知の知の知の知 - 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会

い~な
診療所
あまみ
中
中 央
事務局
研究所
しらさぎ
つなぐの
さくら
大阪+知的障害+地域+おもろい=創造
知の知の知の知
社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会 社会政策研究所情報誌通算 2222 号 2014.11.22 発行
==============================================================================
お待たせしました通算 2222 号です。11.22 に到達。11 月 22 日は、いい夫婦の日 コミニ
ュケーションが苦手だといわれる日本人の「夫婦」が、お互いに感謝の気持ちをかたちに
するきっかけを作ることを「いい夫婦の日」は目指しています、とか。
「いい日」には「い
い絵本」の記事から。ちなみに大阪手をつなぐ育成会つな good ホールにて、「世界のバリ
アフリー絵本展」を開催します。会期は 27 年 1 月 12 日(祝)から 18 日(日)まで。多
数の方のご来場をお待ちしています。2222 号の特集号はもちろん 22 ページです【kobi】
「いい絵本」って何だろう?
シノドスジャーナル 2014 年 11 月 21 日
tupera tupera(絵本作家)×荒井裕樹
荒井裕樹さん(障害者文化論)と「いろいろなアーティストの話を聞きに行こう!」と
いうシリーズ。第 6 弾となる今回は、『しろくまのパンツ』『パンダ銭湯』が数々の絵本賞
を受賞して、いま最も注目を集めている絵本作家の tupera tupera さん(ツペラ ツペラ:
亀山達矢さん・中川敦子さんによるユニット)にお話をうかがいました。身近だけれども、
実はとても奥が深い絵本の世界。お二人が考える「いい絵本」の条件とは? tupera tupera
さんの大ファンだという荒井さんと語り合ってもらいました。(構成/金子昂)
絵本を選ぶ「親目線の期待」
荒井 今日はお忙しいところ、お時間を作っていただいてありがとうございます。図々し
くも、アトリエにまでお邪魔してしまいました。「はじめまして」とご挨拶しなければなら
ないのですが、わが家では毎晩のように、3 歳の息子と tupera tupera さんの絵本を読んで
いるので、なんだかはじめてお会いする気がしません。
中川 ありがとうございます。
荒井 子どもに絵本を買うときって、純粋に「楽しい」「面白い」というよりは、「これは
子どものためになるかな」
「これを読んで、こういう子どもになってほしいな」なんてこと
を考えてしまうことが多いんですよね。
「道徳心をはぐくむ」とか「学習効果」とか、そこ
まで大げさではなくても、
「親目線の期待」みたいなものを込めて、子どもが読む本を親が
選んでしまう。正直、私もそういった動機で息子が読む本を選んでしまうことがあります。
でも、tupera tupera さんの絵本はちょっと違うんですね。まず、読んでいて単純に楽し
い。そして、とにかく絵が綺麗です。お二人が最初に手がけられた『木がずらり』(ブロン
ズ新社)なんて部屋に飾っておきたいくらいですね。まさに「絵」の「本」という感じが
します。
それと tupera tupera さんの絵本には「男子」の発想がありますよね。それも「中学男子」
的な発想です(笑)
。
『うんこしりとり』
(白泉社)なんてまさに(笑)。
亀山 「うんこしりとり」は中学生のとき一人でよくやっていたんですよ。ぼくにとって
絵本作りは、駄菓子屋に集まってお菓子を食べたり、公園で自分たちが考えた遊びをした
りしていた小学生の感覚の延長線上にあるような気がします。
荒井 この「男子」的な世界観がちょっと織り交ぜられているところが、私には心地よい
んです。というのは、絵本ってやっぱり「お母さんが読む」ことを前提に描かれているも
のが多いような気がするんですね。息子に読み聞かせをしていても、「うーん……」と、ち
ょっとした違和感を飲み込みながら読む本もあります。
でも、お二人の本は、男親である私でも読むのが苦しくない。そこが、お二人の絵本が気
になり出したきっかけです。ですので、今日はお会いできることを本当に楽しみにしてい
ました。
tupera tupera さんのアトリエにて
「多くの目」で読む絵本
荒井 子育てしてると、本当の意味で「親
と子が等しく楽しむ」ことって、意外に少
ないんですよね。
私はバラエティ番組が好きで、何気なく
見ていると、隣で息子も見ていることがあ
ります。それで私が笑っていると一緒に笑
うんですね。タレントが何を言っているの
かなんてわかってないはずなのに。たぶん、
楽しそうな私を見て、息子も楽しんでいる
んだと思います。逆に息子がディズニーの映画なんかを楽しそうにみていると、私は映画
の内容には興味はないんですけど、やっぱり楽しくなる。
「楽しそうな親」を見て子どもが楽しんだり、
「楽しそうな子」を見て親が楽しむことは
たくさんあります。でも、子どもと親が同時にポンッて楽しめる瞬間は少ない。
中川 言われてみるとそうですね。私たちにも 7 歳の娘と 2 歳の息子がいるんですけど、
息子がおかしなことをやっているのを娘と見ながら笑う瞬間ってけっこう好きですね。「い
ま同じ感覚が通ったな」っていうのは嬉しい。
荒井 親と子が同じ方向をみて、同じように楽しんだり、夢中になったりすることって、
実は珍しいことかもしれませんね。tupera tupera さんの絵本を読んでいると、そういった
瞬間があるんですね。
『いろいろバス』
(大日本図書)のなかで、バスに乗り遅れそうになって必死に追いかけ
るカメがいますよね。息子に「このカメはバスに乗れたのかな?」って何気なく聞いたら、
「乗れなかったよ」って断言するんです。「えっ? なんで?」って聞いたら、終点につい
たバスからいろいろな乗客が降りてくるシーンがあって、そこにカメがいない。だから「ほ
らいないでしょ?」って。
亀山 ああ、それ、みんな悲しむんですよ。
荒井 なんか得意げにいわれてちょっと悔しいので「途中のバス停で降りたかもしれない
じゃん!!」って言い返しました(笑)。まさか、絵本の内容をめぐって自分が 3 歳児とそ
こそこ本気で言い合うとは思いませんでした(笑)
。
亀山 そういう反応が返ってくるのが
一番うれしいですね。
『いろいろバス』の原画
荒井 ちょっと語弊があるかもしれま
せんが、tupera tupera さんの絵本って
「不便」なときがあるんです。わが家
は共働きで、私も妻も、正直かなり精
一杯の毎日を過ごしています。それで、
どうしても子どもをかまってやれない
ときに「時間稼ぎ」として絵本や DVD
を使うんでけど、tupera tupera さんの
絵本だと「時間稼ぎ」にならない。
中川 ああ、呼ばれちゃうんですね。
荒井 そうです。
「一緒に読もう!」「これなーに?」って。絵本のなかに細かい仕掛けが
いくつもあるので、一人で読むよりも二人で読んだ方が発見が多くて面白い。なるべく「多
くの目」で読んだ方が面白い絵本ですね。
0歳から 100 歳まで楽しめる
荒井 絵本って裏表紙に「ひとりで読むなら○歳から。読み聞かせるなら□歳から」とい
う形で「対象年齢」が描かれてるものが多いですけど、tupera tupera さんの絵本ってその
表記がないですね? それは意識して書いていないのですか?
中川 対象年齢を書かないのは半分意識していますね。
亀山 ぼくたちはよくワークショップを開くんですけど、そのときも対象年齢は決めてま
せん。
荒井 ああ、よくありますね。
「参加資格:○○歳までのお子様」とか。
中川 「6 歳まで」って書いてあると、
「なんで 7 歳は駄目なんだろう?」って思っちゃう。
亀山 性格上、主催者にチラシ作りをまかせるんですけど、できあがるチラシにはだいた
い「小学校 6 年生まで」
「親子同伴で」とか書いてあるんですよね。それは面白くない。社
会と一緒だと思うんですけど、いろいろな人がその場に集まって、コミュニティができて、
そして離れていくから楽しいんだと思うんです。先に参加者を限定しちゃうのはもったい
ない。
あと、子どもは勝手に楽しんでくれるので、大人にこそ楽しんで欲しいんですよね。お
じいちゃんやおばあちゃんも大歓迎です。
荒井 背広でネクタイのおじさんとか?
