アイデンティティとライフサイクル

2014 年 5 月 16 日第 6 回マクロゼミ
エリクソン『アイデンティティとライフサイクル』
担当班:齋藤・杉本
エリク・ホーンブルガー・エリクソン(Erik Homburger
Erikson, 1902 年 6 月 15 日 - 1994 年 5 月 12 日)は、ドイ
ツ生まれのユダヤ人で、後にアメリカに移住した発達心理学
者、精神分析家・思想家である。「アイデンティティ」の概
念を提唱したことで知られる。ユダヤ系デンマーク人の母の
もとに生まれた。北欧的な風貌を持つためにユダヤ系社会で
差別を受けると同時に、ユダヤ人としてドイツ人から差別を
受けるという二重の差別を受けて育った。また、実父の名を
母親から明かされず、その出自もわからない状況の中で育っ
ており、差別や彼の出自に関する環境がその後のアイデンテ
ィティの概念についての理論・思想形成に大きく影響している。大学進学を目指す生徒が
集まるギムナジウムでは歴史と言語を専攻に勉強した。ギムナジウム卒業後、芸術学院進
学も卒業はせずに放浪生活を送る。正規の大学とは無縁のキャリアを進みながらも、25 歳
の時に精神分析の創始者であるフロイトの娘アンナ・フロイトの弟子となり、精神分析所
の資格を獲得する。
1933 年にナチスドイツが政権を掌握したことで、アメリカに移住し、後にアメリカ国籍
を取得した。アメリカで同一性に苦しむ患者と出会い、多義的な意味を持つアイデンティ
ティという概念を持つに至った。アイデンティティの概念の提唱は心理学だけでなく社会
学や文学研究にも大きな影響を与え、エリクソンも晩年の著作である『ガンジーの心理』
(1973)で心理=歴史研究という総合的な学問の道を切り開いた。
主な著作は、『幼児期と社会』(1950)、『アイデンティティとライフサイクル』(1959)、
『ガンジーの心理』(1973)、『ライフサイクル、その完結』(1989)。
〈参考文献:wikipedia、岩波哲学・思想辞典〉
問 1 .ア イ デ ン テ ィ テ ィ は ど の よ う に 形 成 さ れ る の か 、 ま た 形 成 に 支 障 が あ る 場 合 は
どのような時か。以下のキーワードを用いて説明せよ。<キーワード:斉一性、連
続性、信頼、不信、拡散>
[引用]
p.6 成長しつつある子どもが、生き生きとした現実感を獲得するのは、次の二つの自覚を持
つ場合である。一つは、経験を積み重ねていく自分独自の生き方(自我統合)が、自らの
属する集団アイデンティティの中で、成功した一事例として認められているという自覚。
そしてもう一つは、そうした自分独自の生き方が、集団アイデンティティの求める時間=
空間と一致しているという自覚である。
p.7 パーソナルアイデンティティを持っているという意識的な感覚は、同時に生じる二つの
観察に基づいている。一方は、自分自身の斉一性と時間の流れの中で連続性を直接的に知
覚すること。他方は、自分の斉一性と連続性を他者が認めてくれるという事実を知覚する
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こと。
同上 f したがって自我アイデンティティとは、その主観的側面においては、以下の事実の
自覚を意味する。一つは、自我を統合する秩序としての自己斉一性と連続性があるという
事実の自覚。もう一つは、自我を統合する秩序が効果的に働くのは、他者に対して自分自
身のもつ意味が斉一性と連続性を保証されている場合であるという事実の自覚である。
p.18 すなわち、抑圧・排斥・搾取に基礎をおいたあらゆるシステムにおいて、抑圧されて
いる者・排斥されている者・搾取されている者は、無意識のうちに、支配者たちによって
自分たちがその代表とされてしまった邪悪なイメージを受け取り、それを正当なものと信
じてしまうという事実である。
p.52 健康的なパーソナリティを構成する最初の要素を、基本的信頼の感覚と名づける。…
この「信頼」という言葉は、他人との関係においては、普通の意味でほどよく人を信頼し
ていることを、自分との関係においては、信頼に値するというシンプルな感覚を意味して
いる。
同上 f 成人において基本的信頼の欠損は基本的不信として表れる。 基本的不信は、自分自
身との関係や他者との関係がうまくいかなくなると、特有の方法で自分の殻に閉じこもっ
てしまう人々に特徴的である。
p.95f 自我アイデンティティという形で生じつつある統合 the integration は、子ども時代
の同一化の総和 the sum of the childhood identifications を超えたものである。この同一化
の総和は、これまで連続してきた段階におけるすべての経験から生じる内的資源 the inner
capital である。同一化がうまくいくと、個人の基本的な欲動が、その人の資質や機会とぴ
ったり合致する。
p.99 一般に、職業的アイデンティティを決められないことが、何よりも若い人々を混乱さ
せる。自分自身を拡散させないために、一時的に彼らは一見すると完全にアイデンティテ
ィを喪失したと思われるほど、徒党や群集の英雄たちに過剰に同一化する
[解答]
アイデンティティが形成されるということは、自分自身のパーソナルアイデンティティ
を持っているという感覚を持つことである。そのためには、自分自身の斉一性と時間の流
れの中で連続性を直接的に知覚すること、自分の斉一性と連続性を他者が認めてくれると
いう事実を知覚すること、といった二点のことが必要となってくる。アイデンティティが
