フランス語動詞 Rendre から見た日本語動詞

第七回フランス日本語教育シンポジウム 2005 年フランス・オルレアン
7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
フランス語動詞 Rendre から見た日本語動詞「出る」「出す」の意味用法について
池田 諭(IKEDA Satoshi)
Institut Supérieur du Commerce Paris
0
はじめに
日本語動詞「出る」「出す」は頻度も高く基本動詞だが様々な意味用法がある。外国語と
しての日本語教育ではどのようにこの多義性に対処しているだろうか。またこの多義性
を分析する言語学的記述は日本語教育に対し具体的に何ができるだろうか。
本稿では「出る」「出す」のこの両面を扱う。先ず基本的用法を分類した後、教科書での
「出る」「出す」の意味用法の発展過程の分析を通して、教科書における第一用法と派生の
構成が学習上の問題を起こしていることを示す。次に方法論的議論の後、FRANCKEL
によって発話理論の枠で提案されたフランス語動詞 Rendre の方法と分析を今度は日本
語動詞「出る」「出す」に応用し各々の機能的不変体を提出する。不変体と文脈の結合変化
によって、教科書で問題になった用法を中心に主要な意味用法を記述してから、この機
能的方法の教授法上での応用可能性について考察する。
1 意味用法の分類
『日本語基本動詞用法辞典』1を参考にしながら意味の立場から典型と思われる「出
る」「出す」の意味と例文を列挙して表 1 と表 3 に示した。これらの数々の意味用法の観
察で先ず気がつくは意味の多種多様性に対し構文はいたって簡単な形で現れているとい
うことである。このことから観察される多義性は構文ではなく語彙、文脈、発話状況が
原因となっていると考えらる。
2
日本語教科書の観察
2-1 日本語教科書で観察される「出る」「出す」の意味用法
外国人に日本語教科書では特にその初級のものでは日本語の基礎が全くないという前
提から作られている。学習過程では基本的用法から随時より複雑な用法へと進む故、
「出る」「出す」の基本的構造を調べるには有効な資料を提供してくれるかも知れない。
入門書でもさまざまななものが考えられるがここでは教科書の普及性から、『みんな
の日本語 初級』(1998)、使われた「出る」「出す」の用法の広がりから Intensive course
in japanese elementary (1971) 、『日本語でビジネス会話 初級編』(1989) 、 Total
Japanese (1994), A course in modern japqnese (1997)を選んだ。更にフランス語での
教科書から Cours de japonais (1990)も加えた。
表 1-表 4 で数から見ると「出る」では「内から外への移動」と「会合・活動の参加」が、
「出す」では「手紙 の投函/ レポートの提出」が多く、これらの用法が基礎になっている
と思われる。発展過程を比較すると「出る」では大半のテキストで「内から外への移動」
1
小泉 保 (編)(1989)、pp. 287-289、pp. 345-347。
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から始まり、「出す」では見た全てのテキストが「手紙 の投函/ レポートの提出」から始
まって他の用法へと発展している。
「内から外への移動」から出発した場合の問題点を明確にするために『みんなの日本
語』の例を見てみよう。この教科書では「出る」の用法は「喫茶店を出る」(13 課)から始
まり「試合に出る」(36 課)、「会議に出る」(49 課)へと進む。「喫茶店を出る」は「内から
外への移動」を示しているが、「会合・活動参加」ではその逆で直感的にむしろ「外から
内への移動」に思われる。例えば話者(B)は道で(A)の質問「今日の午後何するの」に対
して 「午後は会議に出なきゃ」と言った場合「出る」は「外から内への移動」の意味合い
が強いと思われる。
「出す」は「手紙を出す」(13 課)から「銀行でお金を出す」(16 課)、「ゴミを出す」(26
課)、「熱を出す」(49 課)へと進む。「手紙を出す」では「主体から他者への関係」で「内
から外へ」だが、「銀行でお金を出す」は「引き出す/ おろす」の意味で「他者から主体へ
の関係」でむしろ逆になっていると考えられる。また「ゴミを出す」は、家の中の「ゴミ」
でも外の「ゴミ」でもよく、「内から外へ」の規定は特にない。さらに「熱を出す」ではあ
たかも「熱」が体内にあるかのように思わせるが、同じ用法で「咳を出す」では「咳」は体