亀山 来てくれたら最高ですね~。その横で子どもが作ってたりしたらなお面白い。人っ
て「年齢」も含めて個性ですから、変に限定しちゃうのはつまらないと思います。たまに
カップルが参加してくれたりして、
「なに作るー?」とかイチャイチャ話しながら作ってい
て楽しいんですよ(笑)
。
荒井 いろいろな要素をもった人たちがごちゃごちゃっと混じっている方が、化学反応み
たいに予想外のものが生まれそうで面白いですね。刺激もあるでしょうし。
亀山 絵本もそうです。誰が誰と一緒に読むのかがわからないから面白いんですよ。読ん
でくれる人、読まれる人によって、作品が変化するのが楽しいなあと思っているし、結局
絵本はどういう読み方してもいいものだと思う。
荒井 絵本も、子ども「だけ」に向けて描いているというわけではないんですね?
亀山 そうですね。
荒井 実は、そこをお聞きしたかったんです。tupera tupera さんは絵本を描かれるときに
「子どもはこうしたら楽しむだろうなぁ」というような「子どもの感性」みたいなものを
どれだけ意識していらっしゃるのだろう、と思っていたのですが……。
亀山 意識はしないですね。というより、できないですね。
中川 以前は「絵本は子どものためのもの」と思われていたと思いますが、いまは絵本好
き女子がブームになったり、絵本雑誌が出版されていたり、大人向けの絵本も出版されて
いますよね。絵本は子どもだけのものじゃない。だから、私たちが絵本を作り始めるとき
も「絵本は子ども向けのもの」という感覚がもともとなかったんです。
亀山 そもそも、ぼくたちはいろいろな活動をしていくうちに、なんとなく「絵本」とい
うものにも着地しちゃったって感覚があります。絵本がどうしても作りたかったわけじゃ
なくて。
中川 いろいろなつながりの中で、結果的に絵本に辿り着いたんです。
絵本という媒体はとても面白くて、活字の本と違って 0 歳から 100 歳の方まで、国籍も
越えて同じように楽しめますよね。画家の場合、自分の絵を見せる機会って気軽には持て
ないと思うんですけど、絵本の場合は小脇に抱えて「はい、どうぞ」ってプレゼントでき
ちゃうんですね。いろんな人とコミュニケーションがとれる、すごくいいツールなんです。
「先のこと」は考えずにやってきた
荒井 先ほど「絵本に着地した」とおっしゃっていましたが、そもそもアートの世界に入
ろうと決意したのはいつ頃だったのでしょうか?
亀山 決断した瞬間ってないんですよ。美大を卒業してから 3 年間はふらふらしていたん
ですね。卒業して 1 年目にイタリアに留学しました。
荒井 なぜイタリアに?
亀山 なんとなくかっこよさそうだったんですよね。あと美術史のことはよく知らないの
に、ルネサンス発祥の地だし、イタリア料理もおいしいしって。でもあんまり面白くなか
ったので 3 カ月で帰ってきました。
中川 「日本が一番いい」って言って帰ってきたんですよ(笑)
。
亀山 帰国してふらふらして、卒業から 3 年経った 26 歳のときに tupera tupera というユ
ニット名を決めました。
「さあどうしようか」って感じではじめて、どうあるべきか、なに
をすべきかってことは一切考えずにこれまでやってきました。
でも、出版社に「持ち込み」はしないってことは決めていたんです。なんか面白くないん
ですよね。結果的に気の合う編集者と知り合うことができるならいいんですけど、お互い
に興味がないもの同士で時間を使うのはいいことじゃないと思う。
荒井 「持ち込み」って、しんどいんですよね。
中川 「持ち込み」した時点で上下関係がついてしまったら、それはちょっと違うと思う
んです。もちろん「作家」だから編集者よりも上っていうのも、なんか違う。
亀山 ぼくたちも、編集者も、同じ立場で楽しく遊んでいるような感じで仕事してきたん
です。最初からどんな作品を作るか決めないで、共感してくれる人と出会って、一緒に楽
しく遊びながら、どういう方向の作品を作るか決めていく。これまでそうやって、先のこ
となんて考えずにやってきました。
荒井 以前亀山さんが、仕事で遊び心を大切にするためにも、なるべくストレスを抱えた
くないとお話になっていて、
「あぁ、亀山さんという方は、きっとストレスでご苦労された
経験があるだろうなぁ」と思ったのですが……。
中川 ない(笑)
。
亀山 そう、ないんですよ。ストレスを感じたのは高校受験のときと、大学受験で 2 浪し
たときですね。
中川 その高校も厳しいところだったからつまらなかったみたいなんですね(笑)
。
亀山 かなり厳しい男子校だったんですよ。受験予備校みたいな。先生がものさしで頭髪
検査したり、スポーツも勉強も有名で、制服も学ラン詰襟。とにかくあまり楽しくありま
せんでした。ぼくが卒業して 1 年後に共学に変わったんですよ。制服もかわいらしいブレ
ザーに変わって、しかも数年後には西野カナってシンガーまで現れて(笑)。
荒井 あはは(笑)
。
亀山 今年の夏には、野球部が甲子園決勝まで進んで、アルプススタンドがうつるたびに
「あぁ、やっぱり共学がいいなぁ」ってイライラしちゃって(笑)。まあ、最終的には心か
ら応援しましたけど(笑)
。
荒井 今日、はじめにご挨拶させて頂いた瞬間から、亀山さんも中川さんも「なんか、や
わらかい方だなぁ……」と密かに思っていました(笑)。私はこうやっていろいろと人に会
いに行く仕事をしているんですけど、実は筋金入りの人見知りなんです。でも、お二人と
お話させていただいていると、とても気持ちが軽くなります。この空気感から、お二人の
作品の遊び心が生まれてくるんですね。
単純に「楽しい」ことも大事
荒井 私は、これまで「障害」とか「心の病」をもっている人たちのアート活動のことを
考えてきました。そこで感じたのは、社会の中で立場の弱い人たちの方が「純粋に楽しい」
とか「ただ単にやりたい」といった動機で何かをする機会が少ないということなんですね。
障害を持っている人たちが絵を描くと、本人はただ絵を描きたいだけなのに、周囲が「リ
ハビリですか?」
「所得に繋がるんですか?」って「目的」や「利益」をとても気にするん
です。さっきの「親目線の期待」ともつながる話ですが、子どももそういう立場に置かれ
る場合が多いような気がします。
中川 絵本評論家みたいな方のなかには、単純にゲラゲラ笑って終わりっていう絵本に、
「それでいいの?」と思っている方はいますね。
亀山 うちらは言われがちだよね。中身がないって言われたら、まあそうなんだけど。
中川 単純に「楽しい」とか「笑える」ということに何かプラスしたいんでしょうね。「楽
しくて勉強になる」みたいな。私たちも別に「面白いことが重要だ」ってことを強調する
わけでもないんですけど。
読むだけでトイレの仕方を覚えられるようになったり、「手を洗いましょう」「歯を磨き
ましょう」っていうメッセージが自然に染みるような絵本というのも、それはそれで、と
ても意味があるものだと思います。ただ、私たちには作れません。
亀山 表現の方法に「正しい」「正しくない」とか、絵本は「こうあるべき」「こうあるべ
きでない」とかってないと思うんです
よね。
『パンダ銭湯』のラフ
そういえば、最近嬉しい話がありま
した。70 歳くらいのお母さんが、90
代でもう眼球しか動かせないような
おばあちゃんに、
『パンダ銭湯』
(絵本
館)を読ませたらしいんですね。そし
たら「ぶっ!」って噴出したらしくて。
おばあちゃんも「まさか、パンダが…
…」って思ったんだと思うんですけど。
絵本って、単純にそういうのがいい
なって思っています。
荒井 『パンダ銭湯』の、パンダの目
の鋭さをぜひ皆さんに見ていただき
たいです。あと、どこかの会社が「サ
ササイダー」を商品化してくれないか
な、なんて思っています(笑)
。
『パンダ銭湯』の原画
「いい絵本」の条件は?
荒井 制作についてお聞かせ下さい。
お二人は、基本的には「貼り絵」で作
品を作られていますよね。貼り絵とい
う表現方法のメリット・デメリットっ
てなんでしょうか?
亀山 「ダイナミックさ」が出しにくいかな。
中川 筆でグワッ!と描くときのスピード感は出せないですね。そういう点はデメリット
ですけど、でも二人で作業するという意味では、貼り絵は都合がいいかな。
私たちは別に試行錯誤の末に貼り絵にたどり着いたわけではないんです。でも、結果的に
二人で作業するのには向いていましたね。私が鼻を作っているときに、亀山が目を作れま
すし、最終的にそれぞれのパーツを貼りつけるとき、「これじゃないな」って思ったらいく
らでも差し替えられるので。
荒井 いろいろな素材を使っていますよね。一枚の紙の上に、異質な存在がたくさん集ま
って一つの絵を作っているところが面白いなぁと思いました。
中川 布とかチラシとか、いろいろ使っていますよ。『アニマルアルファベットサーカス』
(フレーベル館)のときは、ちょっとノスタルジックな海外のサーカスみたいにしたかっ
たので、洋書をいっぱい集めそれを切って作りました。
「貼り絵」の素材
亀山 だんだん貼り絵になれてきま
したね。昔の作品をみると、「いまは
こうつくらないよな」ってものばかり
です、良くも悪くも。
荒井 ご自身の作風が変わってきた
と感じますか?
