留学生リポート

留学生リポート
フランス/パリ政治学院
村越 麻里(社会学部4年)
2011 年 8 月から 2012 年 6 月までフランスのパリ政治学院に留学させていただいた、社会学部4
年生の村越麻里と申します。6月末に留学を終え無事日本に帰国いたしました。
人生で初めての海外生活で言葉に慣れるのも学校の授業についていくのも大変でしたが、毎日が
新鮮で、学ぶことが多い充実した日々を過ごすことができました。あっという間に帰国から3カ月
が経ちパリでの生活が遠い昔のように感じます。記憶が鮮明なうちに1年間の経験を振り返りご報
告いたします。
◇派遣先大学◇
私が留学したのはパリ政治学院です。フランスでは大学とは別に実務者養成のために作られたグ
ランゼコールという高等教育機関が存在し、パリ政治学院もそのカテゴリーに分類されます。現在
のオランド大統領をはじめ、多くの大統領や、政治・経済・ビジネスなど幅広い分野のエリートを
輩出してきた学校です。現在は世界中から多くの留学生を受け入れその数は全体の40%にも上り、
学内を歩いていても頻繁に英語が飛び交っているという国際色豊かな環境です。授業は政治、経済、
ビジネス、歴史、国際関係、人文科学などに分かれたコースの中から興味にあわせて履修すること
ができました。私は一橋のゼミではアフリカ地域研究ゼミに所属していますが、今回の留学ではそ
の分野に限らず、少し勉強して興味を持っていたフランスの移民研究や国際関係全般に関する授業
などを幅広く履修しました。
◇履修、授業の特徴◇
履修は大講義をひとつと、その他に少人数(10~20人ほど)のクラスを4~6ほどとるシス
テムになっており、それらのクラスではほぼ必ず exposé(エクスポゼ)と言われる発表がありま
した。私が履修していた授業をいくつか紹介いたします。
Espace Mondial(グローバル空間)という授業は、現在の国際情勢を多面的な(政治経済、環境、
宗教など)テーマからとらえるとても面白い授業であり、私の興味関心を移民・アフリカという具
体的なテーマからより構造的な要因に目を向けさせてくれました。また Théories des relations
internationales(国際関係の理論)という授業では国際関係の考え方の基礎となる理論に焦点を
あて、新聞の中から時事問題を扱った記事を選び理論的に分析するなどの課題が多く課されました。
たとえばシリア情勢など時々刻々と変わる時事問題から議論に入り、そこから過去の世界各地の紛
争の背景などに視点を広げていくスタイルをとりました。また Entrepreneurs sociaux (社会的
企業家)の授業ではフランス国内やヨーロッパで展開する社会的企業や団体などの代表者を毎回ゲ
ストスピーカーとして招き、彼らの取り組みをじかに聞き、その団体を訪問して、貧困や雇用問題
解決への取り組みについて具体的な話を聞く機会に恵まれました。
こうして振り返るとパリ政治学院の学部はどちらかというと幅広く基礎・教養分野を学ぶ時期で
あり(専門はマスターに入ってから決めるよう)、また留学生は必ず学部2年生の授業を履修する
ことから、ひとつの専門を深めるというより総合的な知識を養う一年となりました。そのため専門
のアフリカ地域研究や移民研究などの具体的なテーマにじっくり取り組むということはあまりな
かったのですが、それらのテーマの背景となる国際情勢や国際関係の理論など、社会学部ではそれ
ほど学んでこなかった切り口で改めて勉強することができました。
またパリ政治学院で特筆すべき点は、なんと言ってもほぼ全ての授業で生徒の exposé(エクス
ポゼ)といわれる発表を中心とした授業が進められていくという点です。発表のテーマを選んだ後、
そのテーマをより深く考察するために、分析をし、問題提起をし、発表の形式にきっちり沿って自
分の論を展開していかなければなりません。日本でレポートを書くときには、このように自ら問題
提起をし、説得的に自論を展開するということをほとんどしたことがなかったので、最初はこのス
タイルに慣れず発表の内容を考えるだけでも非常に苦労しました。やっとのことで原稿を書き上げ
て臨んだ発表では、原稿を書き上げるのが精一杯で、原稿を読みながら発表していたため「原稿を
ずっと読んでいては聞き手に何も伝わらない、それではまったく意味がない」と厳しく注意された
こともありました。また10分という時間を伸びてしまうと「決められた時間内で簡潔にまとめる
ことが第一だ」などと指摘され、毎回へこたれそうになりながら格闘し、非常に鍛えられました。
◇語学面の壁◇
大学入学時からいずれは留学してみたいという思いがあり、大学ではコツコツとフランス語の授
業を履修していました。その甲斐あって街中での日常会話や自分から何かを説明することに関して
はそれほど困らずに済んだのですが、いざ学校の授業に臨むと授業で出てくるフランス語やその内
容にはついていくのがとても大変で、非常に苦労しました。中でもフランス人の中でのグループワ
ークではまったく議論についていけず、ただ座っているしかないという苦い思いをしました。そん