内にない。これらの用法では「内から外へ」の直感だけでは把握できないように思われる。
そのほかテキストにより「コースに出る[ゴルフ] 」(『日本語でビジネス会話』17 課)、
「けが人がおおぜい出る」(『日本語でビジネス会話』35 課)、「ここからなら電車で蒲田
へ出たほうが早いでしょう」(Intensive course in japanese elementary、39 課)、「スピードを
出す」(Total Japanese、40 課)、「生活費を出す」(Total Japanese、25 課)、「洗濯屋へ出
す」(Intensive course in japanese elementary、18 課)等が見られたが、「内から外への移動」
からだけではこれらの用法を十分に説明できないように思われる。
以上日本語教科書に観察される「出る」「出す」の意味用法を一瞥したが、上記の問題解
決のためにも統一的分析並び説明は教育上必要と思われる。
3 言語学的分析
3-1 方法論
いわゆる場所理論というものがある。これによると言語では具体的な空間的用法から
より抽象的な用法へ発展する言う2。この説は上で観察した教科書での意味用法発展過
程に似ていると思われるし、また我々の直感・直観や常識にもマッチし、更に現在の認
知言語学の登場によって再び注目されているので、この立場は「出る」「出す」の言語分析
に有効に一見思われるが、しかし次の問題が生じると思われる。
(1)
「出る」「出す」の場合大半の用法が具体的なので、どの用法を出発点にする
かは定まらない。
(2) 仮に「内から外への移動」を第一用法としても他の用法を説明するには直感
と想像に頼りながら派生に次ぐ派生をしなければならない3。
これらの問題を避けるためにここで機能的アプローチを考える。次の例文を見られたい。
2
3
場所理論については池上嘉彦(1995)、pp.11-84 参照。
森田良行(1993)、pp.770-773 に見られる記述は典型的と思われる。
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(3) {歩いていたら/新しい店が/追いはぎが/けが人が}駅に出た
(4) {銀行で/この車に/財布から/社員にボーナス}100 万円出した
ここでは「出る」「出す」は一種の関数4F( ) 、G( )とし、文脈 x、y から意味 F(x)、G(y)
が対応すると考えられる。変化するのは文脈 x、y と意味 F(x)、G(y)であり関数は一
定とされる。即ち「出る」「出す」は一定であると捉えられる。したがって第一用法や派生
といった問題はなくなり、具体的用法・抽象的用法の区別も文脈の問題に還元される。
機能的アプローチを図式化して次に示す。
(5)
文脈 x
文脈 y
「出る」F( )
------------------−> 意味 F(x)
「出す」G( )
------------------−> 意味 G(y)
3-2 Rendre の言語学的分析
「出る」「出す」の状況よく似た動詞がフランス語動詞 Rendre である。基本動詞
で頻度も高く更に異なる様々な意味用法(「返す」、「にする」、「吐く」、「表現する」、「行
く」等)がある。これらの意味用法はいずれも具体的であり、授与動詞とも移動動詞とも
されない不思議な動詞であり、外国人に対するフランス語教育上でも問題となると思わ
れる。さて発話理論を使いながら FRANCKEL(1989)は Rendre の操作構造を次のよう
に提案してる。
(6) Rendre opère le centrage d’une propriété d’un terme X à travers
l’ancragedans le temps de la mise en relation de X à un terme Y. 5
さらに図式化して次のように示している。
(7) 6
__________________________________________
│
│
X
X--Y
│
│
│
│
P
IE
I
ここでは X 、Y は辞項、P は X の属性である。左側の第一段階は[X P IE]で表され、こ
の時点では X の属性 P が不確定な状態にある。右側に移り、第二段階の X--Y では辞項
X が辞項 Y に連関され、これによって X の属性 P が確定化される。これを[X-Y I]で
表す。尚 IE と I の間には隔たりがある。ここで説明をかねて、「返す」の 1 例だけ見て
4
5
6
ここでは関数は写像と同意である。明解な定義は菅原正博(1987)、pp.9-10 参照。
Jean-Jacques FRANCKEL(1989), p. 245.
