学術俯瞰講義 物質 第 1 回 2015.4.7 家泰弘先生 ミニッツレポートまとめ 活発な質問がでて、とても良い質疑の時間がとれたと思っています。ミニッツレポート の中にも面白いコメントや質問があったので、それらを整理して、答えられるものには回 答を書きました。 なお、講義の準備をしていたら当初の予定より科学史の部分が多くなったので、パンフ レットや Web の講義概要に書いておいた「さらに、現代社会を支える電子機器や機能材料 に利用されている物質の例を挙げて、現代社会と物質との関係を俯瞰します。」の部分は、 第6回にお話しします。 家 泰弘 ● 感想 ・できるだけ分かりやすい言葉で説明されており、文科生にとって、初回の取っ掛かりと してとても良い講義だった。文理の壁を越えて学問を学ぶ重要性が理解できた。 ・もっとコテコテの物理学かと思ったが、全然そんなことがなくて楽しかった。 ・古代から現代までの科学史を一通りさらうことができて、非常に有意義だった。 ・高校の授業や入試で得た知識がいかに断片的なものかを気付かされた。 ・四大元素の仮説を思いついた古代の科学者たちはすごいなと思った。 ・人類が常識や通説から外れてものを考えることがいかに大変であるか、よく分かった。 ・アリストテレスの運動論のような発想も、多少理にかなっているように思えてしまった。 ・ガリレオは、落下現象を見た経験から頭の中で再現し結論を出したのがすごいと思った。 ・昔の物質観にも、根っこでは今の物質観に通じるものがあるということが面白かった。 ・人間は特別な存在なのか、意識は物理学で説明できるか、といった問いが興味深かった。 ・自然界の階層構造の、最も大きいスケールと最も小さいスケールをリンクさせる見方は 新鮮だった。 ● 質問 ・科学史、特に誤ったもの(四大元素説など)まで学ぶ意義はどういう所にあるのでしょう か? ⇒ 人は歴史から学び、謙虚になることができます。それぞれの時代において、その時の情 報レベル・技術レベルを背景に人知を尽くした探求を学ぶと、ある種の感動を覚えます。 ニュートンの言葉に「私がより遠くを見渡せるとしたら、それは巨人の肩の上にのること によってです」というのがあります。現在の知識は、先人の努力の上に立っています。歴 史を振り返ることは、現在のわれわれの知の営みに関する謙虚な反省の機会でもあると思 います。 ・古代ギリシャでは、たとえば人間などはどのようにできていると思われていましたか? ⇒ 古代ギリシャのヒポクラテスやガレノスの医学では、人体は4つの体液(血液、粘液、 黄胆汁、黒胆汁)からなり、それらのバランスが崩れると病気になるという考え方でした。 四体液は四大元素や四季と関連づけられていました。骨や筋肉がどのように考えられてい たのかは良く分かりません。調べてみましょう。ちなみに、旧約聖書ではアダムは土塊か ら創られて息を吹き込まれたことになっていますね。 ・ガリレオの時代から現代まで科学は大きな発展をしたのに、それ以前にほとんど発展し なかったのはなぜなのですか? ⇒ いろいろな要因が複合していると思います。ヨーロッパに関して言えば、ルネッサンス 期以降とそれまでを比較すると、宗教の権威低下と裏腹の合理精神の発達、グーテンベル クによる印刷術による知識の拡散普及、職人階級による技術開発(例として、金属製錬、 レンズ磨きなど)が挙げられると思います。なによりも経済発展によって社会の中で「食 うや食わずのための労働」以外の知的活動を行う人の割合が増え、社会に余裕が生まれた ことが最大の要因ではなかったかと個人的には考えています。 ・現代の科学の「常識」を覆そう(誤りを見つけよう)という研究はありますか? ⇒ 研究者はだれでも、できることなら、「現在の常識を覆すような新たな展開」を創出し たいと考えていると思います。もちろん、現実にそんな大変革がしょっちゅう起こること はありませんが。 ・オーダーのまとまったものを対象として研究分野が分かれているようですが、異なった 分野の統一を試みることはあるのでしょうか? ⇒異なる分野間の交流は盛んに行われています。 「統一」とまではいかなくても、分野間交 流によって新たな展開が生まれることはしばしばあります。物理学に関して言えば、素粒 子物理学と物性物理学とではスケールが大きく異なりますが、理論的概念やモデルでは共 通するものもあり、相互交流によって研究が進展したケースは多くあります。 ・ラプラスの魔で決定論の話があったが、決定論は現在では否定されていますか? ⇒「決定論」という言葉の意味によりますが、 「ラプラスの魔」に象徴されるような古典力 学的決定論の自然像は、量子力学の登場によって根本的に塗り替えられました。 ・スーパーコンピューティングで全ての原子などの動きを計算して、過去や未来を見るこ とは、現代の理論からしても将来的に可能と考えられるのでしょうか? ⇒前問への回答でも記したように、量子力学的には完全決定論的な予測は不可能です。仮 に全ての原子が古典力学に従うと仮定しても、膨大な数の原子の運動を文字通りすべて計 算するのは天文学的な計算量になるので困難だと思います。また、初期条件の値がほんの わずか違ってもその違いが指数関数的に増大する「カオス的ふるまい」というものがあり、 計算による未来予測を困難にします。 ・決定論について質問なのですが、科学の法則に従って世界が動いていると考えると、私 たちもその一部であって自由意志がどうなるかが問題になってくると感じたことがあるの ですが、先生はどうお考えですか。 ⇒とても深い質問で、私はズバっという答えを持ち合わせていません。前2問の回答にあ るように古典力学的な決定論は否定されています。われわれがその一部であるこの世界の 秩序(法則性)と自由意志との関係や、自由意志と倫理的責任の関係は、哲学の大きなテ ーマだと思います。ちなみに、科学だけでなく宗教においても、もし全能の神がすべてを 取り仕切っているのだとすれば、人間に自由意志(およびそれに伴う倫理的責任)はある のかという問題はあると思います。 ・なぜ「重いものほど速く落ちる」という考えが生まれたのだろうか? ⇒例えば、小石と羽毛を同時に落とした場合のような日常的な観察経験からの自然な洞察 でしょう。 ・どうして錬金術にそんなにも科学者たちが長い間とりつかれたのですか? ⇒ ありふれた金属を金に変えることができたり、不老不死の霊薬を手にすることができた りしたら、素晴らしいと思いませんか。錬金術は、そうした現世的な利益追求ばかりでな く、真理探求および人格完成を目指した思想的・実践的修行の営みでもありました。当然 ながら現代的なイメージの科学者は未だ存在せず、自然哲学者や神学者が錬金術を実践し ていたケースが多いのです。 ・イスラム圏はどのように科学に影響を与えたのでしょうか? ⇒8~12世紀あたりはヨーロッパが停滞し、イスラム圏(それと、宋時代の中国)が間 違いなく科学の最先端を走っていました。アル=キンディー、アル=ラーズィー、イブン・ アル=ハイサム、イブン・シーナー、ウマル・ハイヤーム、といった学者が活躍しました。 オスマン帝国時代にイスラム科学が停滞した原因についてはいろいろな分析がありますが、 コーランを絶対権威とする宗教的原理主義が足枷となったことは間違いないでしょう。健 全な懐疑精神のない処では科学は発展しません。 ・ニュートンの運動方程式は一体どこから導き出されたのか? ⇒ガリレオによる落体の法則やケプラーによる惑星運動の法則をもとに、それらを統一的 に記述する運動方程式を編み出したのがニュートンの天才たるゆえんですね。しかもその ための数学(微積分)まで作ったわけですから。もちろん、このような科学の発展には、 そこに至るまでには、多くの学者の寄与があります。運動論で言えば、中世のビュリダン のインピタス理論など。 ・家先生なら、スライド 7 枚目の質問にどう答えますか? ⇒「たった1つだけ残す知識として何を選ぶか」ですね。ファインマン先生以上の良い答 えは思い浮かびませんが、たとえば「世界は原理的に理解可能である」というのはどうで しょう。 「あらゆるモノは原子からできている」というファインマンの言葉について少し補足して おくと、これはもちろん「原子」が究極の構成単位だといっているわけではなく、「自然界 には構成単位(building block)がある」という知見が重要だというメッセージです。ちなみ に、村山先生の講義では、この宇宙の大部分が「原子」のような物質ではなく、ダークエ ネルギーという正体不明のものである、という話が出て来るはずです。 ・原子や電子レベルで衝突とはどういう状態を指すのでしょうか? ⇒「衝突」は別の言葉では「相互作用」と言えば良いと思います。2つの粒子が接近し力 を及ぼし合って(相互作用して)その運動状態を変化させることが「衝突」です。 ・先生自身は、神についてどのようなお考えをお持ちでしょうか? ⇒「神」といっても、祈りを捧げると叶えてくれたり罪を罰したりする「人格神」的なも のと、この世界の究極原理としての存在という概念とがあると思います。前者に関してい いえば私自身は無神論者ですが、宗教を否定するものではありません。人によっては、精 神的な支えとしての信仰の役割は大きいと思います。後者は、この世界に秩序があるとい うことをどう表現するかの問題であって、それを「神」と呼ぶかどうかは個人や文化に依 るものだと思います。 ・スケールの概念が今後より小さなもの、より大きなものに拡大していくことはあるのか? ⇒概念的には、より小さなスケールやより大きなスケールを考えることはもちろん可能で すが、要は物理的内容が伴うかです。 ・理系、文系という区分は何故できたのですか? またそのメリット、デメリットは? ⇒中世キリスト教文化でいえば、学問体系は、神学がトップにあって、文法学・修辞学・ 論理学の三学と算術・幾何・天文学・和声学の四科からなる、いわゆる自由七科(リベラ ルアーツ)で構成されていました。その歴史的流れで大学の学部構成が決まってきたもの と思います。メリット・デメリットは、これから学ぶあなた自身が常に自問してください。 ・原子核反応は錬金術とは言えないのか? ⇒原子核反応では原子核(従って元素)を変換することができるので、まさに錬金術です。 古来の錬金術がなぜ上手く行かなかったかというと、化学反応の手法(エネルギー的には 電子ボルト(eV)の程度)で元素を変換しようとしていたからです。原子核反応のエネルギー はそれよりも約百万倍大きいメガ電子ボルト(MeV)のスケールであり、加速器などを用いな ければ手の届かない領域です。 ・古代ギリシャの自然観であらゆるものが四大元素の離合集散で説明されていたというこ とだが、たとえば鉄はこれとこれの組合せというような具体的なレベルで考えられていた のか。 ⇒固体の中でも、鉄のような金属は(熱すれば融けるので)液体つまり「水」の要素が大 きい物質と考えられ、石のようなものは「土」のカテゴリーと考えられていたようです。 ● 意見等 ・現代の自然科学も、未来から見たら未熟に見えるのかもしれない。 ・宗教的なしがらみが存在しなかったら、科学は今頃どこまで発展していたのだろうか。 ・光の媒質やエネルギー分配などの、小さな綻びと思われていたようなものが、科学界の 常識を覆すのだと思う。 ・現代に多数あるオカルトの中にも、アトモスのように何か光るものがあるかもしれない。 ・プラトン多面体で正十二面体が正二十面体になっていました。 ⇒ご指摘ありがとう。コピペを間違えましたね。修正しておきます。 ・神があらゆる属性を有しているならば、「不在」の属性も有しているのではないか。 ⇒その通りです。それだけでもアンセルムスによる「神の存在証明」は破綻していますね。 ・近年話題になっている「ヒッグス場」や「ヒッグス粒子」について知りたい。 ⇒浅井先生はヒッグスのプロ中のプロです。講義を楽しみにしていてください。 ・エネルギー等分配則とは? 何がどう破綻しているのか説明してほしい。 ⇒原子や分子のいろいろな運動(並進・回転・振動)の自由度に、熱エネルギーが等しく 分配されるという原則で、ある種の分子気体の比熱がその規則に従っていないような実験 結果が得られていたことを指しています。 ・科学者が発見した法則を紹介するだけでなく、どのような試行錯誤の末に辿り着いたの か、なぜそのような発想に思い至った、等の過程についても説明していただきたいです。 ⇒1コマの講義では個々の事例に深く踏み込むことはできませんでした。科学上の発見に はそれぞれ興味深いドラマがあります。ぜひ自分で調べてみてください。 ・量が多すぎた結果、講義が速すぎてついていけませんでした。もう少しゆっくり、文系 にも分かるように教えていただけると幸いです。 ・講義の速さが少し遅かったので、退屈した時もありました。 ⇒速過ぎると感じた人、遅すぎると感じた人、いろいろですね。私としては、予想以上に 質疑が活発だったこともあり、予定より講義の部分の時間が足りなくなって途中は駆け足 の部分ができてしまったと反省しています。
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