ビデオレタープロジェクトのもつ可能性

第七回フランス日本語教育シンポジウム 2005 年フランス・オルレアン
7ème Symposium sur l’enseignement du japonais en France, Orléans France, 2005
ビデオレタープロジェクトのもつ可能性
嶋ちはる(SHIMA Chiharu)
永井涼子(NAGAI Ryoko)
グルノーブル・スタンダール第三大学
1.
はじめに
「多言語・多文化共生社会」が叫ばれるようになった近年、日本語教育において「日
本語の国際化」が盛んに取り上げられるようになった。「日本語の国際化」は、岡崎
(1994)では、①日本国内で日本語母語話者によって用いられてきた日本語が、海外
において日本語非母語話者によっても用いられるようになっていく過程、および②日本
国内のコミュニティを構成する日本人と外国人との間で日本語が用いられるようになっ
ていく過程、とされている。また、新井(2005)では、岡崎(1994)に加えて日本に
おける在留外国人同士の間でも、日本語によるコミュニケーションがとられ、言語上の
コミュニティを形成する過程が見られる、としている。
以上に加えて、外国において外国人同士が日本語をコミュニケーションツールとして
使用するという場面も考えられる。例えば、母語の異なる学習者同士のインターネット
を利用したチャットやメールの交換などである。
日本語学習者が日本語を使用する場面で、まず思い浮かべるのは、日本人と学習者の
会話だろう。しかし、世界における日本経済の発展、日本の国際化を考えると、必ずし
も日本人とのコミュニケーションに限定されるわけではないと考えられる。つまり、日
本語は日本人とコミュニケーションをとるためだけのものではなく、外国人同士がコミ
ュニケーションするためのツールとしての役割も担っているのではないだろうか。
このような考えから、今回のビデオレタープロジェクトを企画した。タイのタマサー
ト大学とのビデオレター交換という今回のプロジェクトを通じて、日本語は外国人との
コミュニケーションツールにもなりうるということを学生に体験してもらおうという狙
いである。
またビデオの性質を活かし、撮影中あるいは交換されたビデオの視聴を通して、自己
発話および他者の発話をモニターする機会を与えることにもつながると考えた。撮影済
みの映像を何度もチェックして自分の話す日本語や、日本人ではない学生が話す日本語
を注意深く聞くことは、日本語の文法・表現のみならず、発音やわかりやすい話し方を
学習する機会にもなるだろう。
2. ビデオレター概要
2-1. ビデオレタープロジェクトとは
今回、グルノーブル第三・スタンダール大学で行ったビデオレタープロジェクトは、
タイのタマサート大学とのビデオレターの交換である。ビデオは各大学の日本語科の学
生が日本語で作成し、自分の大学の紹介という内容である。
2-2. 参加学生
グルノーブル第三・スタンダール大学では、LEA(日本語・英語・経済学専攻)の
3年生と0年生が参加した。LEA0年生は、本学で今年度から開設された学年で、日
本語を大学から勉強し始めた準備学年を指す。プロジェクトに参加した学生の詳しい属
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性は以下の表1の通りである。
表1.スタンダール大学の学生
人数
学習歴(撮影開始時)
LEA 3年生
6名
約2年半
LEA 0年生
3名
約半年
クラスでの学習時間1
週3コマ(6時間)
週5コマ(8時間)
募集方法
会話クラスでのアナウンス
撮影現場を見て
3年生に誘われて
日常生活で
日本語と触れる機会
日本語のクラス
日本人の友だち、彼女
日本語のクラス
日本人の友だち
2-3. ビデオレター製作
今回のビデオレター製作は、完全に授業外活動とした。本学が作成するビデオレター
は、タイからのビデオレターに対する返信だったため、まずタイからのビデオを視聴す
ることから始めた。そして自分たちのビデオレターの打ち合わせを行い、撮影と同時に
撮影済み映像のチェックおよび撮り直しも行った。そして最後に編集作業を行うと同時
に、日本語が明らかにおかしい部分や音声が著しく聞きづらい部分は撮り直した。
詳細な製作日程は、表2の通りである。
表 2.製作日程
活動内容
第一週目
タイからのビデオ鑑賞
第二週目
役割分担、撮影場所決定、製作グループのメーリン
グリスト作成
第三週目
第一回撮影(試し撮りも兼ねて)
第五週目
第一回撮影の映像チェック、今後の撮影スケジュー
ルの打ち合わせ
第二回撮影
第三回撮影
第六週目
第四回撮影、撮り直し
第七週目
編集作業、撮り直し
第四週目
表2からもわかるように、製作日数は7週間である。ただし、第1週目から6週目ま
では、毎週水曜日のみ活動を行った。7週目の編集作業は数日かけた。また、教師から