Ibid. p. 254.
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みよう。
(8)
Marie a rendu le livre à la bibliothèque.
この例文では X=livre, Y= bibliothèque, P= livre の「位置」であり、第一段階①の[X P
IE]では、livre は Marie との関係にあり、bibliothèque の livre の「位置」に関してはま
だ不完全なままである。即ち属性は不確定・不完全である。第二段階②の[X-Y I] では
Marie は livre を bibliothèque と連結させる。これによって不完全だった livre の「位
置」は完全となる。属性が確定化・完全化される。
3-3 「出る」「出す」の言語学的分析
FRANCKEL によって提案された操作構造7は基本的に日本語動詞「出る」「出す」
にも応用できる思われる。「出る」「出す」の意味用法は数多くここでは全ての用法と制限
を分析する余裕はないが上記の日本語教科書で問題となった意味用法を中心に分析する
ことにする。
3-3-1 「出る」の意味用法
「授与」の意味用法から分析する。
(9) 社長からボーナスが社員に出た。
ここでは X = 「ボーナス」, Y = 「社員」、P = 「ボーナスの授与されるものとしての存在」
とされる。① [X P IE]では、「ボーナス」は「社長」との関係にある。この時点で「ボーナ
ス」は与えられないうちは不完全な「ボーナス」であり、まだ本当の「ボーナス」ではない。
属性は不確定・不完全なままである。②[X-Y I] で 「ボーナス」が「社員」に連結される。
この関係によって不完全だった「ボーナス」は始めて完全な「ボーナス」となる。即ち属性
が確定化・完全化される。以上を次の図に示す。
(9)’
①
②
__________________________________________
│
│
│
│
X ボーナス
ボーナス X--Y 社員
│
│
│
│
P ボーナスの授与としての存在
IE
I
属性の不確定
属性の確定化
次に「参加」の用法を調べる。次の例を見られたい。
(10) 好子は明日会議に出る。
7
基本的にはフランス語動詞 Venir も同様な操作構造がある。Jean-Jacques FRANCKEL,
Daniel LEBAUD (1990) pp. 159-177 参照。
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この例文では X = 「好子」, Y = 「会議」、P = 「会議のメンバーという役」であり、① では
「好子」は「会議のメンバーという役」を担っているが、この時点ではこの属性は不完全で
ある。②に至って 「好子」は「会議」に連結され、この関係によって不完全だった「会議」
のメンバーという役は完全になる。「参加」はこの様に構成されているので「内から外へ
の移動」や「外から内への移動」といった移動概念とは全く無関係である。注意を要す
る点は「会議」では他のメンバーもいること即ち他のメンバーに見られることが属性の完
全化の条件になっていることである。このことが次の制限を説明すると思われる。
(11) 好子は日曜日誰もいない会社に{*出る/行く}
。
「見られること」は視点の存在を示唆しいると考えられる。この視点が「テレビに出る」に
観察される用法を説明すると思われる。
(12) 昨日好子がテレビに出た。
ここでは X = 「好子」, Y = 「テレビ(= 視聴者話者の視点) 」、P = 「好子の認知的存在」と
される。①の時点では、「好子」はまだ見られていない。つまり「好子」の認知的存在は不
完全なままである。②に移って「好子」は「テレビ」に連結される。ここで「話者の視点」に
触れ、認知的存在が完全となり属性が確定化・完全化される。また「コースに出る[ゴル
フ] 」も同様に説明される。更に X = 「咳」, Y = 「話者の視点(聴覚) 」、P = 「咳の認知的
存在」によって「咳が出る」が記述される。
ここで「結果」の用法に移る。次の例を見られたい。
(13)
事故でけが人がたくさん出た。
この例文では X = 「けが人」, Y = 「事故」、P = 「けが人の存在自体」8と考えられる。①
