活かすには - Strategy

この文書は旧ブーズ・アンド・カンパニーが PwCネットワークのメンバー、Strategy& になった
2014 年 3 月 31 日以前に発行されたものです。詳細は www.strategyand.pwc.com. で
ご確認ください。
サード・ビリオン
10億人の「女性力」を
活かすには
著者:ディアン・アギール、レイラ・ホテイト、カリム・サッバー
監訳:唐木 明子
経済における女性の活躍とは、非常に古くて新しく、つねに
あろう10 億 人 の 女 性 力 の 活 用 状 況を概 観し、さらに日本 の
新たな 問 題を提 起し続ける課 題で ある。女 性 の 社 会 進 出が
抱える課 題に関して考 察している。10 億 人 の「 女 性 力 」を活
一通り進んだと見られる先進国でも、より本質的に女性の力を
かすこと自体も素晴らしいことである。
しかし、さらにその上位
活かす社 会 、企 業を実 現するべきだという議 論 、取り組 みが
概念として、企業全体の成長力を高めるための人材活用戦略
盛んになりつつある。
の中のテーマと位置づければ、さらに大きな結果を生むこと
本 稿では、世 界 各 国 の 経 済において今 後 存 在 感を増すで
ができるのである。
(唐木明子)
現在、世界の多くの政治指導者たちが経済の逆風に苦しんで
すら見出せない。
いるが、とくに新興国において、女性の地位向上の有効性は
ブーズ・アンド・カンパニーの「サード・ビリオン・インデックス」
十分に認識されていない。
とその示唆により、より多くの女性の経済的影響力向上を実現
国際労働機関
(ILO)によると、労働年齢
(20~65歳)となって
さ せ、社 会 の 健 全 性と 競 争 力 の 向 上 の ため の 指 針を 提 示
も経済参加のための基本条件が整わない女性は、2020 年に
したい 。
約 8億 6,500万人に達する。これらの女性は必要な教育や訓練
を受けていないか、またはそれ以上に法律、家庭、交通、経済上
女性の影響力向上を実現させる(エンパワーメント)
の制約を受ける。この約 8億 6,500万人のうち約 8億1,200万人
政策
が新興国と発展途上国に分布する。
人口10 億人を超える中国やインドと同等の経済的影響力を
本 稿 で提 示する指 針は、女 性の 経 済 的 影 響 力向 上(エン
及ぼすこの女性たちを「第三の10 億人
(サード・ビリオン)」と
パワーメント)に関して100 カ国以上の国の実績を評価した
呼ぶ。女性を原動力にした経済成長の実現は、国家の経済成長
「サード・ビリオン・インデックス」から得られる示唆である。
よりはるかに困難である。女 性 たちは世界各地に散らばり、
サード・ビリオン・インデックスは、世界 経 済フォーラム
阻害要因は多岐にわたり、複雑に絡み合い、取り組みの端緒
( WEF)とエコノミスト・インテリジェンス・ユニット
( EIU)の
24
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r
特集 ◎ CEO とリーダーシップ
ディアン・アギール
([email protected])
レイラ・ホテイト
([email protected])
カリム・サッバー
([email protected])
唐木 明子(からき・あきこ)
([email protected])
ブーズ・アンド・カンパニー サンフランシ
ブーズ・アンド・カンパニーのプリンシパ
ブーズ・アンド・カンパニー ドバイ・オフィス
スコ・オフィスのシニア・ヴァイス・プレジデ
ル。中 東 地 域 に お いて公 共 部 門 のプ ロ
のシニア・ヴァイス・プレジデント。中東地
ント。人材変革担当チームのグローバル
ジェクトを手がける。専門は人材開発。
域のコミュニケーション・メディア・テクノ
責任者であり、世界各国の企業の改革を
ロジーのリーダー。社会経済開発を中心
主導してきた。
とした、中東における弊社のシンクタンク
Ideation Center の会長を務める。
ブーズ・アンド・カンパニー 東京オフィスの
シニア・アソシエイト。国内外の金融サー
ビス業、リテール、ヘルスケア、その他事
業 会 社のプロジェクトを手がけている。
新規事業・成長戦略、商品・マーケティング
戦略といったテーマに取り組んでいる。
米国において女性の就業率が男性の就業率と同じだったなら、
