ポピュリスト候補トランプ vs 中道派候補クリントンの米国大統領選が 投資家へ与える影響について 要点 > > > > 共和党指名候補であるドナルド・トランプ氏が掲げ る「政策」により、11 月 8 日の米国大統領選投開票 が投資家にとって(そして世界にとって)非常に大き なイベントになりつつあります。 投資家にとって最も差し障りのない選挙結果は「ク リントン氏が勝利するが、共和党が下院を掌握す る」、つまり大局に変化なし、という状態です。 しかし、両者の勢いは拮抗しています。トランプ氏 の経済政策のいくつかには説得力があり、米国経 済と株式市場にとってプラスになる可能性がありま すが、このことは、彼のより極端な政策(特に貿易、 移民、そして対外政策)対する議会によるチェック に左右されることになるでしょう。 米国大統領選を巡るリスクは我々の見方と一致し ており、株式市場の幅広いトレンドは引き続き上昇 するも、今後数ヵ月間にわたり投資家にとってボラ ティリティの高い状態が続く可能性があります。 はじめに ドナルド・トランプ氏が共和党の大統領指名候補となったこと から、11 月 8 日の大統領選投開票の結果がこれまで以上に 重要になっています。特定民族に対する差別的で侮辱的なコ メントや、すぐ短気を起こす性質、そして常軌を逸した性格な どから、多くの人がトランプ氏は米国大統領には相応しくない と見る可能性があります。本稿では、この件を巡る主な問題 と投資市場に与える影響について考察したいと思います。 これまでの経緯と背景 今回の大統領選は、正統派の候補(クリントン氏)とポピュリ ストの部外者(トランプ氏)の闘いという構図に集約されます。 中道保守と中道左派の候補による闘いだった過去の米国大 統領選と比較すると、今回の選挙は比べものにならない程の 問題を孕んでいます。トランプ氏の躍進を支えて来たのは、 英国の EU 離脱(ブレクジット)を突き動かしたものと同じ力、 即ち所得の伸び悩みに対する中間層の反発、格差の拡大、 世界金融危機(GFC)後の鈍い経済成長ペース、生活水準を 上げるための借入能力の低下、増加する移民、そして政治ト ップの周知のもとで進められた産業の海外移転による就業機 会の喪失です。 虐げられた市民が、単純な解決法を喧伝するポピュリスト政 治家に魅了されるのは良くあることです。トランプ氏の支持基 盤は圧倒的に、米国内から製造業の就業機会が失われたこ 2016 年 9 月 30 日 とで困窮している、大学卒業資格を持たない白人男性です。 彼らは、ここ数十年の世界の進歩から取り残されたと感じて おり、自らが属するグループが自国内で今までになく縮小す ることに不満を持っています。 主な政策 トランプ氏とクリントン氏の主な政策は次の通りです。 税制: トランプ氏は、最高限界税率を 39%から 33%に引き 下げることを含む大規模な個人所得税の削減や、法人税最 高税率の 35%から 15%への引き下げ、相続税廃止などを 公約にしています。一方クリントン氏は、累進限界税率の引き 上げ、各種税額控除の設定、相続税率の引き上げ、そして贈 与税および高頻度取引に対する課税などを公約としています。 インフラ:双方とも、インフラへの支出拡大を望んでいます。 財政支出:トランプ氏は非国防に関する裁量支出を年間 1% 削減したい(いわゆる「ペニー・プラン」)とする一方で、国防と 退役軍人に対する支出は引き上げるとしています。クリントン 氏は、非国防裁量支出を引き上げたいと考えています。 財政赤字:クリントン氏の政策は、トランプ氏の政策よりは財 政赤字を悪化させないように見えます。トランプ氏は、赤字幅 が拡大した場合には、自身のビジネススキルを駆使して債権 者と交渉するとしており、米国の公的債務 19 兆米ドルを 8 年間でゼロにすると言っています(実現可能であれば、素晴 らしいことです)。 貿易:トランプ氏は、中国製品に対し 45%、メキシコ製品に対 し 35%の関税をかけるなど、保護貿易的政策を提案してい ます。クリントン氏は、米国が傷を負わない限りという条件付 きで、概ね自由貿易を支持しています。 