巨大不動産マーケットの衰退と再生

IPD/GPR コンファランス 2001
巨大不動産マーケットの衰退と再生
植松丘取締役
野村不動産
Tel: 81-3-3348-8840
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土地神話
第二次世界大戦以降バブル経済までの日本の経済原理は、「土地は希少財であるから値
上がりが続くものである」という土地神話に裏打ちされたものである。1864 年以来、極東
の一小国として「欧米に追いつき追い越せ」とやってきたわけであるが、その中で土地は
非常に大きな役割を担ってきた。島国である日本は、高度経済成長が続いたことによって、
生産量が伸びる一方で新規供給の少ない希少財の土地の付加価値は高くなり、当然のこと
として土地の値段が上がる時代が続いたのである。特に戦後の日本では、50 年にわたって
続いてきたのである。土地の価格は GNP の成長率と同じか、それ以上の上昇をしてきた。
他方で、金利は、1980 年までは管理されていたこともあって、経済成長率の半分くらいで
あった。したがって、金を借りて土地を買っておけば、保有しているだけで何をしなくて
も儲かるわけで、これほど儲かるビジネスはなかったのである。そうした背景から、「土地
を担保にして金を貸せば安全だ」という神話が、長く日本の金融市場を支配することとも
なった。
債権大国
では、なぜ土地神話が崩れたのか。その理由の解明には、19 世紀半ばのイギリスが参考
になる。アメリカの前の債権大国はイギリスであったが、産業革命により生産力がどんど
ん向上し豊かになってきたときに、国内の物価をもっと安くしたい、あるいは輸入をもっ
とすべきではないかという議論が出て、穀物条例を廃止した。1848 年頃から農産物の輸入
自由化が段階的に行われた。また、当時ヨーロッパからアメリカを中心とした新大陸へ 4000
万人くらいの移民が渡った。そして土地がただみたいな新大陸で作られた農産物の輸入が
ヨーロッパ諸国で始まった。そうなると、土地は希少財で絶対に供給がないと思っていた
ものが、農産物の輸入を通じて土地まで輸入されるのと同じ状態になってしまったのであ
る。土地の右肩上がりの上昇はあっという間に終わってしまったのである。
この時のイギリスと同じことが、日本でも起きたのである。1985 年に日本は債権大国の
座をアメリカから受け継いだ。このことによって、日本のすべての経済原理は変わらざる
を得なくなった。債権大国になったということは、日本の経常収支の黒字が拡大して、他
国に対して債権を保有する立場になったわけで、その結果、アメリカをはじめとする貿易
相手国の債務は膨らんで円高が進み、輸出を増やすことができない、あるいは減らさなけ
ればならないという状況になったのである。こうしたことから、工業用の土地需要は次第
になくなり、工業用地が住宅用地へと転換されていき、土地余り現象が生まれた。この流
れは、まず、自動車、家電といった輸出の花形産業から始まり、鉄鋼、化学などの間接輸
出をしている素材産業へと現在広がっている。日本でも、土地が輸入されだしたのである。
日本経済の 10 年間にわたる低迷は、日本の経済原理の転換に対する認識の甘さと見通し
の誤りに起因したものである。
東京の不動産市場
日本が債権大国となったことによる経済原理の変化への認識と対応の遅れによって、日
本経済は依然として低調であるが、不動産市場は日本全体としてはデフレ傾向が続いてい
るが、東京の商業不動産の取引は昨年から活況を呈している。
この現象は、二つの理由から生じている。土地神話があった時代には、各会社とも不動
産などの保有資産がいくら大きくなってもリスクに対する認識は持つ必要がなかったので
あるが、バブル経済崩壊後、1991 年の 20%以下となっても、下げ止まらず、保有リスクが
顕在化した。これに会計基準の時価主義会計への変更があり、もはや資産保有は企業にと
って意味を持たなくなった。そのため、企業は急速な資産圧縮へと向かい出し、それによ
って、CBD での大規模ビルを積極的に売却が行われるようになった。昨年 1 年間に東京の
CBD エリアにある 50 億円以上のオフィスビルの取引や地方都市のビルも組み合わせたバ
ルク売りの件数は 件にのぼった。こうした現象は 3 年前にはなかった現象である。
他方、日本では昨年 11 月に不動産投資信託(J-REIT)が解禁になった。資産保有リスク
が明らかになった日本の資本市場では、資産保有のために有利子負債を増加させることは
株価の低迷を意味することになったことから、日本の上場不動産会社は J-REIT や私募形式
による不動産ファンド組成によって資金調達し、それをマネジメントすることで得られる
フィービジネスに熱心になった。これに外国の投資銀行が参加し、先を争って収益物件を
買い漁る現象が起っている。昨年から東京都心の優良収益物件の購入時キャップレートは
