終わりなきユーロ危機と 英国の欧州からの離別

経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
終わりなきユーロ危機と
英国の欧州からの離別
金)
、ECBのトロイカ体制で臨んでいるギリシャ
は和解案で引き留めを図りつつ、万が一の脱退時に
経済は、2011年にも成長に転ずるというトロイカ
は何らかの危機回避を模索する意向だ。財政同盟を
の説明と裏腹に現在も後退しているが、これはユー
見直すかもしれないが、その確証はない。キプロス
ロ圏維持を神聖視し、通常ならばIMFが発動する
危機では、ユーロ維持のためにあらゆる犠牲を払う
通貨切り下げをなし得ないまま緊縮財政を強いたか
姿勢が露見した。南欧諸国にユーロ建て債務を維持
らにほかならない。
しつつ通貨の一時切り下げを認めれば、連鎖的ソブ
また、フランス自身も失業率が高まる中、EMU
リンリスクは回避できる可能性があるが、これが安
(欧州経済通貨統合)のルールを順守すべくGDP
全だという保証は全くなく、結局はユーロを分解す
(国内総生産)比2%相当の財政緊縮を余儀なくされ
るしか欧州の現状打破の道はない。とはいえ、一度
るという苦境に立たされている。
単位労働コストにおいても南北乖離が起きてい
質疑応答
賃金が上昇した一方、ドイツなどでは賃金上昇が抑
『デイリー・テレグラフ』国際ビジネス編集長
経済広報センターは3月25日、英国『デイリー・テレグラフ』紙のアンブローズ・エヴァンズ=プリチャー
ド国際ビジネス編集長を講師に迎え、
「終わりなきユーロ危機と英国の欧州からの離別」
と題する講演会を開催
えられ、この乖離が生じた。EUは経常収支の南北
Q英国産業界のEU離脱への見方は。
格差の改善を盾に競争力の格差が急速に縮小しつつ
A英投資などの面から一番懸念を持っているのがC
あるというが、これは南欧の国内市場が縮小し輸入
BI(英国産業連盟)だ。英国がEUから脱退する不
や投資が落ち込んでいるからにすぎない。
確実性が続けば、対英投資も手控えられる可能性が
I M F は 当 初、 財 政 乗 数 効 果 を0.5程 度 に 見 積
ある。しかし、グローバル化がもたらすEUのブラ
もっていたが、最近の報告では1.5以上として緊縮
ンド価値の相対的低下や、EUが課す反ビジネス的
危機が何度も訪れた。そのたびにECBの応急処置
財政の弊害を認めた。しかし、欧州委員会のレーン
規制の影響を考える必要もある。最後に脱退の可否
でしのいできたが、分解よりさらに悪いシナリオ
経済担当はこれを黙殺した。
を決めるのは、CBIではなく英国民主主義である
した。参加者は約50名。
べきだ。
欧州は現在、アベノミクスの裏返しと呼べるよ
は、EU(欧州連合)が財政統合により一足飛びに
うな緊縮財政の中にあり、これにより失業率はギ
「欧州政府」に移行しようと躍起になっていること
リシャ、スペインでは25%超(若年層ではそれぞれ
だ。かつて英国王チャールズ1世は、米国各州の予
英国も基礎的財政収支が7.3%の赤字となるなど
60%近く)
、ドイツ、オーストリアでは5%前後と
算権を剥奪したことで革命を招き米国を失った。財
危機が深刻だったが、少なくとも自国の政策を自ら
いう南北格差が起きている。ECB(欧州中央銀行)
政統合はこれと同じことで、実現してしまえばEU
決定できる点でユーロ圏諸国と異なる。すなわち緊
A市場統一には意味があったが、通貨統合などは各
は緩和的な金融政策をとっているというが、通貨流
諸国にとっては国民国家の放棄という歴史的大転換
縮財政を強いられることもなく、量的緩和とポンド