規制: トランプ氏はドッド・フランク法による金融規制を廃止し、 大手銀行の活動を制限し、米連邦準備制度理事会(FRB)に 監査を行うことでその独立性を制限し、米国のエネルギー産 業を筆頭に産業規制を幅広く緩和するグラス・スティーガル 政策への回帰を望んでいます。クリントン氏は、産業規制の 強化と、クリーンエネルギーへの優遇政策を公約としていま すが、大手銀行に対するグラス・スティーガル政策の適用に は一定の支持を表明しています。 移民:トランプ氏はメキシコとの国境に壁を建設し、1,100 万 人の違法移民を強制的に国外退去とし、イスラム教徒の米国 への入国を禁止し、企業に対し米国人を優先的に雇用するこ とを求めるとしています。一方クリントン氏は、移民受け入れ について拡大寄りの姿勢を示しています。 ヘルスケア: トランプ氏は、オバマケアの廃止とメディケアに おける薬価引き下げを実現するとしています。クリントン氏は、 オバマケアの存続と、ヘルスケアへのアクセス拡大、そして 薬価の上限設定を公約としています。 対外政策: トランプ氏は「アメリカ優先」の同盟関係の再構築 と、同盟国の支出引き上げを求めており、南シナ海の領有権 では中国と対決するとし、「イスラム国」が掌握した油田を爆 撃するとしています。クリントン氏は、同盟強化を望み、米国 のアジア「基軸戦略」を(軍事戦略の枠組みのひとつとして) 継続するとしています。 経済的な影響 まずトランプ氏を見てみましょう。彼の経済政策の多くは実際 のところ、米国経済を押し上げる可能性があります。大幅な 税率引き下げの一方で、国防費とインフラ支出の増額という レーガン政策に似た組み合わせが当初は財政刺激策として 奏功し、規制緩和により供給側が若干ながら下支えされるで しょう。ただし長期的には、財政赤字が大幅に拡大する可能 性が高く、保護貿易政策に基づく関税引き上げにより貿易戦 争が勃発するとともに消費者物価が上昇し、移民制限により 労働力の伸びが失速してコスト上昇につながる可能性があり ます。これらすべてが、インフレ率と金利、そして米ドルの上 昇につながり、経済成長の打撃となる可能性があります。トラ ンプ氏がこれらの政策を遂行した場合、地政学的および社会 的にマイナスの影響(支出引き上げを迫ることで同盟国との 間に緊張が生まれ、米国債への資金流入が減り、米国がよ り分断されるなど)が出る可能性もあります。 クリントン氏の政策は、短期的には経済を刺激する効果を上 げる可能性がありますが、最高限界税率の引き上げと規制 強化により、短期的な景気浮揚効果は相殺される可能性が あります。ただし、少なくとも貿易戦争が起こる可能性はあり ません。 この予想はもちろん、勝者がすべての「政策」の実現を望み、 かつ完遂することができるとの前提に基づくものです。周知 のとおり、政治家というものは、一旦権力の座に就き現実が 見えてくると、掲げる政策から極端な要素を排除するもので す。フランスのフランソワ・オランド大統領とギリシャの急進左 派連合シリザがその良い例です。クリントン氏とトランプ氏も、 何ら変わりはないでしょう。しかし、多くのことは大統領選と同 時に実施される議会選挙の結果と、議会によりどのようなチ ェックが入り、どのように政策間のバランスを取っていくのか に左右されると思います。 選挙のシナリオと予想 この点に関し念頭に置くべき 4 つのシナリオと、それぞれの おおよその実現可能性(カッコ内)は下記の通りです。 A. トランプ氏が大統領に就任、共和党が下院および上院の 支配を維持する。言い換えれば、トランプ氏が勝利した場 合、それが議会における共和党への支持につながる可能 性がある。(可能性 45%) B. クリントン氏が大統領に就任、共和党が下院および上院 の支配を維持する。(30%) C. クリントン氏が大統領に就任、共和党が下院の支配権を 維持するが民主党が上院において僅差で勝利、ただし上 院の支配権を確保する議席過半数は逃す。(20%) D. クリントン氏が大統領に就任、民主党が上下院議席の過 半数を獲得する。