不動産経済ファンドレビュー 2013年9月5日号

復活した観光需要とホテル投資
―適正利回りの確保に目が向かう投資家
円安、株高、景気回復のアベノミクス効果によりリーマン・ショック以降、最高の盛り上がりを見
せている観光需要。国内外から観光客が大幅に増加したことで、ホテルは稼働率が上昇し、長らく停
滞していた客室単価も改善した。こうした運営環境の反転を好感し、投資家はホテル投資に動き始めた。
すでに 100 億円以上の大型案件も成立、注目度が高まっている。
主要 3 指標すべてで前期を上回った JHR
上半期客室売上は「2008 年の水準に回復した」
安が進み、外国人観光客が大幅に増加したことも大き
い。日本政府観光局のデータによると、今年1~7月
「ここまでの好調は当職に就いて初めてのことかも
の訪日外国人数は前年同期比 22%増で過去最高の
しれない」
。ジャパン・ホテル・リート投資法人(JHR)
595万 7700 人に上った。韓国や台湾、香港をはじめ
の運用会社、ジャパン・ホテル・リート・アドバイザー
タイ、シンガポール、インドネシアなど東南アジア諸
ズの鈴井博之社長は、JHR が運用する主要 5 ホテル
国が牽引している。
外国人客は宿泊者数ベースで約6%
の今年上半期業績をこう評価する。1~ 6月各月にお
程度に過ぎないが、伸び率が大きく需要拡大に拍車を
ける稼働率、ADR(平均客室単価)
、RevPAR(販売可
掛けた。国内・国外問わず、昨年夏から就航した格
能客室 1 室当たり平均単価)の主要 3 指標はすべて
安航空会社
(LCC)の存在も活性化に一役買っている。
前年同月を上回った。婚礼売上が減少したため総売
実はホテル市場のファンダメンタルズは、昨年後半
上は 1.2%増に止まり通期もこの傾向が続くものの、
から回復基調にあった。JHR 主要 5 ホテルの RevPAR
利益寄与度の高い宿泊部門の売上が伸びることが見
は昨年 11月に東日本大震災前の 2010 年比 15.6%増、
込まれ、通期 GOP(売上高営業粗利益)を当初予想
同年12月も12.9%増と2カ月連続で 2ケタ増を記録。
比 3.5%増の 59 億 6800 万円に上方修正した。
料飲部門を含む売上も11月、12 月は 7%台の伸びを
JHRの好業績は、日本の観光需要の本格回復を明
示し、
「明らかに潮目が変わった」
(鈴井社長)
。市場
確に示している。観光庁の「宿泊旅行統計調査」に
の回復サイクルにアベノミクスが乗った結果、今年上
よれば、今年1~3月の延べ宿泊者数は前年同期比
半期の活況を生んでいる。
15.6%増の1億142万人(暫定値)
。同期間の従業員
10人以上の延べ宿泊者数は東京・大阪・京都・沖縄
リート、外資ファンドと事業会社も積極投資
意欲高くても売り惜しみで投資機会は限定的
で過去 5 年間の最高を記録した。ジョーンズラングラ
12
サール(JLL)
・ホテルズ&ホスピタリティ事業部の沢柳
ホテル市場の好転を受け、Jリートや日本に拠点を
知彦マネージングディレクターは「客室売上は今年上半
置く外資系投資ファンドがホテル投資に動き始めた。
期で 2008 年の水準まで回復した」と分析する。市場
投資対象の中心は、観光客が主客層のリゾートホテ
が回復した最大の要因はアベノミクス効果だ。
リーマン・
ルとフルサービスホテル(シティホテル)
。都心部で
ショック以降続いていた円高と景気低迷が政権交代で
好立地にあるリミテッドサービスホテル(ビジネスホ
反転し、
株高や企業業績の回復から消費意欲が高まっ
テル)も買われている。Jリートは資金調達環境の
たため、観光やレジャーにお金を使う人が増えた。円
改善から物件取得を積極化。JHR は 4 月、千葉県浦
安市舞浜の東京ディズニーリゾートに隣接する「ヒル
環境が改善傾向に
トン東京ベイ」
(809 室)の 90%持分を国内 GK から
あることを睨んで
260.5 億円で取得した。JHR が運用する最大資産規
売り惜しみや収益
模の物件となり、償却後 NOI 利回りは既存ポートフォ
向上を織り込んだ
