婚姻と児童虐待から見る「子育てと家族と法」

NO.28 | 2015.10.27
政
策
オピニオン
婚姻と児童虐待から見る
「子育てと家族と法」
― 国と社会による家族の保護を ―
水野 紀子
東北大学法学部教授
“不健康な”精神の子どもたち 『最貧困女子』(鈴木大介著、幻冬舎文庫)という本が話題になっている。セックスワークをしている売春少
女のルポには、家族・地域・制度から落ちこぼれ、精神障害・発達障害・知的障害といった、何らかの障害を抱
えている貧困少女たちの悲惨な状況が赤裸々に書かれている。現代の日本は、こうした少女たちを救えず、悲惨
Contents
“不健康な”精神の子どもたち
母子を保護できない社会体制
社会や法による家族の保護が必要
西欧民法では「婚姻は公序」
「基本的人権の保護」という配慮
婚姻適齢と少女の保護
待婚期間が必要な理由
な境遇に落としてしまう社会になっている。
非行少年はなんらかの被虐待児童である場合が多い。少
年院の先生たちに伺うと、昔の非行少年は地域の人々や仲
間のなかで成長してきた、いわば“健康な”非行少年で、共
感能力があったので教育によって矯正できたと言う。とこ
ろが最近の非行少年たちには、たとえばリストカットする
母親とマンションの部屋で2人きりで過ごして成長したため
か、共感能力が乏しく、言葉によって自分の感情を表現で
同性婚で子どもを作ることは権利と言えない
きず、不健康な精神性を抱えている子たちがいる。彼らと
家族へ介入しない日本民法
はコミュニケーション
日本の協議離婚制度は異常な方法
児童虐待に無防備な日本社会
児童虐待防止に必要な体制作りと人材
親権の部分的制限が必要
司法の不備が成年者保護にも影響
家庭にアウトリーチする社会福祉を
がとれず、従来の矯正
教育が通じないため、
対応が非常に難しいと
言う。
大学でも、昔よりは
精神的な脆弱性を抱え
た学生たちが増えているように思う。例えばストーカーになる学生は、親か
ら“優しい虐待”を受けていることが多い。つまり母親から、あなたがいい成
績であれば愛してあげるという、条件付きの愛情を与えられて育っている。
母親から無条件に愛されていないので根源のところで自己存在に自信がな
い。恋人の彼女から自分が振られたとき、振られたことを認めると自我が
崩壊するので、それを認めることが出来ず、そんなことを言うのは彼女が
水野 紀子 | みずの・のりこ
東北大学法学部教授
自分を分かっていないからだと追いかけて、ストーカー行為を繰り返してし 大阪市生まれ。東京大学法学部卒。名古
まう。
母子を保護できない社会体制
子どもたちを守るためには、社会が家族の中に介入しなければならない
が、日本では、その常識が成立していない。おそらくつい半世紀ほど前ま
屋大学教授等を経て、現職。2011 年に旧
帝大で初の女性学部長に就任。専門は民
法、家族法。法制審議 会 - 民法〔相 続関
係〕部会委員などを務める。編著書に『社
会法制・家族法制における国家の介入』
『信
託の理論と現代的展開』『財産管理の理論
と実務』他。
で、地域社会や大家族の自然な介入による安全弁があ
働をする人と無償労働であるケアをする人に分業体制
ったために、それが急速に喪われたにもかかわらず、
が確立する。乳幼児のように依存する人は絶対的弱者
介入のシステムが確立できていない。そのことのもた
だが、一方ケアを与える人も社会的弱者になる。婚姻
らす危険性が、まだ認識として共有されていないので
制度は、最も古典的な弱者保護制度であったように思
あろう。
う。
2年半前、東京・文京区で離婚調停中の父親による
家庭は次の世代・未来世代を作り出す場所であり、
次男との無理心中事件があった。当時9歳の次男に会
家族の重要性は言うまでもない。そして健康な育児に
わせてくれないからと父親が小学校の校庭で焼身自殺
は、愛情をもって子をそのまま無条件に受け入れる大
をしてしまった事件である。このとき、会わせなかっ
人と、その大人に子が愛着を確立することが不可欠で
た母親を責める報道があったが、あまりにも酷な評価
ある。子が生まれて育まれる場である家族は、人間が
であろう。それほど危険な父親であるから、彼女は子