学生への連絡および、学生同士の連絡には、メーリングリストを活用した。また、全て
の製作過程を終えた段階で参加した学生にインタビューを行った。
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この学習時間のうち、1コマ(2時間)は Civilisation(日本文化)のクラス
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2-4. ビデオレター内容
タイから送られてきたビデオレターには、3つのグループが作成した3編のビデオレ
ターが入っていた。1つ目は、学内に隠されている指輪を学生が協力して探すという内
容で、指輪があると思われる場所を随時紹介しながら、ストーリーをすすめていくもの
である。2つ目は、タイの商店街および学内を建物の前でレポートしながら紹介すると
いう基本的なスタイルのものである。全ての場面に学生全員が出演し、台詞を一人ずつ
言っていたのが特徴的であった。3つ目は、自転車に乗りながら、学内を紹介するとい
うもので、紹介の仕方は2つ目とほぼ同じであった。
それぞれのビデオの長さは、20 分から 40 分程度で、出演している学生は 5~8 人だ
った。
本学が作成したビデオレターは、18 分程度である。内容はグルノーブルの町と学内
の紹介である。まず、町並みが一望できるバスティーユ城塞からグルノーブルの一般的
な説明を行い、それから大学へ行って日本語科の学生が日常よく利用する場所を選んで
紹介した。日本語科の学生にフランス語でインタビューし、日本語に訳すことも行った。
また、タイへの返信ということで、タイのビデオを見た感想やタイへの質問も入れてあ
る。
3. 考察
上記のプロジェクトについて、製作過程における教師側の観察記録や製作後に学生に
行ったインタビューから、このプロジェクトの持つ日本語学習の側面について、考察し
たい。
3.1 モニターによる発話の意識化
第 二 言 語 習 得 に お け る 学 習 者 の 意 識 作 用 の 必 要 性 は Schmidt (1990,1995)
の ”Noticing Hypothesis” などによって主張され、学習者の意識作用の役割について多
くの実証研究がなされている。Schmidt によれば、第二言語の学習において学習者
が ’notice’ (意識化)したインプットだけが、インテイクにつながるという。インテイク
とは、言語システムに蓄積される新たなデータへの変化の過程のことであり、この過程
を経て自己の言語システムが強化されるのである。
今回のプロジェクトでは、自己の発話を音声・映像とともに記録に残せるというビデ
オの特性により、学生には自分の発話を自分で観察する機会となったようである。自分
が日本語を話しているのを見るのが初めてだという学生が多く、撮影されたものを見な
がら自分の話し方や発音、流暢さ等をチェックする姿がよく見られた。また、他の学生
が担当している所に関しても、声の大きさや表情などについてアドバイスを出し合い、
修正すべき箇所についてメンバーで相談しながら進めていた。
その結果、撮り直す際には自分で気付いた点の他に仲間や教師からのアドバイスを参
考に、練習を繰り返したり自分なりの工夫を重ねたりして臨んでいた。ビデオに撮影さ
れた自分の姿を客観的に観察することで、学生それぞれが自分の問題点を意識的に改善
しようとしていたと言えるだろう。また、他者からのアドバイスに対しても、問題の箇
所を自分でビデオを見て確認することができるため、どうしたら良くなるか、というこ
とが学生には具体的に伝わりやすかったのではないかと思われる。自分の発話を意識し
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て観察するということは、表現や語彙の適切さに気を取られがちな普段の会話練習では
なかなか得られない経験なのではないだろうか。また、教師側にとっても、学生の間違
いを視覚的に示しやすい作文などとは違い、記録に残らずフィードバックを与えにくい
会話能力について、文法や表現以外でのアドバイスができる機会になったと思う。
3.2 クラス外コミュニティーの形成: 学習の社会的側面
このプロジェクトはクラス外活動として設定したため、学生全員が集まれる時間が限
られ、教師にとっても授業時間外の負担が増えるなどの問題点があった。しかしながら、
7週間という長期の活動を通して、参加している学生の間にプロジェクトチームという、
普段の教室とは違うコミュニティが出来上がっていった。学生がそのコミュニティに参
加していくことでそれぞれの学習を進めていったことがプロジェクトの一つの成果とし
て挙げられる。ここではプロジェクトチームというコミュニティの形成が学習にどうい
う示唆を与えるかについて、近年第二言語習得研究において注目を集めている状況的学
