dl)
(40mg/dl 以下)
単核球↑
↑
↓
(30-500/mm3 )
(50∼500mg/dl)
(40mg/dl 以下)
血糖値
3) 中枢神経系感染症の経過
(1)無菌性髄膜炎(ウイルス性髄膜炎)
症状
【原因ウイルス】エンテ
ロウイルス(コクサッキ
―
血行性
+
ー、エコーなど)が約
2/3、ムンプスウイルス
が 5%、単純ヘルペスウ
死亡
イルスが 2%を占めてい
た。その他、麻疹、風疹、
水痘、帯状疱疹、日本脳
炎などのウイルスが原
因となる。
【経過】急性の経過(1∼7 日)で①発熱(37∼38℃)、②頭痛・嘔
気などの頭蓋内圧亢進症状、③項部硬直などの髄膜刺激症状。
【治療】発熱、頭痛に対する対症療法
【予後】比較的良好
(2)ウイルス性脳炎(単純ヘルペス脳炎を含む)
症状
【原因】ウイルス性脳炎はウイ
ルスが脳を直接侵襲する一次
性脳炎と、自己免疫・アレルギ
ーを介する二次性脳炎があ
る。一次性脳炎として重要なの
はかつては日本脳炎であった
が、現在は単純ヘルペス脳炎
(ウイルス脳炎の 64%を占め
る)である。二次性脳炎は麻
疹・風疹・水痘などの後に生じ
る。
―
+
死亡
単純ヘルペス脳炎では両側側頭
葉の出血性壊死
【経過】急性の経過(1∼7 日)で①発熱、②頭痛・嘔吐に加え、次のような③脳実質の症状が出現
する:意識障害、精神症状(異常行動、見当識障害、興奮、錯乱)、けいれん、麻痺。単純ヘルペ
ス脳炎では両側側頭葉の出血性壊死が生じるので嗅覚異常・幻視・記憶障害などの側頭葉症状。
【治療】抗ウイルス薬、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応じて脳圧降下剤、抗けいれん剤
【予後】単純ヘルペス脳炎は死亡率は約 30%、後遺症は 40%といわれている(当院の統計では、
ウイルス脳炎の死亡率は 10%、単純ヘルペス脳炎のみの死亡率は 18%)。
-2-
(3)細菌性髄膜炎(細菌性髄膜脳炎)
症状
【原因菌】主な起炎菌は年齢
①血行性
によって異なる
②隣接する中耳
―
●3 ヶ月未満:大腸菌、B 群
炎、副鼻腔炎から
の直接侵入
+
レンサ球菌
●3 ヶ月以降の乳幼児
インフルエンザ菌、肺炎球菌
死亡
激症型
●3 歳∼成人:肺炎球菌、髄
膜炎菌
●高齢者:肺炎球菌、髄膜炎
菌、グラム陰性桿菌(大腸
菌、クレブシエラ、緑膿菌、
エンテロバクター、セラチ
ア)
【既往歴に注意】
頭部外傷の既往の有無
頭部手術の既往の有無
【経過】急性の経過(1∼7 日)で①38∼40℃の発熱、②激しい頭痛・
嘔気などの頭蓋内圧亢進症状、③項部硬直などの髄膜刺激症状。脳室炎
を合併することもある。水頭症、梗塞、出血が生じることもある。24
時間以内に急速に進行し、高度な意識障害に至るものを激症型という。
【治療】抗生物質の大量投与、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応
じて脳圧降下剤、抗けいれん剤、水頭症に対する脳室ドレナージ
【予後】不良。激症型では死亡率は 50%。新生児、小児、高齢者では死
亡率が高い。当院の脳外科の統計:死亡率は 27%。
(4)結核性髄膜炎
症状
―
結核菌
+
肺などから
血行性
死亡
脳底部の炎症
脳内結核腫
【経過】亜急性の経過(2∼4 週間)で倦怠感、発熱(軽度)、頭痛、食欲低下などが出現。脳底
部に炎症が強いため脳神経、視床下部、下垂体がしばしば障害される。血管炎のために脳梗塞を