亀山 作風だけじゃなくて、何事も変
わっちゃいますからね(笑)。
荒井 『木がずらり』や『魚がすいす
い』(ブロンズ新社)なんかのジャバ
ラ絵本の貼り絵は、ものすごく細かい
パーツが無数に貼られていますよね。
「描き込む」みたいに「貼り込む」感
じですね。
たくさんのパーツが貼り込まれて
いる作品って、どういった瞬間に「完
成した」っていう手応えが感じられる
んでしょうか?
『かおノート』
(コクヨS&T)の原画
亀山 あのね……「はやくやめたい」
って感じることがありますね。
荒井 えっ!
亀山 「はやく終わりにさせてあげた
い」というか「したい」というか。制
作の作業自体が楽しいわけじゃないのかもしれないですね。「できあがった瞬間」が楽しい
んですよ。
中川 そうかな? 私は制作に入ったときの方が気は楽だな。
亀山 ぼくはアイディアを出すときが一番楽しいですね。そのあとは、
「はあ、作らざるを
得ないなあ……」って感じ。
『パンダ銭湯』も、思いついたときはものすごく興奮したけど、
実際に作り始めたら「はやくできあがらないかなぁ……」って仕方なく作ったんですよ。
中川 カメ(注:亀山さんのこと)がそんなにいやだとは思わなかった(笑)。
亀山 「いや」ってわけじゃないよ。アイディアを思いついたときの興奮度が最高潮かな。
実際の制作作業に入ったら、キャンパス
に向かって夢中でボクシンググローブを
打つようなアーティストにはとてもなれ
ないですね。
中川 確かにそういうアーティストにな
れないかもしれない。
亀山 ああ、あと作品が完成して、出版
社宛てにヤマト運輸の伝票を書いている
ときに、再び最高潮がやってきますね。
最終コーナーを曲がり切ったマラソン選
手みたいな。
荒井 あはは(笑)
。
中川 私は制作中が一番作業に専念でき
ます。子育てとか制作以外の仕事もあって、いつもに何かに追われ気味の中で、制作中だ
けはこれだけに集中できるんです。
荒井 ちなみに、特に好きな作業ってありますか?
中川 私は色を決めるときと、レイアウトを考えるときが好きです。ページをめくったと
き、次にどういう色がきたら綺麗かなあ、とか。選択肢は無数にあって、組み合わせやレ
イアウトが少し違うだけで印象は全然違うので。
荒井 作業の中で失敗ってされることってありますか?
亀山 あまりしないよね。以前は多かったですよ。描いては捨てて。
荒井 失敗を楽しむアーティストもいますよね。
中川 私たちは嫌いだよね。やり直しになると、
「なんてこっちゃ!」って顔面蒼白になる
(笑)
。
亀山 ぼくらは、ひとつずつパーツを作って、レイアウトを考えて、「これでいい!」と納
得のいく状況になってから貼りつけるので失敗って少ないんですよ。もちろんひとつひと
つのパーツを作るときは、失敗してポイッと捨てていますけど。
荒井 素材との偶然の出会いみたいなものは?
中川 あります。偶然見つけたテクスチャだったり、雑誌だったり。それ以外は自分たち
が思い浮かべているものを、こつこつと積み上げていく、わりと建設的で真面目な作業と
いう感じです。
荒井 ちなみに tupera tupera さんにとって「いい絵本」の条件って何ですか?
中川 単純に「綺麗なこと」とか「面白いこと」とかです。
荒井 どういったものが「綺麗」なんでしょうか?
中川 ひとつの画面が素晴らしいときです。
例えば散歩していて、ウィンドウに飾られているワンピースを綺麗だなって感じるのは、
色合いが綺麗だったり、あるいはワンピースを着たマネキンが帽子をかぶっていて、その
全体が綺麗だったりするからですよね。そういう一枚の絵としての綺麗さがすごく重要な
んだと思います。
亀山 (中川さんを指して)色校正すごく厳しいです。印刷所が泣いちゃうくらい(笑)。
中川 綺麗な原画を印刷に反映するのって難しいんですよね。再現できない色もあるし。
もちろん印刷のよさというものもあるんですけど、自分が納得できるまではいろいろと注
文をしてます。
亀山 ぼくは年々こだわりがなくなっているんですよね。絵本って、いろんな可能性を捨
てながら見開き 15 ページに落とし込まないといけないので、出来上がったときは
「できた!
完璧だ!」じゃなくて、
「こうなっちゃったんだ……」みたいなちょっとへこむ感じがあり
ますね。
だから、すべての作品が 100%ってわけじゃないんですけど、「こうなったんだし、まあい
いか」って思うようにしています。いろんな人がいて、好みも違いますよね。生み出した
ものは生み出したものってことで、い
いかなって。
なんでも受け入れていきたい
荒井 お二人で制作されていて、意見
が合わなかったり、それこそケンカに
なったりすることってあるんでしょ
うか?
亀山 仕事でケンカになるのは唯一
アイディアの部分です。まあしょうが
ないですよね。アイディアを出した人
間は頭の中でイメージができあがっ
ているので。
中川 色や表情については、お互いに指摘されて直すことはあっても、ケンカはしないで
す。カメがアイディアを出すことが多いんですけど、それに私がブレーキをかけると怒る
んです(笑)
。まあ面白くはないですよね、テンションあがっていますし。
亀山 本当に核心めいたところは何を言われても無視して押し通しています。そこだけは
譲れない。
荒井 もともとはお一人で活動されていたわけですよね。自分個人の名義で作品を作ろう
って思うことはないんですか?
中川 それは思いません。
亀山 最近は複数の仕事を別々にこなしたり、一人でやったものも tupera tupera 名義でだ
すことも増えました。とくに中川が妊娠・出産中のときは、ぼくが一人でやってましたか
ら。
中川 そのときは「一人でやっちゃってずるいな」って気持ちはあったんですけど。
亀山 最初は tupera tupera でずっとやっていくつもりじゃなかったので、自分の名前で作
れないことにコンプレックスがあったんですけど、いまはどうでもいい。
中川 もうずっと tupera tupera でやってきたし。
亀山 ある程度、もうどうしようもないって思ったら楽になりましたね。
中川 自分たちで作った紙だけしか使わないで貼り絵をやるのが「tupera tupera らしさ」
だって思っていた時期もあったんですけど、いまはなんでもありになってきました。それ
でも溜まってきた作品を振り返ると、
「自分たちらしさ」って出てくるんだなあって思いま
す。
荒井 いま「自分たちらしさ」という言葉がでてきたので、この連続対談企画でみなさん
に聞いている質問をさせてください。「tupera tupera さんにしか作れないもの」ってなん
ですか?
中川 ……。
亀山 …………ない。
荒井 (笑)
。
亀山 ないよね。
中川 うーん(苦笑)
。
荒井 じゃあ、ちょっと質問を変えますね。さっき中川さんが、振り返ってみたら「自分
たちらしさ」が出ているとお話になっていましたが、結果的に「tupera tupera さんだけが
表現しちゃうもの」って何だと思いますか?
