人工膝関節置換術における当院の試み

人工膝関節置換術における当院の試み
2013 年 1 月 山近記念総合病院編
ここ数年の間に在籍する整形外科医の人数が増え、外傷のみなら
ず人工関節手術を施行する機会が増加してきました。そこには現在に
至るまで、各各の Dr.の出身医局や臨床病院での個々の経験やトレー
ニング、そして他県の人工関節センター施設見学を経て、もっとも山近
記念総合病院にふさわしい機種・術式を選択し、実践そしてその信頼
の結果ではないかと自負しています。
今回、特に人工膝関節手術について、山近記念総合病院としての
工夫を列挙してみましたので紹介します。
Σ -Series(MB-PS)
Depuy 社 HP より
① インプラントの選択 ~より深屈曲を目指して~
当 院 で 昨 年 ま で 使 用 し て い た の は 、
Posterior-Stabilizing system(前後方行制動機能;PS 型)人
工膝関節の亜型として、)と Mobile insert platform(回転挿
板)を組み合わせた”モバイル PS 型”人工膝関節です。
( DepuySynthes 社製 Σ - Series;左図)
一般的に市販されている人工膝関節は3つの部位
(Femoral Component、Insert(インサート)、Tibial Component)
で構成されているものがほとんどです。この機種はインサート
に特徴があり、Inset 自体が水平面で左右に動きつつ、中央
の角のような突起で、Femoral Component の動作を制御し
ます。膝関節の動態は実は複雑で、単純な蝶番関節ではあ
りません。そこでこの機種はその複雑な動きを受動するた
めの関節です。
当院ではかなり高齢(80 歳以上)でも人工関節手術を
希望され、実際施行しているのですが、いままでの手術を受けられた患者の膝の平均屈曲角は
120°を超えています(後日ご報告の予定)。関節破壊の程度や筋肉の柔軟性等の術前の状態に
もよりますが、じっくりリハビリをすれば、「正坐」は難しいけれども「しゃがむ」ことは可能です。
② タニケット(駆血帯)は“使用しない”こだわり
近年、日常生活においても深部静脈血栓症(Deep Venous Thrombosis;DVT)がクローズアッ
プされています。要は食生活の西洋化などの要因で、日本人も「じっとしている」とフクラハギなどの
静脈に血栓がたまりやすい体質になってきていることです。最近では飛行機搭乗時に起こる「エコ
ノミー症候群」等で代表されるもので、年齢に関係なく考えなければならない問題となっています。
手術中や術後の安静期間はどうしても下肢を動かすことができないので、我々外科医は常に
DVT を念頭に置かなければなりません。離床期やトイレ動作で急激に末梢血流が回復したことを
期に、溜まった血栓は全身に旅立ちます。多くの血栓は血管内で溶解していく一方で、数珠つなぎ
のような血栓は溶けずに、臓器血管を詰まらせてしまい、血行途絶を惹き起します。
さて、多くの施設では、人工膝関節手術のみな
らず下肢領域の手術において、術野確保の目的で
「タニケット」という血圧計の駆血帯のお化けみたい
な物を使用します。手術時間が1~2 時間かかる間
ずっと作動し下肢血流を遮断することになります。前
述の DVT 発生要因を思い出してください。その間に
フクラハギには血栓がたまる可能性が高くなり、術後
に血栓症症状が出現することは容易に想像できます
ね。
そこで当院では、手術時にタニケットを巻かずに、
人工膝関節手術を施行する、人呼んで「ノータニケッ
ト手術」を実践しています。「まさかあ?」と思われる
若い Dr.もいると思いますし、他の病院でベテランの
タニケット(駆血帯)
Dr.がチャレンジするもあまりの出血による視野の狭
さにより断念したという話も散聞します。確かにタニケット使用時に比べれば出血はしますが、出血
部位を丁寧に止血操作すれば、2 時間以内で人工膝関節手術を終わらせ、術中出血量も 200~
300cc に抑えることができます。また術後検査の D-dimer(血栓症の指標のひとつ)の上昇は軽度
で、血栓症症状はほとんどありません。