国民の意思から離れた政治的意図によるものだっ
通量は日本の失われた10年の当初と変わらず、ユー
となる。
の20%切り下げにより債務デフレを回避し、失業
た。ユーロに関してはスウェーデンやデンマークも
率も下がって危機を脱しつつある。もともと多数派
拒否し、EU憲法に関してはフランスやオランダも
ロ圏全体がデフレスパイラルに陥る危険がある。
「あらゆる手段をとる」というドラギ総裁発言後、
■英国のEU離脱とユーロ圏の行く末
Q単一市場という方向性は正しかったはずだが、E
Uの過ちは何だったのか。
1930年代の大恐慌においては、黒字国の米仏が
南欧国債は下げ止まったが、これもドイツの後ろ盾
だったユーロ推進派ですら、危機的状況では自国の
反対したように、国民は意思表明の機会のたびに拒
資本フローをせき止めることで世界をデフレに追い
があってようやく実現したことだ。しかしこれだけ
中央銀行や国民国家としてのガバナンスが重要であ
否を表明した。結果として国民国家を無視して統合
込み、赤字国だったドイツはデフレの加速を余儀な
では事は収まらず、イタリア総選挙に見るように極
ることを認め始めている。欧州が自作自演で苦しん
を推し進めた点が最大の過ちだ。
くされ、ワイマール体制の崩壊に至った。皮肉にも
端な財政緊縮に国民が疲弊し、本当に必要な改革に
でいる状況から英国は距離を置くべきだ。
今日のドイツは南欧に対し同じことを繰り返してい
対しNoを突き付けるという政治的危機状況を生ん
しかし、金融取引に関する新たなトービン税や銀
Q万が一、英国がEUを離脱する場合、NAFTA
る。南欧に緊縮財政を強いる一方、北部諸国でも緊
だ。ドイツでは、ユーロ脱退と北部諸国だけでの新
行の賞与上限の導入など、英国金融界を脅かす施策
(北米自由貿易協定)のような関係を維持するの
縮財政を敷き、ユーロ圏経済全体が縮小している。
通貨圏を提唱する政党が生まれるなど、9月の総選
が次々に打ち出されている。ドイツの自動車、フラ
大恐慌時代の日本では、高橋是清蔵相が金本位制を
挙に向けてメルケル首相がさらに強硬路線を強いら
ンスの農業といった聖域に関する暗黙のルールが無
A関税を復活する理由もなく、NAFTAのような
停止し管理通貨制度に移行し、積極財政をとりつつ
れる動きとなっている。
視され、英国の得意な金融分野への全面攻撃が始
関係はあり得る。今後ドイツなど他の北部諸国も同
まっている。
様の関係を念頭に動き出す可能性もある。英国が脱
国家予算を3年で立て直すという「ケインズの奇跡」
を実現した。欧州は高橋財政に学ぶべきだ。
そもそもユーロ圏は、フランスがドイツに、東西
ドイツ統一承認の見返りに要求した条件であり、ド
も く ろ み
■ユーロ圏の失敗
危機が長期化し、2010年以降ユーロが分解する
16
できないのだ。
る。南欧で不動産バブルによるインフレに合わせて
アンブローズ・エヴァンズ=プリチャード
■大恐慌の教訓は生かされず
動き出したユーロの壮大な政治的実験は後戻りすら
〔経済広報〕2013年6月号
キャメロン首相がEU残留を問う国民投票に触れ
イツが再び強大化するのを回避する目 論見だった
て以来、英国に対する怒りや脅し、英国への悪影響
が、ユーロによる固定相場制が逆に今のドイツの
を懸念する声が上がったが、逆にEU自体に壊滅的
台頭を招いてしまった。EU、IMF(国際通貨基
打撃を与えることが徐々に認識されてきた。ドイツ
か。
退すれば、EUとの通商関係が滞るという議論は単
なる脅し文句にすぎない。 k
(文責:国際広報部主任研究員 田中 勲)
2013年6月号〔経済広報〕
17