世界に対する関係性のモデルを学ぶ場であり、人生に
どもを会わせられなかったのである。責められるべき
おける信頼関係の意味を体得する場である。そうであ
は、彼女と子どもを保護できなかった社会体制の不備
るからこそ、社会や法による保護が必要になってく
である。
る。
行政や裁判所が、両親間に紛争があることを察知し
西欧民法では「婚姻は公序」
た段階で、暴力的な傾向を持つ父親に対して矯正的
な関わり方をする必要がある。母子の安全を確保しつ
次に民法について述べてみたい。
つ、父親には「あなたが抱えている問題を解消すれば
憲法は国家を構成する法である。それに対して民法
子どもとも会えるようになる」とサポートすることが
は、市民間の共存のためのルールで、市民間の紛争に
必要であるが、そういう体制がない。裁判所の中で父
適用されて必ず答えを出さないといけない解決の基準
親を見張りながら会わせることもできたはずだが、一
である。民法と憲法の関係については、多くの対立す
切そういうことをしていない。
る学説がある。しかし自由と平等がそれ自体としては
たしかに高度経済成長によって豊かになった日本社
相互に矛盾する内容を含むように、憲法のあまりにも
会からは、貧しさ故の少女の身売りのような虐待はな
大きな概念を、私人間に直接的に適用することは無理
くなった。しかしそれとは異なるタイプの虐待が広範
だろう。民法学者の河上正二東大教授は、民法を遠近
囲に生じている。育児の風景はすっかり変化してしま
法の絵画だとすると、憲法は背後にあって見えない消
った。ついこの間まで大家族に囲まれ、地域社会のな
失点のようなもので、直接画面にでてこないがそこか
かで群れによる育児が成立していた。大家族には漱石
ら照射される光によって民法の世界を考えないといけ
の『坊ちゃん』のお清さんのような、子どもを肯定し
ないという。なかなか美しい表現であり、このような
てくれる存在がどこかにいた。縁側から隣りのおばさ
見方に共感する。市民間の紛争においては、それぞれ
んが家に上がり込んで、子どもに声をかけてくれるこ
の主張には一定の正当性があるのが常であり、民法
ともあった。それらの社会的安全弁が瞬く間になくな
は、それらの正当性の間に微妙な線を引かなければな
って、近所付き合いがない親子がマンションの閉ざさ
らない。妥協と共生の秩序である民法は、宿命的に複
れた部屋で孤立するようになった。
雑なものにならざるをえない。
そこでまず、憲法から家族法への働きかけとして、
社会や法による家族の保護が必要
日本と西欧の婚姻制度の特徴と違いをみてみたい。西
家族と地域の基盤が弱い子育て環境のなかで、子ど
欧民法では、伝統的に「公序たる婚姻」という側面が
もをいかに保護していくか。民法の視点から考えてみ
非常に強い。公序として、婚姻保護つまり弱者保護の
たい。
ために公的な介入をする。いまでも離婚は100%裁判
まず「家族」とは何か。ここではとりあえず、「財
離婚である。たとえ2人が協議で離婚合意が出来てい
とケアを持ち寄って、お互いの生存を支え合う集団」
たとしても裁判所に行かなければならない。婚姻は公
と定義しておきたい。家族は常にその中に、生存を周
序なので婚姻を解消する離婚も重いものになる。
囲に依存する人と必要な財とケアを与える人を抱え
ナポレオン法典といわれる最初のフランス民法は、
込んできた。近代化以降は、財を得るために有償労
男女不平等なものであった。しかし同時にポルタリ
婚姻と児童虐待から見る「子育てと家族と法」
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ス(フランス民法の起草者)が「強き性は弱き性を
家族間において強者から弱者に対して加えられる人
守る義務を負う」と言ったように、夫には重い義務
権侵害について、家族に対する国家介入による弱者
が課せられている。キリスト教文化のもとで、婚姻
救済を、あまり求めてこなかった。
外の性関係に対する態度は非常に冷たく、非嫡出子
私的扶養の強制力をもっと強くするべきであろ
は罪の子として冷遇された。このような原型に対し
う。扶養料債権の債権者は弱者であるから、私的に
て、憲法は自由や平等や基本的人権の擁護から働