では 「けが人」はまだ「事故」との関係にない。この時点では「けが人」はまだ「けが人」で
はない、即ち属性は不完全・不確定なままである。② に至って 「けが人」が「事故」と連
結される。この関係により不確定だった「けが人」が確定した「けが人」になる。
ここで「内から外への移動」を次の典型的な例文で分析する。
(14) 私は部屋から (廊下に)出た。
この例文では X = 「私」, Y は「部屋」から対立的(≠)に定義される「廊下」、P = 「私の位置」
と解釈される。① は、「私の位置」は「部屋」に関係されていているが、「私」にとって不
十分な位置である。属性は不完全・不確定とみなされる。②では 「私」は「部屋」との関
係を離れ、「私」はより良い場所「廊下」に連結し「私」の位置は完全化する。以上を次の図
に示す。
8
存在が属性か否かに関して神学・哲学・論理学で有名な議論があるが、ここでは存
在は属性のひとつとみなしたい。
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(14)’
①
②
__________________________________________
│
│
X私
私 X--Y 廊下 ≠部屋
│
│
│
│
P 私の位置
IE
I
属性の不確定
属性の確定化
所謂「卒業」の用法でも Y は X から対立的(≠)に定義される。
(15)
好子は去年大学を9出た。
ここでは X = 「好子」, Y は Y は「大学」から対立的(≠)に定義される「社会的位置」、P =
「 好子の社会的位置」と解釈する。① では「好子」の「社会的位置」は「大学」との関係で規
定されていて「好子」自体から規定されていない。②へ移り 「好子」は「大学」との関係、
つまり依存状態を離れ、自立規定が成立し属性が確定化・完全化される。
「発進」の用法でもやはり Y は X から対立的(≠)に定義される。
(16)
次の電車は 5 番線から出ます。
この例文では X = 「次の電車」, Y≠「5 番線」、P = 「次の電車の動くものとしての存在自
体」とすると、①では、「電車」は「5 番線」に規定されて停止している。停止の「電車」は
「電車」として不完全とみなされる。 ② に至って 「電車」は「5 番線」との関係、即ち停止
状態を離れる。つまり「電車」は動き出す。この時「電車」初めて完全な「電車」となり、属
性が確定化される。
「到達」は観察した教科書では見られなかったが、「出る」の特有の表現であるので敢え
て分析する。次の例を見られたい。
(17)
細長い道を歩いて行くと突然海に出た。
ここでは X は含意されている動作主「人」, Y= 「海」, P=「人の位置」とされる。① では「人
の位置」は不確定。人は自分がどこにいるのか分らない。この状況は「細長い道を歩いて
行く」によって表されている。②に至って 「人」は「海」に連結される。これによって「人
9
「を」と「から」の区別は X と P 更に Y の性質によっている。「好子は大学から出る」で
は「大学」は「場所」だが、「新しいノーベル所受賞者がこの日本から出た」(シンポジウム
中、萩原幸治氏からの指摘並び例文)では「日本」は「場所」ではない。
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の位置」は確定される。この位置の確定化が「到達」の意味を発生させると思われる10。
また「人」の位置に関する不確定から確定への変化は「突然」の使用を可能にすると考えら
れる。
最後に「電話に出る」を見る。この用法も観察した教科書では見られなかったが
日常会話に頻繁に見られる用法だ。
(18) 昨日好子が電話に出た。
この例文では X = 「電話」, Y =「 好子」、P = 「電話の通信としての存在」と考えられる。
① では「電話」はまだ「好子」との関係にない。「電話」は鳴ったままで通信としての属性
は不完全なままである。②になって 「電話」が「好子」に連結され、「電話」の通信として
の属性が完全化される。このようにして「応答」の意味が発生すると考えられる。(18)は
一見 (12)の「テレビに出る」に似ているように思われるが、構築の差異は明白になった
と思われる。
3-3-2 「出す」の意味用法
ここで X を Y に連関させる「主体」(A)を導入する。先ず「授与」から始めよう。
