原油価格下落の背景とその影響

原油価格下落の背景とその影響
2016 年 1 月 28 日
要点
> 原油価格は、過剰供給と米ドル高という 2 つの要因が重なり、
2 年前の水準から 70%以上下落しています。
> 今後、1 バレル=20 米ドルを割り込む可能性もありますが、減
産の開始も目前と思われます。
> これまで、石油生産会社に対する悪影響がクローズアップされ
てきましたが、原油安は最終的には経済成長の追い風となる
でしょう。
> 豪州の平均的な世帯におけるガソリン代は、2 年前と比べて一
週間当たり約 14 豪ドルの節約となっています。
この原油価格上昇によって、エネルギー効率の改善が促進された
ほか(バイオエタノールの活用、電気自動車の普及等)、より重要な
点として、かつては不経済とされていた新たな原油供給源の開発
(海上油田、米国のシェールオイル等)も加速しました。
はじめに
直近 2 本の『オリバーズ・インサイツ』では、ここ最近の金融市場の
混乱に関する弊社の見方を説明しましたが、本稿では新たに、各国
中央銀行が足元で一段とハト派に傾きつつある点に注目しています。
この動きの起点となったのは欧州中央銀行(ECB)で、同中銀は 3
月の理事会で追加緩和を発表すると見られています。米連邦準備
制度理事会(FRB)も、1 月 27 日の米連邦公開市場委員会(FOMC)
会合で成長見通しに対する懸念を表明、足元の経済・金融動向を注
視していると述べるなど、ハト派色を強めたことは明らかです。FRB
が 3 月に利上げを実施する確率は現在約 20%まで低下しており、
年内の利上げの回数についても、FRB が予想していた 4 回ではな
く 1 回または 0 回に留まると私自身は見ています。ニュージーランド
準備銀行(RBNZ)もハト派に転じており、豪州準備銀行(RBA)も近
く追随する見通しです。
原油安が年初来の金融市場の混乱に与えた影響は、極めて意外な
ものでした。経験則に基づけば、原油価格の上昇こそが悪材料であ
り、原油価格の下落は好材料と考えられてきました。ところが最近、
このような図式は当てはまらなくなっており、原油価格と株価の間に
は正の相関が存在している模様です(つまり、原油価格の下落によ
り世界経済の減速懸念が浮上、株式市場が下落するか、逆に、世
界経済の減速懸念の後退に伴い原油価格が上昇し、株式市場も上
昇する、という構図です)。一体、何が起きているのでしょうか。
原油価格下落の要因
原油価格は世界的な過剰供給によって大きく下落しています。例え
ば 1998 年~2008 年の 10 年間で、原油価格は 1 バレル=10 米ド
ルから 145 米ドルまで上昇しました。その後は金融危機時に急落し
たものの短期間で終わり、2014 年にかけて 1 バレル=平均 100 米
ドル近辺で推移しました。
長期的な世界の原油価格の推移
出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル
これは、1970 年代の高騰局面における動きと類似していますが、今
回の原油高には上記以外の要因も影響を及ぼしています。
• 新興国の成長減速:中国の経済成長率は過去 10 年間で約
+10%から+7%前後まで鈍化しており、成長の牽引役も現在、
サービス業と内需にシフトし始めていることから、エネルギー消
費量は減少傾向にあります。
• 中東情勢:イランは(経済制裁の解除に伴い)、今年から原油の
増産に着手すると見られます。一方、石油輸出国機構(OPEC)
はもはや価格カルテルとしての機能を失っており、その方針は、
イランへの圧力強化と長期的な市場シェアの確保を目指すサウ
ジアラビアの思惑に左右されています(特に、新たな産油国の台
頭を阻止したり、代替エネルギー/より効率性の高いエネルギ
ーへのシフトを遅らせたりする狙いがあります)。
• 技術革新:原油価格が急落するなかでも、一部の生産者は技術
革新によって効率化を図っており、生産を持続させることが可能
となっています。
• 米ドル高:大半のコモディティは米ドル建てで取引されることから、
米ドル高が下押し圧力となります。但し、原油価格はここ最近、
ユーロ、円、豪ドル建てでも下落しています。
2015 年、世界の原油生産量は記録的水準に迫る日量 9,630 万バ
レルに達し、消費量を 180 万バレル以上上回りました。もっとも、こ
こ数年間は、ほぼ全ての主要コモディティ価格が大幅に下落してお
り、原油もその一つに過ぎません。
原油価格の底打ちは近いのか?
