ブレグジット、トランプ、イテグジット、ルペン、そしてユーロ圏崩壊・・・・・ 欧州の選択は? 要旨 > 間近に迫ったイタリアの上院改革を巡る国民投票や来年の オランダ、フランス、ドイツにおける総選挙など様々なイベン トを背景に、ユーロ圏崩壊に対する懸念が払拭されぬまま 残されています。 > 仮に、イタリアの国民投票において世論が示唆するように 「否決」となった場合でも、イタリアがユーロ圏から離脱する までに、プロセスや決定を必要とします。 > ユーロ圏は他の国々とは異なり、ポピュリストの台頭を背景 とする崩壊の可能性は低いと考えられるいくつかの理由が あります。 > このような前提に立つと、ユーロ圏の崩壊リスクを前提とし た市場の混乱は、投資家にとって「買い」の絶好の機会にな ると考えられます。 はじめに グローバリゼーションを志向する支配層に対するナショナリストの反 発といった構図で捉えられた英国の EU 離脱(ブレグジット)やドナ ルド・トランプ氏の米国大統領選挙での勝利の後、イタリアやオース トリア、フランス、ドイツといった大陸欧州諸国においても同様にナシ ョナリストの力が強まりユーロ圏崩壊のきっかけになるとの懸念があ ります。ユーロ圏の崩壊は、ブレグジットや米国大統領選挙におけ る変化とは比較にならないほどの衝撃的なイベントとなる可能性が あります。なぜなら、重債務を抱える欧州周縁国の通貨はデノミが 必要となり、それらの国の通貨価値急落の可能性を反映し借り入れ コストが押し上げられ、景気後退のきっかけになると考えられるから です。同時に、景気後退による輸出環境の悪化は、ドイツにとっても マイナス材料となります。そして 2010 年以降に経験した欧州債務 危機、最近では 2015 年年央のギリシャのユーロ圏離脱(グレグジッ ト)など、様々な脅威の再燃が、今後のグローバル金融市場のボラ ティリティを高めると考えられます。一部では、ユーロ圏の崩壊は避 けられないもとの見方があります。しかし、本当に起こりうるのでしょ うか? ユーロ圏崩壊リスクを想起させている欧州のイベントリスク 今後 12 ヵ月の間には、投資家にとってユーロ圏崩壊リスクに対する 懸念を増幅させるような数々のイベントが控えています。オーストリ アのやり直し大統領選挙と、イタリアの上院改革を巡る国民投票は 次の日曜日に行われます。また 2017 年 3 月に行われるオランダ議 会選挙、フランスにおいては 4 月下旬から5月上旬にかけて行われ る大統領選挙と 6 月に行われる議会選挙、9 月に行われるドイツの 総選挙、そして依然として払拭されていないギリシャを巡るリスクな ど、枚挙にいとまがありません。 オーストリアの世論調査では、極右政党のノルベルト・ホーファー氏 が有力です。また、イタリアの上院改革を巡る国民投票は、これまで マッテオ・レンツィ首相の様々な改革案を阻んできた上院の権限を 2016 年 12 月 1 日 大幅に縮小しイタリアの統治機能を高めるためのものですが、現在 のところ「反対」が優勢となっており、否決された場合、レンツィ首相 は辞任することを公言しています。そうなると早期解散総選挙の可 能性が浮上し、その選挙で欧州懐疑主義の五つ星運動が勝利する ことになれば、イタリアがユーロ圏の一員であり続けるか否かを問う 国民投票が行われることとなり、イタリアのユーロ圏離脱(イテグジッ ト)が現実味を帯びてくる可能性があります。また、否決された場合 に生じる政治的な不確実性は、いくつかの銀行の増資リスクを招くこ ととなり、その混乱によって既に脆弱なイタリアの経済成長が脅かさ れることから、五つ星運動への支持をさらに盛り上げることにつなが る可能性もあります。債券市場はこれらの懸念を反映して、過去 6 ヵ月間でドイツ国債が-0.09%から 0.2%に上昇したのに対し、イタリ ア国債の利回りは 1.1%から 2%にまで上昇しました。言い換えれ ば、投資家は、ユーロ建て債務がより価値の低いリラにデノミされる 恐れがあるイタリアに対して、より高いプレミアムを求めていることと なります。 しかし、オーストリアやイタリアのユーロ圏離脱を議論することはあ まり意味がないことだと思われます。第一に、ブレグジットや米国大 統領選でのトランプ氏の勝利を受けて、世論調査がもはや信頼に足 るものではないと判断しているのであれば、ホーファー氏がオースト リア大統領選で負けることや、イタリア上院改革の国民投票におい て「賛成」が勝つことについては思い悩むことはありません。(実際、 ブレグジットや米国大統領選挙においても、世論調査の結果とは全 く異なる結果となりました。)また、政治信念に関わる根本的な事柄 として、5 月に行われたオーストリアの大統領選挙でわずかな差で 負けた後、ホーファー氏は彼の反ユーロ的言動の多くを取り下げた ことから(選挙に勝つためであることは疑う余地もないですが)、もし 彼が勝利したとしても、すぐにオーストリアのユーロ圏離脱(オーゼ グジット)を意味する訳ではないということです。イタリアについては、 より大きな事態へと深刻化する可能性はありますが、国民投票が否 決となり多少の混乱があったとしても、レンツィ首相の下であれ、他 の指導者の下であれイタリアにおいて政治の混乱はよくあることで す。また、2018 年までに総選挙が行われる可能性は低いと考えら れ、たとえ行われたとしても五つ星運動が勝利するかどうかは定か ではありません。