博士(農学)菊地伸一 学 位論文 題名 火 災 初 期 の 成 長 過 程 に 対 応 し た 木 材 の 燃 焼特 性 お よ び 難 燃 処 理 の 効 果 に 関す る 研 究 学位論 文内容の要旨 我が国では戦後の長きに渡り,都市防火対策の観点から木材や木造建築物に対する厳し い法規制が行われてきた。しかし,1 980年代に入り,木材を一律に排除する防火政策が大 きく転換され,建築物の火災成長過程に対応したきめ細やかな防火対策手法の開発が進め られた。その結果,2000 年には建築物の火災安全性を担保しつつ.多様な材料,構造方法 を許容する「性能規定」の考え方が導入された。このような手法を木質内装空間の出火拡 大防止対策に活かし,木質内装の可能な範囲を拡げていくためには,火災成長過程に対応 した木材の燃焼特性,すなわち着火性,発熱性および火炎伝播性を把握することが不可欠 となる。さらに,木材の燃焼性を抑制し,より積極的に木質内装の適用範囲を拡大するた め には 薬 剤を 用 いた 防 火性 能の 向 上を 視 野に 入 れる こと も 必要 と なる 。 これまでにも木材に対する数多く.の燃焼試験が行われてきているが,従来の試験の多く は建築材料としての防火性能をランクづけするための性格が強く,火災に対する材料の反 応性を調べるという視点に十分に応えるものではなかった。そのため,特に木材にっいて は品質のばらっきや組織・構造の複雑さ,樹種の多様性も相まって,火災成長過程に対応 し た 燃 焼特 性 に関 する 知 見の 蓄積 に 欠け てい る 部分 が少 な くな い。 本論文は,発生からフラッシュオーバーに至るまでの火災の初期段階において,木材が どのような燃焼挙動を示す材料であるのか,また薬剤処理がどの程度木材の燃焼を抑制す るのかを,着火性,発熱性,火炎伝播性に関する個別の実験結果から明らかにしようとし たものである。 第 1章では, 着火性,発熱性,火炎伝播性に関する既往の研究を調査し,着火時間予測 式の適合範囲,難燃剤の発熱抑制効果,難燃処理木材の室空間における燃焼挙動,材料の 表面形状や化粧層の発熱性や火炎伝播性に及ぼす影響など現在検討が待たれている課題の いくっかを示した。 第 2章では, 火災発生のトリガーとなる内装材への着火に係わる現象の中で,輻射加熱 を 受けた木 材の着火 時間や着 火温度に対 する樹種 ,入射熱 強度およ び水分の影響をI SO 5657 着火性試験方法で検討した。次いで,薬剤による着火抑制効果を検討した。その結果, 気乾木材の着火時間はほば密度にのみ依存すること,火災の初期・拡大期において内装材, 料 に想定さ れる30∼40 k W/rr fの入射熱範囲では,密度をパラメータとする簡易な予測式 で着火時間が推定できること,その精度はこれまで提案されている推定式と同等以上であ ることを示した。一方,入射熱が小さい範囲で生じる予測値と実測値とのかい離は,着火 に先行して材料表面に炭化層が形成されることを確認したことから,予測式に用いた木材 の熱的性質が炭化によって変化することが原因であると推測した。また,入射熱が小さい ほ ど木 材 中の 水 分 量が 着 火時 間 に 大き く 影 響す る よう に な ること を明らかに した。 木材の着火温度は,樹種や着火時間が異なってもほぼ一定で,入射熱の強さに応じてお およそ 330℃付近ま たは390℃付近にあり,従来,異なるとされていた針葉樹と広葉樹の 着火温度もほぼ同等であることを明らかにした。 難燃剤の着火抑制効果は入射熱の強さによって段階的に変化することがわかり,着火の 遅延・阻止に必要な薬剤含量を求めるためには,内装材料に想定される入射熱に基づいて 評価す る必要が あること, 火災拡大期における内装材料への入射熱を30kW/n fとした場 合,リ ン系薬剤 では含量80kg/m3以上,臭素系薬剤では含量30kg /m3以上で着火が阻止さ れることを明らかにした。 第3章では,着火後の燃焼拡大とともに盛期火災期の火災室温度を左右する木材の発熱 性にっいて,10種類の薬剤の抑制効果,表面形状の影響および無機材料と積層した場合の 発熱量 の推定方 法をIS0 5660コーンカ口リー計試験で検討した。