第 15 回「高齢者医療の達人~キューバ・ハバナ」

JOMF NEWS LETTER
No.263 (2015.12)
病気の世界地図・トラベルドクターとまわる世界旅行
第 15 回「高齢者医療の達人~キューバ・ハバナ」
東京医科大学病院
渡航者医療センター
教授 濱田篤郎
半世紀ぶりの首脳会談
2015 年 4 月、パナマで開催されてい
た米州首脳会議で、米国のオバマ大統
領とキューバのカストロ議長の首脳会
談が実現しました。両国は約 60 年間に
わたり敵対関係にありましたが、よう
やく国交正常化への道が見えてきたよ
うです。
この歴史的な首脳会談の模様をニュ
ースで見ながら、
私は 2000 年代中頃にキューバの首都ハバナを訪れた時のことを思い出し
ました。この国は 1959 年に社会主義革命がおこり、隣国である米国との国交が断絶します
が、それ以来、キューバ国民の時間は止まってしまったようです。米国の厳しい経済封鎖
の影響で新しい物資が入りにくくなり、たとえば、町中を走る車も大部分がその当時のク
ラシックカーのままでした。そんな苦しい経済状況の中で、この国の人々が陽気に暮らし
ているのは、生まれつきのラテン気質と、国による手厚い健康福祉政策によるものかもし
れません。
高齢化を迎えた日本移民
私がハバナを訪れたのは現地在留邦人の健康相談が目的でした。この国には日本企業か
らの派遣者や音楽関係の留学生が沢山滞在しており、そうした方々のための健康相談です。
ほとんどの相談は大使館の中で行いましたが、一人だけ往診の希望がありました。
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ハバナ市内のご自宅にうかがう
と、往診の依頼があったのは、な
んと 100 歳近いお爺さんでした。
この方は 80 年ほど前に日本から
移民としてキューバに渡ってきた
そうです。足腰はやや弱っていま
したが、大きな病気もなく元気に
暮らしていました。
日本からキューバへの移民は
1908 年(明治 41 年)に始まりま
ハバナ市内
した。
その後、
1930 年代までに 300
人近い日本人がサトウキビ農園の経営などでキューバに渡っています。第二次大戦中は敵
国人として抑留されるなど苦しい時代もありましたが、現在でもキューバには約 1300 人の
日系人が生活しています。往診で訪れたお爺さんも、20 歳代に移民してからずっとキュー
バで暮らしているとのことですが、異国での苦しい生活を乗り越え老境に達しているお姿
には、頭の下がる思いがしました。
そして、これだけご高齢の方でも元気に暮らしている理由には、キューバ政府が提供す
る高齢者政策があるように思いました。
高齢者が元気な国
キューバは社会主義国なので原則医療が無料です。また、医師の数も多く、人口 10 万人
あたりの医師数は 4.2 人で、これは日本の 3 倍の数になります。
これだけ医療が充実していれば、この国は天国のようにも思えますが、現実には難しい
問題があると聞きます。たとえば、医療費が無料だと言っても、それは最低限の医療であ
って、高度医療を受けるとなれば、それなりにお金がかかるそうです。また、医師の数は
多くても、優秀な人材は海外の国際協力に駆り出されているという事情もあります。
そうは言っても、近隣の中南米諸国に比べれば医療はかなり充実しており、平均寿命は
先進国なみの高さです。この影響で、人口の高齢化が進んでおり、60 歳以上の人口は近い
うちに 25%以上に増えると予想されています。
このように、キューバは日本と同じように高齢者問題を抱えているわけですが、この国
では、高齢者が元気に生きがいをもって暮らせる工夫が施されています。たとえば、キュ
ーバでは在宅で暮らす高齢者が多いそうですが、それに対応するため、ソーシャルワーカ
ーや介護士が自宅訪問をするシステムがとられています。また、高齢者のリクリエーショ
ンクラブが沢山作られていますが、このクラブは高齢者自身によって運営されており、パ
ーティーなど高齢者同士の交流も盛んに行われているとのことでした。私は、このクラブ
の存在が高齢者に「生きがい」を提供する場として、大変に重要だと思います。
「ブエノ・ビスタ・ソシアルクラブ」のヒット
キューバの高齢者が元気なことを世界に向けて発信したのが、
「ブエノ・ビスタ・ソシア
ルクラブ」というラテン音楽アルバムの大ヒットです。このアルバムは 1997 年に米国のミ
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ュージシャンのライ・クーダが製作したもので、彼がキューバを訪れた時に地元の老ミュ
ージシャン達と行ったセッションが契機になっています。これが世界的ヒットとなり、1997
年のグラミー賞も受賞しました。
このアルバムに参加したミュージシャン達は、それまで靴磨きや葉巻職人などをしてい
た高齢者ですが、若い頃に音楽をやっていた経験を生かして、リクリエーションクラブで
