【第 24 章】北アルプスの山旅 15 日⑤

後藤 実 著
【第 24 章】北アルプスの山旅 15 日⑤
立山《別山(2874m)・真砂岳(2861m)・富士ノ折立(2999m)・大汝山(3015m)・雄山(3003m)》
剱岳(2998m)
・薬師岳(2926m)・黒部五郎岳(2840m)・鷲羽岳(2924m)・水晶岳(2986m)・笠ケ岳(2898m)
初版発行:2008 年 12 月 12 日
目
次
第 章 北アルプスの山旅
立山
15
日⑤
Back
(
End
■手作りの料理に感嘆の声
Next
■眺望抜群の三俣蓮華岳
■目の前に槍、穂高
■北アのど真ん中を実感
■ご主人自らお出迎え
■学者はだしの鈴木さん
■連泊者には別メニュー
■ライチョウが道案内?
※ 奥付け/デジタルブックについて
表紙写真 / 鈴木 明雄
●原 著 案 内
本デジタルブックは、後藤実氏が大分合同新聞社「月刊誌ミッ
クス」での連載を基に自費出版した書籍「雲表の縦走路」を、
デジタル化したものです。残部がある限り、原著をお分けし
ます。原著の購入希望・読後の感想等は直接、後藤実氏宛てに、
電話番号・住所・氏名等を明記した葉書きかメールで。
後藤実氏 :【住所】 〒 870-0864 大分市国分 1773-1
の連絡先 【E メール】[email protected]
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「雲表の縦走路」
著者:後藤 実
A5 版 256 ページ
発行日:2001 年 6 月 10 日
定価:1500 円(税込み)
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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(黒岳)
2986
2591
祖父岳
抜戸岳
2860
黒部五郎小舎
抜戸岩
笠ヶ岳山荘
中俣乗越
赤木岳
太郎兵衛平
太郎平小屋
北ノ俣岳
黒部五郎岳
2840
岐阜県
水
至・折立
秩父平
双六岳
薬師岳山荘
薬師平
薬師峠
2926
丸山
笠ヶ岳
2898
至・新穂高温泉
北薬師岳
薬師岳
富山県
剱岳−笠ヶ岳縦走
間山
弓折岳
三俣山荘
五郎のカール
2841
スゴ乗越
スゴ乗越小屋
双六小屋
岩苔乗越
三俣蓮華岳
スゴノ頭
鳶岳
樅沢岳
笠新道
水晶岳
2924
左俣林道
雷鳥沢
ヒュッテ
2831
鷲羽岳
水晶小屋
越中沢岳
浄土山
至・槍ヶ岳
獅子岳
鬼岳
室堂
長野県
立山
槍ヶ岳
ワリモ岳
別山乗越
剱御前
前剱
五色ヶ原山荘
剣山荘
一ノ越山荘
2998
雄山︵3003︶
大汝山︵3015︶
富士ノ折立︵2999︶
真砂岳︵2861︶
別山︵2874︶
剱岳
裏銀
座縦
走コ
ース
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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黒部川が産声を上げる雄大な鷲羽岳 ( 中央 ) と黒い岩峰を峭立させる水晶岳 ( 左 ) =東京都・鈴木明雄さん撮影
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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■手作りの料理に感嘆の声
林を抜けると池塘 ち
( とう と
) 草 原 の 広 が る 五 郎 平 に 出 る。
その奥まったところに黒部五郎小舎があり、午後四時に到着し
た。小舎の前からは昨日越えた薬師岳が優美な姿を見せ、さき
ほど越えてきた黒部五郎岳はすぐそこに。裏には明日越えてい
く三俣蓮華 み
( つまたれんげ 岳
) の 尾 根 が 迫 っ て お り、 小 舎 の
