JOMF NEWS LETTER No.264 (2016.1) 海外生活と子どもの健康 第 4 回 学童の海外生活 鈴木こどもクリニック 院長 鈴木 洋 <はじめに> 幼児期によく小児科診療所を受診していた子どもたちは、学校に行くと受診回数がぐっ と減少します。風邪などの感染症になることが減るからです。熱を出すことが減るのです。 熱の原因はほとんど風邪などのウイルス感染症です。幼児まではそのウイルスに対する免 疫がないため容易に風邪を引きますが、何度も風邪を引くことにより免疫ができ風邪を引 きにくくなるのです。よくある風邪の合併症である急性中耳炎も、風邪を引きにくくなり、 免疫系統も発達するため激減します。そんな感染症に変わって気になるのがアレルギーな どの慢性の病気です。また人との交わりも複雑になり、精神的な緊張やストレスが多くなり 体の変調を来す子どもも出てきます。そんな子どもたちの健康を海外というキーワードを 入れて今回は考えたいと思います。 <日本人学校の子供たち> 私はこの海外邦人医療基金の依頼で海外巡回健康相談に 14 回参加しました。その健康相 談で 30 の日本人学校、補習校を訪問しました。そして 1,449 人の児童生徒の健康相談をし ました。この中にはヨーロッパやアメリカなど先進国は含まれていないので少し偏りはあ ると思いますが、日本とは違う国で生活し学んでいる子どもたちに色々なことをこちらが 学ばせていただきました。 私が訪問した日本人学校は日本とは違い子どもたちの数が少なく、その結果集団生活に おける「切磋琢磨」が出来ないことが多いように思われました。競争は人を向上させるいい 方法ですがそれが出来ません。先生は学校、学級運営を色々工夫しているようです。同級生 という横の関係だけで対応出来ないときは学年を超えた運営をして縦の関係を築きます。 その結果、体力、能力が高いお兄さん、お姉さんが下の下級生を教えたり助けたりと、 「思 いやり」 「やさしさ」 「気付き」という日本では少し問題になっている人としての関係作りが うまくいっているようです。弱い者を守る心も育っているようです。 また現地の学校との交流や別の国、例えばアメリカンスクールなどとの交流を通して国 際関係を実際に経験できます。 そんな一面がある一方、危険も隣り合わせです。多くの学校で登下校はスクールバスを使 っているようですがそのスクールバスに銃が撃ち込まれたとか、私が訪問しなかったアフ リカの日本人学校の校長先生が射殺されたというニュースを他の国を訪問中に聞いたこと もありました。また日本人学校の旅行として行ったアフリカの地でマラリアに感染しロン ドンに運ばれ死亡した中学生の女子がいたことも聞きました。アラブ首長国連邦では夜空 がきれいなので夜間遠足をするようです。そんな夜空はすばらしいのですが、足下に注意が JOMF NEWS LETTER No.264 (2016.1) 行かなくて砂漠でサソリに刺された子どもがいたそうです。サソリは白いほど毒が強いよ うで要注意です。日本ではあまり考えなくてもよい、サソリ、蜘蛛、蛇などの対応も知って いなければいけません。 また中東など高温地帯の国では熱中症も日本以上に要注意です。ドバイの日本人学校の 校庭には百葉箱があり私が訪問した 6 月には気温が 50 度を超すのは普通のようでした。そ んな中、子どもたちがサッカーをしていたのが印象的でした。 2 年前の日本では東京の公園でデング熱に感染して大騒ぎでしたが東南アジアでは普通 の感染症です。タイの日本人学校ではデングウイルスが宿っている蚊が発生しないように みんなでどぶ掃除をしたり流れやすい水路を子どもたちが作っていました。 日本の学校は法律で就学時健診や春の定期健診が義務付けられていますが海外の日本人 学校では不十分です。確かに健康な子供がほとんどですが、小児科医として巡回健康相談を するとそれなりに何人かは医師の相談が必要な子どもがいることも事実です。 <感染症されど感染症> 小学生となると風邪などの感染症にかかりにくくなることは事実ですが、小学生で感染 症として注意すべきものは溶連菌感染症とマイコプラズマ感染症です。 これらの感染症は低年齢ではかかりにくいことが特徴です。溶連菌感染症は日本では迅 速診断検査が行われていますが海外ではそうはいかないところが多くあります。熱、ノドの 痛み、細かい痒みのある発疹、首のリンパ腺の腫れなどがあるときは疑います。これらの症 状はすべてあるわけではありません。疑ったときは海外でも受診した方がいいと思います。 抗生物質をきちんと飲む必要があります。治療しないと急性腎炎やリウマチ熱の合併症に 希にかかることがあります。 マイコプラズマ感染症は主に空気の通る気道系の感染症です。肺炎になればマイコプラ ズマ肺炎として一般の人でもよく知られた肺炎です。咳がなかなか止まらない、熱がきちん と下がらないときには疑います。日本では学童以上の子供や大人が咳がなかなか治らない ときはこのマイコプラズマ肺炎や結核、百日咳をまず疑います。海外では使用人の咳が止ま らないときは一応結核を疑わなければいけません。感染する病気は家族だけでなく使用人 の健康管理にも注意する必要があります。 百日咳は赤ちゃんのとき 3 種混合(DPT)で免疫が出来ていますが小学校になると免疫が 弱くなり感染することがあります。