亀山 ………タコですね。
一同 (笑)
。
亀山 結果的にタコばっかり作っちゃう。
中山 表現しちゃうもの……なんでしょうね……。作っている人はみんなその人にしか作
れないものをつくっているんだろうし……。
荒井 「自分たちらしさ」って、たまに辛くなると思うんですよね。
中川 そうですねえ。他の作家さんをみても「またこれか。もっといろいろやればいいの
に」って感じることもあります。私たちは 10 年くらい、二人でぶつかったり、偶然の掛け
合いから生まれたものを拾い上げたりしながら作品を作ってきたんですけど、良くも悪く
もそれに慣れてきちゃったので、私たちもそう思われているのかもしれない。
だからこそ、ワークショップを開いてみたり、こうして荒井さんにお会いしてみたり、
舞台やテレビといったもともとやるつもりはなかった仕事も受けて、違うものを作りたい
なあって考えていますね。こういうと、なんだか「他人まかせ」みたいですけど(笑)。
亀山 どんなアーティストも、なんだかんだいって一人では作っていないと思います。ぼ
くの場合、まず中川と一緒に作っていますし、そもそも自発的に作ることってあんまりな
いんですよ。出版社から「絵本を作りませんか」「こういうテーマでどうですか」って話を
もらってから考えるんです。みんなが周りにいて、いろんなものがシャッフルされて出来
ていくので、一人で作っている感覚がないんです。
中川 もちろん頭の中でいろんなアイディアはひらめくんですけど、それをキャンパスに
ひたすらぶつけていくタイプではないです。
亀山 二人の間で閉ざしてないで、どんどん広げていくタイプだと思います。なんでも受
け入れて、それを自分たちなりに解釈して作りたいって思っているので。tupera tupera に
しか描けないってものを作れているとはとても思えません。
荒井 「貼り絵」って、絵具と違って色と色が混ざらない表現技法ですよね。どんなに小
さな紙片でも自分の色と質感を主張していて、存在感を発揮しています。一枚の紙の上に
混ざり合わない個性がいくつも散らばっていて、でも、全体としてきちんと調和した世界
を作っているところが面白いです。お二人の、いろいろな刺激をどんどん受け入れていく
という発想自体が、すごく貼り絵的ですね。新刊の『tupera tupera の手づくりおもちゃ』
(河出書房新社)もとても楽しみです。
……最後にひとつお願いしてもいいですか? いつも子どもに読み聞かせしてる絵本を
持ってきたので、サインください(笑)
。
荒井裕樹(あらい・ゆうき)
日本近現代文学 / 障害者
文化論
2009 年、東京大学大学院
人文社会系研究科修了。博士
(文学)。日本学術振興会特
別研究員、東京大学大学院人
文社会系研究科特任研究員を経て、現在は二松学舎
大学文学部特別任用専任講師。東京精神科病院協会
「心のアート展」実行委員会特別委員。専門は障害
者文化論。著書『障害と文学』(現代書館)、『隔離
の文学』
(書肆アルス)
、
『生きていく絵』
(亜紀書房)。
tupera tupera(ツペラ ツペラ)
絵本作家、イラストレイター
亀山達矢と中川敦子によるユニット。絵本やイラストレーションを
はじめ、工作、ワークショップ、舞台美術、アニメーション、雑貨な
ど、様々な分野で幅広く活動している。NHK E テレの工作番組「ノ
ージーのひらめき工房」のアートディレクションも担当している。主
な著書に、
「木がずらり」
(ブロンズ新社)
「かおノート」
(コクヨ)
「や
さいさん」
(学研)
「パンダ銭湯」
(絵本館)など。絵本「しろくまの
パンツ」で第 18 回日本絵本賞読者賞、Prix Du Livre Jeunesse
Marseille 2014 (マルセイユ 子どもの本大賞 2014 )グランプリ、
「パンダ銭湯」で第 3
回街の本屋が選んだ絵本大賞グランプリを受賞。http://www.tupera-tupera.com/
検査の不安和らぐ絵本
心臓病の山田倫太郎君、こども病院に置く
中日新聞 2014 年 11 月 18 日
体験を基に手作り 「理想の医者」つづる文章も
「ぼくはリンリンマン。検査の不安から子どもたちを助けるために宇宙からやってきた」
−。そんな書きだしの手作り絵本が、長野県立こども病院(同県安曇野市)の病棟に置かれ
ている。作者は、同県箕輪町の会社員山田浩隆さん(40)の長男倫太郎君(13)=蓑
輪中学校1年。心臓の病気で長く入院してきた体験から、小さな子たちが心臓カテーテル
検査に感じる恐怖を軽くできればと制作した。
(編集委員・安藤明夫)
絵本のタイトルは「リンリンマン カテーテルってなんだのまき」。足の血管から心臓へ
カテーテルを通す検査の手順をQ&A形式で解説する。アンパンマンに似た主人公は、倫
太郎君と同じく酸素吸入器の鼻チューブを着けている。
絵本の主人公は鼻チューブを着けている
心臓カテーテ
ル検査の本を
つくった山田
倫太郎君=長
野県安曇野市
の県立こども
病院で
この検査
は、小児科で
は全身麻酔
で行われる
が、終わって
しばらくは出血を防ぐため、体を固定される。10回以上受
けている倫太郎君も「ガリバー旅行記で小人に縛られるガリ
バーになったような気分」という。
5月に入院した際、検査後の幼児の泣き声を聞いた。検査の意味を理解すれば、不安が
和らぐのではと絵本を思い立った。病棟の子どもたちを支える専門職チャイルド・ライフ・
スペシャリストの塩崎暁子さん(29)に相談。検査の説明、機器の写真などの資料をそ
ろえてもらい、画用紙に絵を描いて、パソコンで打った文章を貼り付け、製本。1週間で
完成させた。
塩崎さんは「倫太郎君は私たちが体験していないことを知っている。それを言葉にして
誰かに伝えるのはとても難しいし、勇気のいること。小さい子たちへの彼のやさしさが生
んだ作品です」と話す。
倫太郎君は生まれつき心臓の左心室と右心室が分離しておらず、機能修復のための手術
を受けた。
「フォンタン術後症候群」と呼ばれる不整脈、チアノーゼ、肝硬変など全身の臓
器症状も抱える。今は祖父の車で中学校に通い、午前中だけ勉強する。腸からタンパク質
が漏出してしまう病気もあり、しばしば短期入院して点滴治療を受ける。水分制限など生
活の制約も多い。
そんな中で、倫太郎君は小学校入学前から絵本などの創作に意欲を燃やしてきた。妖精、
野菜などのキャラクターが旅行しておいしいものを食べたり、侵略者と闘ったりするお話。
弟の恵次郎君(4つ)が生まれてからは、絵本の登場人物に「恵恵くん」が加わった。
これまでに作った絵本は9冊。いつか出版することが倫太郎君の夢だ。
「理想の医者」つづる文章も
倫太郎君の最新作は「患者が望む理想の医者−医者を目指す君へ」という5千字ほどの文
章。
恵次郎君が「お兄ちゃんの病気を治したい」と言ったと聞き、自身が考える「医師像」
を、恵次郎君をはじめ医師を志す人たちに伝えたいと考え、入院中の7月に書き上げた。
第1章では、担当医の瀧聞浄宏(たきぎくきよひろ)さん(47)が、旅行の予定に合
わせて退院を早めてくれて、あこがれの出雲大社に行けたことを紹介。
「病気だけを見てい
ればよい、というものではない。患者さんの家族、趣味等、患者さんの生活全般を見て接
しよう」とつづる。
第2章では「患者さんは、誰もが自分の受ける治療や検査等に、不安を抱えている。患
者さんが子どもでも、しっかり、分かりやすく説明してあげよう」。
入院していた5歳のころ、朝食が好物の親子丼だったのに、食べる前に検査に呼ばれ、
悲しかったこと、仮死状態で生まれ「全身紫で“くたん”としていた」自分を救ってくれた産
婦人科医のおかげで、今があること−生と死を見つめた子の思いが共感を呼ぶ。
母・こづえさん(40)は現役の看護師。「よく見てるなーと思います」とほほ笑む。
「いい夫婦の日」をすすめる会
作品評
川柳は昔から庶民の文芸だと言われつづけて来た。
当たり前の暮らしの中に、ふっとつぶやくもの。それでいいと私は思う。
今年の大賞作品を読んで改めてそう思った。
頭で考える前に、つぶやきのように生まれるものこそ、川柳の醍醐味と言える。
ことしももこのすばらしい一句に出会った。
ありがとう。
都市機構が「健康団地」
地域の高齢化に対応
日本経済新聞
2014 年 11 月 21 日
都市機構は 2 つの団地で「健康寿命サポート住宅」の内覧会を実
施。改修した住居を体験しようと 50 組が訪れた。写真は千葉幸町
団地のモデルルーム(写真:都市再生機構)
都市再生機構(都市機構)が既存団地の高齢化対策を
加速させる。その先駆けとして、運営する豊島五丁目団
地(東京都北区)内の 4 戸、千葉幸町団地(千葉市)内
の 3 戸を、高齢者対応の「健康寿命サポート住宅」とし
て改修。2014 年 11 月 14~16 日にモデルルームの内覧
会を実施した。2 団地合わせて 50 組が来場し、5 戸で入
居者が決まった。
「健康寿命サポート住宅」とは、都市機構が掲げる高
齢化対策のコンセプト。高齢者の転倒防止に配慮した住
宅改修を行うと同時に、散歩したくなるような屋外環境
も整備する。高齢者の自立した生活をサポートするのが
狙いだ。これまでにも団地の建て替えに合わせてバリア
フリー化に取り組んできたが、既存団地でもバリアフリー改修を展開する。
改修メニューには、低コストで汎用的な 11 項目を用意した。例えば、高齢者の転倒しや
すい玄関、トイレ、浴室にポイントを絞り、床の段差が分かりやすいように色分けしたり、