前庭では多くの人がテーブルを囲み、酒を酌み交わしながら楽
しそうに談笑していた。
受付を終わり、リュックを置くと小舎の東側にあるテン場に
写真を撮りにいった。ここからは端正な笠ケ岳がよく望める。
その写真を撮ると小舎の前庭でビールを飲みながら渡部さんの
話を聞いた(前述)
。
そのあと指定された二階の部屋に行くと、廊下にはびっしり
リュックが並び、通るのがやっとといった状態。部屋は入り口
からすき間なく布団が敷き詰められ、二枚の布団に三人といっ
た状態だが、部屋も布団もきれいで、込むことにおいては慣れ
てしまった感じで、それほど気にもならなくなった。
夕食は五十~六十人ずつに分かれていただくが、食卓につく
なり、あちこちから「おーっ」という感嘆の声がもれた。それ
もそのはず、なんと揚げたてであつあつの野菜のてんぷらや手
製のハンバーグなどが大皿に盛られ、そのほかにソバやノリ、
食後にはヨーグルトまでついている。ふと見れば、食堂に面し
た厨房ではスタッフが忙しそうにてんぷらを揚げている最中
だ。みそ汁、ご飯が自由に食べられることはいうまでもない。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
どこの山小屋でも夕食は決まったようにインスタントのハン
バーグか肉ダンゴに少量の野菜というのが相場で、ここの夕食
は破格のものといっていいだろう。山小屋では最大の喜びが食
事で、どの顔も満足しきった笑顔に満ちていた。
■眺望抜群の三俣蓮華岳
十日は鷲羽岳、水晶岳をピストンするとはいえ、三俣山荘ま
で距離が短く、ゆっくりして朝食のあと六時半に出発した。小
舎のすぐ裏から三俣蓮華岳へ針葉樹林の中の急登にとりつく。
筋肉がなじまないままいきなりの急登で、最初はゆっくり登り
たいが、狭い登山道で後の人に迷惑がかかると思い、ついピッ
チがあがる。そのうち体も慣れて前を行く数グループに追いつ
くと片側に避けて「お先にどうぞ」と道を譲ってくれた。
朝の冷気の中では少々ピッチをあげても汗もかかず、ぐんぐ
ん高度をかせいでいく。やがて森林限界を越えハイマツに覆わ
れてくると登りも緩やかになり、三俣山荘への近道を左に見て
ハイマツの中を右に登れば間もなく三俣蓮華岳(2841メー
トル)山頂に着く。
入山以来十日目にして文句のつけようがないほどの好天に恵
まれ、三六〇度の眺望を満喫した。北にはすぐ目の前に鷲が羽
を広げたような鷲羽岳が雄大にそびえ、左には焼けたような赤
茶の山肌をさらすワリモ岳(2888メートル)、赤岳と続き、
水晶岳の奥には赤牛岳(2864メートル)が持て余すように
赤茶の大きな図体を横たえる。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
鷲が羽を広げたように雄大な山容の鷲羽岳(三俣蓮華岳から)
対照的に水晶岳、別名黒岳が黒い岩峰を突き上げるので、こ
の山だけが特別な存在に映る。その左には東洋のモンブランと
いわれる薬師岳が優美な姿を見せ、
水晶岳の右には野口五郎岳、
烏帽子岳、針ノ木岳、爺ケ岳。その向こうには後立山の盟主鹿
島槍ケ岳と裏銀座や後立山の名峰が続く。立山の向こうには雨
の中に登った剱岳も姿を見せる。
東には雪に覆われたように山頂が白く輝く燕岳、右に大天井
岳、ひときわ高く天を刺す槍ケ岳と表銀座の山並みが続く。槍
ケ岳の延長線上には大喰岳 お
( おばみだけ 、)中岳、南岳、北
穂高岳、涸沢岳 か
( らさわだけ 、)奥穂高岳と峨々 が
(が た
)る
岩峰がそれぞれの存在を誇示するように居並ぶ。この景観は見
事というほかない。
南 に は 端 整 な 姿 の 笠 ケ 岳、
遠く雲の上に頭を出すのは乗
鞍岳に御嶽山。西には昨日越
えてきた黒部五郎岳。これら
の山々を眺めていると時間の
たつのも忘れ、魂を抜かれる
のではなかろうかと思うほど
陶酔感に浸った。