4%台となっており、「ファンドバブル」ともいわれている。
J-REIT 市場に対する過度の期待から起こっている「ファンドバブル」は、日本の銀行の
Debt Loose ともいえるノン・リコースローンに対する貸出優遇が拍車をかけている。野村
不動産は Starwood Capital Group のためにプライヴェートファンドを組成したのは 1998
年であるが、当時、日本の銀行はノン・リコースローン貸し出しを行っておらず、われわ
れは外銀から4%を超えるローンを LTV 60%で 3 年間調達した。現在日本の銀行からの調
達では、LTV 80%、7 年で 3%を切るものも見られるようになっている。
こうした現象が、どのような結果をもたらすかは日本経済の構造改革が成功し、回復に
迎えるか否かにかかっている。
J-REIT
日本では、現在 5 つの銘柄の J-REIT が早期上場を目指して準備が進んでいる。平均的な
配当利回りは 5%前後で企画されている。日本の金利水準が、世界の歴史上過去最低であっ
た 1619 年のイタリアの Genoa より低い水準で推移していることもあって、資金の運用難
にあえぐ機関投資家を中心に注目が集まっている。そうした現在の状況からすると、この 5
つの J-REIT はうまく IPO を得ることができるであろう。
しかしながら、J-REIT の市場が着実に発展していくかどうかは、いくつかの問題を解決
する必要がある。
日本の企業、銀行の透明性の低さが外国人投資家から指摘されているが、日本の不動産
市場についても同じことが言える。J-REIT の上場基準をめぐって、不動産業界が最も抵抗
したのは、ビルごとのテナントの内容と賃貸条件の開示についてである。全ての内容開示
を求める金融側と、できうる限り開示しないでおきたいという不動産業界側との間で激し
い議論があり、最終的には総賃貸面積の 10%を超えるテナントとの条件のみ開示すること
で決着をした。
この情報開示の問題は、一般的に開示を求められる側が、開示することによるデメリッ
トと開示しないことによるデメリットを比較して、開示しないことによるデメリットが大
きいと判断したときに、初めて進んで情報開示しようという気になる。不動産業界が強い
抵抗を示したということは、まだ不動産会社の多くが、開示することによるデメリットが
大きいと考えていることにほかならない。
デメリットが大きいと考えた理由を説明する前に、日本の不動産賃貸借市場の特異性を
知ってもらう必要がある。日本の賃貸借契約は、昨年、法改正があって欧米流の定期借家
契約が認められるようになったが、きわめて投資には向かない契約条項が存在することで
半世紀以上もの間推移してきた。契約期間が 2 年間と短いことも問題であるが、それだけ
ではない。契約期間内であっても、6 ヶ月ないし 12 ヶ月前に告知をすれば、随時解約は可
能である。また、周辺賃料相場が著しく変わったときには賃料の増減額請求権が法律上認
められている。つまり、不動産投資の観点からは、きわめてキャッシュフローの予測が難
しいのである。
今計画されている J-REIT は、その運営をする不動産会社が自らハードアセットを所有し
ながら REIT の運営を行おうとしている。彼らのハードアセットの中には、明らかに REIT
の物件と代替競争関係にあるものも含まれている。不動産業界が、J-REIT でテナント名や
契約条件の開示に激しい抵抗を示したのは、開示をしてしまうと、自分で所有しているビ
ルの方のテナントが周辺賃料と比較することが可能となり、高い賃料を払っているテナン
トから減額請求を受ける危険があるである。結局、この問題は利益相反の問題なのである。
日本の不動産会社というのは、大手であればあるほど、利益相反の固まりのようになっ
ている。それは、日本の不動産会社は長い間トータルサービスを提供することで顧客の信
頼を得てきたからである。それが、ひいては会社の利益を大きくし、株主に利益をもたら
してきた。しかし、REIT の投資家は、不動産会社の利益の最大化を求めているのではなく、
自分たちが投資した物件の利益の最大化を求めているのである。
日本の不動産会社は、バブル崩壊後の市場メカニズムの変化により、伝統的なハードア
セットを担保として借入れを起こして不動産ビジネスを行うことが許されなくなっている。
そうした伝統的なビジネスの収益源に変わって登場してきたのが、「不動産ビジネスはフ
ィービジネス」という考え方である。現在 J-REIT 組成に熱心な不動産会社は、そうした観
点に立っているものが多い。J-REIT は、アメリカ型の REIT ではなく、オーストラリアの
LPT をモデルとしており、マネジメントを運営会社に全て任せるストラクチャーとなって
いる。にもかかわらず、この運営会社には実質的なマネジメントを行わせず、アセットマ
ネジメント、プロパティマネジメントともにその不動産会社の子会社に再委託させること
で、自らのグループでフィーをできるだけ多く得ようとしている、言い換えればその分投