手すりを付けたりする。入居者は、入居を申し込む日に満 60 歳以上の人、あるいは障害を
持つ人などに限定する。
既存団地の高齢化対策に乗り出す背景について、
都市機構ウェルフェア推進戦略チームの間瀬昭一チ
ームリーダーは、
「2025 年ごろには、75 歳以上の後
期高齢者が大都市圏郊外部で急増する。それは都市
機構の大規模団地と重なるエリアでもある。そのた
め今後 10 年の対策が重要になる」と語る。
改修メニューは 11 項目。手すりを設置するほか、握力が落
ちてきた高齢者のためにドアノブをレバーハンドル化する工
夫なども取り入れた(写真:日経アーキテクチュア)
■全国 100 団地で医療・福祉拠点をつくる
都市機構は、運営する大規模団地を核に地域の医療・福祉拠点をつくる取り組みも本格
化させる。政府が推進する「地域包括ケアシステム」に対応するもので、在宅医療や介護
に必要な施設などを誘致する。2018 年までに、1000 戸以上の規模を持つ全国約 100 団地
で整備する方針だ。
都市機構は市町村や地域の医師会、社会福祉協議会、介護・福祉事業者などと協議の場
を設け、街づくりの計画を作成。地域に足りない施設があれば団地の空いたスペースなど
に誘致する。自治体の協力を得られた 23 団地で先行着手する。2014 年 12 月 1 日には、高
島平団地(東京都板橋区)でサービス付き高齢者向け住宅をオープンする予定だ。
都市機構は大都市圏郊外部で 1000 戸以上の規模を持つ団地を中心に、地域の医療・福祉拠
点をつくる。自治体の理解が得られた 23 団地から先行して着手する(資料:都市再生機構)
地域の医療・福祉拠点をつくる構想は、豊四季台団地(千葉県柏市)をモデルとしてい
る。同団地では 2009 年から都市機構と柏市、東京大学高齢社会総合研究機構の 3 者が連携
して、高齢化に対応した街づくりに取り組んできた。
豊四季台団地では、建て替えに伴って空いた一部敷地を民間事業者に賃貸し、事業者が
施設を建設、運営している。事業者の選定条件には訪問看護ステーションを併設すること
なども盛り込み、地域住民が介護や医療サービスを受けられる環境をつくった。都市機構
は今後、豊四季台団地での取り組みで培ったノウハウを、他の団地でも生かしていく考え
だ。
(日経アーキテクチュア 菅原由依子)
住民の皆さん、健康に関心持って 知恵絞る自治体
住民に健康づくりに関心を持ってもらおう
と、自治体などが知恵を絞っている。健康診
断を受診した人に特典を与える「健康マイレ
ージ」を導入したり、企業単位で表彰をした
り。医療費削減につなげるのが狙いだが、効
果のほどは――。
日本経済新聞
2014 年 11 月 20 日
優待カードを提示して各店独自のサービスを利用す
る(静岡県藤枝市)
「体調管理が習慣となり、生活にリズムが
生まれた」
。JR藤枝駅(静岡県藤枝市)に直
結するカフェ「ハルモニア・ガトーゴーシェ」。
同市に住む前沢康代さん(57)はコーヒーカップを手に笑顔で話す。
■すしや映画割引
藤枝市は県と連携し、2012 年 10 月から県内の他市町に先駆けて「健康マイレージ」を
始めた。運動や食事などの目標を達成したり、健康診断や地域行事に参加したりしたらポ
イントを付与。一定以上をためると優待カードを提供し、協力店のサービスを1年間利用
できる。
前沢さんはこの日、ポイントでドリンク1杯のサービスを受けた。現在の協力店は約 80
店で、ほかにもすしや映画の割引がある。市健康企画課の藁科仁美主幹は「病気の早期発
見・治療など『守る健康』だけでなく『創る健康』を柱にメニューを考えたい」
。昨年2月
にはスマートフォンなどでマイレージの記録や申請、体重管理などができる仕組みも導入
し、700 人以上が登録した。
静岡県内では藤枝市を含む 17 市町が「健康マイレージ」事業を実施する。同様の取り組
みは福岡、兵庫、埼玉など全国各地の自治体にも広がる。
厚生労働省によると、13 年度の医療費は計約 40 兆円。負担を抑えるには健康に過ごす期
間を延ばす必要がある。ただ個人の生活習慣や心がけによる部分が大きく、自治体や健康
保険組合だけでは限界がある。
鳥取県は5月、全国健康保険協会(協会けんぽ)鳥取支部と組み、社員の健康づくりに
熱心な企業を表彰する制度を始めた。生活習慣病の予防健診や栄養指導を受けるたびに6
~50 のポイントを与え、成績の良い事業所を選ぶ。約 330 社が参加する。
参加企業のひとつ、社員約 50 人の大和建設(鳥取市)は社屋での全面禁煙に踏み切って
7人が禁煙に成功した。生活習慣病予防健診の受診も徹底。担当者は「健康づくりはマン
ネリ化しやすいが、重要性を改めて認識できた」と強調する。
16 万人が加入する東京都職員共済組合は、疾病予防サービスを手掛ける企業に依頼。08
年度からポイントを健康関連グッズなどに代えられるサービスを始めた。11 年度までの3
年間で、特定健康診査(メタボ健診)の特定保健指導の対象者は 2.6%減った。「今後もチ
ームでポイントを競うなど新たな取り組みを考えたい」(健康増進課)。
■大学・民間タッグ
ただ取り組みの大半は予算の制約などから規模が小さく、十分な評価もできていないこ
とが多い。筑波大の久野譜也教授らの調査では、健康づくりに無関心な層は成人の約7割。
同教授は「ただニンジンをぶら下げるのではなく、仕掛けを作り、効果をしっかり検証す
ることが必要」とする。
筑波大やみずほ銀行、岡山市など全国の6自治体などは国の委託を受けて、年内から健
康プログラムに参加した市民に商品券などと交換できる「健幸ポイント」を付与する実証
事業を始める。対象は 40 歳以上で、1万人以上の参加が目標。プログラムには、ボランテ
ィアなどを含め約 150 ものメニューをそろえた。
久野教授は実証事業の意義を「カフェテリアのように、社会保障制度のサービスを自由
に選べる仕組みに変えていく挑戦」と強調。「無関心層全体のうち3割の人の背中をうまく
押すことができれば、持続可能な事業として成立する道筋が描ける」としている。
■メタボ健診まだ途上 国が力入れるが… 受診率 46%目標遠く 「医療費削減」検証へ
日常的な健康づくりのため、国が力を入れているのが特定健康診査(メタボ健診)だ。
厚生労働省によると、2012 年度の受診率は 46.2%。前年度に比べ 1.5 ポイント増えている
ものの、目標(17 年度に 70%)達成にはなお隔たりがある。
メタボ健診は 40~74 歳が対象。男性では腹囲 85 センチメートル以上で、血圧や血糖な
どの値が基準を上回るとメタボリック症候群と判定する。メタボと判定され、保健師など
が生活習慣の改善を促す特定保健指導の対象となったのは 432 万人だった。
厚労省が 12 年に公表した統計によると、メタボの人はそうでない人より年8万~12 万円
も医療費が高い。政府は今年度予算で、特定健診に関する自治体などへの助成金約 226 億
円を計上した。
厚労省はメタボ対策などの生活習慣病予防により、25 年度までに医療費を約2兆4千億
円圧縮する目標を掲げている。ただ、メタボ診断が医療費を抑制できるという明確な根拠
はないとの指摘もある。同省は今後、過去のデータを分析し、どれだけ削減効果があった
かを検証する方針だ。
(江口博文、平野慎太郎、近藤佳宜)
SNSが招いた退学処分 保育士の卵の誤算
日本経済新聞 2014 年 11 月 21 日
裁判記録をとじた厚いファイルを開き、埋もれた事案に目を向けてみれば、当事者たち
の人生や複雑な現代社会の断片が浮かび上がってくる。裁判担当記者の心のアンテナに触
れた無名の物語を伝える。
インターネットは世界につながっている。SNS(交
流サイト)で発信したメッセージや画像に対し、友人や
知人が即座に反応してくれる。見知らぬ人が共感や称賛
の声を送ってくれる。だが、不快に思われたり、反発さ
れたりすることも当然ある。身の回りの思わぬ人の目に
留まり、厳しいペナルティーを科されてしまうことだっ
てある。
「書き込み内容に本校学生として不適切なものがあり
ましたので退学処分にします」
。保育士を目指して専門学
校に入ったその女性は、SNSへの書き込みを理由にわ
ずか2カ月で学校を追われることになってしまった。
■たまたま見つかった「不適切」画像
学校側にSNSが発覚したのは偶然だった。女性が提
出した課題のリポートの内容に教師の一人が興味を持ち、
名前をインターネットで検索してみたところ、実名で公
開していたSNSが出てきた。恋人とキスする様子など
教師が眉をひそめるような画像もあり、書き込みは別の
掲示板などにも転載されていた。
専門学校は礼儀や服装について厳しい教育方針を定め
ており、髪を染めるのもマニキュアをするのも禁止。学
則には「生徒としての本分に反した者は退学などに処する」と明記していた。
SNSを発見した後、学校側は女性が校外実習に参加するのを禁じ、面談に呼び出した。
「SNSをやっていたからって参加できないんですか?」。抗議する女性に対し、教師は「あ
なたのSNSは実名で内容も赤裸々。保護者の方が見てどう(思う)かなって」と非難の
言葉を返した。
「それにあなたの名前を入れると(他の掲示板などに)まだ出てくるじゃな
い」
女性は学校側の要請に応じて書き込みの一部を削除したが、ネット上に転載されたすべ
てを消すことはできなかった。
「あれはもう私がどうこうできるレベルじゃない。逆にどう
したらいいんですか」
。女性は訴えたものの、「あなたの責任でそれを書いたんでしょ。そ