こ う し て 居 並 ぶ 名 峰 群 は、
比類まれな威厳と美しさを兼
ね備えており、そこには神々
が住むのではなかろうかとい
う神聖な気持ちにさせられ
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
た。私がこうして日本アルプスに通うのも、そうしたところに
引かれるのと、自分を律する厳しさを求めてのことである。私
にとって3000メートルの山々は心の糧となり、人の道をも
教えてくれるような気がする。
■目の前に槍、穂高
三俣蓮華岳で三六〇度の眺望を満喫すると山頂をあとにし
た。東に少し下ると縦走路に出る。右に行けば双六小屋。私は
左に道をとり三俣山荘を目指した。沢沿いの広い登山道には土
留めの丸太が階段状に作られている。この沢を下るとハイマツ
の中に開けたテン場に出る。テン場を左に見て清冽な流れの沢
を渡り、背丈ほどのハイマツの中を進むとパッと開けた広場に
出る。三俣山荘はその一角に建つ。
宿泊手続きを終え、前庭に置かれたテーブルでパック入りの
ご飯を温め、ラーメンを作って少し早いが昼食にした。目の前
には槍ケ岳が独特な姿で天を刺し、すぐ左には鷲羽岳が雄大に
そびえ立つロケーションのいいところだ。こんな景色を眺めな
がらの食事は胃液の分泌もいいのか食が進む。
食事が終わると受付に「鷲羽、
水晶をピストンしてきますが、
夕食最終時間の六時までには帰ってきます」と言い残し、リバー
サルフィルムを入れたニコンとネガカラーを入れたキヤノンの
二台を持ち、サブザックに雨ガッパ、小型水筒、最悪のことを
考えポカリスエット一缶、ハチ蜜、カロリーメイトを入れ、鷲
羽岳に向かった。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
ハイマツ帯を過ぎると
雄大な鷲羽岳の南尾根に
とりつく。花崗岩の岩く
ずに覆われ、幾重にも折
り重なるガラ場の急登は
滑って登りづらい。中腹
まで登ってくると右下に
青いきれいな水を張った
火口湖の鷲羽池が見えて
きた。池の向こうには赤
茶のゴツゴツした地肌を
むき出しにした硫黄岳
(2554メートル)
、そ
れに連なる硫黄尾根が伸
び、その向こうに槍ケ岳
が他を圧する気品に満ち
鷲羽岳山腹にある火口湖の鷲羽
池には槍ヶ岳(中央奥)が姿を映す
た姿で聳立 し
( ょうりつ す
) る。
なおも高度を上げると岩くずは大きな石の山に変わり、山頂
だと思った頂は一つのピークで、ファイナルピークはその先に
そびえている。この山も登って初めてその大きさを実感させら
れた。黒部といえば谷の深さと険しさで有名だが、黒部川が産
声を上げるのはこの鷲羽岳という。その頂に立つと目の前に威
風あたりを払う美しさで、
北アルプスの盟主槍ケ岳が天を刺し、
「おお、九州の田舎者またやってきたな!」と、親しみに満ち
た声で話しかけられたような気がした。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
山頂には二十人ほどの人が休んでおり、三六〇度の大パノラ
マをバックに互いに写真を撮り合い、腰を下ろして談笑してい
る。あまりの眺望のよさにゆっくり展望を楽しみたい気持ちも
強いが、水晶岳ピストンのことを考えるとゆっくりもしておら
れず、写真を撮ると水晶岳に向かった。
■北アのど真ん中を実感
鷲羽岳山頂北側のハイマツを抜けるとガラ場の急下降にな
る。これを鞍部まで下るとワリモ岳への登りになり、山頂の手
前で左に巻く。ワリモ岳を過ぎると岩苔乗越 い
( わこけのっこ
し か
) らの道が左下から上ってきて合流する。このあと赤岳尾
根の黒部側を登ると右に裏銀座縦走コースへの道が分かれてい
く。この分岐には水晶小屋があるが、小屋へは帰りに立ち寄る
ことにして先を急いだ。
小 屋 へ の 分 岐 を 過 ぎ る と 間 も な く 急 な 登 り に な り、 峭 立