な中周りを見渡すと、留学生でも留学生と思えないほどフランス語が上手かったり、英語・フラン
ス語以外にも話せる言語があったりするのをしばしば目の当たりにし、自分の語学面でのハンディ
を強く感じました。
最初はこうして落ち込むことも多かったのですが、途中からは「いちいち気にしていてもしょう
がない」と開き直るようになり、できるだけ頻繁に友達と会って話をしたり、誰にも会わない日は
街に出て買い物をして街の人々の言葉に耳を傾けたり、また大学や現地のオーケストラに入って活
動に参加したり、人とのコミュニケーションを多くとるように心がけました。
1年がたつ頃には少しずつ現地の人々のしゃべる言葉や授業の言葉にも耳が慣れ、留学当初よりは
格段にわかるようになりました。帰る頃にはあともう1年くらいいたい、これからならもっと吸収
できるものも多いだろうなと感じるようになりました。こうして喜怒哀楽さまざまな思いを抱きな
がらも自然に言葉を習得し、コミュニケーションできるようになったことはこれまでにない経験で
大きな自信となりました。
◇パリでの暮らし◇
学校に寮がないため自分でアパートを探し、4区のマレ地区というところにアパートを見つけて
自炊をしながら一人暮らしをしていました。マレ地区は17世紀からの古い建物が多く、歴史的な
街並みが広がるエリアです。私の部屋は人が一人通れるだけの細い階段を6階まで登りきったとこ
ろにある屋根裏部屋でした。アパートの隣にあるヴォージュ広場は何度散歩しても美しく、またパ
リの街並みはいくら歩いていても見飽きることのない美しさでした。学校の帰りにふらっとお気に
入りの美術館に寄り道し、セーヌ川沿いをのんびり歩くのは最高に贅沢な時間でした。留学生は国
立の美術館や文化施設に無料で入ることができるので頻繁にあちこちに足を運び、忙しいながらも
充実した日々を過ごしました。
私の住んでいた場所はかつて牢獄のあったバスチーユに近く、このバスチーユ広場は現在フラン
ス左派のデモが頻繁に行われる拠点で、ちょうど大統領選挙の年でしたので、多くの左派のデモが
行われており、人々の政治に対する意欲・熱意を肌で感じました。そして選挙の結果の発表もバス
チーユ広場で見ることができ、左派支持者のオランド大統領への期待の大きさ、そしてフランス社
会全体の大統領選の盛り上がりを目の当たりにしました。
一方、フランスでは行政機関や窓口などの手続きは非常に時間がかかり、日常生活では不便な思
いもたくさんしました。ビザ取得のための健康診断がなかなか受けられず、また銀行口座のカード
は2カ月ももらえず、せっかく受け取ったカードもすぐにATMに飲み込まれ途方にくれたことも
ありました。また夜8時に閉店と書いてあるお店はたいてい7時半にはもうシャッターを閉め始め、
「水一本買うだけだから」と言っても頑として中に入れてくれないこともしばしばありました。な
んと不便で物事が進まないのだろうと最初は一々いらだっていましたが、次第にそのテンポにも慣
れ、日本がいかに便利か、そして日本の店員はいかに親切かを改めて実感しました。
◇終わりに◇
この1年間の留学期間中は、多くの課題をこなし日本にいる時よりも数倍勉強をし、日々新しい
ものや人との出会いがあり、本当に濃密な時間を過ごすことができたと思います。その一方で何か
劇的な変化や大きな達成があったかというと(完璧なバイリンガルになったり、海外でも互角に渡
り合える人間になったり・・・)必ずしもそうではなく、むしろ1年間「私は留学の機会を本当に
活かせているのか、何も吸収できていないのではないか」と悩んだりジレンマを感じることの方が
多い日々でした。しかし、いかに海外の学生がよく勉強し、英語は当然、他の語学にも堪能である
か、自分はまだまだであるかを肌で感じ、刺激を受けたことが一番の衝撃であり収穫だったと思い
ます。初めて海外で生活したことで精神的な海外への壁が取り払われて外国人と臆せず話せるよう
になったことや、手続きが一向に進まない窓口でも気後れせずフランス語で交渉できるようになっ
たこと、それらを通して多少のことで動じなくなったことは大きな進歩であり、今後への大切な糧
になったと思います。
最後に、このような機会を与えてくださった明治産業株式会社、明産株式会社、社団法人如水会
の皆様には本当に感謝しております。また、国際課の方々、ゼミの指導教官である児玉谷史朗先生、
中野知律先生、フランス語の授業で世話になったドゥニオ先生にも、この場をお借りしてお礼を申
し上げます。本当にありがとうございました。
授業の様子。学生の多くはパソコンでノートを
取っていました。授業中にりんごをかじってい
る人も!
大学のオーケストラの風景。みな課題で忙しくあまり練
習できないせいか日本の大学オーケストラほどクオリ
ティは高くありません…が、週一回みなで音楽ができた
のは楽しい経験でした。
バスチーユ広場にて、大統領選のオランド勝利の結
果を聞いて歓喜する人々。ものすごい量の人々で広
場は埋まり大変な騒ぎでした。労働者やアラブ・ア
フリカ系移民も多く、フランスの国旗だけでなく旧
植民地の旗を掲げている人々もいます。
(2012/09/28)