海外の国ではその免疫を強化するため百日咳を含む予 防接種をする国が多いのですが日本では行われていません。海外でこの予防接種をする機 会があればお勧めです。 風邪などのウイルス感染症は学童になればかかりにくくなりますがインフルエンザはそ ういきません。インフルエンザは毎年予防接種が必要なように毎年抗原性を少しずつ変化 するため流行しやすいのです。小学生以上であれば冬熱が出ればまず疑うのはインフルエ ンザです。海外でも同じです。 JOMF NEWS LETTER No.264 (2016.1) 気道系の感染症の次に多い感染症は消化管の感染症、急性胃腸炎です。小学生以上で注意 すべき感染症はノロウイルスによる胃腸炎です。食中毒による胃腸炎では生卵によるサル モネラ胃腸炎と生肉によるハンバーガーなどのキャンピロバクター腸炎です。食べ物は日 本以上に注意する必要があります。 <感染症以外で緊急性のある病気> 日本では小学校以上の子供が「おなかが痛い」で救急外来を受診するとき一番多いものは 便秘による腹痛です。時に非常に痛みが強く親を慌てさせますが浣腸をして便を出せば子 供はけろっとしてよくなります。今までの痛みは何であったのであろうかという状況がよ くあります。海外でも当然同じようなことは起こりえます。是非浣腸薬を持参することをお 勧めします。家庭で浣腸してもおなかの痛みが治まらないときに現地の医療機関を速やか に受診して下さい。 次に多い緊急性のある腹痛は虫垂炎です。いわゆる盲腸です。小児外科医が小児科医に注 意すべき小児外科疾患として腸重積、虫垂炎、イレウスをあげます。腸重積は小学生ではな く 1 歳前後の乳幼児です。虫垂炎は年齢が低くなればなるほど診断が難しく腸管を破裂し て腹膜炎を併発するので要注意です。小学生以上であれば腹痛が時間とともに右下腹部に 痛みが強くなり腰を曲げて痛みを和らげる仕草をします。疑えば速やかに現地医療機関を 受診しなければいけません。イレウスも痛みと嘔吐です。痛みが強いことが特徴です。いず れにしてもおなかが痛いときは外科疾患があるので、なかなかよくならないときは医療機 関を受診することが大事です。 <緊急性ではないのですが> 1)起立性調節障害:一応病気ですが状態と言った方が理解しやすいかもしれません。夜が 好きで朝なかなか起きられない子どもたちです。車酔いを伴うことも多く、何となく頭が痛 い、おなかが痛いなど、なんか調子が悪いとか、厳格な親から「たるんでいる」、 「なっとら ん」 、 「根性がない」とか言われる子どもたちです。人は生活している限り色々な刺激を受け ています。それが過度になるとストレスを感じます。体はストレスをうまくコントロールし ようとします。このコントロールする仕組みの一つが自律神経です。自律神経は交感神経と 副交感神経がプラスマイナスの関係で調整します。例えば人前で話をするとき緊張し心臓 がどきどきします。これは交感神経が緊張している状態です。これを和らげるため副交感神 経が働きます。水を飲んだり深呼吸して副交感神経を刺激して緊張状態を緩和します。これ らの自律神経は血圧や腸管の働きにも関係します。自律神経の調節がうまくいかないと血 圧が低くなり頭がぼーっとしたり朝起きが苦手になります。腸管の動きのコントロールが うまくいかないと便秘になったり下痢になります。自律神経のコントロールする機能がう まく働かない状態がこの起立性調節障害です。小学生の上級生になるとこのような状態に なる子どもがいます。多くは大人になるとうまくコントロールできるのですがその間勉強 や生活に影響することがあります。症状がひどいときは薬で助けます。 2)夜尿症:おねしょはおむつをしている子供が夜お漏らしする発達途上の現象ですが小学 JOMF NEWS LETTER No.264 (2016.1) 校に入学してからも週4回以上夜尿があれば夜尿症と言って差し支えないでしょう。多く の子供は家庭生活では問題ありませんが集団生活では少し精神的に気にする子どももいる ので、急ぐ必要ありませんが一時帰国したときに夜尿症に対応できる医療機関に相談する といいでしょう。 3)肥満:乳児や 3,4 歳までの幼児に肥満は問題にしなくてもかまいませんが 5,6 歳にな っても肥満があるときには将来のメタボリックシンドロームの予備軍になるので要注意で す。特に海外生活をしていると食事の問題や運動不足から肥満になりやすいのです。 <おわりに> 感染症が少なくなったこの年齢の子どもたちの基本は、長い人生を生き抜く上での生活 習慣をきちんと確立することです。早起き早寝の規則正しい生活リズムです。早起きするか ら早寝が出来ます。遅寝では早寝は無理です。ですから早寝が前に来る考えが大事です。朝 起きる時間を決めます。出来れば朝 6 時です。太陽の光を出来るだけ多く浴びて起きること が 1 日の始まりです。そしてきちんと朝食を取り、朝、健康度をチェックします。絶対では ありませんが朝食後は排便です。これも習慣化するといいでしょう。朝の家族との会話は欠 かせません。きちんとバランスよい食事、適度な運動とすすめば心身とも健全な生活ができ ます。 次回は子どもたちのアレルギーを考えたいと思います。
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