習論の観点から考えてみたい。
状況的学習論とは、「学ぶべき知識や技能を特定しそれが主体によってどのように内
化されるかを捉えようとするのではなく、学習主体をとりまく多様な人やものや活動の
諸関係、つまり学習の文脈を入念に記述することで学習を捉えようとする」ものである
(西口 1999: 2)。つまり、状況的学習論における学習とは、個人を越えた社会的システ
ムと学習主体との協調関係の構築過程として理解される (西口 1999)。ここではそのよ
うな学習研究で特に注目されているスキャフフォールディング (scaffolding、足場作り)
と正統的周辺参加 (legitimate peripheral participation: LPP) という二つの考え方を示
しながら、学生の学習過程をふりかえってみることにする。
3.2.1 学年を越えた交流
このプロジェクトには、0年生と3年生という、3学年も離れた学生が同時に参加し
ていたため、当初教師側は学生のレベル差を懸念していたが、実際は学生からはレベル
の異なる学生と一緒に活動することを好意的に評価する声が多数聞かれた。以下に学年
の異なる学生と一緒にプロジェクトに参加したことについての学生からのインタビュー
コメントを一部紹介したい。
表 3:学年の違う学生と合同のプロジェクト参加について
(0年生)
学生 A: 普段は先生や同級生の日本語しか聞くチャンスがないが、上級生の話す日本語
が聞けて良かった。わからないところもあったが、来年までにはわかるよう
になりたい。
学生 B: 今まであまり知らなかった三年生の学生と親しくなれた。わからないところも
たくさんあったが、編集作業などで何回も聞いているうちにわかるようにな
ったこともある。授業の外で、実際に使っている日本語(三年生の学生と教師
の会話など)を聞くことが出来た。
(3年生)
学生 C: 下級生には本当に勉強になると思う。今回のプロジェクトでは自分が最上級生
で、上の学年の人がいなかったのが残念。学年によるレベルは問題ではな
く、プロジェクトを本当にやりたいと思っているかどうかだと思う。下級生
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の日本語の問題は上級生や先生が助けることができるから。
学生 E: 0 年生に教えたことが面白かった。教えたことを実際にその学生が使っている
のを見た時は嬉しかった。始めて「先輩」を体験した。ビデオなので 0 年生
でも準備すれば問題なく参加できると思う。
Vygotsky (1978) によると、知的な行為とは学習主体がまず年長者やより有能な他者
との協同作業を通じ他者から支援を得ることで達成され、後に他者の役割を自分で担い
自己の行為を単独で行えることになる過程が発達であるとされる。この他者からの支援
はスキャフホールディングと呼ばれている (Vygotsky: 1978; Ohta 2001)。この枠組み
から考えてみると、0年生は、3年生のスキャフホールディングを得ながら学習を進め
ていったと言えるだろう。実際、0年生が担当する部分について3年生が0年生を助け
て一緒にスクリプトを準備したり、練習に付合ったりする場面がしばしば見られた。彼
らの助けを借りた0年生も、本番の撮影では、(丸暗記の部分もあったものの) 何とか自
力で話しており、撮り直しなどを重ねるうちに、すっかり自己の発話として定着してい
ったようである。また、0年生にとっては、上級生の発話が学習につながるインプット
として働いていたのではないだろうか。上級生が話す日本語を見て、自分も将来はこう
なりたいという、よい刺激を受けたようだ。
3年生の中には、自分が最上級生であるために、あまり新しい表現を勉強する機会に
はならなかったという声もあった。しかしながら、この学生は他のメンバーや教師と一
緒に撮影されたビデオを見て他人の間違いを見つけたり、自分の間違いを確認出来たり
したことを高く評価していた。新しいインプットはなくても、他のメンバーとの協同作
業の中から学ぶことが出来たと言えるだろう。一方で下級生に教えることの楽しみを見
出していた学生もいたようである。教えることが自分の日本語力に自信を持つことにつ
ながり、さらなる学習への動機付けとして働いたのではないだろうか。
3.2.2 参加の仕方の変化
プロジェクトが進むにつれ、学生、教師のどちら側にも参加の仕方に変化が見られた。
当初は教師が用意したアウトラインに沿って行動し常に教師に指示を求めていた学生が、
回を重ねプロジェクトチームの中で意思疎通が計られ作ろうとしているビデオのイメー
ジが出来てくると、学生同士で相談しあうことが増え状況や自分の能力に応じて主体的
に動くようになっていった。それに伴い、教師の役割は、指示を出すというものから、
必要に応じてアドバイスを与えるというものにだんだん移行していったように思われる。