国全体の GDPは5%増加するだろう。
図表 1 : ブーズ・アンド・カンパニーのサード・ビリオン・インデックスの構成要素
サード・ビリオン・インデックス
女性の経済的な機会に
直接的に関わるプロセスや政策
インプット
前提条件
̶ 識字率の男女比率
̶ 女性の識字率
̶ 中等教育入学率の
男女比率
̶ 女性の初等・中等
教育水準
̶ 高等教育入学率の
男女比
̶ 学校教育の
平均年数
就労政策
アウトプット
起業家への支援
社会進出
̶ 同一労働
同一賃金政策
̶ 技術やエネルギー
へのアクセス
̶ 賃金労働者の
男女比
̶ 差別撤廃政策
̶ 財産所有権
̶ 賃金の男女比
̶ 男女の
育児休暇制度
̶ 中小事業主への
支援と能力
育成研修
̶ 就労率の男女比
̶ 保育施設への
アクセス
̶ 一部の職種に
関する法的な
女性就業制限
̶ 女性の
高等教育水準
その国の経済における
女性の実際の成功
̶ 女性の資金調達の
可能性
昇進
̶ 専門職および
技術職における
男女比
同一賃金
̶ 同一労働
同一賃金の実状
̶ 議員、
上級官僚、
企業役員、
管理職
における男女比
̶ 雇用主における
男女比
̶ 信用情報の
構築能力
̶ 民間融資制度の
利用可能性
̶ 金融サービスの
提供
出所:サード・ビリオン・インデックス(ブーズ・アンド・カンパニー)
データを用いて算出した。両機関とも、医療制度、法的権利、
この インデックスでは、2 つ のグル ープの 指 標 を 用 いた。
政治参加など、女性の福利のあらゆる側面を網羅したジェン
第 1は
「インプット」指標、女性の経済力を支える施策、つまり、
ダー均衡指数を発表しているが、この分析では女性の経済的
均等な教育機会、就労政策、起業家への支援
(融資、訓練その
影 響力向上と直 接 連関する要因として労 働の 側面に焦 点を
他の形の支援)から構成される。
絞るため、労働関連以外の指数を除外した。
第 2 のグル ープは「アウトプット」指 標、国 家 経 済における
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r
25
*本稿には、ブーズ・アンド・カンパニー
*非営利団体 La Pietra Coalitionが「第
*ブーズ・アンド・カンパニーの「サード・ビ
ヴァイス・プレジデントのクリスティン・
三の10 億人キャンペーン」に関するウェブ
リオン・インデックス」については、www.
ラップ、プリンシパルのジョアンヌ・アラ
サイト www.thethirdbillion.org を開設
booz.com/global/home/what-we-
ム、シニア・リサーチ・アナリストのモーニ
している。
think/third_billionを参照のこと。
ラ・ジャムジョウム、コントリビューティン
グ・ライターのジェフ・ガリグリアーノ、元シ
ニア・エディターのメリッサ・マスター・キャ
ヴァノも参画した。
図表 2 : サード・ビリオン・インデックス
アウトプット
80
平均圏
オーストラリア
ノルウェー
フィンランド
成功へ向かって進行中
これから出発
70
正しい方向へ進行中
シンガポール
マイペースで進行中
平均
60
フランス
南アフリカ
カナダ
ドイツ
スウェーデン
アルゼンチン
ベルギー
オランダ
中国
タンザニア
ベネズエラ
チャド
40
マレーシア
エジプト
スーダン
米国
ブラジル
50
イタリア
チェコ
韓国
マケドニア
日本
チリ
モーリシャス
インド
チュニジア
モロッコ
30
シリア
イエメン
パキスタン
トルコ
サウジアラビア
アラブ首長国連邦
20
20
30
40
50
60
70
インプット
出所:サード・ビリオン・インデックス(ブーズ・アンド・カンパニー)
女性の実際の成功を図るものである。社会進出(女性の労働
る女性議員の割合が 24% と世界的にも高い水準を達 成して
市場への参加度合い)、昇進(プロフェッショナル、ビジネス
いる。
リーダー、企 業オーナー 中に占める女 性の 数)、同一賃 金の
さらに、女性の経済的影響力向上は GDP成長率の押し上げ
3 つから構成される(図表1参照)。
効果もある。保守的に試算をしても、米国の女性雇用率が 男
これらの分析により、インプット
(女性の経済的影響力向上
性 並 み に 上 昇した 場 合、G D P は 5% 増 加 する可 能 性 が あ