(19) 先生はレポートを学生に出した。
この例文では A = 「先生」, X =「 レポート」, Y = 「学生」、P =「課題として与えられる
レポートの存在自体」と規定すると、① では、「学生」に与えられる「レポート」は「先生」
との関係にあり、この時点では属性はまだ不完全なままである。② に至って 「先生」は
「レポート」を「学生」と連関させる。この関係によって課題としての「レポート」は始めて
「レポート」となる。以上を次の図に示す。
(19)’
A 先生 _______________________
│
①
│
②
__________________________________________
│
│
X レポート
レポート X--Y 学生
│
│
│
│
P 課題として与えられるレポ ートの存在自体
IE
I
属性の不確定
属性の確定化
ここでは逆が成立し次の例文は日本語の教科書でよく見られる。
10
「ここからなら電車で蒲田へ出たほうが早いでしょう」は表面的には移動の意味だ
がその構築は「到達」以上に複雑と思われる。
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(20)
好子はレポートを先生に出した。
ここでは「レポート」は「先生」に向けられ、「先生」との連結によって「レポート」が「提出
物としてのレポート」となる。また X = 「手紙」, Y = 「大使館」、P = 「手紙の投函される
ものとしての存在自体」として、「大使館に手紙を出す」も同様に説明される。
さてここで問題となっていた「ゴミを出す」を調べる。
(21)
ゴミを指定の場所に出す11。
この例文では A は含意されている動作主「人」, X = 「ゴミ」, Y = 「指定の場所」、P = 「ゴ
ミの置かれる位置」と考えると、① では 「主体」は「ゴミ」を集めたが、集めた場所は「ゴ
ミ」を置く場所としてふさわしくない。即ち不完全な位置。②で「主体」は「ゴミ」を「指
定の場所」に連結させる。これによって不完全だった「ゴミ」の「位置」が完全化される。
ここでは家の「ゴミ」、庭の「ゴミ」、外の「ゴミ」、どこの「ゴミ」でも集められた「ゴミ」は
指定された場所に位置づける以外は「位置」として不完全となるので、全てが「内から外
への移動」というわけではない。また「洗濯屋へ出す」も同様に説明される。
「支払う」を見よう。
(22)
好子はこの服に 10 万円出した。
A = 「好子」, X = 「10 万円」, Y = 「この服」、P =「代金としての 10 万円」とおくと、①
で「10 万円」は「好子」との関係にあり、この時点では「10 万円」は単なるお金で代金では
ない。即ち代金としての属性は不完全なままである。②で「好子」は「10 万円」を「この
服」と連結させる。これによって「10 万円」は始めて代金となる。これから容易に「生活
費を出す」が理解されると思われる。また「銀行でお金を出す」だが、A = 「預金者」、X
=「お金」、P = 「お金の所有位置」とすれば「お金を下ろす」の意味になり、A = 「預金者」、
X =「お金」、P = 「預金としてのお金」とすれば「お金を預ける」の解釈になる。表面的に
は移動方向が対立し矛盾しているよう見えるが、「出す」の機能は同一であり矛盾はない。
最後に「スピードを出す」だが、A =動作主「人」、X = 「スピード」、 Y = 「運転場
所」、P = 「乗り物の力学上での速度能力」と解釈すると記述が可能になると思われる。
結論
いくつかの「出る」「出す」の用法を分析したが、機能的には安定した一定の構造
があり、観察された多義性は文脈との変化によって説明された。この機能的分析はこの
本稿で分析しなかった他の用法にもにも十分応用可能と考えられる。
機能的記述ではいかなる用法も第一用法としない。教科書では「内から外への移
動」から始まる場合が多く、他の用法へ習得が進むとき問題が生る。確かに「内から外へ
の移動」は学習者にとっては具体的で分り易く、また我々が「出る」「出す」の意味を咄嗟
11
この例文は小泉 保 (編) (1989)、p. 287 では「内から外への移動」とされている。
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に聞かれたらこの用法を思い浮かべるに違いない。それが直感・直観や常識というもの