仮に、五つ星運動が勝利して、イタリアがユーロの 一員であり続けるか否かを問う国民投票(まず憲法の改正を行う必 要がありますが)を実施したとしても、イタリア国民の大半はユーロ 圏にとどまることを支持するでしょう。 大陸欧州は異なる方向に進むことができるでしょうか 大局的に見ると、 ユーロ圏は他の国々とは異なり、ポピュリスト主 導の崩壊が起こる可能性は低いと考えられるいくつかの理由があり ます。 第一に、ユーロ圏はナショナリストの怒りを増幅させ左翼的な反発を 招いてきた英国・米国と同様の不平等問題を抱えていないことです。 ユーロ圏は 1980 年代にアングロ諸国で見られたような自由放任主 義経済に傾斜することはなく、大きな社会福祉国家を維持してきまし た。これによりグローバリゼーションの利益が再分配され、不平等は 米国や英国の水準を大きく下回る水準を維持してきました。下図は 主要各国のジニ係数(所得格差の指標)を示したものですが、大陸 欧州各国は平均を下回っています。 Euro socialism has kept inequality low- Gini coefficients 主要各国のジニ係数 US 米国 UK 英国 Japan 日本 NZ ニュージーランド Italy イタリア Australia オーストラリア Canada カナダ OECD avg OECD平均 Luxembo… ルクセンブルク France フランス Germany ドイツ Sweden スウェーデン Netherlands オランダ Finland フィンランド Denmark デンマーク Norway ノルウェー 70 ユーロ圏諸国と英国における国家観(アイデンティティ) European versus UK national identity 自分たちを「欧州人」ではなく、 % of people identifying その国の国民としてのみの意識 with their own しかない人の割合(%) nationality only and not also as "European" 英国 UK 60 50 0.15 0.2 高い ← More equal 0.25 0.3 0.35 0.4 equal → Less低い 平等の度合い 30 第二に、ユーロ圏崩壊リスクは今に始まったものではなく、数年前に ユーロ圏の債務危機が頂点に達した直後に活発に行われた議論で、 その時は緊縮財政政策が実施されており、失業率も非常に高い水 準にありました。しかし現在は、ユーロ圏各国の緊縮財政政策は概 ね終了しており、失業率も低下してきています。 第三に、メディアの喧伝を他所に、ブレグジットとトランプ氏勝利の後 においても、ユーロ懐疑主義のポピュリストに対する支持が大きく高 まったという訳ではありません(下図参照)。 ユーロ圏のポピュリストに対する世論の支持 Poll support for Eurozone populists Percent (%) Pre-Trump トランプ氏勝利前 40 40 ユーロ圏 Eurozone 出所:OECD、AMP キャピタル 50 大陸欧州人の欧州とユーロに対するコミットメントは、経済問題とい うよりも政治問題なのです。巨大な欧州の一部であり続け、また第 二次世界大戦まで続いた戦争の時代に逆戻りすることを避けたいと の願いが根底にあります。このような風潮を反映しているのが、大 陸欧州人は、英国人以上に自分たちを欧州人として認識している傾 向が強いということです。下図にそのことが示されています。 80 0.1 60 党と変り映えしない政党になったように、基本的にポピュリストは、政 権を取りたいのであれば反ユーロ政策を捨てなくてはなりません。 20 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 出所:ユーロバロメーター、AMP キャピタル 想定されている弱点 欧州には、緩慢な経済成長とは別に 2 つの弱点があると想定され ています。その1つが移民問題で、もう1つは緊縮財政です。しかし、 移民問題については各国政府が強硬路線に転じたことで、2015 年 10 月において 1 ヵ月 20 万人を超えた流入から大きく減少し、最近 では 3,000 人を下回る水準となっています。一方、緊縮財政政策に ついても多くの国では 2013 年に終了しており、欧州委員会(EU)は 現在、財政に拡大余地がある加盟国に対してさらなる財政拡張策を とるよう推奨しています。 Post-Trump トランプ氏勝利後 30 1.5 20 ユーロ圏諸国の財政政策の主眼* Eurozone fiscal thrust * % GDP GDP比(%) IMF予想 IMF projections 1 10 財政刺激策 Fiscal stimulus 0.5 (ド Aイ fツ D ) Germany (AfD) (ス ポペ モイ デン ス ) Spain (Podemos) オ ラ ン ダ Netherlands (イ 五タ つリ 星ア 運 動 ) Italy (5SM) (フ ルラ ペン ンス ) France (Le Pen) オ ー ス ト リ ア Austria ポ ー ラ ン ド Poland ハ ン ガ リ ー Hungary 0 0 -0.5 Fiscal contraction 緊縮財政政策 出所:Bloomberg(様々な世論調査)、AMP キャピタル ブレグジット後、スペインでは急進左派政党ポデモスに対する支 持が減少し、国民党政府に対する支持が高まりました。 