のため国家・企業 の政 策)が 充実している国は、著しく高い
る。同様に日本では 9% 、発展 途 上国では効果がより顕著で
アウトプット(女 性の 経 済 的 地 位の高さ)を 示し、高い 相関
あり、アラブ 首長国 連 邦で 12% 、エジプトで 34% 、GDP が
関 係が 実 証された(図表 2 参照)。
成長すると考えられる。
施策により成果を上げている例として、アルゼンチンが挙
また、これら施 策 の 恩 恵 は 社 会 経 済 全 般 にい きわたる。
げられる。同国はラテンアメリカ諸国で初めて、女性と児童
インプットとアウトプットで測定した女性の経済的影響力向上
の労 働 条 件を 規 制する法 律を 制 定した。充 実した教 育制 度
で高い成果を上げる国は、一人当たり GDP、識字率、乳児死
を 整 え、現 在、中 等 教 育と高 等 教 育 を 修了する女子 は男 子
亡率 などの 社 会 的尺 度についても良 好な 結 果を 示す。女 性
より多い。政治の舞台でも、2007年から女性
(クリスティーナ・
の影響力の向上により、さらに大きな課題への対応が可能な
フェルナンデス・デ・キルチネル)が大統領を務め、議会に占め
のである。
26
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r
特集 ◎ CEO とリーダーシップ
文化とビジネスの面でそれ以上の対策が生まれるまでは、
定数割当を当座の対策と考えるべきである。
相対的進歩
支援する。ブラジルの一部地域では、通常授業が 4 時間のみ
の半日制で、それ以外の時間は女性が子どもの面倒を見る。
この イン デックスの 評 価 は、あくま で 相 対 評 価で あ る。
これは女性の負担をさらに重くするのみならず、教育の成果
たとえば、男女同一賃金の項目で最上位のドイツ、オーストラリ
を低くもしている。
ア、オランダ、ノルウェー、スウェーデン各国でも、女性の給与
政府、企業はインフラの整備や政策により介護の負担を軽く
は男性より低い。ドイツでは、同一労働に対して女性の給与
することができる。たとえば、ドイツは数年前から、父親による
は男性より平均 23%も低い。家庭で重い責任を持つドイツ人
育児休暇取得に 2 カ月分の賞与を与える政 策を推 進し、父 親
女性は、長時間勤務や 頻繁な出張を伴う職 業を避けがちで
の育児休暇取得を倍増させた。民間部門でも、より柔軟な働き
あるが、職 務内容、在職期間、資格が同等の男女を比較して
方や社内保育施設の提 供などの対処が可能である。
も約 8% の給与格差がある。他国よりも「まし」ではあるが、
同一賃金が真に実現されているとは言えない。
資金調達手段の創出
女性の経済参加に影響を及ぼすもう一つの普遍的な問題
共通の課題
は、資金調達手段である。多くの女性の資金調達手段がマイ
クロクレジット
(コミュニティ活動に根ざした小額ローン提供
「第三の 10 億人 」の女性たちはさまざまな国籍、民族的背
システム)に限定され、起業はサービス産業の小規模事業に
景、宗教、年齢、家庭環境に属する。また当然ながら、女性の
偏りがちである。
経済的影響力向上を図り、労働力への参加態勢を整えさせる
それ以外の調達手段がある場合でも、往々にして女性に不
ための打ち手は、国や地域により異なる。とはいえ、対処する
当な負担が課される。たとえば中国では、審 査はキャッシュ
べき普遍的な課題は存在する。
フローではなく担保の評価により行われる。中国で女性の不
動産所有率は男性よりずっと低いため、女性は融資を受けに
介護の負担軽減
くい。また、イタリアの最近の調査によると、女性が小規模事
貧富を問わず、子どもや病人、高齢者の保護・介護責任は、
業主である場合、信用履歴が良好でも男性より高い金利を課
ほぼ例外なく女性に降りかかる。経済協力開発機構
( OECD)
されている。
諸国の女性は、男性よりも無償労働の時間が毎日約 2.4 時間
政府が、たとえば女性のテクノロジー関連事業への融資を
多い。発展 途上国では水を汲む、燃料を探すなど、インフラ
銀行に強要するような介入は、受益者の信用自体を損なう恐
の欠 如ゆえの家事雑 用も追 加される。ある調査では、養育・
れがある。しかし、機 会の平 等は確保されるべきである。加
介護 労働を金銭的価値に換 算すると、GDP の 10 ∼ 39% に
えて、テクノロジーなど国を挙げて育成を目指す産業につい