さらに,室空間におけ る難燃処理木材の燃焼挙動を室の模型試験で検証した。その結果,薬剤の発熱抑制効果は りン酸一グアニジン,リン酸二水素アンモニウム,リン酸水素二アンモニウム,ポリリン 酸カルバメートが優れていた。木材の総発熱量を低下させるためには熱分解機構の異なる 発炎燃焼と赤熟をそれぞれ抑制することが必要で,リン系薬剤は高い防炎作用を示したも のの,必ずしも赤熱を抑える防じん作用に優れているわけではなく,赤熱抑制効果の高い ハホウ酸ナトリウムとの組み合わせなど,難燃処理木材を開発する上で実用的に活用され る有用な知見を得た。 木質系内装材料には,意匠上および音響上の理由から表面に細かい溝状の装飾が施され ているものが多い。そのような材料の発熱量は形状ごとに個別に測定しなくても,平板の 発熱量に対し溝による表面積の増加量を付加することでおおよそ推定できることを示した。 また,木材は無機材料の表面化粧材として使用されることも多いが,そのような積層材料 の総発熱量が,積層材料を構成する部材個々の発熱量の積算値におおむね一致することを 明らかにした。このような推定手法を用いることによって,あらかじめ構成部材の発熱性 を把握しておけば,それらを組み合わせた多様な木質化粧材料の防火性能はおおよそ推定 可能となる見通しを得た。さらに,模型室内の空間温度はコーンカロリー計で測定される 総発熱量と一定の関係があり,材料の燃焼試験結果を用いた室空間におけるフラッシュオ ーバー発生予測の可能性を見いだした。 第4章では,木質材料が使用される機会の多い壁面上の火炎伝播性にっいて,上方伝播 に及ぼす表面形状の影響,および水平または上方の伝播に対する薬剤による抑制効果を検 討した 。その結 果,上方火 炎伝播速度は水平方向のおおよそ10倍程度に達するが,外部 加熱を受けない場合,火炎は試験体途中で燃え止まった。しかし,木材表面の細かい溝は 上方向への火炎伝播を助長し,平板よりも高い位置まで伝播するようになることを明らか にした。また,水平方向・上方向とも木質壁面上の火炎伝播は難燃処理によって比較的容 易に阻止できた。 初期火災の成長過程に対応させて木材および難燃処理木材の着火性,発熱性および火炎 伝播性を個別に調べた以上の試験を通じて,それぞれに対する難燃処理の効果を明らかに した。現在,産業界では内装用途の準不燃木材や不燃木材への関心が高まっている。これ までに本研究で明らかにした薬剤の性能評価結果を基に,それらを組み合わせた木材用難 燃剤が開発され,北海道内の企業で準不燃木材として実用化されているなど,新しい防火 木材の開発に反映できる成果を得ることができた。 − 123ー 学 位論文審査の要旨 主査 副査 副査 副査 教授 教授 助教授 助教授 寺沢 実 平井卓郎 小島康夫 玉井 裕 学 位 論 文 題 名 火災 初期の成 長過程 に対応し た木材 の燃焼特性および 難燃 処理の効 果に関する研究 本 論 文 は 、 図 45、 表 1 9、 引 用文 献 14 9編 か ら なる 総 頁 9 1頁 の 和文 論 文 であ る 。 参考 論 文 13編 が 添 え ら れ て い る 。 本論 文 は , 発生 か ら フラ ッ シ ュオ ー バ ーに 至 る まで の 火災 の初期段 階におい て,木 材が ど の よう を 燃 焼 挙動 を 示 す材 料 で ある の か ,ま た , 薬剤 処理 がどの 程度木材 の燃焼 を抑制 す る の か を , 火 災 の 成 長に 直 接 関与 す る 材料 の 燃 焼特 性 で あ る1) 着 火性 , 2)発 熱 性 , 3) 火 炎 伝 播 性 に 関 す る 個 別 の 実 験 的 研 究 か ら 明 ら か に し よ う と し た も の で あ る 。 1 ) 火 災 発 生の 発 端 とな る 内 装材 へ の 着火 に つ いて は , 輻射 加 熱 を 受け た 木 材の 着 火時 間 や 着火 温 度 に 対す る 樹 種, 入 射 熱強 度 , 水分 等 の 影響 ,お よぴ薬 剤による 着火抑 制効果 を IS0 5657着 火 性 試 験 方法 で 検 討し た 。 