フランスでは、ルペン氏と国民戦線に対する支持は 30%程度で 膠着しており、2013 年と比較すると低下しています。ルペン氏は 4 月に行われる第一回大統領選挙(複数の候補が出馬)では勝 利する可能性が高いと見られるものの、得票数第一位と第二位 の候補者間で行われる決選投票では、65-70%の支持を集める 中道右派の強力な候補者フランソワ・フィヨン氏に負ける可能性 が高いと見られています。 オランダのユーロ懐疑主義を掲げる自由党は、今年に入って支 持率の減少が見られます。恐らく移民問題に対する懸念が薄れ てきたためで、3 月における支持率はたったの 10%程度と見込 まれています。 -1 -1.5 **構造的財政赤字の変化のGDP比(%) change in cyclically adjusted budget deficit as % GDP 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 出所:IMF 財政モニター、AMP キャピタル 投資家への影響 投資家に対する影響については、いくつか考えられます。第一に、 オーストリアのやり直し大統領選挙やイタリアの国民投票、2017 年 のオランダ、フランス、ドイツにおける総選挙など様々なイベントを背 景にユーロ圏崩壊に対する懸念が続くことから、短期的に市場のボ ラティリティが高まる可能性があることです。 イタリアの五つ星運動は世論調査でピークをつけたと見られま すが、支持率は政権与党を下回っています。 第二に、イタリアの国民投票が否決された場合、政治リスクとともに イタリアの銀行に対するリスクも高まることから、欧州中央銀行 (ECB)に対する量的緩和策の期限延長(と恐らくはイタリア債券の 購入枠引き上げ)の圧力が高まる可能性があることです。これにより ユーロに対する下落圧力が続くことになるでしょう。 ドイツでは、欧州連合(EU)懐疑派で反移民を掲げる政党「ドイ ツのための選択肢(AfD)」に対する支持率はたったの 15%程度 で、アンゲラ・メルケル首相が 4 選を目指して立候補することを 決めたことで、中道政権が続く見込みです。 最後に、ユーロ圏諸国が引き続き連帯を維持するのであれば、 2010 年に始まったユーロ圏債務危機の後に見られたように、ユー ロ圏崩壊懸念をきっかけとする金融市場の混乱は絶好の買い場と なります。 第四に、大陸欧州において、ユーロ圏維持に対する支持が高いこと です。ユーロ圏の支持率はオランダでは 75%、フランスでは 67%、 イタリアでは 55%程度となっています。ギリシャの急進左派連合シ リザが極左のユーロ懐疑主義を維持することをやめて他の中道政 トランプ氏の米大統領選での勝利以降の株式市場の上昇はやや過 熱気味で、今後数週間のうちに予定されている様々なイベント(イタ リアの国民投票、ECB や米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政 策決定会合)に対して反応しやすい環境にあると見られますが、調 整局面を経た後は、足元の妥当なバリュエーションや、世界的な金 融緩和環境の継続、米国の財政刺激策に対する期待、企業収益の 改善、さらには 12 月半ば頃から始まる「サンタクロース・ラリー」にも 支えられて、株式市場は年末にかけて再び上昇に向かうと想定され ます。 シェーン・オリバー博士 インベストメント・ストラテジーヘッド&チーフ・エコノミスト AMP キャピタル 重要事項:この⽂書に含まれる情報は⼀般的な情報の提供のみを⽬的として AMP Capital Investors Limited(ABN 59 001 777 591, AFSL 232497)(以下「AMP キャピタル」とい います。)が作成したものです。これは現地において適⽤される法令諸規則や指令に反することとなる地域での配布または使⽤を意図したものではなく、かつ、特定の投資ファンドまたは投資戦略への 投資を推奨、提案または勧誘するものではありません。読者は、この情報を法的な、税務上の、あるいは投資に関する事項の助⾔と受け取ってはなりません。読者は(この情報を受領した地域を含 む)特定の地域において適⽤される法令諸規則その他の要件に関して、並びにそれらを遵守しなかったことにより⽣じる結果について、専⾨家に意⾒を求め、相談しなければなりません。この⽂書の 作成に当たっては細⼼の注意を払っていますが、AMP キャピタルあるいは AMP リミテッドのグループ会社は、予測を含むこの⽂書の中のいかなる記述についても、その正確性または完全性に関して表 明⼜は保証をいたしません。脚注に⽰される通り、この⽂書中のいくつかの情報は、当社が信頼できると判断する情報源から取得しており、現在の状況、市場環境および⾒解に基づいています。 AMP キャピタルが提供した情報を除き、当社はこの情報を独⽴した⽴場で検証しておらず、当社はそれが正確または完全であることを保証することはできません。過去の実績は将来の成果の信頼で 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