資家の利益が削られて自分のところだけが儲かる仕組みになっている不動産投資信託の構
想のものもある。
利益相反問題でもう一つ看過できない問題は、J-REIT を上場させ、運営をコントロール
しようとしている会社の多くが、自らも相当大きな収益用不動産のハードアセットを持つ
上場不動産会社であるという点である。彼らは、株主と REIT の投資間で起こるであろう
利益相反問題について証券アナリストから指摘されているが、その解決法について答えて
いない。
野村不動産のファンドビジネスの実績
野村不動産は、1998 年からスターウッドをはじめとする海外及び日本の投資家と、プラ
イヴェイトの不動産ファンドを組成してそのマネジメントを行っている。
現在、この不動産ファンドは、現在、預り資産総額 1,125 億円(10 億ユーロ)である。
投資対象地域は、日本の二大都市、東京地区と大阪地区で、オフィスビルを中心に、投資
家の投資方針に合わせてカストマイズしている。全体で 205,432.35 ㎡である。今月からは、
総額 500 億円(4.5 億ユーロ)のレジデンシャルファンドを立ち上げる予定にしており、
欧米系証券会社が私募で引き受ける予定である。
10 億ユーロのファンドは、平均 56.6%のレバレッジで、キャッシュ・オン・キャッシュ
年率 19.4%の配当を、この 1 年間に投資家に対して行った。20%近い配当を行っている不
動産ファンドは、日本には他にない。
投資家によりその投資基準は様々である。プライヴェートのファンドなので、ファンド
間で利益相反が起こらないように、投資家の投資方針を明確にしてもらって、マネジメン
トを行っている。非常に短期的な投資を考えるオポテュニスティックファンドもあれば、
利回りは低くても良いから安定的に長期に投資をしたいという投資家もある。今月末には
もっとローリスクでローリターンの長期投資を求める投資家が新たに加わるので今年度は
トータルで 16%程度の配当となる予定である。
これからの日本の不動産市場
これらのプライヴェートファンドをマネージした経験から、明らかになったことは、これ
からの日本の不動産ビジネスは投資家に投資したいと思わせられるビジネス構築が必要と
なるということである。
投資家の関心は、最近 12 ヶ月間のパフォーマンスがどうであるかとか、不動産から生み
出されるキャッシュフローや配当がどれくらいであるかということに向けられ、これまで
長い間われわれ不動産会社が売り物にしていた漠然とした物件の将来性への期待といった
ものはあまり意味を持っていない。これまで機関投資家は、
「不動産は特別だから」
、
「ビジ
ネスのやり方が違うから」という理由で資産運用に特別の枠を設けて、不動産投資に割り
当てていた。
J-REIT は、資本市場から直接に不動産事業へ資金を取り込む仕組みに他ならない。成功
すれば市場の潤沢な資金が不動産市場へ流入してくることになるが、不動産がパブリック
な資本市場に参加して資金を集めるということは、今後はそうした特別の枠がなくなり、
他の業種、業界と激しく競い合って、市場にある資本を取り込まなくなったということを
意味している。
もともと商業不動産というものは、IT 産業や金融サービス業のように四半期ごとに収益
を改善させたり、技術革新によって飛躍的に収益が向上するという性格を持っていない。
投資家達は、この数年でかつてとは比較にならない正確なデータと高度な分析手法を用い
て、投資意思決定を行うようになってきている。日本の代表的な不動産鑑定機関である「日
本不動産研究所」は、IPD の指導により不動産インデックスを造ることに一生懸命である。
そうした、高度な分析力を持った投資家に対して、魅力的な投資対象であることを求めら
れているのである。
不動産事業は長い間、立地や環境とか、建物のグレードといった不動産だけを見ていれ
ば済んでいた。しかし、今回、J-REIT というものによって、日々、資本市場で投資家の歓
心を買う必要が出てきたわけです。いわば、日々のビューティコンテストに勝ち抜いてい
く必要があるビジネスとなったのである。
日本の不動産市場は急速に変わりつつある。3 年前には、日本の不動産取引では Due
Diligence という慣行はなかったが、今や商業不動産取引では当たり前となっている。東京
の CBD にある高層ビルが入札によって売買されることが一般化することなども 3 年前には
まったく考えられなかったことである。
J-REIT については、今日述べたように、これからも解決すべき問題が多く存在するが、
日本の不動産市場の急速な変化を見れば、その解決はそう遠くないであろう。これから野
村不動産も含めて多くの J-REIT 商品が生まれるであろうが、不動産投資先進国であるヨー
ロッパの投資家達が、利益相反や透明性の問題を的確に評価して投資すれば、日本の不動
産市場の回復は着実かつ迅速なものとなるであろう。
以 上