また人工膝関節手術では、深屈曲させるために後方関節包を処理しますが、その際組織
損傷特に膝関節の後方にある膝窩動脈の枝をあやまって傷つけることがあります。すると手
術が終わり、タニケットを解除した際に、膝の奥から溢れんばかりの血液が関節の奥から湧
いてきます。既に人工関節を設置したでは止血する策は無く、「とりあえず閉創」し、自然
に止血されるのを待つことになります。ノータニケットでは直ぐに発見できるので、迅速な
対応が可能なのです。(実際、当科ではそのような失態はありませんが…)
タニケットをしないことで血栓症予防できたという論文は渉猟できる範囲ではほとんどありませ
ん(実際、実施施設が極少なのだから、渉猟されうる有意な論文がまだ出ていない)。ノータニケット
手術をするには視野が狭くても遂行できる「技術」と細かい血管を止血していく「忍耐」が必要なの
ですが、当科では今後も継続し、将来は論文にしたいところです。
③ 術後回収血
人工膝関節置換術では術中出血はタニケットを使用するためほとんど無く、術後に関節周囲
に出血がおこることが知られており、約 400~600 程度が見込まれています。多くは腫脹・疼痛の原
因となるため、ドレーンという管で血抜きをしていることが多いですが、昔は採取した血液は破棄し
ていました。また術後貧血を予想される場合は、献血による日赤血輸血を準備することもあります。
近年、出血対策として、術前に自分の血液をためて置く「自己血輸血」を導入する施設が大半
を占めるようになり、当科でも採用しています。術前検査時の血液量にもよりますが、術前 2~3 週
前に膝なら 400cc、股関節なら 800cc 程度の貯血を実施します。これにより人工関節手術での輸血
件数はかなり低下しています。
人工膝関節全置換術での多くは術中よりも術後に多く出血することが多いです。人工関節周
囲に血腫(血液がたまり、塊になったもの)があると、リハビリの支障になるので、これを避けなけれ
ばならず、かならずドレーンという血液を排泄する管を 2 日間留置します。
そこで当科のみならずくの施設では、ドレーンより採取された不要な血液を「輸血」として再利
用する「回収血輸血」も積極的に導入しています。術前400ccの自己血貯血と、術後回収血約
400cc が見込まれ、合計 800cc の出血範囲となります。 この範囲の予想出血量であれは、新たな
輸血は必要がありません。
④ 術後の疼痛ケア
患者さんをお話していつも術後の問題として話題にでることの一つに、やはり「疼痛」の問題
です。麻酔が継続している間は「痛み」はありません。しかし全身麻酔の場合は、麻酔が覚めると
突如痛みに襲われます。また腰椎麻酔の場合は術後3~4時間は痛みが無いものの、その後同様
に襲われます。
当院も含め多くの施設では、硬膜外チューブによる持続除痛療法を実践しています。しかし
実施しても実際は完全に痛みが取れない症例が散見されます。
実際、痛みの原因で考えられるのは、骨切り部の疼痛や局所出血、炎症による腫脹が考え
られます。術後は患肢を「挙上・Cooling」が基本ですが、当科では循環式 Cooling システムを採用し
ており、術後疼痛の除去に貢献しています。術後 3 日間程度継続していますが、採用後は膝関節
周囲の局所腫脹はかなり軽減されています(実際冷却中の膝を触ってみると、氷のような冷たさで
す。でも血行は良好です)。
⑤ そもそも人工膝関節は低侵襲手術ではありません。
手術で皮膚を切ることを「皮切」(手術の傷のこと)といいますが、最近業界内で皮切の大きさ
により「低侵襲手術(ていしんしゅうしゅじゅつ)」と称している雰囲気があります。しかし人工膝関節
を挿入する作業工程は、10 年以上前と根本的には変わっていません。実際は、骨を加工する過程
で使用する器具が著しく改善され、「以前より小さい皮切」でも手術ができるようになったという「表
だけ低侵襲」手術なのです。
当院では手術工程が変わらない以上、人工関節の正確な設置を優先し、傷の大きさに関して
はあまりこだわっていません。それでも実際は、当院での皮切は 10~15cm 程度でおさまっていま
す。つまり現在の良い最新器具を使用すれば、誰でも「表だけ低侵襲」となるのです。(でも、それな
りの技術と経験は必要ですが!)