行う強制執行はとても難しく、その強制力だけでは
きかける。婚姻外の性関係も自由でないといけない
扶養料債権は画餅に帰してしまう。公的支援がない
と、事実婚を容認し、非嫡出子差別を廃止するが、
と取立ては無理である。西欧法では、取立ての公的
同時に基本的人権の擁護から、DVや児童虐待への関
支援や不履行への刑事罰があって、扶養料債務の履
与を強め、自由の領域であるはずの事実婚にも子ど
行を強制している。日本では、戦前の暗黒時代への
もの保護のためには介入する。そのような変化を遂
反動か、家庭内の人権侵害に対して国家権力が介入
げてきたのが、現行法である。
することや、まして刑事罰を用いることについては
日本の通説・判例になっている内縁準婚理論は、
消極的で、扶養においても私的扶養の強制よりも生
内縁に婚姻の規定を準用する解釈論である。これ
活保護を理想化する傾向があった。しかし、納税者
は、西欧法的にはあり得ない解釈論である。なぜな
に負担させるより別れた夫ないし父親に義務を課す
ら、婚姻することは、婚姻の効果として強力な国家
べきである。その履行強制を社会は手伝わなければ
介入を受け入れるという意思決定を意味するからで
ならない。生活保護も受けられず履行強制もしない
ある。婚姻意思を持たない人間に婚姻の効果を強制
場合、要扶養者は隙間に落ちてしまうことになる。
するというのは、自由の領域に対する国家介入にな
婚姻適齢と少女の保護
るので許されない。日本法において内縁準婚理論が
成立したのは、逆説的になるが、婚姻の効果が、準
憲法の平等則が問題になっている家族法の論点の
用してもどうということがないほど、ごく弱いもの
うち、男女の婚姻適齢について考えてみたい。
に過ぎなかったからである。
民法731条は男性18歳、女性16歳と定める婚姻
適齢を設けている。この民法規定が憲法違反だとし
「基本的人権の保護」という配慮
て、男女平等に18歳にしようという動きがあるが、
西欧民法の家族法の原型が国家介入による婚姻保護
もっぱら機械的な平等という理由であることに違和
であるのに対して、日本民法の家族法の原型は「家」
感がある。私自身も16歳は低すぎるので立法論とし
の自治であり、そこには公的介入がない。婚姻も
ては上げた方がよいと思うが、それは主に15歳や
離婚も養子縁組も離縁も「家」同士のメンバーの自
16歳の少女を性的な対象として扱うことは控えた方
由なやりとりだった。日本国憲法の「自由」と「平
がよいという理由からである。また、同時に、妊娠
等」の要請については、国家権力からの「自由」は
した少女の保護という観点も考える必要がある。16
もともと「家」の、戦後は「当事者」の自治として
~18歳未満で妊娠する少女は恵まれない家庭の非
貫徹していた。「平等」の要請ゆえに戦後改正が必
行少女である場合が少なくない。結婚と出産は、彼
要になり、「家」制度が廃止されて形式的な平等が
女たちの立ち直りの契機となる貴重なイベントであ
徹底された。その後も後述するわずかに残る不平等
る。そういう少女たちの意識は得てして保守的で、
ばかりが問題にされてきた。
彼女たちが妊娠したとき、結婚して子どもを産める
しかし日本民法で最も問題なのは、「基本的人権
ことは、心身ともに安定するための重要な条件であ
の保護」という配慮がないことである。これこそ憲
る。少なくとも妊娠した女性については、例外とし
法が民法に対してもっとも要求すべき要請であっ
て婚姻適齢を下げる必要があるだろう。
た。基本的人権を保護するための公的支援や国家介
待婚期間が必要な理由
入による救済がないのは、「家」制度以来、家族を
自治に委ねて放置する家族依存社会の強固な伝統が
婚姻解消後、女性は6ヶ月間再婚できないと定める
あったためである。人権派と言われる人々も、国家
待婚期間の規定(民法733条)も平等則から批判され
権力の介入に対する警戒心がとても強かったため、
ている。この規定は、嫡出推定の重複を避けるため
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である。嫡出推定とは、妻が婚姻中に懐胎した子を
もとでは、庶出の男子は嫡出の女子に優先して家督
