「マッコウクジラの鳴音解析」の研究について

柳澤政生先生(通信/教授)の最近の研究(インタビュー)
【「マッコウクジラの鳴音解析」の研究について】
リエゾンオフィサー(以下LO):「クジラ」に関する面白い研究をなさっていると伺いましたが、その
あたりをお話し頂けますか?
柳澤先生(以下Y):クジラの生態に関する研究をしています。柳澤研究室では,たくさんいるクジラ
のなかでもマッコウクジラの生態について研究しています。クジラはクジラでも、ザトウクジラの鳴き
声は認識しやすいんですが、マッコウクジラの鳴き声はクリック音なんですよ。認識しづらいんです。
ザトウクジラの研究は大体進んでいて、次は、マッコウかな・・と思っています。
LO:そうすると、クジラ同士のコミュニケーションがどんな風にして行われているかがわかる・・?
Y
:そこまで全然いっていません。クジラは行動範囲が広く、また、深く潜りますので、まず、音を
採取するのが大変なんです。通常、群れをなしているので採取した音から何匹いるかを想像する。その
うちの 1 匹ずつの声を抽出していって、この声はいつか聞いたことがあるからたぶんこいつでしょう、
去年の何月何日に会ったクジラでしょう・・と認識していきます。難しいですけど。
LO:音の波形を分析したりするんですか。
Y
:そうですね。東京大学の先生とやっています。まず、採取した音から波の音などのノイズを削除
して鳴き声だけを抽出します。鳴き声からいろんなパラメーターを算出して1匹目はこれにしよう、2
匹目はこれにしよう。鳴き声にはカッカッカッと鳴くのと、連続でカカカカカッて発信するのと2種類
があるんですね。一頭の中で平常時と何かを仕掛けてくるときは違う声なんです。例えばえさを探して
いるときの声。連続音のときはクジラが、「えさがいるかなあ?」と調べているんだと思うんですよ。
そして反射音でえさがどこにいるっていうのをみているのではないか・・と言われています。それがえ
さをとるときの音じゃないかと。3頭目は急にお腹がすき出したとか、4 頭目とか、5頭目とか、音か
ら抽出していくんです。そこから思考錯誤を繰り返して 1 頭、1 頭抽出していくんです。
LO:このプロジェクトは複数の大学の先生で集まって進めているような感じなんですか。
Y
:そうですね。親玉に東大の海洋系の先生がいらして、日本だと唯一の研究テーマに近いですね。
LO:なかなか聞かないテーマですものね。
Y :この研究テーマがなかなかない理由は、 1 つは大変費用がかかるからです。自分で動く潜水艦み
たいなものでクジラを追っかける装置を作ると1個1億円はかかる。
LO:それは自走型なんですか?
Y
:自走型です。その潜水艦のようなものを造るのがすごく高いハードルなので1回いいのをつくる
と、造った研究者の独壇場なんです。そこに世界からの研究者が集まってくるというようなイメージで
すね。
LO:なるほど。そのプロジェクト名は何というのですか?
Y
:忘れました。(笑)
LO:重点的にある季節を決めて、研究活動なさるのですか?
Y
:はい。回遊しているので、クジラが来る時期が決まっています。だいたいお母さんクジラと子供
クジラ達で群れをなしています。8月頃に小笠原沖に現れる・・とか大体決まっているんです。お父さ
んクジラの方は勝手な方に行くんですよ。北のほうに行ったり。お母さんクジラや子供クジラ達と一緒
に群れをなして移動すると、お父さんクジラがえさを全部食べちゃうので、そういうこともあって父ク
ジラはさすらいの旅にでる。北極に近い方にまで行って、食事して気が向くと帰ってきて、交尾をする
んです。そして、またどこかに行ってしまうんです。
LO:最近ではこの夏に小笠原に行って来られたそうですね。どれくらいの期間ですか?
Y
:1週間ぐらいですね。学生が行ってきました。めちゃめちゃ体調悪くなりますね。(笑)
LO:ずっと海の上なんじゃないですか?
Y
:悲惨です。(笑)
LO:そうでしょうね。小笠原沖っていったら黒潮ですよね。流れがはやいし、これはきついかもしれ
ないですね。
Y
:船をチャーターして。大勢で。
LO:東大の先生の研究室の学生さんも行くんですか?
Y :はい。あと海外からも研究者が来ます。今インドから先生が2年間東大に研究員で来ていまして、
その方も来ます。
LO:でも,世界でもこういったテーマで活動をしている例がほとんどないとすると、国際的にも結構
クジラの生態を探るみたいなことで、注目されるのではないですか?
Y
:クジラの国際会議ってあるんですね。それはすごい人が集まるんですよ。1万人とか。お客様が
すごく多いんですよ。今私がやっているのはロボット系の潜水艦をつくってデータをとって研究を進め
ていこう・・というアプローチです。他にもいろんな生態を観察している人がたくさんいるんですよ。
LO:では、このテーマに関する先生の今の主な研究は、生態を探る為の装置、ロボット開発ですか?
Y
:それが主ですね。機械系の研究。
LO:その結果、クジラの鳴声のデータがとれるんですよね、そして解析も同時に行うわけですか?
Y
:そうですね。情報が大切なんです。そこで、私が登場する訳です。まず、海に潜るための、図体
はそれなりに大きいですけれど潜水艦があって、ほとんどはバッテリーと推進や上下させるだめの機械
的なものなんです。情報処理するところなんかスペースがすごい小さいんですよ。情報処理を高速にリ
アルタイムで解析をしていく。しかもその小さなスペースで。その為、LSIをつくりたいというと私
の領域になってくるんです。
LO:その部分で、クジラ生態研究と先生の研究に関連が出てくるんですね。
Y
:私は情報処理能力のあるボードを作らなくてはいけない。そのボードを潜水艦に乗せてデジタル
系の情報処理をします。あとは変換して解析してクジラがあっちにいるから進んでくれ・・という情報
を出す。
LO:なるほど。そもそもきっかけはどのようなものなんですか?