通常のクラスルーム活動では、どうしても教師は学生の上に立つ構図になりがちだが、
今回は成績評価がされるわけでもなく、また学生の自主参加であったために学生中心の
活動になったようだ。
また、0年生の学生の中には3年生のメンバーを余り知らず、そのためにプロジェク
トに参加したくても自分の日本語力と他のメンバーとのレベル差に不安を感じ見学と言
う形で参加していた学生がいた。しかし、この学生は、何回も顔をあわせるうちに3年
生のメンバーとも仲良くなり、気軽に質問したり助けを求めることができるようになっ
たとコメントしている。当初は見学のみだったこの学生も機材の運搬の手伝いをしたり、
カメラワークを担当したりしているうちに、自分でもスクリプトを考えて撮影に参加す
るようになり、プロジェクト終了時には中心的メンバーの一人となっていた。他のメン
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バーからも、回を追うごとに仕事を頼まれることが増えていったようである。
Lave and Wenger (1991) は、主体が知識を内化するプロセスを学習と見なす従来の
学習観では学習は伝達と同化と同じように解釈されてしまい、学習者とそれを取り巻く
社会との関係、状況を無視してしまうという問題点を指摘し、社会的実践の一つとして
学習を捉えるという方法として正統的周辺参加 (LPP) という概念を提示している。
LPP では、学習主体が実践の共同体 (community of practice) のメンバーとして活動を
行い、その共同体への参加の形態を少しずつ変化させながらより深く活動に関わってい
く過程を学習と捉えている。つまり、実践共同体の活動に参加し、活動を継続させるこ
とで学習主体自身の行為のあり方、活動の理解、自己認識、参加形態が変化し、それと
同時に学習主体の行為の熟達化が見られるのである。
上記の0年生の例は、ビデオプロジェクトチームという実践の共同体における正統的
周辺参加の過程と見なすことができるのではないだろうか。自分に出来ることを見つけ
て積極的に参加するということで、少しずつコミュニティの外側から中心へと参加の仕
方が移行していったプロセスがよく表れていると言えるだろう。
3.2.3 学生個人に応じた学習
今回のプロジェクトの目的はビデオを作ることだったのだが、学生はそれぞれビデオ
の中で使用したいと思っている日本語や学習機会としてのニーズ、参加動機などがそれ
ぞれ異なっていることがインタビューから明らかとなった。教師側としては非母語話者
に対するメッセージなので相手にとってわかりやすい日本語を話すことを学生に随時促
してきた。そのねらい通りにわかりやすい日本語を目指して練習を重ねる学生がいる一
方で、3年生の中にはタイから送られてきたビデオを見て、作られた台詞の不自然さを
指摘し、もっと自然に話したいと主張する学生もいた。この学生の発話には、日本人か
ら習ったくだけた表現やフィラーなどが多用されており、友人に話しているような雰囲
気を作り出そうとしている姿がうかがえた。練習を重ねた学生にしろ自然さにこだわっ
た学生にしろ、それぞれがビデオの中で話したいとする日本語のイメージを持ちそれに
近付けようとする意図が見られたことは、たとえそれが教師の意図とは違っていても評
価できるのではないかと思われる。
参加動機を見ても、学生により随分異なっている。
表 4: プロジェクト参加の動機
(0年生)
学生 A: 以前にも外国語を使ったビデオ作成の経験があるので、今回もビデオ作成に
興味があり参加した。日本語はビデオ作成のツールの一つであり、三年生の
日本語がわからなくてもカメラワークやビデオの構成を考える等自分なりの
参加ができると思った。
学生 B: クラス外で日本語に触れる機会を探していた。レベル差が不安だったので当
初は見学だけだったが、自分にもわかるところだけ参加していこうと思っ
た。見ているだけでも勉強になると思った。
(3年生)
学生 C: 毎日の授業だけでは物足りなかった。何か新しいことがしてみたかった。普
段の授業では周りにモチベーションの低い人が多くてつまらない。
学生 D: 勉強の機会として参加自体も楽しみだったが、日本に留学が決まっており、
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出来上がったビデオを日本へのおみやげとして手に入れたかった。
学生 E: 友だちが参加しているので、一緒にやってみたかった。
上記のインタビューからわかるように、学生はそれぞれのバックグラウンドによって異
なる興味、学習動機、ニーズなどを持ってプロジェクトに取り組んでいたようだ。ビデ
オを作ると言う目的はコミュニティの中で共有しているものの、学生は自分の意図を持
って参加し、それぞれが求める日本語の学習を自分の状況に合わせて積極的に作り出そ