相当すると試算されている。
ては、優遇税制措置などのインセンティブにより資 金投下を
この背景には、えてして強い文化的規範がある。たとえば、
促進し、女性の起業を間接的に促すこともできる。
中国では高齢者介護は女性の「 tianzhi」
( 天職)とされ、中国
人女性の約 95% が高齢者を介護し、58% が両親を経済的に
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r
27
経営上層部への進出の加速化
女 性 の 起 業 を 促 進 する一 つ の 完 璧 な 解 決 策 が 存 在 する
大卒 者 や就 労 者 全 体 の 女 性 比 率が 男性より高い 国でも、
わけではなく、複数の対策を講じることが必要であろう。政府
取 締役や社 長はいまだに男性 が圧倒 的多数を占める。米国
は、調達に際して女性の事業を優先することができる。企業
では女性中間管理職は増えたが、役員にまでは至っていない。
も、多様なサプライチェーンの構築において同様の取り組み
2011年時点で、女 性はフォーチュン 500 の 企 業 の取 締役の
を行うことができる。成功した女性は若い女性を指導すること
16.1% 、役員の14.1% に留まる。
ができるし、女性投資家は優れた着想を持つ有望な若い女性
欧州委員会は女性の取締役就任を促進するために定数割当
に資金を提供することができる。
の 適 用を検 討してい る。フランス、アイスランド、イタリア、
ノルウェー、スペイン、スウェーデンなどは、自主的に定数割
「第三の 10 億人 」の女性たちは、今後10 年の間に非常に大
当を取り入れた。また、ドイツテレコムは 2015 年までにリー
きな影響力を発揮する可能性を持っている。この力を活かす
ダーシップ・ポジションの 30% を女性にすると宣言した。
ことに成功した国や企業が優位に立っていくはずだ。
定 数 割当は、女 性 が経営において適 正な 地 位を得られる
2011年に開かれた女 性の 起 業イベントの席上で、世界 銀
環 境 が 整うまで の 経 過 措 置とする べきであ る。ノルウェー
行のキャロライン・アンスティ専務理事が
「男女の平等は素晴
は約 10 年前に賛否両論を乗り越えて取締役会に定数割当を
らしいし、経済的に合理的であるが、それだけで皆が納得す
導入した。2003 年時点で、ノルウェーの取締役のうち女性は
るとは決して思えない」と述べている通り、女性が経済力を
7.3% だったが、2006 年には 21% 、現在では 50% に近づいて
持つことから得られるビジネスチャンスが重要なのである。
いる。この問題をただ市場の流れに任せるだけでは、男女の
サード・ビリオン・インデックスの分析により、女性の経済
公平なバランスが実現する可能性は低い。
的影響力向上に関して、女子教育、労働の自由の確保、そして
起業家の支援が重要であることが明らかになった。これらの
起業家向け支援の充実
措 置は未 来 へ の投 資である。それは女性へ の投 資であるだ
最後に、女性 起業家の支援は、ネットワーク形成など体系
けではなく、企業や社会 全体がより強く繁栄するための投資
的な支援を必要とする分野である。ブーズ・アンド・カンパニー
となる。
がサウジ アラビ アの 175 人の 起 業 家を対 象に行った調 査に
よれば、回答者の 4 分の 3 以上が教師や指導者から起業の後
押しを得 ることが で きず にいた。業 種を見てみると予 想に
違わず、その 60% は女性が伝統的に起業してきた小売・サービ
("How to Keep the Promise of the Third Billion," by DeAnne
Aguirre, Leila Hoteit, and Karim Sabbagh, strategy+business,
Issue 70 Spring 2013.)
ス・教育といった業 種である。サウジアラビアで近 年行われ
た法改 正の結果、女性が 不動産や建 設などの高成長 分野に
投 資 で きるようになった が、彼 女 たちがこの 分 野 で成 功 す
るためには、ネットワークやコネクションの 利 用が 不可欠と
なる。
28
Booz & Company
M a n a g e m e n t J o u r n a l Vo l . 2 4 2 0 1 3 S u m m e r