Y
:うちの学生、Aくんっていうのがいるんですけれど。Aくんのお父さんなんですよ。このプロジ
ェクトの親分が。親子クジラなんですよ。ひょんなことから。(笑)
LO:それは今年なんですか?
Y
:今年になって急に。
LO:その学生さんが研究室に入って。
Y
:私の部屋に入ったときにはやらないつもりで入ったんです。4年生の時は1年間違うことをやっ
てて修士の1年生になったんですけど、ある時急に、親を継ぐと言いました。
LO:そういったご縁で、今年から新たに1つのテーマが生まれたんですね。今後の計画はあるんです
か?ボードの設計の最適化を進めていくということでしょうか?
Y
:やらなきゃいけないですね。次の調査は再来年になると思うんですけど,それまでに情報処理系
は完成させなければいけないので。
LO:他の大学はほとんど関わってないんですか?東大と早稲田ぐらいですか?
Y
:そうですね。インドの大学とか。
LO:日本では、他ではその研究はやってないんですか?
Y
:できない。お金がかかるのと、儲からない。よっぽどの手腕が必要。
LO:要はクジラがどういう風な生活をしてるかというか…?
Y
:そうですね。そうとう解明されるはずなんです。でも追っかけるのが大変なんですよ。マッコウ
は軽く 2,000 メートル潜っちゃうんですよね。絶対ついていけないんです。
LO:その潜水艦はある程度深くまで潜ることが可能なんですか?
Y
:そうですね。でも 2,000 はきついですね。深海とかというのとは違いますからね。特別なものを
つくらなければならない。クジラ結構速いので、全然追いつかない。
LO:海の中では電波の伝わり方って地上と一緒なんですか?信号きますよね。電波が。
Y
:速い。
LO:速いんですか。そうすると深さによって違うんじゃないですか?
Y
:違いますね。
LO:そうでしょうね。密度が微妙に違ったりとか。そういうのもプログラムの中に書き加えたりする
必要が出てくるんですか。
Y
:マイクで全部拾ってて、マイクの指向性っていうのはすでに何度か誤差があるんですよね。こっ
ちにいるはずだ、と思っても誤差があるんですよ。
LO:それがくじらが離れてれば離れてるほどそうとう違いますよね。
Y
:マイクの間隔を10メートルぐらい離したいんですね。あんまり近づけても距離がわからないん
です。方角が。10メートルというと1つの潜水艦の距離をはるかに超えているので、1 個はブイを浮
かして海の上に固定させます。それと潜水艦とうまいこと合わせてこの辺にいるはずと無線通信するん
ですよ。ここのブイと実際に機が乗っているボートと無線で通信するとなると、そうとうなネットワー
クを組まなきゃいけないんです。
LO:ブイだと流されちゃうんじゃないですか?
Y
:流されたら流された分の補正をするんです。ブイのところにもコンピュータがあると思うとわか
りやすいかもしれません。
LO:なるほど。GPS などは使わないんですか?
Y
:使います。GPS は海の中ではだめなので、GPS を使ってブイが連絡して、それをまたフィード
バックかけてやっています。結構壮大なんです。
LO:そうですね。自然のものが相手ですからね。
Y
:今、千葉工大がクジラに発信機つけて、人口衛星で追いかけているというプロジェクトを行って
いて、新聞等でご存知な方も多いのではないでしょうか。
LO:東大の先生は、最終的にはどんなところまで研究そのものを進めようか考えていらっしゃるので
しょうか?
Y
:当面は、クジラなんですけれど、次、イルカっていうターゲットがあるんです。しかも、揚子江
とかインドなんかで生息している、絶滅に近いものを次のターゲットになさっているんです。
LO:そういった絶滅の危機にあるイルカは、どういった生活をしてどういう習慣を持っているかを調
べるんでしょうね?
Y
:はい。イルカやクジラの生態は全然わかっていないのに等しいんです。あとは、例えば小笠原な
ら小笠原の観光収入を得るために、「クジラがそろそろ来るぞ・・」というのがわかると、ホエールウ
ォッチィングをやるんです。そのセンサーだけでも、充分儲かるし、村おこしにもなります。
LO:それは、確かによいお話ですね。そのほかに、最近の研究トピックスはありますか?
Y
:テーラーメイド医療なんかをやっていますよ、ゲノム解析の・・
LO:テーラーメイド医療というのは、何かカスタムされたものですか?
Y
:一番近いのは、お医者さんでお薬出しますよね、人によって、副作用が違うんですね、で、副作
用が違うものをゲノムレベルで解析すると、「この人には効く」「この人には副作用が強く出る」という
のがわかるようになってきているんです。和製英語だと、「オーダーメイド」というのが近いかもしれ
ないですが、世間一般では、「テーラーメイド」と言われていて、その人にあわせたお薬を出しましょ
うとか・・そういう医療です。
LO:それは、ゲノム・・遺伝子情報の解析をなさっているんですね。
Y
:そうです。それには、かなりのコンピューターパワーが必要なのですが。
LO:このお話はまたの機会にお伺いしたいと思います。大変興味深いお話を伺うことができました。
今日はありがとうございました。
2002.12
リエゾンオフィサー:宮澤雅好
(研究支援課課長)