リオを 20bp上回る 4.7%を確保している。鈴井社長
バリュエーション
は「資金調達面を含め安定している当リートのディー
を求める姿勢を見せ始めている。ホテルの経営形態
ルのクロージングで蓋然性の高さが評価されたのだと
は賃貸借契約によるリース型、運営を委託するマネジ
感じた」と振り返る。ユナイテッド・アーバン投資法
メント契約、フランチャイズ契約など多様で、それ
人(UUR)も 3月に、東急ステイ四谷が入る東京都新
ぞれに CAPレートの目線が異なるものの、
「全体的に
宿区の「四谷 213ビル」を 50.2 億円(想定 NOI 利回
低下傾向であることは間違いない」
(沢柳氏)
。ただ、
り5.6%)で、名古屋市千種区の「ホテルルートイン
投資プレーヤーはまだ限られているため「CAP の低下
名古屋今池駅前」を 20 億円(同 7.3%)で取得した。
は10 ~20bp 程度。東京都心で5%台、
リゾートで8%
今年ここまでで最大規模のホテル売買は米国大手
という目線を修正しないと買えないような過熱感はな
投資ファンドのフォートレス・インベストメント・グルー
い(鈴井社長)
」
。JHRは資産規模 2000 億円を目指し、
プが約 420 億円超で取得した、
「ヒルトン」と同じ舞
固定賃料・変動賃料問わずレジャー客を取り込める
浜に立地する「シェラトン・グランデ・トーキョーベ
立地が良い物件を取得していく方針。
イ・ホテル」
。モルガン・スタンレーの不動産ファンド
観光需要は観光立国を掲げるアベノミクスが失速せ
とスターウッドホテルが 2007 年に共同取得し、CMBS
ず、円安基調が続く限り消費増税の一時的影響をの
が発行されたが、その後デフォルトして CMBS 債権者
ぞいて当面は拡大が見込める。オリンピック招致が決
が売却先を探していた案件だ。ホテル投資の復調を
まれば今後数年間にわたって勢いが継続する可能性も
象徴する大型取引の成立と言える。リーマン・ショッ
高い。こうした成長見通しからホテルは投資家から再
ク前の 2007年頃まで積極投資していたゴールドマン・
評価されるアセットになるだろう。7月12日には旅館と
サックスやモルガン・スタンレーも投資を再開したも
リゾートホテルを投資対象にする星野リゾート・リート
よう。投資家は過熱感が出てきたオフィスや住宅に
投資法人が資産規模150億円で上場。UUR は運用ガイ
代わり、一定の利回りが確保できるアセットとしてホ
ドラインを見直し、投資対象にリゾートホテルを加えた。
テルに目を向け始めているようだ。投資家に加え、日
ホスピタリティ分野への事業領域拡大とカジノ解禁によ
本の事業会社もホテル投資を進めている。東京ディ
る統合型リゾートの整備を見据え、ホテル投資を始め
ズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは 3月、
たパチンコ業界の動きも見逃せない。JLL によれば今
子会社を通じて長谷工コーポレーション傘下のブライ
年上半期のホテル取引件数は29 件と、前年同期より
トンコーポレーションを買収し、同社が運営する「ブ
も8 件少ない。大規模で運営状況が安定している良
ライトンホテル」の浦安(189 室)
、京都(182 室)ほ
質な物件が少しずつ出てきているが、その数はまだ限
か 2 ホテルの計 4 ホテルを取得。常和ホールディング
定的。全国に1万軒弱あるホテルのうち、投資適格
スグループも 3月、全国展開の一環で仙台駅から徒
物件がどれだけ出てくるか、AM 会社はバリューアップ
歩 5 分の「チサンホテル仙台」
(246 室)を取得した。
の余地があるホテルも含めたソーシングができるかが、
買い意欲が高まる一方、売り手側はホテルの運営
今後のホテル投資の活性化を占うことになりそうだ。
JHR が持分 90%を 260.5 億円で取得した
「ヒルトン東京ベイ」
不動産経済ファンドレビュー 2013.9.05
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