うとしていたと言えるのではないだろうか。
一方で、参加者の親密度が増すにつれ、学生にとってはこのプロジェクトは学習活動
というよりも、授業外で日本語を楽しんで使う機会の一つであり、いわば「日本語クラ
ブ」のような意味合いが強くなっていったと思われる。実際、プロジェクト終了後には、
参加メンバーの中から、
「日本語を勉強している学生が、学年を越えて交流したり、日
本人と話したりする機会を定期的に作りたい」という声があがり、現在彼らが中心とな
って大学内に「日本語クラブ」を設立しようと働きかけているようである。
以上、プロジェクトチームというコミュニティの中における学習を見てきたが、これ
らは従来考えられてきた、個人が知識を獲得したり整理したり能力を向上させることだ
という認知心理学的な学習観に、新たな視座を与えている。動機やバックグラウンド、
能力の異なる学習者がそれぞれの目的に合わせ自分の周りの状況や利用できるリソース
を有効に使いながら、他の人との協同作業を通じて学んでいくという、社会的な活動と
しての学習を示していると言えるだろう。
4. 終わりに
ビデオレター製作の紹介および製作過程のもつ日本語学習としての側面を考察してき
たが、今度は製作済みのビデオを授業に利用することを考えてみる。製作後、実際に
LEA0年生の集中講義の中で、本学で作成したビデオを見せてみた。学生の集中力は
目を見張るものがあり、小さな文法や表現のミスにすぐに気がついていた。また、自分
たちと同じ学年の学生でもこのようなビデオ製作ができるということに刺激を受けると
ともに、自信を持ったようである。
このように実際に製作済みのビデオを見せることによって、日本語を集中して聞かせ
られると同時に、学生の学習意欲を刺激し、勉強している日本語に自信を持たせること
も可能である。また、自分の大学の紹介なので文法がわからない部分も、自分の知って
いる単語や表現を拾って大意を把握することもできる。このような経験はなかなか通常
の授業ではできないものではないだろうか。
また、今回のビデオレター交換は学生同士のネットワーク作成にもつながるだろう。
こちらのビデオレターが出来上がったのがつい最近であり、まだ実現はしていないが、
学生もタイの学生との個人的な交流やビデオレターの交換をとても楽しみにしている。
インターネットが普及している現在、こういった国を超えた学習者同士の交流や情報の
交換につながるネットワークは、学生の日本語使用の環境の一つとして位置づけられる
べきものではないだろうか。
さらに、教師自身がもつネットワークを学生同士のネットワークへつなげることがで
きるのもこのプロジェクトの一つの役割だろう。教師自身が所属する教師会や、個人的
なつてを利用して、学生にクラス外での日本語使用の機会を与えることもできる。
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自分が学習している言語使用の機会を拡大し、話している言葉を注意深く観察するこ
とができるビデオレタープロジェクトは、日本語の国際化が注目され、インターネット
の普及などにより各国の距離が縮まりつつある現在、様々な可能性を持っているといえ
るだろう。
参考文献
新井優子(2005)「非母語話者の共生言語としての日本語会話処理課程の研究―言語面
と意識面の特徴及び両者の関連―」修士論文(筑波大学)
岡崎敏雄(1994)
「コミュニティにおける言語的共生化の一環としての日本語の国際化
-日本人と外国人の日本語-」 『日本語学』vol.13 no.13 pp.60-73 明治書院
岡崎敏雄(2003)「共生言語の形成-接触場面固有の言語形成-」『接触場面と日本語
教育 ネウストプニーのインパクト』明治書院
岡崎敏雄・一二三朋子(1995)
「多言語・多文化共生のパースペクティブに立つ日本語
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『教育学研究紀要』第 41 巻 第 2 部
中国四国教育学会
西口光一 (1999) 「状況的学習論から見た日本語教育」『大阪大学留学生センター研究論
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Ohta, A. (2001). Second Language Acquisition Processes in the Classroom: Learning
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Vygotsky, L. (1978). Mind in Society. Cambridge: Harvard University Press.
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