の結果は自分が受け止めなきゃいけないことじゃない」と取り付く島もなかった。
女性は学校側が求めた自主退学に応じず、退学処分になった後、「違法な処分で損害を受
けた」として学校側に慰謝料や入学金・授業料の返還など約 800 万円の支払いを求める訴
訟を起こした。
「校風を知って入学したのだから、処分の可能性は予想できたはず」。学校側は裁判で「拡
散された情報の削除が簡単ではないことは承知していたし、そのような無理を求めた記憶
はない。ただ保育士としてふさわしくない者がいると思われる事態を阻止したかった」と
主張した。
退学処分は妥当だったのか。裁判所が重く見たのは学校側の処分の早さだった。SNS
を発見してから退学処分まで 20 日余り。関連証拠から、学校側が早々に女性を見放し、保
護者らに見つかる前に問題を収束させようと「結論ありき」で処分を急いだ様子がうかが
えた。
■「退学処分は違法」の判決は出たが…
裁判長は判決で「処分の時点で女性に改善の見込みがなく退学がやむを得なかったとは
認められず、教育上の配慮に欠ける」と指摘。
「退学処分は違法」と結論付けた。
ただ、書き込みの削除を要請したことは「学校に与えられた教育上の措置の範囲内」と
認め、女性側が 300 万円を求めていた慰謝料は 10 万円しか認めなかった。入学金や授業料
の返還などと合わせ、学校側に支払いを命じたのは計 106 万円。双方とも控訴せず、判決
は確定した。
女性は退学処分の前、学校側に提出した反省文にこう記していた。「私が将来母親になっ
たとき、日常を赤裸々に公開し、コンピューターリテラシーすら持ち合わせていない保育
者に子供を預けたくない。経営者でも同じで、そんな人間を雇おうと思わない。友達や家
族でも同じ。本当にバカなことをしてきたと反省しています」
女性は濃い化粧や派手な服装で人目を引いたが、欠席もせず熱心に授業に参加していた
という。SNSの内容に他人の悪口などはなく、専門学校についての書き込みも前向きな
内容だった。学校側の証人として出廷した教師は「授業態度やリポートはまじめに取り組
んでいたので残念です」と振り返った。
(社会部 山田薫)
「イマジン」の歌声寄せて、国連
子ども権利条約25年記念
西日本新聞 2014 年 11 月 21 日
【ニューヨーク共同】18歳未満の子どもたちの人権を保障する「子どもの権利条約」
採択から20日で丸25年となったのを記念して、国連児童基金(ユニセフ)は同日、世
界の市民に対し、故ジョン・レノンさんの名曲「イマジン」を歌う様子の画像や歌声の投
稿を呼び掛けるキャンペーンを始めた。
国連本部で開かれた記念イベントでユニセフのレーク事務局長が発表した。「子どもたち
にとってより良い世界」をイメージしてもらうのが狙いで、集めた歌声の一部は編集で一
つに重ね合わせ、
「史上最大の合唱」として年末に公開の予定。
少子化対策、自治体が「企業子宝率」を活用
読売新聞 2014 年 11 月 21 日
少子化対策として、企業の従業員が在職中に持つ子供の数を推計した「企業子宝率」を
活用する自治体が増えている。
企業版の合計特殊出生率ともいわれるこの数値が高い会社の取り組みを紹介することで、
他企業の子育て環境の改善を促す。子育てに協力的な企業を増やすことで、若者の地元定
着やIターン・Uターン就職につなげる狙いもある。
合計特殊出生率は、女性1人が生涯に産む子供の
数で、2013年は日本全体で1・43。子宝率は
男性を含む従業員が在職中に持つ子供の数。特殊出
生率とほぼ同じ計算法で、企業ごとに算出する。福
井、静岡、三重など6県が今年度、従業員10人以
上の企業を対象に調査した。
静岡県は昨年度から調査を始めた。回答を得た4
80社のうち最高は建設会社(社員17人)の2・
01で、県の出生率1・53を大きく上回った。各
社の子育て支援策をまとめた冊子には、「学校行事
のために勤務中の外出を認める」
「子供のスポーツ
大会の送迎に社有の大型車を貸し出す」などが並ぶ。
同県は冊子を県内企業だけでなく、全国の800大
学にも配布。
「県外に進学した若者の就職につなげ
たい」
(県こども未来課)とする。
消費税率10%先送りで暮らしどうなる
子育て支援に影響か
産経新聞 2014 年 11 月 21 日
衆院解散を表明した安倍晋三首相は、来年10月に予定していた消費税率10%への再
増税について、平成29年4月まで1年半先送りする考えを示した。再増税を前提にした
政策は子育てなどの社会保障や住宅、車の購入などに関わるため、先送りの影響が暮らし
に出そうだ。
(村島有紀、兼松康)
保育の質改善
消費税率引き上げによる税の増収分は、全額が社会保障の財源に使われる。来年度予算
でサービスの充実にあてられる額は、税率が予定通り来年10月に10%に引き上げられ
た場合は1・8兆円強。しかし、引き上げが先送りされて8%のままだと1・35兆円に
とどまる。
社会保障費は10%への引き上げ分を財源とする政策も多く、再増税が延期されると子
育て支援や低年金者への給付金などの財源確保が難しくなる。
再増税の先送りで影響を受けるとみられる政策の一つが、来年4月に始まる「子ども・
子育て支援新制度」だ。消費増税による増収分から約7千億円を回すことになっていた。
保育所の入所待機児童解消や保育の質の改善などにあてられる予定だが、再増税が先送り
されると質の改善部分に影響が出る可能性がある。
財源確保のため、消費税以外の一般財源や、償還確実な財源がある場合に発行できる「つ
なぎ国債」から捻出する方法も考えられる。新制度を所管する内閣府の担当者は「影響が
ないよう予算を確保したい」とするが、準備を進める自治体には戸惑いが広がっている。
横浜市の担当者は「国から特に連絡がないので、どのような影響があるのか分からない」
と困惑する。大阪市の担当者は「少子化対策は喫緊の課題で、保育士の新規募集や給料ア
ップをすでに予定している施設もあるようだ。つなぎ国債を発行してでも、影響がないよ
うにしてほしい」と注文を付けた。
車、住宅購入
税負担の大きい買い物の一つが自動車だ。車を購入した人に課税され、消費税との二重
課税との批判もある自動車取得税の廃止が、消費再増税に合わせて予定されていた。例え
ば、300万円の新車の自家用車を購入した場合、約8万1千円が自動車取得税としてか
かる。
コンパッソ税理士法人グループの白井輝次税理士は「再増税に連動して自動車取得税は
廃止される予定だった。先送りされたら、廃止も延期というのが常識的な線だろう」とみ
ている。
再増税に伴い実施予定だった政策の一つは、住宅を購入した人を対象とする現金給付制
度「すまい給付金」の拡充策だ。税負担増の軽減を目的として、税率が8%に引き上げら
れた今年4月に導入され、住宅購入者は収入に応じて最大30万円を受給できる。
受給するには住宅ローン減税の適用を受けるための確定申告とは別に申請手続きが必要
で、手間はかかるものの制度を利用した住宅購入者は少なくない。税率10%への再増税
時には受給額を同50万円に増やすなど拡充される予定だったが、再増税が先送りされる
と拡充も延期となりそうだ。
ただ、給付金があっても税負担に追いつかないのが実情で、住宅業界では特定の品目の
税率を下げる軽減税率の導入を求める声が根強くある。
ある業界関係者は「日本では住宅に軽減税率が適用されないので、消費税率が8%の現
状でも住宅にかかる税率としては他の先進国に比べて高い。消費者の痛税感を緩和するに
は早く導入すべきだ」と話す。
■消費税率10%への引き上げを前提としていた主な政策
子育て
保育所待機児童の解消の推進、学童保育指導員の人件費アップ
自動車
自動車取得税の廃止
住宅
すまい給付金の拡充
医療・介護 国民健康保険に対する財政支援、介護職員の給与増、低所得者の介護保険
料軽減
年金
低所得高齢者・障害者などへの福祉的給付、年金をもらうのに保険料支払
いが必要な受給資格期間の短縮
「精神医療・診断の手引き DSM―3はなぜ作られ、DSM―5はなぜ批判されたか」
(大
野裕著)
読売新聞 2014 年 11 月 20 日
米国精神医学会が作る精神疾患の診断マニュアル「DSM」は、
日本でも広く使われている。精神疾患は、医師が代わると診断名も
変わることが珍しくなかったが、DSMの普及で診断の一致率が高
まった。だが、DSMに記された症状だけで病名を決める安易な診
断が広がり、過剰診断などの問題が噴出した。
DSMの作成や翻訳に関わった著者は「精神科診断は、DSMと
いうマニュアルに頼るのではなく『症状をじっくりと観察する』こ
とが第一」と強調。DSMが必要になった背景や、最新版DSMへ
の批判の声を取り上げ、考察している。専門家向けだが、過剰診断
や誤診から身を守るために、患者や家族も活用できる。(金剛出版
2400円税別)
『社会脳からみた認知症』 徴候を見抜き、重症化をくい止める 伊古田俊夫=著
全介護者必読!「認知症+予備軍 1000 万人」時代に備える。
記憶障害や知的能力の低下だけではとらえきれない、患者の「心の変化」とは? 現役世
代からの早期発見を可能にする知識とは? 症状を理解し、介護の負担を軽くする新しい
視点を、 専門医がやさしく語る。
現代ビジネス 2014b 年 11 月 20 日
認知症は、社会生活を営むうえで不可欠の「社会脳」を破壊するという。突然、怒り出す。
平然と他人を無視する。妄想に駆り立てられ、暴力をふるう――。現役世代を襲う「若年
性認知症」で特に問題となるこれらの症状は、なぜ現れるのか?