合併(20∼30%)することがある。50∼80%で水頭症を合併する。脳内結核腫ができることもあ
る。
【PCR 法:合成酵素連鎖反応法】髄液中の結核菌ゲノム(DNA)を証明する方法
【治療】抗結核薬投与、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応じて脳圧降下剤、抗けいれん剤、
水頭症に対する脳室ドレナージ
【予後】約 30%は死亡し、約 30%は後遺症を残す。
(5)真菌性髄膜炎
症状
【原因】免疫力が低下した状態(白血
病、悪性リンパ腫、AIDS、ステロイド
肺から血行性
―
+
投与、免疫抑制剤投与)に真菌感染が
加わる。クリプトコッカスが主な原因
真菌である。その他カンジダ、ムコー
ル、アスペルギウスなど
死亡
【経過】亜急性の経過(2∼4 週間)で発熱、頭痛、嘔吐、髄膜刺激症状。肺炎が先行し血行性経
路で髄膜炎を起こす。脳実質内に肉芽を作ることもある。水頭症を合併することもある。
【治療】抗真菌薬投与、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応じて脳圧降下剤、抗けいれん剤、
水頭症に対する脳室ドレナージ
【予後】死亡率は 20∼30%
-3-
(6)頭蓋内膿瘍(脳膿瘍、硬膜下膿瘍、硬膜外膿瘍)
症状
【原因】
① 中耳炎、副鼻腔炎からの波及
② 開放性の頭部外傷
③ 他臓器感染巣からの血行性感染
④ 先天性心疾患で右左シャントの
ある場合
●起炎菌はレンサ球菌、ブドウ球
菌、Bacteroides が多く、混合感染も
みられる。
―
+
死亡
脳膿瘍
硬膜下膿瘍、硬膜外膿瘍
【経過】亜急性の経過で発熱、頭痛、嘔吐。巣症状としてけいれん、麻痺、失語などが生じる。
【治療】抗生剤投与、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応じて脳圧降下剤、抗けいれん剤、
膿瘍に対する手術(吸引、ドレナージ、摘出術)
【予後】当院における死亡率は 6%
(7)脳静脈洞血栓症、皮質静脈血栓症
症状
上矢状洞の血栓
―
+
横静脈洞の血栓
死亡
脳梗塞、脳内出血
皮質静脈の血栓
最も多い部位は上矢状洞と横静脈洞であり、70%を占める
【原因】①中耳炎、乳様突起炎、副鼻腔炎などが静脈洞に波及、②血液の凝固能が亢進(妊娠、
経口避妊薬、抗リン脂質抗体症候群など)、③腫瘍による圧迫
【経過】静脈洞の流れがせきとめられ頭蓋内圧が亢進し、頭痛、嘔吐、うっ血乳頭が生じる。海
綿静脈洞血栓症では眼瞼下垂、複視などがみられる。さらに脳梗塞、脳出血が生じ、けいれん・
麻痺。
【治療】原因が感染性ならば抗生剤投与、発熱・頭痛に対する対症療法、必要に応じて脳圧降下
剤、抗けいれん剤、必要により減圧手術
【予後】上矢状洞血栓症の死亡率は 19%、海綿静脈洞血栓症では 30%といわれている。当院にお
ける静脈洞血栓症の死亡率は 20%
4) 当脳神経外科における中枢神経系感染症の転帰
良好
不良
死亡
良好
不良
死亡
ウイルス性髄膜炎 (N=132)
100%
0
0
結核性髄膜炎 (N=3)
67%
33%
0
ウイルス性脳炎 (N=39)
69%
21%
10%
真菌性髄膜炎 (N=3)
100%
0
0
(単純ヘルペス脳炎)(N=11)
(55%)
(27%)
(18%)
頭蓋内膿瘍 (N=36)
69%
25%
6%
細菌性髄膜脳炎 (N=26)
69%
4%
27%
静脈洞血栓症(N=15)
60%
20%
20%
-4-