日本と中国の携帯電話についての比較

OICE Discussion Paper Series (ODP)
HZH-05
日本と中国の携帯電話についての比較
朱荟
1.はじめに
WTO 加盟により、中国はサービス貿易の一般協定に基づき、金融、保険、流通、通信などサービス市場の
開放を推進している。流通・通信分野の開放は、モノ・情報の移動を効率的なものにし、中国の経済発展を促
進することに役割を果たすはずである。中でも通信分野の開放は、情報化の潮流に乗るためにも重要だと考え
られている。日本企業は外資(あるいは直接投資)として中国経済の高い経済成長率の実現に大きな役割を果
たしたということはまぎれもない事実である。とくに、電機、繊維、機械などの分野での直接投資が目覚しく、
近年では、パソコンや自動車などの分野でも活発であると思われている。しかし、通信分野の携帯電話端末市
場では、日本企業は欧米企業に大きく出遅れているし、進出してもなかなか奮わなかった。
今回は日本と中国の携帯電話の相違について研究し、通信規格(方式)、経営戦略、開発生産と流通構造の
四つの部分から分析し、日本企業は中国市場の中で奮わなかった要因について展望したいと思う。
2.通信規格
日本企業は中国携帯市場の奮わない状況について一般的な説明は、携帯電話の技術規格が異なるからだとい
うものである。携帯電話の通信規格は第一世代携帯電話(1G)、第二世代携帯電話(2G)と第三世代携帯電
話(3G)という三つの方式がある。今では、中国の携帯電話はほとんど第二世代携帯電話を使って、技術規
格はヨーロッパ発の GSM を採用している。日本の第二世代携帯電話は GSM を採用せず、日本だけの独自規
格 PDC(NTT を中心に、NEC、松下電器など日本の主要電機メーカーが開発した規格)を採用していた。も
し、日本の電機メーカーが GSM に対応した携帯電話を作るには、技術規格を習得するだけではなく、本体価
格の 5~10%にも相当する特許料を支払わなければならない。そうすると、規格が異なる他国市場、たとえば、
中国の市場では日本企業がハンディを負っていることになる。
3.経営戦略
次に、日本と中国の携帯電話機メーカーの経営戦略という方面から日中の比較をやってみよう。簡単にいえ
ば、「少産少死」と「多産多死」の区別である。いったいどういうことだろうか。まず、毎年発売される機種
の数の違いからみよう。丸川氏が 2006 年 6 月、日本の携帯電話・PHS 会社四社(NTT ドコモ、ソフトバン
ク、au、ウィルコム)のカタログを集めて調べて、全部で 83 機種あったということを見つけた。一方、中国
市場では、各メーカーの機種数が非常に多い。トップメーカーのノキアだけで 63 機種が出ていた。中国市場
では 2%あまりのシェアにとどまっている NEC さえ、中国では 59 機種も出ていた。中国のインターネット
携帯電話販売店「北斗手機網」で販売中のものを数えてみると、2006 年 6 月では 70 社ものメーカーがあり、
総計 1460 機種を売っていた。次は、一機種あたりの目標販売台数からみよう。日本では、ある携帯電話機メ
ーカーの場合、一機種 100 万台を目標してきたが、中国では、一機種あたりの平均販売台数は 5 万台しかな
らない。そして、日本では、機種の世代交代が計画的に行われている。日本の機種はほとんど半年一回ずつ新
機種が発売され、一機種は発売後一年ほどでカタログから消えるという規則性がある。それに対して、中国で
は、世代交代に計画性はない。メーカーは毎月のように新モデルを出し、そのモデルが売れるかぎり作り続け
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る。そのため、販売開始から終了までの期間は機種によってばらばらである。総じていえば、日本の携帯電話
機は少数の機種を計画的に産んで計画的に淘汰していく「少産少死」型の機種開発が行われているのに対して、
中国は数多く産んで自然淘汰に任せる「多産多死」型の開発が行われているのである。(丸川 2007)
4.