も趣味の音楽演奏をしていたそうです。日本で例えれば、地元の老人クラブで演奏してい
た「おやじバンド」が世界的なヒットを出すといったケースです。
アルバムに参加した老ミュージシャン達は、その後、世界中を飛び回り公演に参加しま
すが、さすがに寄る年波にはかなわず、何人かは帰国後に亡くなっています。しかし、晩
年に好きな趣味で世界中の注目を浴びるというのは、幸せな人生だったと思います。
このようにキューバでは高齢者に「医療」だけでなく、
「生きがい」も与える政策をとっ
ているわけですが、この点は日本も見習うべきところでしょう。
フロリディータの誘惑
「ブエノ・ビスタ・ソシアルクラブ」の例にもあるように、この国では若い人だけでな
く、お年寄りにも音楽好きが多いようです。今回の健康相談終了後に、この仕事を調整し
てくれた日系企業のAさんと、ハバナ市内のバーを訪れましたが、そこにも、若者だけで
なくお年寄りが沢山いらっしゃいました。
このバーはフロリディータという名前で、作家のヘミングウエイが足しげく通っていた
ことで有名です。彼は 1940 年代にハバナに長期滞在し、この地で「誰がために鐘は鳴る」
を書き上げました。この執筆の合間にフロリディータを訪れては、グラスを傾けていたそ
うです。今でもこのバーのカウンターの片隅にはヘミングウエイの銅像があり、私もその
隣に座って記念撮影をしました。
この店の定番であるフローズンダイキリを飲
んでいると、生バンドの演奏タイムとなりまし
た。すると、ラテン系の妖艶なリズムの中、客
席から男女のカップルが次々と立ち上がり、ス
テージ近くでダンスが始まりました。カップル
の中にはかなりのご高齢の方もいます。
「あのお爺さんはこの店でよく見かけますが、
いつも違う相手と踊っていますね」
フロリディータにて
同行したAさんが教えてくれました。お年は 70 歳を過ぎていると思いますが、お相手の
女性と恋人のように情熱的な踊りをしていました。
「この国では高齢者の恋愛もかなり自由です。そのためか熟年離婚も多いそうです」
Aさんの言うように、キューバの離婚率は国民 1000 人当たり 2.9 件と日本の倍近く。こ
れは女性の就業率が高いことや、学費が無料なので養育費などの慰謝料が発生しないこと
が影響しています。このため、結婚を 2~3 回経験している人も沢山いるとのことでした。
高齢者がクラブのパーティーで異性と知り合い、それが恋愛に発展するケースもよくみら
れるそうです。そんな恋愛事情のあることも、この国の高齢者が「生きがい」を感じる環
境の一つではないかと思いました。
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監視社会と高齢者の見守り
フロリディータでグラスを重ねるうちに時間は深夜になってしいまい、Aさんが車でホ
テルに送ってくれることになりました。
「この町は、夜中でも比較的安全です。社会主義国なので監視が行き届いているためでし
ょう」
Aさんがそう言いながら指さした方向に、警官らしき人影が見えました。
「私たち外国人も警察による監視の対象になっていますが、それが町の安全に役立ってい
るように思います。この国の高齢者の見守りも、監視体制のおかげだと聞きました」
キューバでは社会主義体制を維持するため、隣組組織などを強化して政府に反抗する者
の動きを封じてきました。この組織は治安の面で効果を発揮するだけでなく、高齢者の見
守りのためにも一役買っているわけです。政府が高齢者に提供しているリクリエーション
クラブも、ある意味ではお互いを監視するシステムなのかもしれません。
今後、キューバと米国の国交が回復したら、こうした監視体制も緩和されることでしょ
う。
その時に、
この国の安全な環境や高齢者への対策はどのように変化するのでしょうか。
私はそれが心配になってきました。
「望郷の念」という生きがいも
翌朝、私はホテルをチェックアウトして空港に向かいました。ホテルの支払いにクレジ
ットカードが使えず、現金で払うことになったのには驚きましたが、これも米国による経
済封鎖の影響とのことでした。
空港に向かう車中、私は昨日往診にうかがったお爺さんのことを考えていました。あの
年齢までお元気に過ごしてこられたのは、キューバ政府の提供する素晴らしい医療体制や
高齢者へのケアによるところが大きいと思います。しかし、ご本人とお話をする中で、日
本のことを懐かしむ言葉が端々にでていました。あのお爺さんの長寿の源は、キューバ政
府が提供する「生きがい」だけでなく、
「いつの日か日本に帰りたい」という「望郷の念」
もあるのではないか。私はそう思いました
キューバと米国の関係改善により、日本とキューバの関係もより改善されると思います。
このお爺さんがご存命のうちにそれが成就され、再び日本の土を踏めることを心より願っ
ています。
「病気の世界地図」の連載も今回をもって終了いたします。読者の皆様には長いことお
付き合いいただき、ありがとうございました。