夫の子と推定する制度で、父親を早期に確定し、子
相続人になった。婚姻制度と「家」制度には、内容
の身分関係を安定させることを目的とする制度であ
的に矛盾するところがある。嫁して三年子なきは去
る。
るといわれたように、「家」制度下では離婚はごく
日本民法がモデルにした頃のフランス民法は、6ヶ
簡単なものであった。これに対して、キリスト教圏
月どころか300日待たせていた。前の結婚の子ども
の婚姻は、神が祝福を与えて聖別したもので、婚姻
が、離別にせよ死別にせよ、その瞬間にお腹に宿っ
非解消主義が原点であって離婚は重い手続きであ
ていたとき、その子を出産するまで待たせる趣旨で
る。婚姻以外の性的関係は罪であり、そこから産ま
ある。明治民法の立法者は6ヶ月待たせれば、お腹が
れた非嫡出子差別は、かつては深刻なものだった。
大きくなっているから、前の男性との子を妊娠して
近年になってヨーロッパで事実婚が増加したことの
いるかどうか見当がつくと判断し、6ヶ月を待婚期間
背景には、このようなキリスト教の伝統に対する反
とした。
発と婚姻制度の重さがあったと思われる。事実婚を
DNA鑑定で誰の子どもか分かるのだから待婚期間
選択することは、法律婚の場合の国家介入を拒絶す
は必要ないという議論があるが、この議論は浅薄で
る意思表示であるから、日本法の通説判例となって
ある。鑑定で子の父が前夫でも後夫でもないとなっ
いる内縁準婚理論つまり事実婚に婚姻の効果規定を
たら、子どもの父親を見つけようがない場合もあり
準用する解釈は、ありえない。
うる。嫡出推定は、血縁上は夫の子でない場合を少
同性愛もキリスト教文化では罪の行為であり、ご
しは含んだ上で、子どもに父親を与えるという仕組
く最近まで刑事罰を受ける行為であった。同性愛者
みであって、単なる推定ではなく、事実によって覆
は、そんな伝統に抗して承認を求める人権運動を続
るものではない。
け、そのゴールとして同性婚の承認を位置づける。
待婚期間を廃止するためには、後夫の子とする嫡
比較すると、日本はもともと同性愛者に寛大な文化
出推定を立法するなどの手当が必要になる。そもそ
があり、養子縁組を利用して家族になることも可能
も父子関係をDNA鑑定してはいけない。フランス法
であったため、同性愛者の承認を求める運動は、内
は私的なDNA鑑定を刑事罰で禁止しており、裁判
在的には西欧社会ほど深刻ではなかった。
所命令があるときしか調べてはいけないとされてい
フランス法が、同性愛者も締結できるパクス
る。夫の子のうちには、一定の割合で夫の子ではな
(PACS)を立法したとき、婚姻は家族familleを作る
い子が入っているからである。自分の親が誰かわか
が、パクスは家族を作らないと表現された。ここで
らなくなった子は、大変な苦悩を抱える。そのよう
いう家族とは、子どもをもつことを意味する。同性
な子は、出自を知る権利があるが、同時に、親が遺
愛者からは、自然には子どもは生まれない。パクス
伝上の親ではないという事実を知らない子には、そ
は養子も認めなかった。ついにオランド大統領は、
れを知らされない権利もあるだろう。
同性婚承認に踏み切ったが、それでもフランス法
法律上の親子のうちには、一定の割合で遺伝上の
は、同性婚当事者に生殖補助医療の利用を禁じてい
親子ではない親子が含まれていて、その仕組みのな
る。アメリカでは、同性愛者が生殖補助医療の利用
かで待婚期間を考えていかなければならない。待婚
を先行させていたために、連邦最高裁は、そうして
期間を廃止するとすれば、DNA鑑定でわかるからと
生まれた子どもたちの保護を一つの理由として、同
いう理由ではなく、後婚の夫の子という推定をかけ
性婚を承認した。
る立法によって解決するべきだろう。
日本において、同性婚を認めるとしても、同性愛
者が生殖補助医療を利用して子どもを作ることには
同性婚で子どもを作ることは
権利と言えない
反対である。卵子提供やAID(非配偶者間人工授精)
を用いて生まれた子は、その事実を知ると大きな苦
日本でも関心が高まっている同性婚と事実婚の問
悩を抱えるが、異性愛者の子と違って、同性愛者の
題について触れておきたい。まず日本ではかつて妻
子は、ドナーの生殖子から生まれたことを知らざる
