就業場所における権利説明書の掲示義務 - Pillsbury Winthrop Shaw

Legal Wire
就業場所における権利説明書の掲示義務
Japan Practice
Vol. 16 / September 2011
就業場所における権利説明書の掲示義務
秋山真也
ジュリア・ジュディッシュ(執筆協力)
全米労働関係委員会(National Labor Relations Board、以下「NLRB」)は全米労働関係
法(National Labor Relations Act、以下「NLRA」)の改正を発表し、雇用主は、NLRA が
労働者に保障する労働基本権について説明する書面の就業場所における掲示を義務付
けられることになりました。発効は 2011 年 11 月 14 日の予定です。
I. 全米労働関係法(NLRA)と改正の趣旨
NLRA とは、労働者に対して組合設立権、組合加入権、代表者を通じた雇用主との団体交渉権、その他関
連活動を行う権利等を保障するとともに、雇用主に対しては不当労働行為(unfair labor practice)や差別行
為を禁止するなど、労働者の権利保護を図る目的で 1935 年に成立した連邦法です。
NLRA に基づき労働者の権利は保障されてきましたが、他方で、労働者にこれらの権利保障が周知されて
いるとは必ずしもいえない状況にありました。その原因のひとつとして挙げられるのが、雇用主が従業員に
対して NLRA に基づく労働者としての権利を説明、通知する義務がない点です。特に高校卒業と同時に就
職した従業員や外国人労働者は、これらの権利保障について知る機会がほぼないまま業務に従事している
状況が多くみられました。そこで、労働基本権について説明した書面の就業場所における掲示を義務付ける
ことで、雇用主を通じて労働者に対して NLRA に基づく権利保障を周知徹底するのが本改正の狙いです。
II. 本改正の内容
本改正は、雇用主に対して、NLRA に基づく労働者の権利について説明した書面(以下「権利説明書」)を就
業場所で掲示することを義務付けるものです。権利説明書は、人事関連通知(personnel notices)を一般的
に掲示している場所に掲示しなければならないとされています。更に、就業規則(personnel rules or
policies)をイントラネットやインターネット経由で従業員に通知している雇用主の場合は、就業場所での掲示
に加えて同サイト上でも同内容の説明を掲載することが義務付けられます。
本改正は、就業場所における権利説明書の掲示を義務付けるものですので、NLRB に対して報告書を提出、
記録を保存するなどの手続は求められていません。
Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP www.pillsburylaw.com
Vol. 16 | 1
Legal Wire
就業場所における権利説明書の掲示義務
III. 権利説明書の内容
権利説明書には以下の事項について記載されている必要があります。
A. 従業員の組合設立権、加入権、助成権(employees’ rights to form, join, or assist a union)、団体
交渉権(rights to bargain collectively)、その他関連する活動を行う権利(rights to join in other
concerned activities)、係る活動に参加しない権利(rights to refrain from such activities)
B. 賃金(wages)、福利(benefits)、その他雇用条件について従業員間で議論する権利、業務関係請求
(work-related complaints)を他の従業員とともに提起し雇用条件の改善を図る権利
C. 雇用主が、上述の労働基本権を行使した従業員に対して解雇、懲罰、その他不利益な措置(adverse
action)によって報復を行うことは違法であること
NLRB がこれら事項について記載した権利説明書のサンプルを提供しますので、これを入手して掲示するの
が一般的になると思われますが、サンプルをもとに作成された市販の権利説明書を購入して掲示してもよい
とされています。尚、NLRB の発表では、11 月 1 日から権利説明書サンプルの無料配布が開始されます1。
米国では多くの外国人労働者を抱える会社も珍しくありませんが、従業員が外国人であっても適用除外には
なりません。このような会社において、従業員の 20%以上が英語に堪能とはいえない場合は当該従業員が
理解できる言語に翻訳した権利説明書を掲示しなければならないとされています。外国語に翻訳された権利
説明書サンプルも NLRB が無料配布する予定です2。
IV. 適用対象となる雇用主
本改正による掲示義務は原則として NLRA が適用される全ての雇用主に適用されます。従業員が組合を組
織していない雇用主も適用対象になり、従業員の人数要件も設けられていない点に注意が必要です3。他方、
地方公共団体(state and local governments)、米国郵便局(U.S. Postal Service)、小規模会社などは適