だろう。しかし説明に於ける演繹性は乏しいと思われる。反対に機能的アプローチは演
繹性は高くとも、その抽象性から我々の直感・直観や常識から程遠く、いきなり授業で
提示されたら学習者は奇異に感じるだろう。この 2 つの立場を対立させるのではなく
むしろ相補的関係に捉え、難点を互いにフォローしながら「出る」「出す」の説明を進めて
いくのも1つの解決法と思われる。
以上の考察は「出る」「出す」の分析の基になったフランス語の Rendre の教授・
習得についても言える。FLE と日本語教育はこんなところにも接点があると思われる。
参考文献
小泉保 (編) (1996) 『日本語基本動詞用法辞典』大修館書店 (4 版).
池上嘉彦 (1995) 『「する」と「なる」の言語学』 大修館書店 (8 版).
森田良行 (1993) 『基礎日本語辞典』 角川書店 (5 版).
菅原正博 (1987) 『位相への入門』 朝倉書店 (26 版).
寺村秀夫 (1987) 『日本語のシンタクスと意味 I 』 くろしお出版.
Jean-Jacques FRANCKEL (1989) Etudes de quelques marqueurs aspectuels du
français, Genève, Droz.
Jean-Jacques FRANCKEL, Daniel LEBAUD (1990) Les fugures du sujet, Paris, OPHRYS.
日本語教科書
『日本語でビジネス会話 初級編』 (1989) 日米会話学院 日本語研修所
『みんなの日本語 初級』 (1998) スリーエーネットワーク
A course in modern japanese (1997) 名古屋大学出版会
Cours de japonais (1990) 凡人社 ショレー・ジャン 島守玲子共著
Intensive course in japanese elementary (1971) ランゲージ・サービス
Total Japanese (1994) 早稲田大学国際部 岡野喜美子 長谷川ユリ 大塚純子
塩崎紀子 アン・松本・スチュワート共著
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表 1 出る
典型的意味
典型的例文
みんなの日本語
Cours de japonais
A
COURSE
(1998)
(1990)
MODERN
IN
JAPANESE (1997)
(Ai) 内 か ら 外 へ
私は部屋から(廊下に)
13/50
3/15
14/24
の移動
出た
喫茶店を出ます sortir
8 時に家を出ます
あした何時に会館を
[d’un café]
私は(裏口から)家を出
26/50
た
お湯が出ない
出ますか
ne pas avoir d’eau
chaude
(Bi) 止 ま っ て い
次の電車は 5 番線から
46/50
3/15
12/24
た乗り物が発進
出ます
8 時のバスはもう出ま
電車は東京駅を出
いろいろな行き先の
したか[le bus] partir
ましたか
電車が同じホームか
sortir
ら出ますから気をつ
する
けてください
(C)ある場所に行
細長い道を歩いて行く
き着く到達
と突然海に出た
(Di)あ る 目 的 で
好子は去年大学を出た
16/50
22/24
ある場所を離れ
大学を出て何をします
学校を出たら働きま
る
か
せん
Sortir
[d’une
université]
(Ei) 会 合 ・ 活 動
好子は明日{会社/会
49/50
5/15
18/24
に参加する
議/授業}に出る
きのう会議に出ました
授業に出る
熱があるから授業に
か
assister
は出られません
(Fi) 派遣される
この問題で日本政府か
ら中国に特使が出た
(Gi) 食 事 ・ 金
長からボーナス
10/24
銭・命令などが
が社員に出た
皆さん、奨学金が出
与えられる
先生からレポートが学
ますから会計に行っ
生に出た
て下さい
(H) 商 品 が 売 れ
この本は今よく出ます
る
(Ii)内部にあった
木の芽が出た
もの・隠れてい
たものが外部に
咳が出る
現れる
23/50
7/24
このボタンを押すとお
キャッシュ・カード
釣 り が 出 ま す [la