その 結 果 , 気乾 木 材 の着 火 時 間は ほ ば 密度 に の み 依 存す る こ と ,火 災 の 初期 ・ 拡 大期 に お いて 内 装 材料 に 想 定さ れ る 30 ---4 0 kW lm' の入 射 熱 範囲 で は , 密度 を パ ラメ ー タ とす る 簡 易な 予 測 式で 着火 時間が 推定でき ること を示し た 。 一方 , 入 射 熱が 小 さ い範 囲 で 生じ る 予 測値 と 実 測値 との かい離 は,予測 式に用 いた木 材 の 熱的 性 質 が 炭化 に よ って 変 化 する こ と が原 因 で ある と推 測した 。また, 木材の 着火温 度 は ,樹 種 や 着 火時 間 が 異な っ て もほ ば 一 定で , 入 射熱 の 強 さに 応 じ て おお よ そ 3 30℃付 近 ま たは 390℃付 近 に あり , こ れま で 異 なる と さ れて い た 針葉 樹 と 広 葉樹 の 着 火温 度 はほ ば 同 等で あ る こ とを 明 ら かに し た 。次 に , 難燃 剤 の 着火 抑制 効果は 入射熱の 強さに よって 段 階的 に変化 すること がわか り,着火 の遅延 ・阻止に 必要な薬 剤含量 を求める ために は,′ 内 装 材料 に 想 定さ れ る入 射 熟 に基 づ いて 評 価 する 必 要があるニ とを明ら かにした 。 2 ) 着 火 後 の燃 焼 拡 大を 左 右 する 木 材 の発 熱 性 につ い て は, 10種 類の 薬 剤 の発 熱 抑制 効 果 , 表 面 形 状 の 影 響 お よび 無 機 材料 と 積 層し た 場 合の 発 熱 量 の推 定 方 法を IS0 566 0コ ー ンカロリー計試験で検討した。さらに,室空間における難燃処理木材の燃焼挙動を室の模 型試験で検証した。その結果,薬剤の発熱抑制効果はりン酸一グアニジン,リン酸二水素 アンモニウム,リン酸水素二アンモニウム,ポリリン酸カルバメートが優れていた。.木材 の総発熱量を低下させるためには熱分解機構の異なる発炎燃焼と赤熟をそれぞれ抑制する ことが必要で,防炎作用が高いりン系薬剤と赤熱抑制効果の高い薬剤,例えぱハホウ酸ナ トリウムとを組み合わせるなど,難燃処理木材を開発する上で実用的に活用される知見を 得た。次に,表面に細かい溝状の装飾が施された木質系材料の発熱量は,平板の発熱量に 対し溝による表面積の増加量を付加することでおおよそ推定できること,積層材料の発熱 量は構成部材個々の発熱量からおおよそ推定可能となる見通しを得た。さらに,模型室内 の空間温度はコーンカロリー計で測定される総発熱量と,定の関係があり,材料の燃焼試 験 結果 を用 いた 室空 間に茄けるフラッシュオーバー発生予測の可能性を見いだした。 3)壁面上の火炎伝播性にっいては,上方伝播に及ばす表面形状の影響,および水平ま たは上方の伝播に対する薬剤による抑制効果を検討した。その結果,上方火炎伝播速度は 水平方向の韜およそ10倍程度に達するが,外部加熱を受けない場合,火炎は試験体途中 で燃え止まった。しかし,木材表面の細かい溝は上方向への火炎伝播を助長し,平板より も高い位置まで伝播するようになることを明らかにした。また,水平方向・上方向とも木 質 壁 面 上 の火炎 伝播 は難燃 処理に よって 比較 的容易 に阻止 できた 。 木材およぴ難燃処理木材の着火性,発熱性およぴ火炎伝播性を個別に調べた以上の試験 を通じて,それぞれに対する難燃処理の効果を明らかにした。現在,産業界では内装用途 の準不燃木材や不燃木材への関心が高まっている。すでに,本研究で明らかにした薬剤の 性能評価結果を基にそれらを組み合わせた木材用難燃剤が開発され,北海道内の企業で準 不燃木材として実用化されているなど,新しい防火木材の開発に反映できる成果を得た。 本研究は、木材の燃焼特性と難燃処理の効果を明らかにしたもので、業界の発展に寄与 するとともに、学術的にも関連学・協会等においても高く評価されている。よって、審査 員一同は、菊地伸一が博士(農学)の学位を受けるのに十分な資格を有するものと認め た。 125−
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