開発生産
ここでは、日中の携帯電話機の開発生産について、異なるところをみてみよう。
まず、開発生産から見よう。携帯電話機の開発プロセスはほとんど企画、設計、試作と量産準備という順番
でやってきている。日本では、携帯電話機はすべて通信事業者からの発注に基づいて電機メーカーが開発・生
産しており、通信事業者のブランドを前面に出し、電機メーカーのブランドはあってもあまり目立たない。通
信事業者は今後展開する新サービスを睨んで、さまざまな需要に応えられるように品物を揃えて、メーカーは
そのラインアップの中でどこを担当するかをめぐって競争している。さらに、通信事業者は個々の製品に対し
て開発の早い段階から電機メーカーにさまざまな要求を出すなど、製品開発に深く関与している。企画がまと
まるのがだいたい製品発売の一年前で、デザインも完成して何を作るかが確定するのが発売 10 ヶ月前ぐらい
である。日本では、新機種のたびに数十個の部品が新たに開発されるため、回路設計、外観設計や金型の製作
などの設計と試作が問題点をすべて解決して、最終的な図面が完成するのが発売三ヶ月前で、二ヶ月前からは
量産試作に入る。
一方で、中国では、携帯電話機の開発は通信事業者とは無関係に携帯電話機メーカーが勝手に行っている。
中国の携帯電話開発とは、さまざまな基幹部品に体化された機能を組み合わせることと、外観のデザインにほ
ぼ尽きるからである。だから、中国の携帯電話メーカーごとに、さまざまな階層や需要に対応する機種を揃え
ようとし、自社内で開発するだけではなく、外部の設計会社も利用する。企画が決まったあとはケースの金型
作りと回路設計を並行して進めて一~二ヶ月かかる。日本と違って先進国や他社がすでに使った成熟した部品
や機能を搭載するので、試作はおおむね二~三回で済む。設計が完成してから、量産するところまで環境、安
全、ローミングに関わる試験を国家機関で受ける必要があり、これらに合計二ヶ月かかる。
次に、開発と生産の企業間分業という面から見よう。中国には携帯電話機の設計を専門とする会社がある。
一方、日本では携帯電話機メーカーが社内で設計を行っている。このように、日本と中国では携帯電話機の開
発と生産における企業間分業のあり方が大きく異なる。
中国の携帯電話機メーカーが設計会社に外注する場合の企業間分業は、携帯電話機メーカーは製品企画の一
部と製品の販売を担うだけで、製品の企画と開発、携帯電話機がうまく機能するかどうかの検証作業まで設計
会社の仕事である。設計会社が製品の設計と部品一覧表を完成させると、携帯電話機メーカーはそれを買い上
げ、一覧表に示された部品を部品メーカーから買い付けて、設計図と一緒に EMS に貸与し、携帯電話機を組み
立ててもらう。設計会社の仕事は本来は設計図と部品一覧表を作ることだが、大手の中国系設計会社はただ部
品一覧表を作るだけでなく、そのメーカーの部品の品質が確かかどうか、部品が購入可能かまで調べておく。
つまり、携帯電話機メーカーが担うべき部品調達の作業の一部まで肩代わりしているのである。こうして設計
会社が携帯電話機の開発と生産準備に関するほとんどの作業を担当するため、携帯電話機メーカーは製品ライ
ンアップの企画と販売の仕事に集中できる。
一方、日本の携帯電話機の開発と生産における企業間分業は携帯電話機メーカーが企画から量産まで全体を
カバーしている。中国では携帯電話機メーカーが企画の一部と販売を行っているが、日本ではドコモなどの通
信事業者が販売を行っていることに注意べきであろう。もう一つ注意すべきところは、中国ではメーカーも設
計会社も取引相手を多角化する傾向があるのに対して、日本では「閉じられた垂直分裂」、すなわち企業間で
専属的な関係を築く傾向が見られることである。(丸川 2007)
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5.
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流通構造
最後に、携帯電話の流通構造という面から日本と中国を比べてみよう。日本では、電機メーカーが生産した
携帯電話機はすべて通信事業者によって買い取られ、通信事業者のブランドによって、一次代理店と小売店を
通じて消費者に販売される。携帯電話機は通信事業者の新たなサービスの展開に合わせて、新サービスを載せ
る媒体として計画的に市場に投入されるのである。日本では携帯電話機を買うときに携帯電話機の本来の価値
よりも大幅に低い額を支払うだけでよいが、携帯電話機を単独で買うということはできず、通信サービスの契
約を結ぶことが絶対条件になる。携帯電話機と通信サービスをセットで売ることをバンドル販売というが、日
本にはバンドル販売しか存在しない。
一方、中国の携帯電話機の流通では、通信事業者の関与はほとんど見られず、携帯電話機は家電製品などと
同じ、メーカーによって、また時代によってさまざまなので、二つのパターンがある。まず、ノキアやモトロ
ーラといった有力な外国ブランドの場合は、中国資本の大手卸売業者を通じて販売されることが多い.卸売業
者はメーカーとの間で何機種か独占的に扱う契約を結び、全国の数万店の小売店に対して一部は二次卸を介し
ながら携帯電話機を卸す。一方では、波導や TCL など中国系の有力ブランドは、全国各地に自ら販売支社を設
立し、そこから現地の代理店を通じて小売店に卸す方式を採用した。
(丸川
2007)
6.おわりに
以上の研究をまとめてみよう。日本と中国の間で、通信分野では特に携帯電話に関して、通信規格、経営戦
略、開発生産や流通構造など異なるところがたくさんある。このようなたくさん異なるところがあるために、
日本携帯電話機メーカーは中国市場に対する進出がなかなかうまくいかなかったと思われる。しかし、日本の
通信事業者が進出できないのは仕方がないにせよ,日本携帯電話機メーカーは中国に進出せず、中国に進出し
た欧米と韓国の企業はどうして中国市場で発展できるのか。欧米企業の通信規格は中国と同じの GSM を採用す
ることは事実だけれども、これだけでは説得的ではない。しかも、韓国は日本と同じように、国内の通信規格
は中国と違っているが、携帯電話機メーカーはなぜ中国市場に進出しているのか。これを明らかにするために、
今度は欧米の携帯電話機メーカーと日本と比較する必要があると思う。
<参考文献リスト>
丸川知雄(2007)『現代中国の産業――勃興する中国企業の強さと脆さ』 中央公論新社
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