私の米国留学中や研修出張中に、欧米の人工膝専門医のレクチャーを聴く機会が多くありま
した(ラボの BOSS も専門医でした)。そこでは、感染のリスクや術後疼痛を減らすには「小さい皮
切 」で手術をすることに越したことではないが、正確な関節の設置がなければ、手術の意味がな
い!ということをよく言われました。これは我々も賛成で、
当院ではまず第一に「正しい設置」で、結果皮切が小さ
ければなおよし!というスタンスで手術を進めています。
⑥ 納得のいくリハビリテーションを!
ある人工関節センターでは TV 番組等のメディアの
露出も顕著で、数多くの患者が集まっているようです。そ
こでは、数多くの患者数を捌くために、効率よく OPE→
(RH)→退院をこなしています。しかし実際は手術件数と
ベット数に限りがあるため、各患者あたりの入院日数は
当院のリハビリ室。ゆとりをもってじっくりリハビリができ
ます。(整形外科 HP より)
術後 5 日程度で、状態がどうであろうと退院としているようです。欧米並みの入院期間で、一見すば
らしいようにも見えます。しかし患者個々の状態に差があり、手術が上手くいっても、すべての患者
のリハビリテーションがすべて旨く行く訳ではありません。場合によってはもう少し時間が必要な患
者もいるでしょうが、その施設ではそれは許されないようです。
当院の整形外科病棟は、他科と混合病棟です。ベット数は漠然とは決まっていますが、季節
ごとに各科混みあいが異なるため、各科ベット数の増減を調整しながら旨く運用しています。したが
って、「ベットが無いから入院延長ができない。」「病院の決まりなので退院してください。」などという
ことがありません。リハビリスタッフの各週の評価で目標に達しない場合は、リハビリ延長となること
もしばしばあり、「歩けるまでじっくりリ
CR 型と PS 型の骨切り量の比較
ハビリができる」のが利点だと考えてい
ます。
また病室の眼下に松林と相模
湾、リハビリ室の窓辺には富士山
の絶景があるので、毎日リゾート気
分が味わえるのもひとつではない
でしょうか!
⑦ 今後の課題は?
前述で申し上げましたが現在。
PS(Posterior Stabilizer)型の人工 変形性膝関節症は、表面の関節軟骨が損傷されています(左図、明青色)。人工膝関
節手術では、損傷した軟骨を切除(中、右図オレンジ)します。CR 型に比べ PS 型は大
膝関節を採用しています。 関節 腿骨果間に大きく骨切りをする必要がああります。(薄緑色が骨切り部位)
の可動性・制動性に優れている
一方、骨を切る量が多いことが問題です。人工関節の耐用年
数が 15~20 年と言われていますが、耐用年数や感染などの
合併症により再置換が必要な場合、初期手術で大きく骨切り
をしてしまうと骨損失に対するリカバリーが大変で、入れ替え
手術がかなり困難となります。
そこで 2013 年度は、大学時代より慣れ親しんだ骨切り量
の比較的少ない CR 型(Cruciate Retaining)の人工膝関節を
導入し始めました。CR 型は大腿骨側と脛骨側の接する部分
が面しかないため、深屈曲時の制動性(深く曲げにくい)につ
いては PS 型よりは緩いです。しかし最近では Insert 部の形状
の改良がされており、以前より制動性が向上しているという報
医局の窓から眺める富士山。国府津なら
ではの風景で、酒匂川を渡るとあまり見
えなくなります。
告が各社より上がってきています。深屈曲させるテクニックが
数多くありここでは紹介しませんが、それらを駆使し、まずは
現在の回旋性のある Rotation Platform がある CR 型人工関
節を進めていき、最近つかわれる最新型も検討したいと思い
ます。
今後も、今まで培った技術を反映させ、CR 型でも現在
と同様の成績を残したいと考えています。