では 8 時 45 分から
monnaie] être rendue
6 時までお金が出ま
あの先生は感情がすぐ
す come out
顔に出る
20/24
ここにお金を入れる
と切符が出ます
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(Ji) 人 の 目 に 触
昨日好子がテレビに出
36/50
15/24
れたり、公にさ
た
試合に出れるようにな
小さい辞書にはこと
りたいです participer
ばの使い方がほとん
[à un match]
ど 出 て い な い
れる
contain, be written
(Ki)電 話 で 応 答
昨日好子が電話に出た
する
(Li) 結 果 と し て
事故でけが人がたくさ
生じる
ん出た
(M) 店 な ど が 営
新聞の広告に載ってい
業を始める
た店が駅前に出た
(N) 起 源 ・ 系 統
この言葉はオランダ語
から生じる
から出た
表 2 出る
典型的意味
Total Japanese
日本語でビジネス会話 (1989)
(1994)
Intensive course in japanese
elementary
(1971)
(Ai)内から外への移
32/40
15/46
18/50
動
改札口を出る
すぐうちを出ます
うちを出たのは 9 時ごろで
34/40
す
お湯が出ないんですか
come out
35/40
ここを 5 時過ぎに出れば十
分間に合うはずだよ
37/40
7 時半に家を出たんですけ
どね
(Bi)止まっていた乗
り物が発進する
(C)ある場所に行き
39/50
着く到達
? (しかしここからなら電車
で蒲田へ出たほうが早いで
しょう)
to go
(Di)ある目的である
33/40
場所を離れる
大学を出たあと中国に留学
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7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
する
(Ei)会合・活動に参
17/40
15/46
49/50
加する
会議に出ませんでしたね
10 時から会議に出ました
座談会などにお出になった
りしたようです
17/40
送別会に出る
(Fi) 派遣される
(Gi)食事・金銭・命
17/46
令などが与えられる
もうすぐボーナスが出ますね
(H)商品が売れる
(Ii)内部にあったも
35/40
の・隠れていたもの
掃除機が出ていますよ
が外部に現れる
(Ji)人の目に触れた
16/40
17/46
30/50
り、公にされる
来週テレビに出ます
毎週コースに出られるんです
もう 1 週間前に新聞の広告
結婚式に出る, 先月の試合
か[ゴルフ]
に出ていましたよ
to be published
に出なかった
28/40
休講って出ている
attend, appear
29/40
熱が出る
run
(a
fever),
become
feverish
(Ki)電話で応答する
(Li)結果として生じ
28/40
35/46
る
まだ調査の結果は出ていな
けが人がおおぜい出た
いんですが
(Mi)店などが営業を
始める
118
第七回フランス日本語教育シンポジウム 2005 年フランス・オルレアン
7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
表 3 出す
典型的意味
典型的例文
みんなの日本語
Cours de japonais
(1998)
(1990)
(At) 内から外へ移動
父は植木鉢を客間からベランダに出
26/50
させる
した
?(ごみをどこに出したらい
いですか)
déposer
ゴミを指定の場所に出す
(Bt)止まっていた乗
時間が来たので運転手はバスを出し
り物を発進させる
た
(Dt)ある目的である
親は好子を大学にまで出た
場所を離れさせる
(Et)会合・活動に参
田中さん奥さんを会議に出した
加させる
(Ft)ある役割をもっ
この問題で日本政府は中国に特使を
た人をその目的とす
出した
る場所に送る
(Gt)食事・金銭・命
社長は緊急命令を社員に出した。
令・課題などを与え
る
好子はレポートを先生に出した。
(It)内部にあったも
木が芽を出した。
16/50
の・隠れていたもの