妾の子である公生子と私生子の差はあったが、庶子
を得ない。自然には生まれない子を親のために強引
は西欧と違って高い地位を得ていた。「家」制度の
にこの世に拉致する生殖補助医療は、すでに生まれ
婚姻と児童虐待から見る「子育てと家族と法」
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た子の福祉のために親を与える養子縁組とは根本的
が妻に離婚請求をした事案で離婚請求を認めなかっ
に異なっている。同性愛者が養親や里親になること
た「踏んだり蹴たり判決」に始まる「消極的破綻主
はいいとしても、生殖補助医療だけは認めるべきで
義」判例を確立した。有責配偶者からの離婚請求を
はないと考える。
認めないこの判例は、その後、いくらか緩和された
子どもを作ることは、自然生殖なら権利と言える
が、合意がなければ離婚されない判例法として、日
が、ドナーの生殖子や代理懐胎を利用する生殖補助
本法にはじめて婚姻保護を導入したと言えよう。し
医療では、権利とは言えないだろう。生まれる子ど
かし意思に反して離婚されないという一点のみでの
ものアイデンティティ等の苦悩を考えると、子ども
婚姻保護であって、離婚合意さえあれば、公的な関
が生まれるはずのない同性婚カップルには、生殖補
与は不要であり、離婚条件の公正さは担保されな
助医療の利用を禁止すべきである。
い。従って弱者である妻がDV夫から逃れたいと望む
ような離婚では、妻は最高裁まで争う高価な離婚訴
家族へ介入しない日本民法
訟をするよりは、離婚給付も、ときには子の親権さ
日本民法の家族法は、家族へ介入しないという意
えもあきらめて、夫の離婚合意を得ようとする。
味で、きわめて特徴的な家族法である。この特徴の
西欧諸国では、離婚合意がある場合も、離婚はす
ルーツは、家族を「家」の自治に委ねた明治民法の
べて裁判離婚であり、裁判所が合意の内容に介入し
「家」制度である。婚姻や養子縁組も「家」同士の
て高額の離婚給付を命じるなど、弱者保護のために
メンバーの交換であって、その自由な交換を戸籍に
監督する。離婚の際に妻や子の保護が確保されるこ
届けるだけとした。自営業を営むかつての「家」
とによって、婚姻中の夫婦平等が確保される。経済
は、産業構造の変化によって、実際には力を失って
的な義務に関する公的介入は、古くからの伝統であ
いったが、戸籍制度とあいまって、家族イデオロギ
るが、近年では、DVなどの家庭内暴力への介入も手
ーとしては大きな力をもった。戦後の民法改正は、
厚く整備されている。 例えば夫のDVを妻が申し立
このイデオロギーを否定して、「家」同士の合意を
てると、裁判所は夫に別居命令を書き、強制的に扶
当事者間の合意に改めたが、協議離婚に代表される
養料を取り立て、妻が婚姻住居で子どもを安定的に
ように家族への公的介入がないという点では、基本
育てられる環境を整える。これらの命令は刑事罰を
的な性格を維持している。しかし戦後改正後の家族
伴う強力な介入である。こうして被害者を助ける体
法に対する批判としては、わずかに残った不平等規
制を整えた上で、子どもを連れて逃げる自力救済を
定への批判のほか、「家」に対する反発が、そのま
禁じている。この禁止に反して自力救済をして国境
ま法律婚制度への批判となってきた。夫婦同氏強制
を越えた場合は、もとの国に戻すというハーグ子奪
制度はたしかに問題だが、それ以外は、むしろ婚姻
取条約は、その体制を国家間で相互に尊重するもの
制度が弱いことが日本法の問題である。
であった。
西欧諸外国では、国家が家族に積極的に介入す
しかし日本の家族法では、DV被害者は子どもを
る。扶養料の債務不履行は、伝統に、また現在でも
連れて逃げる自由しか与えられていない。自力救
刑事罰を科される。扶養料債権者は弱者であって、
済によって別居の状態を何年か継続したら離婚を認
国家の助力が必要だからである。しかし日本では戦
めるというのが日本法である。ハーグ条約批准が困
後民法改正時にも、このような刑事罰を要求する動
難であったのは、この彼我の体制の根本的な相異で
きは、女性たちからも、なかった。むしろ家族間の
あった。自力救済を禁じる点だけを日本法に導入す
