2 総合分析 商店街から従業員が消えた! ショッキングな見出しだが、今回アンケート調査票を配布するため各地の商店街を訪れ、気がついたのは、まさし く、商店街から従業員が消えるのではないかと思うほど少なくなったことである。 考えられるのは、固定費を圧縮する手法として従業員を極力減らし、家族で経営を支え、どうしても必要な場合に はパート、アルバイトで繁忙期を乗り切るという経営手法が採用されているものと思われる。経営戦略としてはまこ とに正しい選択である。しかし、そこに問題はないのだろうか? 第一の問題は、客からあの店ははやらない店になったと見透かされることである。事実か否かにかかわりなく、顧 客からそのように見透かされることは小売商業だけでなく、ビジネスにとって致命的なことである。ましてや、今の 経済は、相手の足元を見ては買い叩くことしか考えていない取引相手が増えている。コンビニが雑誌コーナーを道 路から一番目立つ位置に置き、自由に?立ち読みをさせているのは、立ち読み客をサクラに、お客の入っている店を 演出する仕掛けである。 第二の問題は、次の一手がなくなることである。まさに切り詰めるところまで切り詰めたわけであるから、次の選 択肢は残された最後の一手だけの可能性が高い。 第三の問題は、人を育てる組織にならないと、命令するだけの人と命令されるだけの人の二極化が進む。かつて、 高度成長を支えた組織は、命令されるだけの人にも考えさせる組織であった。日本の製造業の高い生産性を支えた ものは、上司、部下に関係なく一生懸命考えてもらったことだ。そのシンボルがデミング賞であった。QC 活動であれ TQC 活動であれ全員が考えた。それをもって全員経営参加といった企業もあった。 ところが、今は企画ができ、マニュアルや標準作業を作る人と、マニュアルどおり、標準作業で働くだけの人とに二 極化し、その格差が大きくなった。考える正社員と考えることが要求されない非正規雇用である。 商店街の商店も同じである。考える店主と考えないパート・アルバイトの組み合わせでは未来は暗い。パート・ア ルバイトが悪いといっているのではない。ほとんど教育訓練を受けていないと思われるパート・アルバイトだから問 題なのである。 積極的に考えるパートの仕組みを作っているのは、むしろ大手の流通資本である。今後は、流通資本でキャリアパ スとしてリタイア後のキャリアが注目されるに違いない。 小 売 商 業 経 営 者 予 備 群に関する基 礎 調 査 報告書 19 グローバリズム下の商店街 全国の商店街疲弊の原因は、多岐にわたる。そのことについては多くの識者が指摘しているので、ここでは繰り返 さない。 では、多くの原因がある中で、今後の基本戦略を考える上での、決定的な要因は何かと問われたら、グローバリズ ムと答えるだろう。 グローバリズムは世界の製造業の勢力図を全面的に塗り変えた。とりわけ、スケールメリットという「規模の経済」 の作用する量産品の分野での変化が著しかった。わが国でも、製造業の空洞化が各地で進行したのは、主として量 産品を中心に起こった変化である。 こうした製造業の変化にいち早く対応したのが大手流通資本であった。大手流通資本は、もともとスケールメリッ トを背景に川上産業との間で有利な取引を展開してきただけに、大口の取引と引き換えに、さらに低価格での仕入 れを実現することになる。それは当然、小売価格をも引き下げ、消費者にも還元されたことになる。安価な海外製品 が大量に輸入され、国内消費者物価指数が対前年比マイナス状態が持続するようになると、国内の取引構造も大き く変わった。その象徴が百円均一店である。当初、百円均一店の多くは中国からの製品輸入により成り立っていたが、 次第に国内の中小メーカーからの製品供給が増えるようになる。国内製造業もグローバル経済で生き残るため、新 たな低価格帯で生き残る仕組みを作らざるをえなくなったのである。 このころになると地方卸売業にもグローバリズムの影響が見られるようになり、商店街の個店へも海外産の量産 品が商品提供されるようになる。この段階に入ると各地の地場産業は一層疲弊する。地域商業との結びつきは完全 に失われてしまった。 ところが海外からの量産品を同じように扱っていても、大手流通資本と商店街の個店とでは決定的な違いがある。 単なる仕入れコストの違いにとどまらない決定的な違いである。それは、商品開発にかかわる関与の度合いである。 大手流通資本は、製品の企画、開発から品質管理まで一貫して関与しているのに対し、商店街の個店の側は製品を 仕入れるだけにとどまり、企画・開発に関与することがほとんどない。つまり、同じ量産品を扱っていても、開発機能 をもった大手の流通資本の方が、小売機能しか持たない商店街の個店に比べて有利であることは明白である。