特殊相対性理論から導かれる現象について 1 速度の合成則

特殊相対性理論から導かれる現象について
『相対論入門』@駒場・数学ハウス (2012.1.28) での講義の補足
群馬高専 一般教科 (自然科学)
小林晋平
2012. 2. 7.
速度の合成則
1
速さ V で動く車からその方向に速さ v でボールを投げたら直感的には合成速さが
ṽ = v + V
(1.1)
となる気がする.これが正しいなら,光速 c で走る車から光速 c で光のボールを投げたら速さ c + c = 2c
で飛ぶ光の球になるということになる.または光速 c で飛んでいる光の球を光速で走る車から眺めたら
相対速度は c − c = 0,つまり光が止まって見えることになる.これは正しいのだろうか?特殊相対性理
論を使って考えてみる.
1.1
簡単な導き方:物体の速度が一定の場合
セットアップとして
• S 系:地上で静止している系.座標は (t, x, y, z) で表す.
• S’ 系:S に対して一定の速度 V で動く系.座標は (t′ , x′ , y ′ , z ′ ) で表す.これに乗りつつ,一定の速度
v のボールを投げる.
という状況を考える.
S’ 系でボールを投げているという状況としては,速度 V で動いている車から一定の速度 v のボール
を投げるようなシチュエーションを想定すればよいだろう.そしてこれを S 系から見る,つまり静止し
た人が観測するとどんな速度でボールが飛んでいるように見えるかを知りたいわけで,通常の感覚から
するとこれは v + V になるように思える.時速 60km で走っている車から時速 100km のボールを投げ
たら時速 160km のボールが飛んで行くんじゃないの?と思うのが当然だろう.しかし相対性理論はそ
うならないと主張するのだ.それを以下の計算でそれを示そう.ただしローレンツ変換は講義で導いた
ので,ここではすでに知っているものとして使うことにする.
ボールの速さを一定だとすると, S’ 系において観測してから時間 t′ だけ経過したときにボールが地
点 x′ にいたなら,ボールの速さは
x′
(1.2)
v= ′
t
である.また同じ現象を S 系で見ていて,時刻 t にボールが位置 x に来たならばその速さ ṽ は
ṽ =
x
t
(1.3)
を満たすと言える.1
1
S と S’ は慣性系であり,ひとたび発射されてからは物体に何の力も加わっていないので加速度は生じない.よって v が
一定なら ṽ も一定である.
1
これらの式で出てくる t, x, t′ , x′ をローレンツ変換で結べば v と ṽ の関係が得られるだろう.ローレ
ンツ変換によると

)
(
ct′ = γ(ct − βx)
V
1
β= , γ=√
(1.4)
x′ = γ(x − βct)
c
1 − β2
だから,(1.2) へこの t′ , x′ を代入すれば
(
)
β
⇔
x − βct = v t − x
c
(
v )
⇔
1 + β x = (v + βc)t
c
γ(x − βct)
v=
γ(t − βx/c)
(1.5)
(1.6)
となる.ここで βc = V であることを思い出すと ṽ = x/t は
ṽ =
v+V
v V
1+ ·
c c
(1.7)
のように決まる.これが
速度 V で動いている系 S’ から見て速度 v で動いている物体を,
静止した系 S から見たらどんな速度に見えるか
を表す式である.もっと簡単に言えば
速度 V で動いている車から速度 v のボールを投げたときにボールが持つ合成速度 ṽ
を表す式である.
さて式 (1.7) を眺めてみると,分母にある
v V
·
が重要そうである.実際この項がなければ
c c
ṽ = v + V
(1.8)
となり,こっちの速度合成則の方が経験的に馴染みのある速度合成則が出てくる.これはどういうこと
なのだろう?
v V
·
を見積もってみよう.例えば時速 60km で走っている車にピッ
c c
チングマシーンを積んで,時速 150km のボールを発射したとしよう2 .このとき
それを見るために現実的な例で
• v = 150km/h ≒ 41.7m/s
• V = 60km/h ≒ 16.7m/s
であるが,問題は光速 c だ.光速は
• c = 3.0 × 108 m/s
なので, v や V より圧倒的に大きいのである.何しろ 1 秒間に地球を約 7 週半できる速さである.圧
倒的だ3 .このため
v V
41.7
16.7
·
≒
·
≒ 7.7 × 10−15 ≃ 0
(1.9)
8
c c
3.0 × 10 3.0 × 108
2
現実的と言っておいてなんだが,こんなことが出来るか出来ないかはこの際気にしないことにしよう.ノリがよければ全
てよしと昔の偉い人がどこかで言っていた気がする.
3
またまた現実的とか言いながら空気抵抗やその他いろいろ大胆に無視しているわけだが,それもこれもきっと日本人エン
ジニアならあらゆる不可能を可能にしてくれると信じているからだ.
2
となってしまい,日常見かける程度の v や V ごときでは
ṽ =
v+V
v+V
≃
=v+V
v V
1+0
1+ ·
c c
(1.10)
のように我々には感じられていたというわけである.
1.2
物体の速度が一定でない場合
次にもう少し一般的な場合,つまり動いている S’ 系から見た物体の速度が一定でないときを考えよ
う.このときは速度を
dx′
v= ′
(1.11)
dt
のように微分を使って求めるしかない.S’ 系の S 系に対する速度はさきほどと同様で V だとする.も
ちろんこの V は一定である4 .知りたいのはこの運動を S 系で眺めたときの物体の速度であり,これも
一定ではないはずだから5 ,
dx
ṽ =
(1.12)
dt
を求めればよいということになる.
さて再びローレンツ変換 (1.4) に注目しよう.ṽ = dx/dt を計算したいので (1.4) の逆変換