用除外とされています。適用除外の対象となる小規模会社は年間収入(annual revenue)の金額を基準とし
て判定され、その基準額は従事する事業の種類ごとに異なります4。
本改正以前から、連邦政府から契約を受注した者(federal contractor)やその下請業者(subcontractors)
には NLRA に基づき同様の掲示が義務付けられていましたが、この義務は本改正に基づく権利説明書の
掲示義務と並存する形で継続します。ただ、これらの者に対して掲示が義務付けられてきた書面の記載内容
は、今般の改正に基づく権利説明書の記載内容と同じなので、引き続き掲示義務を遵守していれば、権利
説明書の掲示義務も遵守したとみなされることになっています。
J
1
NLRB ウエブサイト(http://www.nlrb.gov/)で無料ダウンロードするか、各支部に直接問い合わせることで入手可能。
外国人労働者の使用言語として主に想定されるスペイン語、中国語については権利説明書の翻訳が用意されると思われるが、他の
言語ついては現時点では不明。
3
NLRA 以外にも様々な労働関係に関する規制法が存在し、例えば従業員に対する差別的扱いを禁止する雇用差別禁止法では、一
定人数以上の従業員を雇用する雇用主に適用対象が限定されている。他方で、NLRA では従業員の人数は適用の要件になってい
ない。
4
2 つの包括区分と 17 種の例外が規定され、それぞれに基準額が定められている。2 つの包括区分では、小売業者(Retail
Establishments)が 50 万ドル、非小売業者(Nonretail Enterprises)が 5 万ドルとされ、小売と非小売のいずれも行っている雇用主
の場合は、非小売事業がごく最小限でない限り小売業者として判断される。尚、17 種の例外には、オフィスビル事業やショッピングセ
ンター事業(10 万ドル)、法律事務所(25 万ドル)、大学や私立学校(100 万ドル)などがある(大学や私立学校に適用される 100 万ド
ルが最高基準額)。
2
Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP www.pillsburylaw.com
Vol. 16 | 2
Legal Wire
就業場所における権利説明書の掲示義務
V. 違反した場合の効果
権利説明書の掲示を怠った事実が判明した場合でも、罰金など直接的な制裁はありません。ただ、不当労
働行為(unfair labor practice)5と関係して以下に述べる 2 つの点で注意が必要です。
第 1 に、権利説明書の掲示を怠ったことで従業員の労働者としての権利を妨害したとみなされ、不当労働行
為に対する責任(unfair labor practice charge)が発生する可能性があります。ただ実際には、そもそも掲示
義務の違反だけで不当労働罰が適用される可能性は低く、NLRB から違反の指摘を受けて速やかに掲示を
行えば、意図的な違反行為でない限り、それ以上の制裁措置に及ぶことは考え難いといえます6。
第 2 に、権利説明書の掲示義務違反以外にも、当該雇用主に対して従業員が何らかの不当労働行為
(unfair labor practices)について主張している場合は、他の違反行為と併せて掲示義務違反が重大視され
る可能性があります。例えば、NLRA 違反に一般的に適用される消滅時効期間は 6 ヶ月ですが、権利説明
書の掲示が行われていないと、その間は消滅時効期間が進行しません。また、NLRA 違反を当局に訴えた
従業員や、掲示義務違反について審理するヒアリングで証言した従業員に対して、雇用主が報復措置をとる
ことは禁じられていますので(may not retaliate)、解雇や懲戒を不満とする従業員が雇用主の掲示義務違
反を盾にとり、掲示義務違反を指摘したことに対する報復措置として違法な解雇、懲戒であると主張する根
拠を与えることになりかねません。掲示義務の適用対象となる点でも前述の通り、従業員が組合を組織して
いない雇用主にも不当労働行為罰は適用されます。特に近年、報復措置として従業員を懲戒する、あるい
は、NLRA に基づく関連活動(concerned activity)を押さえ込もうとしている会社に対して、NLRB は不当労
働行為罰をより積極的に適用するようになってきています。
不当労働行為が認められると、NLRB は当該雇用主に対し、不当労働行為を停止し、従業員が何らかの損
害を被っている場合はそれを補償するよう命じます。さらに、NLRB の命令内容を説明した書面を就業場所
に掲示するよう命じることも多くあります。
なお、カリフォルニア州においては、本件違反は 2009 年 10 月に Legal Wire 第 9 号でお知らせした PAGA
(Private Attorney General Act)に基づく訴訟の対象となりますので、特に注意すべきです。
VI. 掲示義務を規定する他の規制との関係
NLRA は本改正によって新たに従業員に対する権利説明書の掲示義務を定めましたが、NLRA と並存する
形で、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act)7、家族介護休暇法(Family and Medical Leave Act)8、
