エネルギーミックスを どう考えたらいいのか

経済広報センター活動報告
経済広報センター活動報告
エネルギーミックスを
どう考えたらいいのか
澤 昭 裕
(さわ・あきひろ)
21世紀政策研究所 研究主幹
経済広報センターは6月10日、「エネルギーミックスをどう考えたらいいのか」をテーマに、21世紀政
策研究所の澤昭裕研究主幹を講師とする講演会を開催した。出席者は、当センターの社会広聴会員や会員
団体・企業の広報・環境担当者など約100名。
「ベストミックス」
の考え方
エネルギー政策を考える上で、大切な軸は3点あ
る。1点目の軸は「安定供給」である。エネルギーは
先進国の認識として、エネルギー政策は国家戦略
である。
かし、福島の事故以降、商業化に向け研究を続けて
電所は採算が取れないため廃止し、比較的燃料費が
きた福井県にある高速増殖炉「もんじゅ」は停止した
安い石炭の中でも質の悪い石炭を使うことで、ドイ
ままである。また、電力自由化の問題も重なり、今
ツではCO2 排出量が増えた年もあるという問題が
後は電力各社が競争の中で共同事業を進めなければ
生じている。
ならないという問題も顕在化している。さらに、こ
欧州全体の系統運用を担う組織、Entsoのアド
れまでは総括原価主義という料金規制により、安定
バイスによると、再生可能エネルギーの導入におい
した電気を生み出すための巨額な設備投資が、電気
ては、①時間をかける、②段階的に進める、③量的
料金で将来必ず回収できるという枠組みが存在して
制御を厳しくする、④コストを重視する、⑤早めに
いたが、その料金規制を廃止していくという流れもあ
市場に統合する、の5点を重視する必要があり、何
る。その歴史や背景など、複雑な問題が絡み合う中、
より思想哲学で語ることなかれということが大事な
核燃料サイクルの政策、再処理問題の今後について、
考え方である。日本はドイツやスペインなどの失敗
限られた期間で真剣に考えていく必要がある。
を繰り返してはならないのだ。
エネルギーミックスのカギとなる原子力
政府が示したエネルギーミックスで評価できる点
もうひとつは、安全性の問題である。現状、規制
委員会の新しい規制基準に適用すれば再稼働に繋が
るプロセスだ。しかし、誤解してはいけないのは
「安全」はやはり電力事業者に第一義的責任があり、
がある。一番のポイントは、数量的政策目標を明示
規制委員会の役割は原子力の「安全」な利用を図るた
したことである。具体的には、①エネルギー自給率
め、安全確保の基準をつくり検証することである。
生活や経済活動の必需品であり、「安定供給」は最も
軍事・外交戦略とのリンクを考えながら安全保障
を震災前の20%を上回る25%程度までに引き上げ
例えると、公道を走る車にアクセルやブレーキ、タ
大切である。2点目の軸は「経済性」。電気は必需品
の観点からエネルギー政策を考えるのが、先進各国
たこと、②電力コストを現状よりも引き下げたこ
イヤなどがついているかどうか、運転する人が正常
であるが故に、逆進性が高い。電気料金が高くなる
の一般的な考え方である。例えば、欧州のエネル
と、③温室効果ガスは欧米に遜色ない削減目標を定
であるかどうかを確認する機関が規制委員会で、車
と、低所得者は困窮する。さらに、経済活動の産業
ギー自給率に比べて日本の自給率は圧倒的に低い。
めたこと。この3つの目標を定量的に明示したこ
を動かすのは事業者である。
競争力にも直結するため、「経済性」は2点目の軸と
その現状にもかかわらず、エネルギーについて全く
とは評価できる。結果的に、電源構成は再生可能
そして、一番の問題は原子力だけでなく、技術分
して重要である。3点目の軸は「環境性」だ。地球温
危機感がない日本の現状は異様な印象を受ける。常
エネルギーが22 ~ 24%、原子力が20 ~ 22%、L
野においてゼロリスクはあり得ないにもかかわら
暖化問題としてCO2
(二酸化炭素)をできるだけ排
に、国家戦略との関係を意識している欧州に対し、
NGが27%、石炭が26%という数字にまとまった。
ず、安全神話の考え方が浸透していたことである。
出しないという観点から、考えることも重要であ