ct = γ(ct′ + βx′ )
ct′ = γ(ct − βx)
⇔
x = γ(x′ + βct′ )
x′ = γ(x − βct)
(1.13)
をまず作っておく.これは難しくない.なぜなら逆変換とは,
S’ 系の方を静止座標系と見て,S 系が速度 −V で動いていると見なす
ことで作れるからである.これを使うと,ローレンツ変換 (1.4) において
t ←→ t′ ,
x ←→ x′ ,
β ←→ −β
(∵ β = V /c)
という入れ替えをすればよいことになるから,(1.13) という結果になったわけだ.
さて ṽ を計算してみるとローレンツ逆変換から
( ′
)
)
dx
d (
dx
dt′
′
′
ṽ =
=
γ(x + βct ) = γ
+V
dt
dt
dt
dt
(1.14)
(1.15)
であり,ここで
dx′ dt′
dt′
dx′
= ′
=v
dt
dt dt
dt
なので
(
ṽ = γ
dx′
dt′
+V
dt
dt
)
= γ(v + V )
(1.16)
dt′
dt
(1.17)
4
時々,
「特殊相対性理論では加速度運動を扱えない」と思い込んでいる人がいるが,そうではない.特殊相対論で考えてい
ないのは「互いに加速度運動しているような系同士での変換」である.つまり,S 系と S’ 系の間の速度 V が一定でない場合
に,S’ 系で観察された現象を S 系で観察したらどのように見えるかを計算できないのである.S’ 系における加速度運動を,一
定の相対速度 V で動く S 系から眺めたらどうなるかは計算できる.
5
ローレンツ変換が非線形だったら,変換後に一定になるような奇妙なこともあるかもしれない.
3
を得る.次に再びローレンツ変換の ct′ = γ(ct − βx) を使うと
(
)
(
)
dt β dx
dt′
β
=γ
−
= γ 1 − ṽ
dt
dt
c dt
c
(1.18)
だから,これをすぐ上の式に代入すれば
(
)
β
β
2
ṽ = γ (v + V ) 1 − ṽ = γ 2 (v + V ) − γ 2 (v + V ) ṽ
c
c
(1.19)
となるので ṽ が付いている項を左辺,それ以外を右辺にまとめて
(
)
β
2
1 + γ (v + V )
ṽ = γ 2 (v + V )
c
となる.何だか左辺がまとまりが悪く不安になるが恐れずにこれを展開してみると γ = 1/
たことを使い
1 + γ 2 (v + V )
β
c
= 1+
c−
v+V β
(1 − β)2 c + (v + V )β
·
=
1 − β2 c
(1 − β 2 )c
V2
c
+ vV
c +
=
(1 − β 2 )c
)
(
vV
2
= γ 1+ 2
c
V2
c
=
c + vV
c
(1 − β 2 )c
が得られる6 .
最後にこの結果を (1.20) へ入れて整理すると
(
)
vV
γ 2 1 + 2 ṽ = γ 2 (v + V )
c
v+V
∴ ṽ =
v V
1+ ·
c c
(1.20)
√
1 − β 2 だっ
(1.21)
(1.22)
(1.23)
(1.24)
(1.25)
となって,前節で求めたのと同じ結果が得られる.
1.3
速度合成の具体例:光速が絡む場合
最後に速度合成則を使った計算例として
(1) 速さ V で動く車から,速さ c のボールを投げる
(2) 速さ c で動く車から,速さ V のボールを投げる
(3) しまいには速さ c で動く車から,速さ c のボールを投げる
という3パターンを考えてみよう.
(1) 速さ V で動く車から,速さ c のボールを投げるとき
6
途中式が汚いとついつい合ってるのか不安になって計算を止めてしまうことがよくある.見直しながら進むのは大事だが,
ただぼーっと眺めているだけの無駄な時間も多い.反省である.
4
合成則の式で v = c とすればよいから,
ṽ =
c+V
c+V
c+V
=
= c+V = c
c V
V
1+ c · c
1+ c
c
(1.26)
となり,光速を超えないことがわかる.
(2) 速さ c で動く車から,速さ v のボールを投げるとき
合成則の式で V = c とすればよいから,
ṽ =
v+c
v+c
v+c
v c =
v = v+c = c
1+ c · c
1+ c
c
(1.27)
となり,やはり光速を超えないことがわかる.
(3) 速さ c で動く車から,速さ c のボールを投げるとき
合成則の式で v = V = c とすればよいから,
ṽ =
c+c
2c
c+c
=
=c
c c =
1+ c · c
1+1·1
2
となり,やっぱり光速を超えないことがわかる.
5
(1.28)