(7)プリンタブルエレクトロニクス用 ナノ材料の分析

●[特集]電子材料 (7)プリンタブルエレクトロニクス用ナノ材料の分析
[特集]電子材料
(7)プリンタブルエレクトロニクス用
ナノ材料の分析
材料物性研究部 関 伸弥
有機分析化学研究部 廣田 信広
有機分析化学研究部 川合 一輝
︵₁)動的光散乱法
液中をブラウン運動している粒子に照射したレーザー
光の散乱から、対応する粒度分布を求める。
︵₂)電気泳動法
分散液中に電場を印加させた際の粒子の移動速度から
ゼータ電位を求める。ゼータ電位の絶対値は分散安定性
の指標となる。
︵₃)IR
化合物の赤外線吸収スペクトルを得ることで、官能基
1.はじめに
に関する情報が得られる。
︵₄)NMR
一般的によく用いられる透明導電膜として、ITO膜が
有機化合物の骨格や組成情報が得られる。本稿では、
ある。ITO膜は、実用上は配線パターンとして利用され
金属に配位した有機化合物に関して分析を行っている。
る。工業的には、蒸着等によってガラス基板に透明導電
︵₅)MS
膜を形成した後、エッチングを行って配線パターンを形
化合物の分子量や部分構造に関する情報が得られる。
成する。しかし、この方法は、導電膜形成に高真空チャ
試料に応じてGC/MS, MALDI-MSなど最適な測定方法
ンバーや雰囲気ガス制御装置などの大掛かりな設備が必
を選択する必要がある。
要であること、その後の配線パターン形成には、レジス
︵₆)断面TEM
ト塗布、露光、現像、エッチング、レジスト剥離など多
膜の断面を観察することで膜の粗密さや膜と基板の界
数の工程が必要であること、パターン以外の部分のITO
面に関する情報が得られる。
は基板から除去されるので、希少元素であるインジウム
︵₇)STEM-EDX
のロスも大きいことから、高コストなプロセスとなって
分析電子顕微鏡の機能のひとつであり、TEM観察と合
いる。また、エッチングの際には、洗浄水が排出される
わせて微小部の元素の分布に関する知見を得られる。
など環境への負荷も大きい。
︵₈)ナノインデンテーション
それに対し、ナノインクを利用する製膜方法は、スク
ダイヤモンド製の圧子を試料に押しこみ、荷重と押し
リーン印刷などの方法によって基板に配線パターンを描
こみ深さの関係から、微小部での膜の弾性率・硬さなど
画し、乾燥、焼成するもので、上述の方法と比べて簡便
を評価できる。
であるため、コスト面での期待が大きい。本稿では、
︵₉)TPD-MS
ITOナノインクおよびAgナノインクの焼成膜に関して分
加熱しながら発生するガス成分を質量分析計で調べる
析を行った事例を紹介する。
ことで、導電膜に対しては主に、膜内部に含まれた水分
に関する情報が得られる。
2.ナノインク・焼成膜の分析方法
3.ITOナノインク、焼成膜の分析事例
インクおよび焼成膜について構造、物性を評価する機
能を弊社では多数保有している。
(表1参照。他にも多く
写真(図1)に示すITOナノ粒子水分散液について、
の機能があるが、紙面の都合で割愛する。
)
動的光散乱法によって求めた粒度分布を図2に示す。そ
以下に各機能の原理や特徴を記す。
の粒径は約90 nmであり、別途TEM観察(図3)によっ
て得られた一次粒子径と概ね一致している。
表1 ナノインク・焼成膜の分析方法と得られる知見
IR
NMR
MS
TEM
STEM-EDX
TPD-MS
32・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)
図1 ITOナノ粒子水分散液の外観写真
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上記のITOナノ粒子水分散液をスライドガラス上に塗
布し、300 ℃で焼成した膜の断面TEM写真を図6に示す。
写真から、ITOナノ粒子がかなり疎な構造になっている
90 nm
ことがわかる。また、膜と基板(スライドガラス)との
界面近傍には、基板側に白いボイドのようなものが見ら
れる。比較のため、300℃で処理したスライドガラスの
断面TEM写真を図7に示す。当然ではあるが、スライド
ガラスにはボイドは見られない。
図2 ITOナノ粒子の粒度分布(動的光散乱法)
図6 スライドガラス上焼成膜の断面TEM写真
図3 ITOナノ粒子のTEM写真
また、乾燥物に対して1H NMRおよびIRを測定した結
果を図4、5に示す。本結果からは金属と酸素の結合は認
図7 スライドガラスの断面TEM写真
められたものの、有機化合物に由来するピークは観測さ
れなかった。そのため、本試料には分散剤としての有機
すなわち、図6に見られたボイドはスライドガラスの
物は存在していないか、存在しても検出下限以下と推察
成分がITO側に拡散することで形成されたと推察され
される。
る。確認のため、スライドガラス上の焼成膜について、
STEM-EDX像を取得した結果を図8に示す。
M-OH
M-OH
M = In
Sn
図4 乾燥物の1H NMRスペクトル
O-In-O
O-In-OH
In-OH
In-OH
図8 ITO焼成膜のSTEM-EDX像
上段左から、STEM像、C、O、下段左からNa、Si、
Inの順に並べている。先ず、ITOナノ粒子がかなり疎な
構造であるため、断面加工する際に使用した包埋樹脂が
焼成膜内に浸入している可能性がある。そのため、膜内
にCが存在していることが推察される。下段からは、明
らかにNaが焼成膜内に拡散していることが分かる。ま
た、僅かではあるが、Si成分も焼成膜内に存在している。