(5%) 共和党は 2012 年にミット・ロムニー氏が負けたことを受け、 もっとヒスパニックおよび黒人層にアピールしなければならな いという結論に至りました。トランプ氏はこれを覆し、白人から の得票増を狙いました。彼は、大学卒業資格を持たない白人 男性の間では人気が高いものの、女性や非白人の間では不 人気です。そのため、投票率とどちらによりやる気を見せるか に選挙結果が大きく左右される展開になっています。これま でのところクリントン氏は、多少の上下はあるものの、事前調 査ではトランプ氏を上回って来ました。最近ではトランプ氏が 暴言を抑えていることと、クリントン氏の健康問題が支持率に 悪影響を与えたことから、両者の支持率が一部の調査で拮 抗し、事前調査平均ではクリントン 44.9%対トランプ 44%と なるなど、彼女のリード幅が狭まっています。しかし、選挙の 大勢は、クリントン氏がリードする傾向にあるいわゆる「激戦 区」と、選挙人団(最終的にアメリカの大統領・副大統領を選 出する代理人たちで、多様化し相対的に裕福で知的レベル の高い都市部に政治的パワーが集中していることから、民主 党を選好する傾向にある)の動向に左右されます。民主党は また、投票への参加呼びかけ活動が得意です。ただし、これ らのことがクリントン氏に有利に働くにも関わらず状況は極め て厳しくなっており、クリントン氏の優勢度は 55 対 45 に過ぎ ないと見ています。 さらに、トランプ氏とクリントン氏はどちらも過去の大統領候補 と比較すると極めて不人気であることから、たとえクリントン氏 が勝利したとしても、民主党が下院の支配力を確保すること が出来ない(シナリオ B または C)可能性が非常に高いと思 われます。つまり、クリントン大統領が誕生した場合、政府の 分断が続く可能性が高いということです。したがって、共和党 と連携するうえで彼女は妥協を強いられることになるでしょう。 このことはつまり、彼女が掲げる左派色の強い政策(規制強 化、税率引き上げなど)は議会を通過せず、結局は「以前と 代わり映えしない」状態になる可能性が高いでしょう。 対照的に、トランプ氏が大統領に就任した場合、引き続き上 下院で共和党が過半数の議席を獲得する可能性があります。 これにより、大幅な税制改革と規制緩和が実現する機会が生 まれますが、保守的な共和党議員は財政赤字の急拡大と急 進的な保護貿易主義の阻止に向かわざるを得なくなる可能 性があります。税制と財政支出に関する米国大統領の権限 は限られていますが、貿易政策と戦争権限に関してはより大 きな柔軟性を持ちます。後者二つに関しては、トランプ氏が大 統領に就任した場合、リスクが最も大きくなるでしょう(トラン プ氏が中国に対する関税を永久に 45%まで上げることが出 来るかどうかについては甚だ疑問ですが)。 選挙と株式市場 まずは、いくつかの事実を見てみましょう。4 年ごとの選挙サ イクルにおける選挙年は、一般的に米国株式にとってはまず まずの年となっており、1927 年以降の平均トータルリターン は 11.2%となっています。 出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル 1945 年以降の平均リターンを比較すると、民主党政権下で は年率 15.2%、同期間の共和党政権下では年率 10.1%と、 歴史的には米国株式は実際のところ、民主党政権下の方が 良好な結果を出しています(下図参照)。 出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル 現時点では、米国株式市場は米国大統領選挙についてそれ ほど注目しているようには見えません。市場予想が何らかの 参考になると仮定するなら、投資家は 3 分の 2 の確率でクリ ントン氏が勝利すると予想しているものの、それ以上を予想し ているとは思えない、つまり民主党が議会の支配を掌握する とは考えていないと見ています(先述のシナリオ B および C)。 