し
( ょうりつ す
) る岩峰をいくつも越える。そのほとんどが岩
をよじ登るような状態で、左側は絶壁になっており、瞬時たり
とも気を抜くことはできない。ひとつの岩峰を越えても次の岩
峰が待ち構えており、やっと登り詰めた山頂は大きな岩が折り
重なっていた。ここは裏銀座縦走コースから少しはずれた所に
位置するため登山者も少なく、山頂の標柱もこれまで登ってき
た山とは違い、字も読めないほどに古いものであった。
山名の黒岳は黒っぽい岩に覆われていることに由来するもの
で、周辺の花崗岩から水晶が見つかることから水晶岳の名がつ
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
黒々とした岩峰を峭立させる水晶岳(右)。左は赤牛岳。その奥は立山と剱岳(東京の鈴木明雄さん撮影)
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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いたといわれる。山頂からは三六〇度どちらを見ても山また山
が折り重なり、山深い山であることが実感できる。したがって
どのコースから登っても山頂を踏むには最低二泊三日が必要と
される。日本百名山を著した深田久弥はこの山について次のよ
うに書いている。
―― たいていの山は、その頂上から俯瞰すると、平野か耕地か、
煙の立つ谷か、何か人気臭いものを見出すが、黒岳からの眺め
は全くそれを絶っている。四周すべて山である ――
それだけに眺望に優れ、すぐ隣にはたったいま越えてきた鷲
羽岳に昨日越えた黒部五郎岳。北には薬師岳、霊峰立山の向こ
うには岩の殿堂剱岳。その右には双耳峰の鹿島槍ケ岳。東には
雪が積もったように山頂が白く輝く燕岳。その右には大天井岳、
常念岳、蝶ケ岳と続き、南には北アルプスの盟主槍ケ岳。穂高
連峰の右には端整な姿の笠ケ岳。遠く雲の上に頭を出すのは乗
鞍岳に御嶽山。水晶岳はまさに北アルプスのど真ん中にそびえ
る秀峰であった。
帰りは赤岳に建つこぢんまりした水晶小屋に立ち寄った。こ
こは裏銀座縦走コースにあるが、小屋が小さいため泊まり客が
多い場合は宿泊を断ることがある。
裏銀座縦走者は最悪の場合、
三俣山荘か雲ノ平山荘まで行くだけの時間的余裕をもつことが
必要であろう。
■ご主人自らお出迎え
十一日は双六小屋までの短い旅で、薬師岳山荘以来三夜連続
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
布団を共にしてきた東京の太田靖年さん 六
(一 と
) 朝もゆっく
りして七時に出発した。昨日とはうって変わり、深いガスが立
ち込め、全く視界が利かない。ハイマツ帯の林を抜け、テン場
を右に見て階段状に作られた土留めの沢を登る。沢筋を登り詰
めると登りもゆるやかになり、
三俣蓮華岳への道を右に分ける。
三俣蓮華岳への分岐を過ぎ、丸山(2854メートル)から
双六岳(2860メートル)のすそを巻く道は大きく湾曲して
おり、はるか向こうまで見渡せる。その途中、清冽な水が流れ
る小さな沢を渡る。沢沿いには多くの高山植物が咲き誇り、お
花畑をつくっていた。そのお花を愛でながら氷水のように冷た
い水をすくって飲み、のどを潤した。
水場を過ぎると間もなく岩場の急登になる。長くはないがこ
の登りはかなりのものだ。これを登りきるとなだらかなハイマ
ツ帯が開けてくる。右にはなだらかな山容の双六岳、左には対
照的に樅沢 も
( みざわ 岳
) (2755メートル)が急角度で突
き上げる。双六岳東側のハイマツの中を下った鞍部に双六小屋
があり、九時五十分に到着した。
双六小屋は山小屋というよりリゾート地のログハウスといっ
た趣だ。玄関にかけられた『双六小屋』の屋号は花の百名山の