差別を禁止する各連邦法9、安全な労働環境について規定する各連邦法も、各法律が保障する従業員の権
J
5
不当労働行為に該当する行為は多岐にわたるが、大きく 2 つのカテゴリに分けられる。第 1 は雇用主による不当労働行為で、従業
員による労働基本権行使の妨害(interfere)あるいは従業員の強迫(coerce)、組合設立・運営の妨害、団体交渉の拒否などが含ま
れる(同法第 8 条(a))。第 2 は組合による不当労働行為で、従業員に対する労働基本権の行使の抑制あるいは強制(restrain or
coerce)などが含まれる(同法同条(b))。
6
NLRB がウエブサイトにおいて同内容のコメントを発表している。
7
労働者の最低賃金額、時間外労働に対する残業代の支払義務、児童労働の禁止などを定めている。所管当局である労働局
(Department of Labor)の担当部(Wage and Hour Division)が同法について説明するポスターを無料で提供しており、これを就業
場所に掲示しなければならない(http://www.dol.gov/whd/regs/compliance/posters/flsa.htm からダウンロードできる)。
8
家族の介護や出産等を理由とした休暇取得を労働者の権利として保障する。私企業の場合、50 人以上の従業員を 20 週間以上にわ
たって雇用する雇用主にのみ適用される。公正労働基準法が規定するポスターと同じく当局が無料で提供しており、これを就業場所
全てで掲示しなければならない(http://www.dol.gov/whd/regs/compliance/posters/fmla.htm からダウンロードできる)。
9
禁止対象となる差別事由や差別態様などに応じて差別を禁止する様々な種類の連邦法が制定されている。代表例としては、人種、肌
の色、宗教、国籍、性別を理由とした雇用差別を禁止する人権法(Title VII of the Civil Rights Act of 1964)、40 歳以上の人に対す
る雇用における年齢差別を禁止する年齢差別禁止法(the Age Discrimination in Employment Act of 1967)、障害者に対する差別
を禁止する障害者保護法(Title I of the Americans with Disabilities Act of 1990)などがある。適用対象となる雇用主の条件は各連
邦法ごとに異なるが、人種、肌の色、宗教、性別、国籍、年齢(40 歳以上)、障害(disability)、遺伝情報(genetic information)に基づ
く雇用差別の禁止が適用されるのは、20 週間以上にわたって 15 名以上の従業員を雇用する雇用主とされ、40 歳未満の年齢差別
の禁止が適用されるのは、20 週間以上にわたって 20 名以上の従業員を雇用する雇用主とされている。
Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP www.pillsburylaw.com
Vol. 16 | 3
Legal Wire
就業場所における権利説明書の掲示義務
利について説明する書面の掲示義務を定めています。また、州法やその他の地方自治体の法律も、雇用主
に対して連邦法とは異なる掲示義務を追加していることがあるので、所在する州、市ごとにどのような書面の
掲示が必要になっているか、所管当局に問い合わせ確認するのが望ましいといえます。
本稿の内容に関する連絡先
秋山真也
1540 Broadway
New York, NY 10036
[email protected]
Julia E. Judish
2300 N Street, NW
Washington, DC 20037
[email protected]
Legal Wire 配信に関するお問い合わせ
古在 綾
Japan Practice Program Administrator
[email protected]
This publication is issued periodically to keep Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP clients and other interested parties
informed of current legal developments that may affect or otherwise be of interest to them. The comments contained herein do
not constitute legal opinion and should not be regarded as a substitute for legal advice.
© 2011 Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP. All Rights Reserved.
Pillsbury Winthrop Shaw Pittman LLP www.pillsburylaw.com
Vol. 16 | 4