図5 乾燥物のIRスペクトル
すなわち、図6に見られたボイドは、スライドガラス中
・33
東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)
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の成分が焼成膜側へ拡散したために形成されたことを強
く示唆している。
CH3(CH2)nCOOCH3
下の一因である可能性があり、適切な基板選択が重要と
n=9
n=8
n=7
思われる。
n=5
4.Agナノインクの分析事例
0
ドデシルアミンと硝酸銀をエタノール中で反応させ、
トルエン中に分散させたAgナノインクを試料として用い
n=10
ドデシルアミン
また、基板側からの元素の拡散が、焼成膜の導電性低
5
n=6
10
time /min
15
20
図11 Agナノインク乾固物のTMAH添加熱分解GC/MS測
定結果
た。このインクはメタノール浸漬することにより、加熱
することなくAgを焼結できることが知られている1︶。
テルが検出された。ドデシルアミン以外の成分について
このインクについて調べるため、図9の分析フローに従
は原料不純物などと予想される。
い、各分析を実施した。
次に、試料乾固物をメタノールまたはクロロホルム
で抽出し、それぞれの抽出成分について1H NMR測定を
行った。クロロホルム抽出物の 1H NMRスペクトル(図
12)より、Agナノインク調製時の変性物と考えられるド
デシルアミドおよびドデシルイソシアネートが検出され
た。しかし、ドデシルアミンについては観測されなかっ
たことから、前述の通りAg粒子に配位結合しており、ク
ロロホルムでは抽出されなかったと推定された。
Ab
Ib
CH 3(CH 2)8 CH 2 CH 2CONH 2 : A
a
b
c d
図9 本試料の分析フロー図
CH 3(CH 2)9 CH 2 CH 2NCO : I
a
b
c
d
試料全体の1H NMRスペクトルを図10に示す。ドデシ
ルアミンのエチル基や直鎖エチレン基由来と考えられる
Id
ピークが観測されているが、アミノ基に隣接するメチレ
Ac
Ic
Aa
Ia
Ad
ン基(図10中Ddで帰属)が、予想される化学シフト位
置に観測されなかった。この原因としてアミノ基にAgが
配位結合することで、
ピークがシフトしたと考えられた。
さらに乾固により溶媒を除去した試料乾固物のテトラ
メチルアンモニウムヒドロキサイド(TMAH)添加-熱
分解GC/MS測定を行った。通常の熱分解GC/MS測定で
4
3
2
1
Chemical Shift /ppm
0
図12 A gナノインク乾固物-クロロホルム抽出物の 1 H
NMRスペクトル
一方、メタノール抽出物の 1H NMRスペクトル(図
は検出されにくい脂肪酸やアルコールなどの極性成分
13)からは、ドデシルアミド、ドデシルイソシアネート
が、TMAH添加法によって検出可能となる。
に加えて、ドデシルアミン由来のピークも観測された。
測定結果(図11)より、原料由来のドデシルアミンに
このときAgはドデシルアミンとの配位結合が切れ、不溶
加えて、炭素数7〜12の脂肪酸(塩)または脂肪酸エス
Solv.
Solv.
Db
CH 3(CH 2)9 CH 2 CH 2NH 2 : D
a
b
c d
Dc
Db
CH 3 (CH 2 ) 9 CH 2 CH 2 NH 2 : D
a
b
c d
Da
Dd のピークが観測されない
Id
4
3
2
1
Chemical Shift /ppm
Dc
Ac
Ic
Dd
Ab
Ib
Da
Aa
Ia
Ad
0
1
図10 Agナノインクの H NMRスペクトル
34・東レリサーチセンター The TRC News No.119(Jun.2014)
図13 Agナノインク乾固物-メタノール抽出物の1H NMR
スペクトル
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分として残ることになる。この結果は冒頭で紹介した、
メタノール浸漬によってAg同士が焼結されるという事実
6.参考文献
を示唆する結果と考えられる。
1)D. Wakuda, M. Hatamura, K. Suganuma, Chem. Phys.
Lett., 441(2007︶,p.305
5.おわりに
■関 伸弥(せき しんや)
本稿では、膜の分析として主にTEMを用いたが、弊社
ではその他にも表1に示した手法やラマン分光法(構造
材料物性研究部 材料物性第₂研究室
趣味:Jリーグ、バレーボール
情報)、薄膜反り法(熱膨張率)
、エリプソメトリー(膜厚)
など、多くの分析手法を備えている。また、Agナノイン
クの分析事例でもご紹介したとおり、有機組成分析に関
しても前処理や分析手法に関する豊富なノウハウを蓄積
しており、お客様の目的に応じた測定手法のご提案なら
■廣田 信広(ひろた のぶひろ)
有機分析化学研究部 有機分析化学第₁研究室
趣味:スノーボード、バドミントン
びに総合的な解析を実施可能である。これらの分析が、
お客様の研究開発やトラブル解決のお役に立てば大変幸
いである。
■川合 一輝(かわい かずき)
最後に、本稿で用いた評価用試料を提供頂いた大阪大
有機分析化学研究部 有機分析化学第₁研究室
学 産業科学研究所の菅沼克昭教授に感謝申し上げる。
趣味:スポーツ全般
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