著者田中澄江さんの筆によるもの。こんな立派な山小屋で到着
した登山者をあるじの小池潜 ひ
( そむ さ
) ん自らが玄関で出迎
えてくれる。
よその山小屋では見られない温かいおもてなしに、
山旅の疲れもいっぺんに吹っ飛んでしまった。
宿泊手続きを終えると清潔な食堂でご主人の話を聞いた。ヒ
ノキの板を磨き上げた壁には小池さん自慢の大きく伸ばした四
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
季折々の山や花の写真が飾られ、さながら写真展の会場を思わ
せる。その写真を見ながら
「今年の天気はどうもいけんねー…」
と、やさしく語り始めた話は、常に登山者に喜ばれる山小屋の
経営を心掛ける小池さんの誠実な人柄がにじみ出て、誇張気味
におもしろい話が聞けることを期待した私にはいささか拍子抜
けの感があった。
ご主人の小池さんはNHKテレビの日本百名山でも有名な人
で、登山者の「一緒に写真に写ってください」という注文にも
快く応じてくれる気さくな人だ。山岳写真家としても有名で、
天空漫
日本山岳写真協会会員で、著書に日本の名峰『雲ノ平・笠・裏
銀座』
『山の彩り』
『黒部源流』
『奥飛騨』
『北アルプス
歩』などがある。
私 が 新 刊 の『 北 ア ル プ ス 天 空 漫 歩 』 を 買 う と、 あ り が と う
小池潜」と達筆な筆字
双六岳に想いをこめて
双六小屋にて
ご ざ い ま す と 礼 を 言 い「 後 藤 実 様
一九九八年八月十一日
で為書きをしてくれた。
■学者はだしの鈴木さん
私が着いたとき、なぜかご主人の小池さんと中年の紳士が出
迎えてくれた。
この人は山小屋のことなど細かく説明してくれ、
スタッフ以上に世話をやいてくれる。てっきり双六小屋の支配
人かマネジャーだと思ったが、話しているうち小池さんの経営
する山小屋を毎年使っている常連客であることが分かった。
お名前を聞くと東京の鈴木明雄さんといい、長い間小池さん
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
鏡池に影を映す槍ヶ岳。右に大喰岳、中岳、南岳と 3000 メートル級の稜線が延びる=東京都・鈴木明雄さん撮影
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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鏡平を染めた紅葉は人々をうっとりとさせる=東京都・鈴木明雄さん撮影
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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が経営する双六小屋や鏡平小屋、ワサビ平小屋、黒部五郎小舎
のいずれかで夏休みをすごすのだという。人には波長の合う人
と合わない人がいるもので、鈴木さんとは波長が合うのか、小
屋に着くとすぐ前庭のテーブルで、双六岳や樅沢岳を眺めなが
ら一緒にビールを飲み話が弾んだ。
特に私を驚かせたのは鈴木さんの記憶力のよさで、北アルプ
スの主だった山名はもちろん標高を全てそらんじていることで
あった。そのほか高山植物にも憧憬が深く、鞍部に咲くお花畑
を 案 内 し て く れ た。 そ の う え 自 分 が 撮 っ た 山 や お 花 の ビ デ オ
テープを送りましょうと言う。
北アルプスから帰って間もなく鈴木さんから約束のビデオ
テープが届いた。それには北アルプスの主だった山が網羅され
ており、画面の右下には西暦で撮影年月日と時間、お花はひと
こまひとこまを止めて分かりやすくしてあり、その説明が学者
はだし。
花 の 説 明 で は 項 目、 花 名、 種 類、 撮 影 月 日、 時 間、 備 考 と