無論、 コスト構造の違いは改めて言うまでもない。 このようにコストだけでなく、重要な非価格競争要因である開発への関与という点でも、大手流通資本の方が商 店街の個店より有利な条件下にある。規模の経済というスケールメリットの作用する量産品の場合には、人口がまば らな地方圏よりも大都市圏の方が有利であるし、小資本よりは大資本の方が有利である。 しかし、消費者は、価格だけで商品を購入しているわけではない。品質、サービス、商品情報といった商品そのも のに関する要因だけでなく、店の雰囲気や街の雰囲気、店の人とのコミュニケーション、専門知識など総合的に判断 して購買という決断にまで到るのである。価格破壊というグローバリズム要因だけが競争を規定しているわけでは ない。非価格要因の中で自社の強みを前面に出した競争戦略が基本に据えられるべきであろう。 20 商店街の競争戦略 一般に、商店街の個店が巨大ショッピングセンターと競争する際、仮に同じ商品で勝負しなければならないとした ら、価格以外の競争要因を差別化要因とするやり方がある。ショッピングセンターには真似のできないサービスなり、 従業員の対応が競争力をもつようにするやり方である。 他方、商店街の個店が巨大ショッピングセンターと競争する上で有利なのは巨大ショッピングセンターには置かれ ていないいわゆる差別化商品に特化するやり方もある。つまりそこに高い商品力の商品があれば、値段は高くとも買 っていただけることである。 もちろん、これはあくまでも一般論であって、すべてに妥当するとは限らない。取扱商品が、買いまわり性商品か 最寄性商品かによっても異なるであろう。しかし、二国間の戦闘関係を数値化した「ランチェスターの法則」の示唆 する方向に適っているのである。弱者(中小)が強者(大手)と同じ戦い方をしていては、かなうわけがない。 第一は「地域」である。戦いのエリアは、広域的な総合戦でなく、戦闘範囲を狭め限定的な局地戦に専念する必要 がある。言い換えると近くのお客様を大事にし、喜んでいただける仕組みを作ることである。たとえ、お客様は狭い 範囲であっても、 「口コミ」が広がれば、ネット販売で全国に広めることは難しいことではない。ネットに載せれば売れ るというのは幻想にすぎない。 第二は「勝負の仕方」である。総合戦略という集団的戦闘体制ではなく、専門性に特化した一騎打ち勝負を挑むこ とが基本。その専門性の中で兵力に相当する商品力が重要な意味をもつからである。若い人からお年寄りまで幅広 い年齢層を対象とするなら大型店に任せ、特定の年齢層、特定の所得層等ターゲットを明確にすることでの一騎打 ち勝負である。マーケティングを考える上で全体平均は意味をもたない。特定の階層についてのデータが意味をも つのである。 第三は「兵力」である。兵隊の数を揃えるのでなく、強い巧者がいなければならない。つまり商品力の高い商品で ある。値段が高くても買っていただけるような高品質商品であるとか、仮に商品は同じでもサービス等の非価格要因 を競争力の源泉にすることができれば、それは強い巧者となる。 第四は「作戦」である。圧倒的な大兵力と巧者を擁していても、戦力を小出しにしたのでは優位性は活かされない。 太平洋戦争を例にとると、ガダルカナルである。これに対し弱者が強者に勝った例の多くは、陽動作戦で強者をふり まわしたり、強者の慢心油断への奇襲作戦であった。強者とは対等な戦いをしてはならないのである。弱者が有利に なるような戦い方が作戦の要諦なのである。例えば、大手の優位性は、そのオペレーション機能にあろう。では、中小 の優位性はどこにあるのか?広い意味での「人間力」であろう。お客さんとのコミュニケーションに、マニュアルの限 界を乗り越えるのは、 「人間力」なのである。 同じ物を右から左に移すだけの小売商業なら、大手という競争相手と同じ土俵で戦うわけだからハンディは避けら れない。 自社に有利な市場をつくることが大事なのである。それは、オリジナル商品であることが望ましいが、それが困難 なら、価格以外の競争要因で優位に立てるオンリーワンの市場つくりに努めることである。 このことは、単純に製造小売を勧めているのではない。例えば、元気な個店の中に、製造小売業がある。せっかく 商品企画をしても、それが中国で加工されるのでは、その企画に余程の独自性がないと量産品と差別化されず、市 場から評価されないままに終わってしまう。だから国内産地にこだわり、地域の産業連関を重視した商品が評価され るのであろう。 小 売 商 業 経 営 者 予 備 群に関する基 礎 調 査 報告書 21
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