日本の審議会では、原子力や再生可能エネルギーを
ちなみに原子力を含むベースロード電源の比率は
本来、リスクの総トータルを低くするために、どの
る。
何%にするかなどの議論しかない。
56%程度となった。
ような規制をどのように組み合わせていくかという
ことが安全規制の考え方である。
ベストミックスを考える政策担当者は、この3点
また、風力や太陽光などの再生可能エネルギー
しかし、この数値を具現化していく上での根本的
の軸を、いかにバランスよく取るかということに
は、ドイツやスペインから学ぶべき教訓がある。そ
な問題は原子力だ。この数値目標は、原子力発電所
重点を置く必要がある。全てを満たすのは非常に
れは、再生可能エネルギーは一国主義では導入増は
の再稼働はもちろん、新設やリプレースは行わず、
住民にとって
「安全」を信頼することではなく、
「安
難しく、原子力はこの3点をクリアする電源として
不可能であるということだ。国境間に送電線の連携
運転期間を40年から60年に延ばすことを見込んで、
心」が何よりも大切なのだ。つまり、地元事業者が
重要とされてきたが、福島第一原子力発電所の事
があることが大きなポイントとなる。なぜなら電気
ぎりぎり達成し得る数値である。
プラントを安全に運転するために誠心誠意尽くし、
故以降、安全性の観点から疑問視されている。その
はたくさんできればよいというわけではなく、使用
そして、意思決定の重みが一番強いエネルギー基
福島の事故を真摯に受け止め、ハード面、ソフト面
ため、原子力以外のエネルギー源を多様化する必要
する分だけ存在することが重要であるからだ。余っ
本計画では、原子力発電所の新設やリプレースなど
含めて、自らの頭で考えPDCAを回しながら、対
があるが、それぞれメリット、デメリットが混在す
た電気は捨てなければならず、逆に、足りないとき
は一切触れられておらず、将来的な方向性を決める
策を工夫して繰り返し実行している姿勢が地元住民
る。
は停電になる。つまり、気候に大きく左右される不
に当たっての大きな課題は全く解決していない。
に伝わっているかどうかである。今後、中長期的に
個別のエネルギー源に視点が偏り、全体が見えな
くなってしまいがちだが、政府が発表したエネル
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欧州から日本のエネルギー政策を考える
算が取れない。結果的に、燃料費の高い天然ガス発
安定な再生可能エネルギーを一国で進めることは不
可能であり、送電線の国境間連携が重要だ。
その状況で、何が一番大切なのか。それは、地元
ひとつは核燃料サイクルをどのように考えるかと
原子力の新設・リプレースを検討していくに当た
いうこと。原子力のアキレス腱といわれる最終処分
り、原子力の「安全」をどのように守っていくかを事
ギーミックスの見通し案について、様々な角度・観
もうひとつはバックアップ電源の問題である。風
場の話、バックエンドといわれる核燃料サイクルは
業者として自信を持って、断固たる決意と意志を示
点から、いろいろな批判が同じ程度起これば、ある
が吹いているとき、太陽が照っているときは、先述
重要な問題だ。発電所で燃やした使用済み核燃料の
し、そしてそれを分かりやすく説明できなければ、
意味
「ベストミックス」だといえるのではないだろう
した電気の性質上、バックアップ電源である火力発
再処理を行い、プルトニウムとウランを分離し、プ
国民からの理解、信頼を得ることは難しいのではな
か。
電所を止めなければならない。電力会社からすれ
ルトニウムを高速増殖炉で燃やすことで、エネル
いだろうか。
ば、発電できない火力を維持することは経済的に採
ギー自給率を高くするという構想を抱いてきた。し
〔経済広報〕2015年8月号
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(文責:前 国内広報部主任研究員 金子雄太)
2015年8月号〔経済広報〕
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