退 職 関 係 試用期間中の中途入社者を能力不足で解雇する際、 今後の経歴等を考慮し、 自己都合退職として取り扱う場合の留意点 試用期間中の中途入社者がいます。試用期間は 3 カ月ですが、ここ 1 カ月の勤務 かい り 態度や業務遂行能力から判断すると、職務経歴書の記載内容とは著しい乖離が見ら れ、上司や同僚ともそのことが原因でトラブルが生じています。そこで、本採用は 難しい旨を本人に伝える方向です。このように本人に問題があり試用期間中に解雇 する際、本人の今後の経歴等を考慮し、解雇理由を自己都合退職(一身上の都合)と して取り扱う場合の留意点をご教示ください。 (高知県 K社) 本人に退職勧奨をして、合意の下に自己都合退職とすることは可能だが、 退職強要と主張されないよう説明方法に注意が必要である 回答者 米倉圭一郎 よねくら けいいちろう 1.試用期間の法的性質 弁護士 (髙井・岡芹法律事務所) を知るに至った場合が挙げられます。 社員を採用した直後に試用期間を設ける会社は この点、ご質問の中途入社者は、入社後の勤務 多いのですが、この試用期間中の雇用契約は解約 態度や業務遂行能力から判断すると、職務経歴書 権留保付雇用契約と考えられています。 の記載内容とは著しい乖離が見られ、上司や同僚 そして、この留保された解約権の行使について ともそのことが原因でトラブルを生じているとい は、 「通常の解雇と全く同一に論ずることはでき うことであれば、試用期間中の勤務状態等により ず、前者(編注:留保解約権に基づく解雇)について 知るに至った、当初知ることができなかった事実 は、後者(編注:通常の解雇)の場合よりも広い範 があるといえると考えられます。 囲における解雇の自由が認められ」る(三菱樹脂 事件 最高裁大法廷 昭48.12.12判決 労判189号 16ページ)と考えられています。 しかしながら、注意すべき点として、試用期間 しかしながら、試用期間中に使用者が自由に解 中に解雇を行うことと試用期間満了時に本採用拒 雇できるものではなく、 「解約権留保の趣旨、目的 否(解雇)を行うことは、解雇の有効性の判断基 に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通 準が異なるということが挙げられます。具体的に 念上相当として是認されうる場合のみ許される」 は、試用期間中に解雇を行うことは、本採用を拒 (前掲三菱樹脂事件)と解されています。そして、 否するよりもその判断が厳しく行われる結果、解 この解約権留保の趣旨の具体的な内容としては、 134 2.試用期間中の解雇と本採用拒否の違い 雇が無効となる可能性が高いと考えられます。 試用期間中の勤務状態等により当初知ることがで そもそも試用期間は入社後一定期間を試用の期 きず、また、知ることが期待できないような事実 間として、この期間に社員の能力等を評価して本 労政時報 第3911号/16. 6.24 採用を決定するものと考えられています。そのた 退職を勧めるということが一つの方法として考え め、社員の能力を判断する期間としては試用期間 られます。使用者としても、本採用拒否をすると の満了時までが予定されており、その期間中に本 解雇紛争が発生する可能性があるので、紛争防止 人の能力に問題があることが判明した場合でも、 の見地からは中途入社者との話し合いの上で自主 注意指導を行い改善の機会を付与し、最終的に試 的な退職を勧めるのが望ましいでしょう。 用期間満了時に社員としての適性を判断する、と いう手順を踏むことが妥当であると考えられます。 さらに、雇用保険の観点から考えると、一般的 には、解雇(刑法違反等の自己の責めに帰すべき 平21. 重大な理由による解雇〔重責解雇〕を除く)によ 労判991号153ページ)においても、試 り離職した人には待期期間(受給資格決定日から 用期間満了前に本人の能力に問題があると判断す 通算して 7 日間)により失業等給付(求職者給付 ることは、中途入社者の資質、性格、能力等を把 の基本手当)が支給されます。しかし、正当な理 握することができ、会社の従業員としての適性に 由がなく自己都合退職とすることは中途入社者に 著しく欠けるものと判断することができるような とって基本手当の受給が遅くなる(待期期間終了 特段の事情がある場合にのみ認められており、こ 後、さらに 3 カ月間の給付制限が生じる)という のような特段の事情がない場合には、解雇の有効 デメリットが発生する可能性があります。また、 性を裏付ける一層高度の合理性と相当性が求めら この「正当な理由」とは、疾病、妊娠・出産・育 れることが指摘されています。 児、親を扶養しなければならなくなったといった 裁判例(ニュース証券事件 9.15判決 東京高裁 家庭の事情の急変、配偶者の転勤等に伴う通勤不 3.ご質問のケースへの対応 可能や困難になったこと等が該当し、たとえ「一 ご質問の会社では、 1 カ月の勤務態度や業務遂 身上の都合」としたとしても、公共職業安定所長 行能力から本採用拒否を判断されていますが、試 により理由が客観的に認められなければならない 用期間満了前に解雇をすると、上記2.に記載した ので、留意が必要です。そのため、基本手当の支 ように特段の事情がない場合には解雇の有効性を 給開始時期のことを考えて、中途入社者が本採用 裏付ける一層高度の合理性と相当性がないという 拒否(解雇)を希望する可能性もあります(なお、 理由で解雇が無効となる恐れがあります。した 基本手当の支給開始時期は最終的には公共職業安 がって、試用期間満了まで最終的な判断をするの 定所長の判断となります) 。 は控えるのが望ましいと考えられます。 そこで、使用者としては、中途入社者に対し自 そして、試用期間満了までの間、中途入社者に 主的な退職を促しつつ、自主的な退職を拒否され 対しては、勤務態度や業務遂行能力の具体的な問 た場合に本採用を拒否するか否かを決定するとい 題点を指摘して、改善を促した上で、それでも中 う対応が一般的に考えられるところです。 途入社者の業務態度等が改善されないのであれば、 本採用の拒否を検討することになります。 ただし、自主的な退職を促すということは、す なわち退職勧奨をするということになりますので、 なお、この場合に本採用拒否ではなく、中途入 中途入社者から「退職強要をされた」と言われる 社者との話し合いの下、自己都合退職(一身上の 恐れがあります。そこで、退職勧奨の際には本採 都合)とすることで退職の合意をすることも考え 用拒否を考えていることについて、その理由となっ られます。なぜなら、本採用拒否(解雇)となれ た中途入社者の能力不足の点などを説明し、理解 ば、中途入社者にとっても自己の経歴に傷が付く を求めることが肝要です。また、その面談を長時 ことになり、中途入社者自身の転職活動に支障が 間にわたり、密室で、多人数で取り囲んで威圧的 生じる可能性があるからです。そこで、中途入社 に退職を迫ることは控えるといった留意が必要と 者に対して、メリットを説明した上で、自己都合 なります。 労政時報 第3911号/16. 6.24 135
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