病状の進行とともに大きく変化していく患者の心の状態を、「脳の機能」の観点から解き
明かす社会脳科学によって、
“患者本人の性格のせい”にされがちだった介護者泣かせの行
動の背後に、脳の病変がひそんでいることが明らかになってきた。家族関係や夫婦関係、
職場の人間関係を激変させる“国民病”と向き合うための、新しい認知症のとらえ方――。
はじめに
秋も深まったある日曜日、私は近くのスーパーに買い物に出かけました。街路樹の葉は落
ちて、冬がすぐそこに迫っていました。
店では、妻の書いたメモに沿って豆腐や野菜をカゴに入れていきます。ふと前を見ると、
顔見知りのご婦人がいるではありませんか。弁当とお茶を手に、レジへ向かおうとしてい
ます。つかの間、お互いの目が合いました。はっきりと会釈したつもりでしたが、彼女は
私に気づくことなく立ち去ってしまいました──。
その婦人は、私が診ている認知症の患者さんです。勤務先の病院の近くに住んでいる私は、
街の中でしばしば認知症の患者さんたちに出会います。そんなとき、今という時代が「認
知症の人とともに暮らす時代」であることを実感します。
認知症の患者さんとは、たとえ目が合って会釈や挨拶をしても、気づいてもらえないこと
がよくあります。会釈や目配せ(アイコンタクト)に気づく「注意力」が落ちているので
しょう。人の顔を見たとき、その人がこちらに気づいている、会釈をしている、笑ってい
る、怒っている……、といった表情の変化にきちんと気づくことは、人間関係を築くうえ
できわめて大切なことです。
認知症の人は、周囲の人の表情や感情の変化に気づく力が落ちている―それは、なぜでし
ょうか……?
その理由を考えているときに、
「社会脳」ということばを駆使する社会脳科学(社会神経
科学)という学問に出会いました。私たちが社会生活を営むうえで不可欠な機能を担う社
会脳に関する勉強を重ねるうちに、
〈社会脳科学なら、認知症の人の心や感情の変化などを、
より的確に解析できるのではないか〉そんな考えが芽生えてきました。
*
―人の気持ちを理解する
―人の心の痛みをわが痛みとする
―自分のいたらなさを反省する
認知症を患うと、このような心の大切な働きが少しずつ失われていきます。まわりの人た
ちの気持ちを理解する力が衰え、ちょっとしたことで怒り出して暴言を吐くことがありま
す。極端な場合には、目の前にいる人を堂々と無視して立ち去ってしまう、直前まで語り
合っていた相手を突然、無視してソッポを向いてしまうといった症状もあり、家族や親し
い人に衝撃や苦しみを与えます。
認知症の人に生じる「心の変化」は、記憶の障害や知的能力の低下だけでは説明しきれま
せん。他人の気持ちを理解し、周囲の人とうまく生活していく「社会的な能力の低下」と
してとらえなければ、十分にその原因を究明することはできないのです。
人の心の社会との関わり、社会的な行動を脳機能として解明する学問、それが「社会脳科
学(社会神経科学)
」です。社会脳科学によって、私たちは認知症をより深く理解すること
ができます。実際に介護にあたられているご家族のみなさん、あるいは介護福祉士や介護
職に就かれている方々にとっては、患者さんの「心の変化」に起因する苦悩を大幅に軽減
させることができるでしょう。
社会脳科学は、
「社会脳」という脳の新たな姿を提唱しています。社会脳とは、社会生活
を適切に行うために必要な脳の働き、それを中心的に担う脳の領域の名称です。近年の画
像検査を用いた研究によって社会脳の解剖学的構造が解明されつつあり、社会脳科学は一
気に注目を集めるようになりました。
明らかになってきた社会脳の解剖マップを初めて見たとき、私はとても驚きました。社会
脳と称される脳の領域が、認知症において侵される脳の領域とほぼ重なっていたからです。
「認知症とは、社会脳が壊れる病気である」―そう考えるようになりました。同じころ、
山口晴保教授(群馬大学)が編著書『認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント
(第 2 版)
』
(協同医書出版社、二〇一〇年)の中で「社会脳の障害が記憶障害などととも
に現れた状態が認知症である」と書かれていることを知り、意を強くしました。
私は、二〇一二年に『脳からみた認知症』(講談社ブルーバックス)を刊行し、脳機能か
らみた認知症の体系的な解説を行いました。その中で、認知症の理解に重要な、今後注目
すべき理論として社会脳理論を紹介しています。
二〇一三年五月、米国精神医学会は認知症の診断基準を改訂し、「社会的認知の障害」
(他
人の心や気持ちを理解することを「社会的認知」と呼び、社会脳の基本的な働きの一つ)
を認知症の診断根拠の一つとすることを決めました。これは、社会脳理論が認知症診断学
の中に正式に取り入れられたことを示すものです。
この新しい動向をふまえ、本書では、社会脳の視点から認知症の症状全体を改めてとらえ
直し、認知症の人の行動と心理を社会脳科学の立場から解説していきます。米国精神医学
会の新しい診断基準の普及とともに、社会脳科学関連の書籍への需要が増加していくもの
と思いますが、本書がその先駆けとして読者のみなさんのお役に立てば幸いです。
社会脳と聞くと難しいものと思われそうですが、介護にあたるご家族や介護職にある方々
に、ぜひともこの考え方を知っていただきたいと思っています。前記のように、認知症の
人の心に生じる変化をより深く理解することで、介護に際しての心理的負担や苦悩からず
いぶん解放されると考えられるからです。
また、若い年代=現役世代で発症し、社会との関わりが深い時期に症状が深まっていく「若
年性認知症」
(六四歳以下で発症した認知症)を理解するにあたっても、社会脳科学の視点
が重要になってきます。社会脳の働きの低下は、社会生活の破綻を来しやすく、若年性認
知症の患者さんやその家族の方々が直面するさまざまな問題と密接に関わっているからで
す。
また、社会脳の働きが低下したときにどのような症状が現れるかを知っておくことで、認
知症の早期発見につながる可能性があります。若年性認知症に関心がある方には、特にお
読みいただきたいと思っています。
*
わが国の認知症患者が四六〇万人を超え、予備軍が四〇〇万人いる事実が最近、公表され
ました。この憂慮すべき事態に目を向け、認知症を早期に診断し、治療・予防の軌道に乗
せる知識を詳細に解説することを、本書の第二の目的としています。
九〇歳を超えると五割の人が、九五歳を超えると八割の人が認知症になるという調査結果
も出ています。長生きをすれば、誰でも認知症になりうる時代です。ぜひ多くのみなさん
が認知症を正しく理解し、認知症の人の心の状態を知り、また、認知症を予防する対策を
試みてほしいと願っています。
本書は、第 1 章から第 5 章までを、社会脳科学、社会脳という視点からみた認知症の解説
に割いています。第 6 章以降では、認知症の早期発見や早期診断、予防に関する知識を解
説しています。前著の内容と重ならないよう、新しい知見を整理して盛り込みました。
米国のベースボールリーグはメジャーとマイナーに二分されていますが、認知症にもメジ
ャーとマイナーが存在します。マイナーのうちに診断して、治療を開始するという方向が、
認知症医療の最新トレンドになっています。米国精神医学会で提唱されたこの考え方につ