言い換えるなら、現状維持になるだろうということです。しかし、 英国の EU 離脱(ブレクジット)や豪州の選挙でも目撃した通 り、最近の市場予想はあまり当たりません。ですから、もしク リントン氏が勝利し、民主党が議会を掌握した場合(シナリオ D、あまり可能性は高くありませんが)、または、より現実的な リスクとしてトランプ氏が勝利し共和党が議会を掌握した場合 (シナリオ A)、投資家がショックを受け、これによって少なくと も瞬間的に市場が乱高下する可能性があります。このため、 トランプ氏の支持率が上昇し続けた場合、投資家が特に彼の 貿易および対外政策を懸念し、最近の株式市場のボラティリ ティが今後数週間にわたり続く可能性があります。 トランプ氏のレーガン的な経済政策は議会から支持されてい るようですので、彼が勝利した場合、当初の神経質な展開さ え越えれば株式市場は落ち着く可能性があります。しかし最 終的には、貿易および対外政策のうえで米国がどこへ向かう のかということに、大きく左右されるでしょう。議会はこれらの 分野でトランプ氏が暴挙に出ないようコントロール出来るし、 経済的および政治的な現実を目の当たりにすれば彼は中道 保守政策を取らざるを得なくなることが予想されますが、これ には時間がかかる可能性があります。 「以前とほぼ代わり映えしない」クリントン氏の勝利は、投資 市場に対しよりスムーズな流れ(米国に対し高い貿易エクス ポージャーを持っている豪州経済にとってはより好ましい結 果)を約束してくれるでしょう。興味深いことに、1970 年代初 頭以来、米国株式市場が最も良いパフォーマンスをあげたの は、民主党から大統領が出て共和党が下院を掌握していた 時でした。 シェーン・オリバー博士 インベストメント・ストラテジーヘッド&チーフ・エコノミスト AMP キャピタル 重要事項:この⽂書に含まれる情報は⼀般的な情報の提供のみを⽬的として AMP Capital Investors Limited(ABN 59 001 777 591, AFSL 232497)(以下「AMP キャピタル」とい います。)が作成したものです。これは現地において適⽤される法令諸規則や指令に反することとなる地域での配布または使⽤を意図したものではなく、かつ、特定の投資ファンドまたは投資戦略への 投資を推奨、提案または勧誘するものではありません。読者は、この情報を法的な、税務上の、あるいは投資に関する事項の助⾔と受け取ってはなりません。読者は(この情報を受領した地域を含 む)特定の地域において適⽤される法令諸規則その他の要件に関して、並びにそれらを遵守しなかったことにより⽣じる結果について、専⾨家に意⾒を求め、相談しなければなりません。この⽂書の 作成に当たっては細⼼の注意を払っていますが、AMP キャピタルあるいは AMP リミテッドのグループ会社は、予測を含むこの⽂書の中のいかなる記述についても、その正確性または完全性に関して表 明⼜は保証をいたしません。脚注に⽰される通り、この⽂書中のいくつかの情報は、当社が信頼できると判断する情報源から取得しており、現在の状況、市場環境および⾒解に基づいています。 AMP キャピタルが提供した情報を除き、当社はこの情報を独⽴した⽴場で検証しておらず、当社はそれが正確または完全であることを保証することはできません。過去の実績は将来の成果の信頼で きる指標ではありません。この⽂書は⼀般的な情報の提供を⽬的として作成したものであり、特定の投資家の投資⽬的、財務状況または投資ニーズを考慮したものではありません。投資家は、投資 判断を⾏う前に、この⽂書の情報の適切性を考慮し、当該投資家の投資⽬的、財務状況⼜は投資ニーズを考慮した助⾔を専⾨家に求めなければなりません。この情報は、その全部または⼀部で あるかを問わず、AMP キャピタルの書⾯による明⽰の同意なく、いかなる様式によっても、複製、再配布あるいはその他の形式で他の者が⼊⼿可能な状態に置いてはなりません。
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