義務を国家が刑事罰をもって強制することへの危惧
ると、逃げる自由さえ否定されることになり、家庭
のほうが圧倒的であったからである。
内暴力の悲惨はますます深刻になるだろう。日本法
は、家族法においては、まだ発展途上国状態にある
日本の協議離婚制度は異常な方法
と言わざるを得ない。
扶養料の履行確保が公的に援助されない点ばかり
児童虐待に無防備な日本社会
ではなく、当事者同士だけで離婚合意できる日本の
協議離婚制度は、西欧諸国の基準からは異常な離婚
なにより深刻なのは家庭内における暴力、とくに
法である。戦後、最高裁は、他の女性と同棲する夫
児童虐待の問題である。児童虐待に対して、日本
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の社会は非常に無防備である。数十年前まで、地域
た法律にDV防止法などがある。児童虐待防止法とDV
社会と大家族がこの問題に介入する社会的安全弁と
防止法は議員立法で、民法学者たちが立法に関与し
なっていたが、もはや、この安全弁は失われて久し
ておらず既存法との整合性がとれていない気味があ
い。 る。もっとも児童福祉の現場の必要性から場当たり
小児精神科医によると、子どもの脳をスキャンで
的に改正が行われてきた児童福祉法と民法との間に
きるようになって、被虐待児の脳が変形しているこ
も、18歳で保護児童の対象から外す児童福祉法と成
とが分かるようになったという。子どもの脳は外界
人年齢を20歳と定める民法の年齢差をはじめとする
の刺激で成長していくが、人間らしい共感脳の部分
矛盾が少なくないが。これらの議員立法は、虐待問
が委縮してしまうと非常に深刻な後遺症をのこす。
題の解決という意味では大きな限界を抱えたもので
幼いうちに被虐待児を救出してまともな大人のケア
あるが、啓蒙的効果は大きく、有意義な立法であっ
を受けないと、長じてから人格障害などの問題を抱
た。
えた大人になる。肉体的暴力やネグレクトは、とき
児童虐待対策は、一片の法律で解決できるような
に命を奪うため、目立つ児童虐待である。しかし両
ものではない。資金をかけた体制作りと人手が必要
親のDV暴露(父親の母親に対する暴力を間近に見せ
なのである。しかも行政権が家族に介入し、親権と
られる等)、暴言虐待も深刻であり、むしろ、暴力
いう重要な権利を制限するのであるから、近代法の
やネグレクトより、DV暴露と暴言虐待の方が脳に悪
原則でいえば、司法権のチェックが必要である。し
影響が大きいという研究報告もある。言葉は記憶を
かし日本法の致命的なインフラの不備である、裁判
とどめるピンの役割を果たすので、脳内でリフレイ
官の数の少なさという問題がある。たとえば2004年
ンして脳を損なうものと想像される。人格障害者が
の児童虐待防止法の改正で、臨検捜索制度が入り、
増えているといわれるが、児童虐待の後遺症の可能
立法に当たった国会議員はこの制度の創設を大きな
性が高いのではなかろうか。
成果と評価していた。親が会わせようとしなくて
虐待の契機としては、さまざまな要因がいわれて
も、児童相談所が子どもの状況を調べるために家の
いる。虐待経験の連鎖という問題がある。親の社会
鍵を開けられるという制度であるが、国家が介入す
的な排除、精神疾患、ストレス、体罰の容認なども
るわけだから裁判所の許可が必要という原則論で、
虐待と結びつく。虐待親に子どもへの認知のゆがみ
臨検捜索には裁判所の許可が必要とされた。児童相
が見られることも多い。おむつを外すと気持ちよく
談所の現場では裁判所の許可を求める余裕などない
て赤ちゃんが足をバタバタすると、健康な母親はほほ
ため、結果的にはまったく使われていない。
えましく思うだけだが、虐待傾向のある母親は「この
子どもを施設に保護するとき、親の同意が取れな
子はおむつを替えるのをわざと邪魔する」と被害的
い場合は、児童福祉法28条で許可審判が必要とな
に認識するのである。いずれにせよ、すべての要因
る。ところが児童相談所が児童の入所が必要と判断
をなくすことは無理であるから、エスカレートしな
した事例のうち、簡単に親の同意が取れるのは3分の
いように社会が介入することが必要である。