あり、例えば『コバイケイソウ、ユリ科、 ・8・5・AM6・
明では全ての山に標高を入れ『 ・8・6・AM9・
後藤さ
、三年毎に咲く』というような説明が九十二に及ぶ。山の説
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が三俣蓮華岳。山頂は名のごとく富山、長野、岐阜の三国境と
け 。)鷲羽岳、祖父岳の間を流れるのは黒部川の源頭で、黒四
ダムを通って日本海に注いでいます。まだ雪渓が残っているの
続き、雪渓のある山は雲ノ平の玄関口に当たる祖父岳 じ
( いだ
は『右から南真砂岳、野口五郎岳、小さい突起はワリモ岳…と
んが笠ケ岳へ行くとき通った弓折岳です』とあり、別の説明に
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
なっています』と分かりやすい説明をA4判六枚にまとめファ
クスで送られてきた。
高山植物に疎い私にとっては貴重な資料であり、オリジナル
テープにこれほど詳しい説明をつけて送ってくれる友を得たこ
とは何にも変えがたい財産である。
長年にわたって夏休みを小池さんの山小屋ですごす鈴木さん
には特別室が与えられ、高度障害で食事がとれない鈴木さんに
は別メニューを作ってくれるとしきりに感謝していた。
私と太田さんも小屋に着いたときは二階のベッドの部屋に入
るよう指示され、これまでの山小屋同様二枚の布団に三人の込
みようだった。ところが鈴木さんのはからいで夜七時ごろ、太
田さんとともに鈴木さんの部屋に移ることになった。
その部屋は鈴木さんが家族と来たときにすごす部屋で、ドア
を開けて入ると板の間の控室がある。左側に一段高く畳が敷か
れ、そこに鈴木さんが布団を敷き、横には上下二段ベッドに二
枚ずつ布団が敷いてある。こんなに込む中で、思いもよらず五
人部屋に三人でやすむことができるのも鈴木さんのおかげと太
田さんともども感謝した。
■連泊者には別メニュー
ここの夕食は特筆もので、とても山小屋とは思えない心のこ
もった手作りの料理が食卓に並ぶ。どこの山小屋でも野菜は貴
重品だが、ここではその野菜が多く、テンプラも揚げたての熱
いものにおそばまでつく。食後のデザートはヨーグルトで、食
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
ハクサンシャクナゲ ( 抜戸岳 )
第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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卓についただれもが驚きのあまり「おーっ」と感嘆の声を漏ら
す。黒部五郎小舎でも料理のよさに感嘆の声がもれたが、鈴木
さんの話によると、小池さんの経営する山小屋はどこも料理に
力を入れており、登山者に喜ばれるのだという。
十二日もいつも通り午前四時に起きたが、夜半から降りだし
た雨が激しく、動きがとれない。朝食のあと沈殿することに決
め、連泊の手続きをとった。部屋に戻ってみると薬師岳山荘以
来四日間布団を共にしてきた太田さんが昨夜来風邪ぎみで、双
六小屋の隣に建つ富山大学医学部の診療所に出掛けた。
午後になると私も鼻水が出ておかしくなり、受診した。まだ
学 生 風 の 若 い 男 女 二 人 が 診 察、 朝 夕 食 後 に 飲 む カ プ セ ル と ト
ローチをいただき布団にふせったが、手当てが早かったため夕
方にはすっかり元気を取り戻した。
夕食の食卓について驚いたのは連泊者には別メニューを出し
てくれることだ。山小屋は基本的には一見 い
( ちげん 客
) が対
象で、別メニューを出すという話は聞いたことがない。前夜と
同じものでは飽きるだろうということらしいが、これほどの心
遣いをしてくれる山小屋は小池さんの小屋以外にはあるまい。
■ライチョウが道案内?
