卒業証書授与式・校長式辞

平成二十二年度鳥取工業高等学校卒業式
式 辞
学校の周りは柔らかな春の光に満ち、前庭に咲いた小さな梅の花をやさしく包んでいます。
ただ今、一七六名の皆さんに卒業証書を授与いたしました。卒業生の皆さん、御卒業、おめでと
うございます。
皆さんはそれぞれの科で、専門の知識を学び、技術を身につけられました。そして多くの同級生
や先輩、後輩、先生と出会い、触れ合いの中で友情をはぐくむなどして、人間的な成長を遂げられ
ました。今は将来への夢や希望を胸に膨らませていることと思います。
皆さんにとって、本校での三年間はどのようなものだったでしょうか。
手元に届いた卒業アルバムを開くと、そこには皆さんの素晴らしい笑顔と、学習や実習、学校行
事、クラブ活動などに真剣に取り組む姿がありました。大会で勝利した喜び、努力を積み重ね資格
取得を成し遂げた達成感、インターンシップで得た貴重な体験、進路実現に向け努力した日々など
だけでなく、不本意な結果に流した悔し涙、将来に対して抱いた不安など、思い出す場面は一人ひ
とり異なるでしょうが、本校での三年間が皆さんにとってかけがえのない青春の一頁になっている
と思います。
さて、これまで私は、皆さんに、
「学校とは将来生徒が幸せになれるよう準備する場」であると、
折に触れ、話してきました。
「幸福とは何か」という命題は、古来より多くの人々が議論しているところです。
ギリシャの偉大な哲学者アリストテレスは、「幸福は、快楽や名誉、富には存しない」と言って
います。確かに経済的な豊かさは幸福になるために大事かもしれませんが、お金を持っていれば誰
しも幸福になれるというわけではありません。また、高い地位のある人でも、周りの人から尊敬さ
れたり信頼されたりされない人生を送っている人もいます。
スイスの哲学者ヒルティは、その著書である『幸福論』の中で、幸福なるためのヒントを述べて
います。「有益な仕事は、例外なくすべての人々の心身の健康のために、言い換えれば幸福のため
に、必要欠くべからざるものである。ところで、人を幸せにするのはどんな仕事に就いているかで
はなく、仕事で得られる創造と成功の喜びである。最大の不幸は、せっかく働いていながら、生涯、
その実りを見ることのないことである。」私は、幸福への一つ目の鍵がここにあると思います。
先だって開催した「ものづくり講演会」で、講師の皆さんが言っておられた「大切なのはお金で
はなく、自分が作ったものを使う人に喜んでもらえることだ」という言葉を覚えていると思います。
幸福になれるかどうかは、皆さん自身の心の在り方にかかっているのです。
ところで、最近は老人の孤独死や児童虐待など家族の崩壊を思わせる事件や、就職活動を続ける
青年が、思うように職に就くことができず、自暴自棄になって起こした悲惨な事件など、暗いニュ
ースが伝えられています。また、社会全体で、自分さえよければそれでいいと考える人が増え、か
えって孤立し苦しんでいるように思います。そのような社会では、一人ひとりが幸せになることは
できません。私は、そのような閉塞的な状況を切り開く幸福への二つ目の鍵は言葉と行動にあると
考えています。
人間は互いにコミュニケーションするために言葉を発明しました。また、人は言葉がなければ深
く考えることができません。言葉で考え、周りの人とつながる。しかし、私たちは言葉を毎日無意
識に使っています。もし、多くの人が、日頃のあいさつ、心のこもった声かけや会話、励まし、慰
めなど、温かい言葉、優しさと勇気づけの言葉について心がければ、社会全体を明るくし、自分自
身も、幸せが感じられるのではないでしょうか。
言葉に加え、行動も大事です。何か思っても、行動に移さなければ意味がない。例えば、年末年
始に起こった降雪による国道9号線の大渋滞。困っている人がいて、気の毒だ、かわいそうだとそ
れを見た多くの人が思ったでしょうが、大事なのはその思いを行動に移すこと。自分に何ができる
か、何をすれば困っている人を助けることができるか。そして、周りの人のことを思ってする行為
というのは、実は自分自身にとっても意味のあることなのです。優しい心や温かい心を持って行わ
れるボランティアや人助けは、もちろん人のためにやるのですが、自分のためにもやっているので
はないでしょうか。私たちは、名前を明かさず善意を形にする人々が、多くの人の心に火をともし
ていることを知っています。
教育者として高名な森信三先生は、「人生の真の出発は、志を立てることによって始まる」と言
っていおられます。皆さんには、自分の夢や目標を持って、より善い人生の実現に向け努力してほ
しいと思います。
今、申し上げたこと、仕事への真摯な姿勢、そして、周りの人を大切にする言葉と行動の大切さ、
そして夢を持つこと、これらをどうか忘れないでいただきたいと思います。
終わりになりましたが、今日まで手塩にかけて育んでこられました保護者の皆さまには、立派な
若者に成長されたお子さまの姿を目の当たりにされ、そのお喜びはいかばかりかと拝察いたします。
本日は、誠におめでとうございます。本校での三年間が、お子様の人間的な成長にお役に立てたと
するなら、すべての教職員の喜びとするところです。三年間、本校教育に対し、深い御理解と御支
援を賜りましたことに対し、高いところからではありますが、衷心より御礼申し上げます。本当に
ありがとうございました。お子さまにとって、本校がいつまでも心のふるさとでありたいと願って
おります。
卒業生の皆さん、お別れのときが近づきました。
今日の我が国は、永年維持してきた国民総生産世界第2位の地位を中国に明け渡し、これまでの
ような経済発展が難しい先行きが不透明な状況にあります。そのような中、毎日起こる様々な出来
事の真偽や善悪を私たち一人ひとりが正しく判断できなければ、社会そのものが思ってもみない方
向に進んでいくということを心にとめておく必要があります。
今、私たちの前には、地球温暖化などの地球環境問題をはじめ、少子高齢化社会の進展に伴うさ
まざまな課題が横たわっています。これからの人生で皆さんが直面する問題は、例題や簡単に答え
の出ないものであり、一人ひとりがどうすべきか考えなければならないものばかりです。そのよう
な中、本校で身につけた創造する力、問題を解決する力を駆使し、さらに周りの人とつながる心を
大切にしながら、ぜひ、この鳥取県に、そして日本に、豊かな社会を創り出していってください。
若さとは、夢の実現に向けて情熱を傾ける生き方の中にあります。
理想を抱き、学ぼうとする姿勢を忘れず、自分を信じて力強く羽ばたいてください。
その姿勢こそが、皆さんの未来を切り開く力となります。
人生は晴れの日ばかりではありません。困難に向かい合ったとき、心の中に幸せの鍵があること
を思い出してください。すべての卒業生の人生が、実り多く幸せに溢れたものとなることを祈りな
がら、式辞といたします。
平成二十三年三月一日
鳥取県立鳥取工業高等学校校長
山 内 有 明