1バレル当たり米ドル
原油価格の下落がどこまで続くのかは、実際のところ、誰にも分かり
ません。原油価格は現在、2011 年の高値と比べて 77%下落してお
り、奇しくも、過去に減産が開始された時点の下落率もほぼ同水準
となっています(次のチャートをご参照ください)。原油価格は既に底
入れしているか、或いは、底入れ目前と私自身は見ており、世界的
な景気後退に陥らない限り、自律的な反発が予想されますが、原油
価格は 1 バレル=20 米ドルまで下げ幅を拡大する可能性もあり、
その場合には 1986 年と 1998 年の安値に到達することになります。
現在の米ドル価での原油価格
名目原油価格
(年)
黒線は長期的なトレンドを示したもの。出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル
豪州への影響
世界的な原油価格下落
豪州は原油の純輸入国である一方、エネルギーの純輸出国でもあ
ることから、原油安が燃料・ガス価格に転嫁される限り、国民所得や
税収は減少すると予想されます。とは言え、原油価格の下落は家計
に大きな節約効果を生み出します。世界の原油価格は豪ドル換算
でも下落していることから、ガソリン平均小売価格は 1 リットル=0.9
豪ドル前後になると思われます(以下のチャートをご参照ください)。
現時点で小売価格はまだその水準には達していないものの(シンガ
ポールのガソリン価格に基づく精製マージンの高さが要因と思われ
ます)、2014 年の安値まで下落しています。
1バレル当たり米ドル
WTI原油価格
(年 )
出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル
足元の水準を踏まえれば、原油先物価格でさえ、米国シェールオイ
ルの新規掘削における採算ライン(1 バレル=50 米ドル前後と考え
られます)に届かない公算が大きいと思われます。また最近の原油
安を受けて、米国の消費者の間では、高燃費車への人気が再び高
まっており、これら需給面の動きから見て、原油価格は底打ちに近
付いていると私自身は考えます。更に、シェールオイルの増産は比
較的容易で、代替エネルギー分野での技術革新も急速であることか
ら、原油価格が底打ちした場合、次の上昇局面ではおそらく 1 バレ
ル=60 米ドル前後が高値になると予想されます。
豪州のガソリン価格vs.タピス原油価格
1リットル当たり豪ドル
1バレル当たりタピス原
油価格(豪ドル、右軸)
1バレル当たり豪ドル
ガソリン小売価格
(左軸)
なぜ、原油安は大きな悪材料となっているのか?
(年)
今回、原油安が大きな悪影響を及ぼしている、いくつかの理由があ
ります。第 1 に、現在、中東の産油国ではかつてない規模にまで歳
出が膨らみ、原油収入を上回っていることから、今後原油価格が崩
壊すれば、1980 年代と 1990 年代の原油安局面以上に歳出削減を
強いられる可能性もあります。
第 2 に、過去の原油安局面と比べて、先進国の消費者は原油の使
用に慎重になっており、エネルギーコストが低下するなかでも、さほ
ど購買欲は高まっていません。
第 3 に、原油安と米ドル高が同時に発生していることから、新興国
市場の多くは資金調達を巡る問題に見舞われ、デフォルト懸念も高
まるなど、大きな圧力に直面しています。
最後に、米国ではここ最近、シェールオイル開発を手掛けるエネル
ギー会社が、企業の借入や設備投資の伸びを牽引してきました。し
かし現在、これら企業には下押し圧力が掛かっていることから、デフ
ォルト懸念が浮上し、設備投資も鈍化しています。
出所:ブルームバーグ、AMP キャピタル
※タピス原油:タピス油田は南シナ海陸棚に位置するマレーシアを代表する油田。
ガソリン平均小売価格は現在、1 リットル=1.1 豪ドル前後であるこ
とから、平均的な家計におけるガソリン代は、2 年前と比べて一週間
当たり約 14 豪ドルの節約となっており、これは年間で 750 豪ドルに
相当し、今後、その一部は消費に回されると考えられます。
今後も悪影響が好影響を上回るのか?
一連の懸念の多くはしばらく続くと考えられますが、いずれかの時点
で、企業や家計でのエネルギーコスト低下による好影響が明確に現
れるでしょう。過去の経験から見て、原油安によるプラスの効果が先
進国 7 ヶ国の成長率に反映されるまでには多少の時間を要し、以
下のチャートから推察するに、その影響は今年から現れると考えら
れます。
原油価格の下落が今年の経済成長を強力に押し上げる兆し
年率変化(%)
G7の実質GDP成長率
(左軸)
18ヶ月変化(%)
WTI原油価格
逆軸、18ヶ月先物
(右軸)
出所:AMP キャピタル
「ピークオイル」説の限界
この 10 年余り、世界の原油生産が「ピーク」に迫っているとの議論
が盛んに行われてきました。議論のベースとなっていたのは地質学
者キング・ハバート博士の学説で、原油生産がピークに達した後に
は、経済危機から「戦争、飢餓、景気後退ひいては人類滅亡」に至
るまで、あらゆる惨事が発生すると予測されていました。ピークオイ
ル説は 1970 年代以降広く知られるようになりましたが、現実化する
ことはなく、世界の原油生産は拡大し続けました。その後 1980 年代
と 1990 年代には、再び原油価格が安値を付けたことから、この理
論が妥当性を欠くことが明白となりました。確かに世界の原油生産
量には限界があるものの、「ピークオイル」説は経済の基本原理を
無視しています。原油価格の上昇は技術革新を促すものであり、原
油が枯渇する前に代替エネルギーが普及すると考えられるのです。
投資家への影響
(年)
出所:ドイツ銀行、トムソン・ロイター、AMP キャピタル
また、原油やその他のエネルギー価格の下落がインフレ率に与える
影響は、ベース効果を要因として、多くの場合一度限りに留まります。
主に、総合インフレ率に影響が生じますが、概して一時的なものと考
えられています。但し、総合インフレの低下が続けば、コア・インフレ
率やインフレ期待に影響が及ぶ可能性も高まります。これはまさに、
中央銀行が目下取り組んでいる問題です。原油安によってインフレ率
を目標水準に押し戻すことが難しくなれば、長期にわたり低金利が続
くと考えられます。
急激な原油価格の下落が続く限り、少なくとも株式市場との関連で
言えば、消費者への恩恵以上に、石油生産会社が被る悪影響に注
目が集まると思われます。しかし、年内のいずれかの時点で、消費
の拡大が明らかとなり、先進国やアジアのエネルギー純輸入国では
経済成長への寄与も顕在化する見通しです。一方で、原油価格の
低迷はデフレリスクが残ることを意味し、金利は今後長期にわたり
低水準に留まることになるでしょう。
シェーン・オリバー博士
インベストメント・ストラテジーヘッド&チーフ・エコノミスト
AMP キャピタル
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