を外部に現れさせる
銀行でお金を出してから買
浅間山が噴火口から煙を出している
い物に行きます
sortir de, retirer
布団から足を出した
49/50
好子は{咳/汗/涙}が出している
ハンスがゆうべ熱を出しま
して
avoir de la fièvre
あの先生は感情をすぐ顔に出す
(Jt)人の目につくよ
義男は昨日好子をテレビに出した
うにする、公にする
親方は大きな看板を店先に出した
(Kt)電話で応答させ
義男は妻の好子を電話に出した。
る
(Lt)結果として生じ
そ の 事故 はけ が 人を たく さん出 し
る
た。
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第七回フランス日本語教育シンポジウム 2005 年フランス・オルレアン
7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
(Mt)店などが営業を
会社が今度パリに支店を出した
始める
(O)人・組織あてに
好子は手紙を大使館に出した
手紙・書類等を授与
する
好子はレポートを先生に出した
13/50
5/15
手紙をでだします
先生に答案を出して
envoyer [une lettre]
教室をでた
donner,
17/50
remettre,
présenter
レポートを出す
présenter,
remettre
[un
rapport]
49/50
じゃ保険証を出してくださ
い présenter
(P)お金を 商品に対
好子はこの服に 10 万円出した
しまたは人・組織あ
てに支払う
好子は親に学費を出してもらう
表 4 出す
典型的意味
A COURSE IN MODERN
Total Japanese
日 本 語で ビ
Intensive
JAPANESE (1997)
(1994)
ジ ネ ス会 話
course
(1989)
japanese
in
elementary
(1971)
(At) 内から外へ移動させ
18/50
る
?(洗 濯 屋に 出
したほうがい
いでしょう)
(Bt)止まっていた乗り物
を発進させる
(Dt)ある目的である場所
を離れさせる
(Et)会合・活動に参加さ
せる
(Ft)ある役割をもった人をその目的と
する場所に送る
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第七回フランス日本語教育シンポジウム 2005 年フランス・オルレアン
7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
(Gt)食事・金銭・命令・
9/24
29/40
課題などを与える
薬を出しますから食後に飲
薬を3日分出しますから
んでください
飲んでください
(It)内部にあったもの・
9/24 腕を出してそこに寝
34/40
隠れていたものを外部に
てください
水を出していただけませ
現れさせる
13/24 キャッシュカードで
んか[水道の故障]
お金を出しているんです
18/24 テープが出してある
22/24 どうしてかという考
えも出てくるわけです
23/24 電池は出してありま
すか
(Jt)人の目につくように
16/24
する、公にする
東芝も最近これを出しまし
た put on the market
(Kt)電話で応答させる
(Lt)結果として生じる
40/40
スピードを出し過ぎない
ようにしています
(Mt)店などが営業を始め
る
(O) 人 ・ 組 織 あ て に 手
7/24
4/40
13/46
16/50
紙・書類等を授与する
3 番の窓口にお出し下さい
レポートを出す
郵 便 局へ 手
手紙を出す
[銀行] give, hand to
紙 を 出し に
8/24
20/40
手紙を出しに行ってきます
論文を出す
send
submit, put out
行きます
47/50
報告書を出す
10/24
50/50
カードは出さなくてもいい
書類を出す
ですよ
(P)お金を商品に対しま
25/40
たは人・組織あてに支払
生活費は自分で出すんで
う
すか
provide (funds),
pay
40/40
学費を出してもらう学生
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