十三日もいつも通り四時に起床した。鬱々 う
( つうつ と
)雨
は降り続く。薬師岳山荘以来五夜部屋を共にしてきた東京の太
田さんは風邪で体調がすぐれず、笠ケ岳をあきらめ、十数人の
団体とともに鏡平を経て小池新道を新穂高温泉に下るといって
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
出発した。
太田さんが出て間もなく、ご主人の小池さん、鈴木さんに見
送られて私も雨の中を笠ケ岳に向かった。玄関の外まで見送っ
てくれた二人は「無理だと思ったら引き返しなさいよ!」と温
かい声をかけてくれ、わずか二日間だったが、固い友情で結ば
れたようで胸の熱くなるのを覚えた。
濃いガスと雨の中で視界が利かず、登山道間近の双六池が影
絵のようにぼんやり見える状態。小屋を出て間もなくハイマツ
の中の登りになり、ここで太田さんが同行した団体に追いつい
た。しばらくは団体のあとに従い、弓折岳のコルから団体は左
の急坂を下りていき、
太田さんと私は互いに「お気をつけて!」
と励まし合って別れた。
これからはまったくの一人旅。初めての道のうえ雨はますま
す強くなり、何度もリュックカバーの底にたまった水を流すほ
どの雨になってきた。もちろん視界はゼロ。ハイマツの中の道
はしっかりしており安心できるが、ガラ場はこの雨で踏み跡が
消え、はたしてこれで間違いないのかと不安がさざ波のように
広がっていく。そんなときライチョウが現れ、まるで道案内で
もするかのように私のすぐ前を、お尻を振り振り愛嬌ある姿で
歩くさまは緊張感をほぐしてくれた。
弓折岳(2588メートル)は三角点の南側を通り、大ノマ
乗越から大ノマ岳(2662メートル)を越え秩父平へは高低
差もさしてなく草原を行く。間もなくガレ場から岩場になり、
大きな岩の上をマーキングを頼りの道は視界が利かないだけに
精神的に疲れる。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
秩父岩の西側を巻き、抜戸岳(2813メートル)は山頂の
西側を巻く。やがてハイマツとガレ場を下ると鞍部に出る。こ
こが笠新道分岐で、古い道標があり、真っすぐ進めば笠ケ岳、
左に下れば新穂高温泉とあり、ここから笠新道が左に下ってい
く。
笠新道の分岐を過ぎてしばらくいくと巨大な岩と岩の間を通
り抜ける。ここが笠ケ岳の入り口ともいえる抜戸岩で、岩とい
うより岩山を切り開いたようなところだ。両手を広げれば両方
の岩に触れるほど狭い。それはまさに自然が創り出した工芸の
極致といえよう。この抜戸岩を過ぎると登山道は巨岩累々たる
岩山に変わる。やがて小笠に建つ笠ケ岳山荘がガスを透かして
ぼんやり見えてくると、やっと着いたと安堵 あ
( んど の
) 胸を
なでおろした。
しかしこれからがまだ遠い。小笠への登りは大きな岩が折り
重なった上をマーキングを頼りに登っていく。その途中、巨岩
累々たる岩の上にテン場があり、四、五張りのテントが強い風
にあおられ、必死に岩にしがみつくさまは哀れに思えた。
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
開します。そして、読者からの指摘・追加情報を受けな
がら逐次、改訂して充実発展を図っていきたいと願って
オオイタデジタルブックは、大分合同新聞社と学校法
人別府大学が、大分の文化振興の一助となることを願っ
て立ち上げたインターネット活用プロジェクト「NANNAN(なんなん)
」の一環です。
います。情報があれば、ぜひ NAN-NAN 事務局にお寄せ
ください。
NAN-NAN では、この「雲表の縦走路」以外にもデジ
タルブック等をホームページで公開しています。イン
NAN-NAN では、大分の文化と歴史を伝承していくう
えで重要な、さまざまな文書や資料をデジタル化して公
ターネットに接続のうえ下のボタンをクリックすると、
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別 府 大 学
大分合同新聞社
《デジタル版》
編集 大分合同新聞社
制作 別府大学メディア教育・研究センター 地域連携部
発行 NAN-NAN 事務局
(〒 870-8605 大分市府内町 3-9-15 大分合同新聞社 総合企画部内)
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Index
◇著者略歴◇後藤 実
2008 年 12 月 12 日初版発行
著者 後藤 実
原著 2001 年 6 月 10 日発行 / 発行:後藤実 / 監修:大分合同新聞社月刊ミッ
クス編集部 / 協力:大分合同新聞社文化センター / 印刷:佐伯印刷
▼一九三八年大野郡 現
( 豊: 後
大野市 犬
) 飼町に生まれる。
▼一九六〇年大分合同新聞社に
入 社。 校 閲 部 課 長 な ど を へ て
一九九八年定年退職。
▼ 一九九五年から十年間大分合
同新聞社発行の月刊誌ミックスに
「私の登山記」を連載。著書に「大
分の山歩き」
。日本山岳会員。
現住所 大分市国分一七七三‐一
デジタル版「雲表の縦走路」 第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
© 後藤実、鈴木明雄
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第 24 章●北アルプスの山旅 15 日⑤
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