1に過ぎない。親を必死に説得して同意が取れたのが
日本子ども家庭総合研究所の試算によると、虐待
3分の1であり、残りの3分の1のうち、28条審判が申
の社会的コストは、間接費用(精神疾患の医療費な
し立てられたのは全体の4%にすぎず、残りは同意と
ど、虐待の影響がもたらす費用)1兆5336億円に対
審判の狭間に落ちている。
して、直接費用(虐待対応支援費用)は1千億円だと
そもそも引き離しが必要だと判断されるのは、日
いう。直接費用をかけて子どもを救出した方がはる
本ではあまりにもひどい虐待状況に限られている。
かに負担が小さくてすむ。日本の直接費用は、人口
一時保護所は、健康に成長しているが貧しい子ども
比でいえばアメリカの16分の1と、国際的に見ても非
たちを収容していた時代の人員配置の基準であり、
常に少額である。
経験を積んだ専門家の大人が一対一対応でケアしな
ければならない被虐待児を受け入れるにふさわしい
児童虐待防止に必要な体制作りと人材
状態ではなく、子どもたちは自分たちの受けてきた
児童虐待に関連する法律には、民法(とくに親権
暴力を力の弱い子どもたちに加えるので、施設保護
法)、児童虐待防止法、児童福祉法、そして関連し
そのものが非常に危険なものとなっている。それで
婚姻と児童虐待から見る「子育てと家族と法」
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も引き離して入所させる方がよいと判断される事案
家裁判事を2倍にして、離婚事件も後見事件も相続事
でありながら、狭間に落ちてしまうのは、審判を申
件なども管轄させずに、子どもの問題だけを管轄さ
し立てるのが多忙な現場の実務にとってあまりに負
せるという体制になっている。
担が大きいからである。これに対して、諸外国では
日本では平成25年度の親権喪失判決は6件、親権停
裁判所の許可が簡単に取れるため、親が反対しても
止判決は29件と、そもそも桁が違う。親権に行政権
子どもの引き離しはすぐにできる。むしろ裁判所と
が介入するわけだから、司法がチェックするのは近
行政が協力して、親の監督と支援を継続的に行って
代法の原則である。ところが日本の司法体制はそれ
いるというほうが正確である。日本の家庭裁判所の
ができない。以前にドイツ人の法律家に、日本の人
ように、上がってきた許可申請をその場限りで書類
口当たりの裁判官数を説明したら、日本は法治国家
を主に判断する司法関与ではない。
なのかと真顔で訊かれたことがある。司法について
現状の最大の問題点は、ともかく児童虐待に対応
は、日本はまだ森鴎外の言う「普請中」なのかもし
する職員の数、質ともに人手不足であることであ
れない。
る。児童相談所の担当者は保護者と対立する立場に
司法の不備が成年者保護にも影響
なるので身の危険が伴うこともある。あらゆる意味
でプロフェッショナルでなければ務まらない仕事だ
司法インフラの不備のもたらす困難は、児童虐待
が、専門家を配置するようにしている県はごく例外
だけの問題ではない。成年者保護にも影響してい
的で、素人の県職員が専門的な訓練も受けずにいき
る。外国の基準では精神病患者を強制入院させる場
なり児童相談所に配置される場合が圧倒的である。
合、司法チェックを受けるが、日本の場合は精神病
患者を家族の同意だけで強制入院させることができ
親権の部分的制限が必要
る。日本では裁判官の数が足りず、司法チェックは
2011年に民法の親権法が改正された。従来の親権
とても無理だからである。その結果、家族による不
喪失に加えて2年以内の範囲で親権を停止する制度
当な強制入院、たとえばDVで妻が必死で逃げようと
を作った。私はこの改正立法に関与してきた者とし
すると、夫によって精神病院に強制入院させられて
て、本当は親を支えて教育して監督し続ける、親権
しまうことさえある。
の部分的制限を立法したかったが難しかった。
かつては地域共同体や大家族に包摂されていた障
西欧諸国では、親権制限のメインは親権喪失や停
害者が、次第に居場所を失っている。昔は萬屋で認
止ではなく、親権の部分的制限である。親を監督し
知症のお年寄りがお握りを盗んだら、萬屋のおかみ
て親元で育てさせ、危なくなると一時的に引き離し