いても、第 6 章以降でご紹介します。
うつ病や認知症の増加を背景に、現代社会を「思考や知性の危機の時代」としてとらえる
ことが可能です。そのような時代の到来に対する一つの先駆的な予言として、都筑卓司『マ
ックスウェルの悪魔』
(講談社ブルーバックス、初版一九七〇年、新装版二〇〇二年)にお
ける考察をご紹介し、思考や知性の危機についても思いをめぐらせてみました。
認知症の増加を、社会における思考や知性の危機の一つの表れとしてとらえると、何が見
えてくるのでしょうか? 読者のみなさんと一緒に考えてみたいと思います。
本書では、実際の患者さんの事例を数多く取り上げ、具体的でわかりやすい記述を心がけ
ました。いずれの事例も、私自身が診療してきた患者さんをモデルにしていますが、職業
やエピソードなど個人情報に関わる部分は適切に変更し、個人が特定されないよう配慮し
ています。
本書には、脳の画像として MRI(核磁気共鳴画像法)、CT(コンピュータ断層撮影)、SPECT
(単一光子放射断層撮影)の三つが登場します。MRI と CT は脳の「形」を映し出す検査
であり、SPECT は脳の「血流量」を画像化する検査です。
たとえ形が正常であっても、血流が低下したときには脳の働きは低下します。脳 SPECT
を使うことで、CT や MRI ではわからない変化(機能低下)を描き出すことができます。
この点については前著で詳しく解説しましたので、ご参照ください。
第 6 章でも紹介するように、最近は脳 SPECT でドパミン代謝を画像化する検査が可能と
なっていますが、断りのないかぎり、本書で扱う脳 SPECT は血流画像です。また、同じ画
像診断法に属する検査法として PET(ポジトロン断層画像診断法)や機能的 MRI(fMRI)
などがあり、社会脳研究で使用される中心的な研究機器となっています。本書では、研究
論文からの引用のかたちで両者の写真を利用させていただきました。
著者 伊古田俊夫(いこた・としお)
一九四九年、埼玉県生まれ。七五年に北海道大学医学部卒業後、
同大脳神経外科、国立循環器病センター脳神経外科を経て、八四年に
勤医協中央病院脳神経外科科長、二〇〇一年に同院院長に就任。二〇
〇八年から同院名誉院長。二〇一〇年、札幌市認知症支援事業推進委
員長。日本脳神経外科学会専門医、認知症サポート医。認知症の地域
支援体制づくりに取り組むかたわら、社会脳科学の立場から認知症の
臨床研究を進めている。著書に『脳からみた認知症』(講談社ブルー
バックス、二〇一二年刊)がある。
『 社会脳からみた認知症 』 徴候を見抜き、重症化をくい止める
伊古田俊夫=著 発行年月日: 2014/11/20 ページ数: 240
シリーズ通巻番号: B1889 定価:本体 900 円(税別)
14 年度県内公立校調査
信濃毎日新聞 2014 年 11 月 21 日
本年度長野県内公立校で発達障害があると判
断された児童生徒は、小中学校5664人、高校
667人に上り、小中高通して同様の調査を始め
た2007年度以降、ともに最多となったことが
20日、県教委のまとめで分かった。県教委は「発
達障害への知識や理解の広がりが、早期の診断、
発見につながっている」とみている。学習環境の
整備や授業研究といった施策を組み合わせて対
応していくという。
8月末~9月末に、休校を除く全小学校371校、中学校191校と、全日制と定時・
通信制の高校計87校を調査。小中学校は医師や児童相談所から判定を受けた児童生徒、
高校は医師の診断がある生徒を数えた。
前年度と比べ小中学校は571人増え、児童生徒全体に占める割合は0・38ポイント
上回り3・26%。高校は75人増え、生徒全体に占める割合は0・15ポイント上昇の
1・30%だった。障害の種類別では、小中学校、高校ともに対人コミュニケーションな
どに困難を伴う「広汎性発達障害(PDD)」が最も多く、小中学校3556人、高校38
7人。高校ではほかに、複数の教員が特別な支援が必要と判断した生徒が1106人(前
年度比221人増)いた。
20日の県教委定例会では、委員から、発達障害のある児童生徒について「自己肯定感
発達障害、過去最多に
を育む工夫が必要」
「小中高で情報共有し支援を」などと求める声が出た。伊藤学司県教育
長は「発達障害の児童生徒数が今後減少することは考えにくい」とし、発達障害があり通
常学級にいる児童生徒の学習を補助する指導教室の増設や、発達障害の有無にかかわらず
全員が理解できる授業の研究などを複合的に組み合わせ対応したいとした。
福祉施設の魅力伝えるコツ学ぶ
県社協が採用セミナー
佐賀新聞 2014 年 11 月 21 日
求職者の心をつかむ施設のPRについて説明する門野さん=佐賀市のマリトピア
人材確保に頭を悩ませる介護、福祉分野の採用活動のポイントを知るセ
ミナーが20日、佐賀市のマリトピアであった。県内の福祉事業所の採用
担当者ら約30人が施設の魅力を伝えるテクニックを学んだ。
セミナーでは、リクルートキャリア(東京)の門野友彦さんが「リアリ
ティーのある職員のエピソードを交え、他の施設との違いを明確にして」
と求職者の記憶に残るPRのコツを伝授した。
学生対象の就職フェアでは、若手職員の意見を取り入れ足を運びやすい
ブースをつくることや、施設PRは簡潔に5分ほどにまとめたり、フェア終了後の早い段
階で連絡を取って施設見学に来てもらったりするなど、採用に結び付けるポイントを挙げ
た。
県社会福祉協議会が初めて開いた。県社協は「就職フェアなどで、一人も聞きに来なか
ったという声もある。参加者が知りたい施設の良さをうまく伝えて現状を打開してほしい」
と話す。
スペシャルオリンピックス選手団
知事に成績報告
佐賀新聞 2014 年 11 月 21 日
1人ずつ競技と成績を古川知事に紹介した「2014第6回スペ
シャルオリンピックス日本夏季ナショナルゲーム・福岡」の県選
手団=県庁
11月初旬に福岡県で開かれた「スペシャルオリンピ
ックス日本夏季ナショナルゲーム・福岡」に出場した県
選手団が17日、県庁を訪れ、3人が1位に輝いた成績
を古川康知事に報告した。
スペシャルオリンピックスは知的障害者の自立や社
会参加を目的に、スポーツプログラムや競技会を提供す
る国際的なスポーツ組織。11月1~3日の大会には47都道府県から選手984人が出
場、12の公式競技で競った。
県勢は11人のアスリートが初参加のバスケットボールなど5競技に出場した。水泳2
5メートル自由形で本村奈緒美さん(38)=佐賀市=、陸上1500メートルで北古賀
秀樹さん(40)=同=、フライングディスク・ディスタンスで鍵山将さん(32)=小
城市=が1位になった。
選手団は一人一人が成績とともに紹介されると「頑張りました」などと
笑顔で報告。古川知事は「皆さんは、後に続く人たちから見ればうらやま
しい先輩たち。やっている人にしか分からない思いもあると思うので、
(行
政が)気づかないことは是非届けていただき、仲間が増えていくように願
っている」と話した。
月刊情報誌「太陽の子」、隔月本人新聞「青空新聞」、社内誌「つなぐちゃんベクトル」、ネット情報「たまにブログ」も
大阪市天王寺区生玉前町 5-33 社会福祉法人大阪手をつなぐ育成会 社会政策研究所発行