さんがお年寄りを自宅に連れて行き、家族がお代を
ても再統合を目標にする制度である。この制度は、
払って終わった。いまはコンビニ店主が警察を呼
ケースワーカーと裁判官の継続的な関与が必要だ
び、多額の国費をかけて証拠固めと刑事訴追をし
が、日本の現状は行政的な手も裁判官の数も足りな
て、累犯となると刑務所に入れられてしまう。刑務
いので、立法できなかった。
所には食べていけない知的障害者が累犯障害者とし
日本親権法の母法であるフランスには、親権の部
てかなり入所しており、認知症高齢者の犯罪率も上
分的制限として育成扶助という制度がある。年間約
昇している。これらの障害者が刑務所にも精神病院
10万件、育成扶助の判決が出ていて、年間約20万人
にも行かない場合、ゴミ屋敷のなかでセルフネグレ
の子どもが育成扶助下で生活している。フランスの
クトによって孤立死してしまうこともある。日本は
人口は日本の2分の1だから、日本で言えば年間20万
長らく家族依存社会で国は楽をしてきているので、
件の親権制限判決が出ていて40万人の子どもたちが
心を病んだ人に社会が寄り添うことができていな
親権制限の下にいるという状況である。
い。
育成扶助下では、親はケースワーカーの指導と少
フランスではまんべんなく、貧しい人には国費
年事件担当判事の継続的監督を受けることになる。
で、後見人がついて精神障害者に寄り添い、判事が
この少年事件担当判事が管轄するのは、親権制限と
後見人を監督する。児童虐待におけるケースワーカ
少年犯罪だけである。その判事の数が日本の全家庭
ーと判事の協力体制と同じ仕組みである。日本は行
裁判所の判事数とほぼイコールであるから、日本の
政面でも人手が足りず、裁判所のチェックもでき
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2015.10.27 | 平和政策研究所
ないという構造的な問題を抱えている。日本の家裁
病院は異常に多く、強制入院濫用国家として国際的
は、成年後見人を継続的に監督する余力がなく、成
非難を浴びている。
年後見事件で事実上破産状態にある。成年後見人の
横領が問題になると、最高裁は、信託銀行との協力
家庭にアウトリーチする社会福祉を
体制を組み、成年後見人が被後見人の財産を使いに
日本の社会福祉は、社会保険が主で、給付もケア
くくしたが、被後見人本人のために財産を使うこと
の供給より財(生活保護)に偏ってきた。ケアの供
が難しくなっている。
給、とりわけ家庭にアウトリーチしてケアする社会
裁判官をいきなり倍にすることはできないとして
福祉は、介護保険の導入まで、ほとんど行われてこ
も、まずは行政が対応できるよう予算を投入する必
なかった。しかし社会的安全弁の喪われた現在、悲
要がある。乳幼児期の子どもは大人との愛着関係が
惨な児童虐待の現状をみると、このようなアウトリ
必要であるから、乳児院という施設より里親が望ま
ーチの介入がないという社会福祉の制度的弊害が顕
しい。しかし里親制度を拡充すると、里親の支援と
著に表れ始めている。社会的コストを考えても、お
監督にまた多額の予算が必要になる。その新たな予
金をかけて子どもたちを救う方が結果的にはコスト
算が出せないために、現行の乳児院を頼りにせざる
がかからない。行政的支援の増強はもちろんだが、
を得ないという苦しい状況である。
虐待に関する知識を社会が共有し、近隣やボランテ
精神病患者も同様に、精神病院ではなく地域で暮
ィアなどの援助も総動員して、育児支援をする必要
らす方がいいとされている。ただしそのためには精
がある。
神病患者を地域でサポートする体制が必要だが、そ
(2015年9月28日)
のための予算が取れない。結果として、日本の精神
政策オピニオン NO.28
婚姻と児童虐待から見る「子育てと家族と法」
― 国と社会による家族の保護を ―
※本稿の内容は必ずしも本研究所の見解を反映したものではありません。
2015年10月27日発行
発 行 所 一般社団法人平和政策研究所
代表理事 林 正寿(早稲田大学名誉教授)
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