形成される要素として重要となる二点を私的な解釈も交えながら以下で説明していく。
まず、前者の自分自身の斉一性を時間の流れの中で連続性を直接的に知覚することは、
自我を統合する秩序を見出し自己斉一性と連続性があるという事実を自覚するということ
である。これは、私的な理解になるが、自分自身が自分の行動の物語をつくり、物語を了
解するということである。後者の自分の斉一性と連続性を他者が認めてくれるという事実
を知覚するとは、他者に対して自分自身のもつ意味が斉一性と連続性を保証されている事
実を自覚するということである。これもここから私的な解釈になるが、先に説明したよう
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な自分の物語を他者も了解しているという確信を得られるかということである。他者が自
分の物語を了解してくれるとは、思い描いた物語を他者が知り、それを了解するというこ
とではない。物語を描いたことにより、自分が A という人物であるという自己認識を抱き、
A という人物であるという自己認識と同様の認識を周囲の他者がしてくれているというこ
とである。そして、この様に思ってくれているということを了解するということである。
ここで、ポイントになるのはどちらも事実を自覚することが大切であると述べている点
である。この自覚、特に後者の自覚のためには信頼の感覚が必要となってくる。ここでい
う、「信頼」という言葉は、他人との関係においては、普通の意味でほどよく人を信頼して
いることを、自分との関係においては、信頼に値するというシンプルな感覚を意味してい
るものである。なぜ、信頼の感覚が大切になるのかというと、先に説明した自覚は、この
信頼により形成されるからである。これは、自身に対する信頼がなければアイデンティテ
ィ形成のための自覚がなされないために必要となる。他者に関しては、他者に不信の状態
であれば、他者から自分自身のもつ意味が斉一性と連続性を保証されている事実を自覚す
るが難しくなるために必要となる。そのために、信頼は健康なアイデンティティ(パーソ
ナリティ)を築くためには不可欠な要素であると言える。
これまで、説明したアイデンティティが形成される要素がどのように働きアイデンティ
ティが形成されるのか、また働かないことにより形成されないのかということを以下で身
近な例を挙げながら説明していく。
例えば、一般的に不良とされ、また周囲も不良として認識している人物である B 君とい
う人物がいるとする。B 君はスポーツに打ち込み、推薦をもらえるほどの実力者であったが、
怪我でそのスポーツができなくなったことにより、自分自身を見失い、自暴自棄になった
ことにより不良となってしまった。B 君は、怪我をしたのちに起こした行動により、自身を
不良と認識している。また周囲も、B 君の粗暴な振る舞いから、B 君を不良だと考えており、
B 君も周囲がそのように考えているということを感じ取り、自分は不良であると認識してい
る。B 君は自身の行動を振り返り、自分自身を不良として自己認識し、また周囲もそのよう
に思っているということも認識し、了解したために不良というアイデンティティが築かれ
ることになった。だが、B 君が自暴自棄に陥った後に、自分はこのような不良ではいけない
と考え、規則正しい行動を取り優等生になったとしよう。B 君が優等生になったとき、B 君
はどのような物語を描き了解するか、またどのように周囲が B 君を認識しているかという
二点が一致しなければ、B 君のアイデンティティは形成されない。まず B 君が自身に関し
てどのような物語を描くか、そして了解するかということに関しては、B 君はそれまで不良
であり、この不良を乗り越えて自身は優等生になったんだというアイデンティティを築け
るかどうかにかかっている。B 君は自身を結局、元々自分は不良じゃないかなどのことを思
えば、B 君のアイデンティティは揺らぎ、形成されないことになる。また、周囲がどのよう
に B 君を認識しているかということに関しては、B 君が周囲を信頼できず、結局あいつは
不良だろと思っているだろうという認識をし、その事実を了解してしまうと、B 君が仮に自
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身に対して優等生としてのアイデンティティを持っていたとすると、そこでアイデンティ
ティの引き裂かれが生じ、本当の自分とはなんだろうかといった形でアイデンティティ拡
散を引き起こすことになる。そのために、それが仮に良質であるものであろうとなかろう
と、自分に対する自己認識と他者が自身に対して行っている認識が一致していることがア
イデンティティを形成する鍵となるといえる。
問 2.幼 年 期 か ら 青 年 期 に か け て ア イ デ ン テ ィ テ ィ は ど の よ う に 発 達 し 、そ れ ぞ れ の
時期はどのような特徴を持つのか。
【引用】
p.53 この時期において、乳児は口を通して生き、口によって愛し、母親は乳房を通してい
き、乳房によって愛する。
p.67 さらに言えば、筋肉システムの中でも、括約筋は、硬直と弛緩、屈曲と伸長が明確に
区分されない唯一の筋肉である。そこでこの段階全体が自律を求める戦いとなる。なぜな
ら幼児は、より確実に自分の足で立つ準備ができると、自分の世界を「私」と「あなた」、
「私に」と「私のもの」として線を引くようになるからである。
p.68 自尊心を失うことのない自制心の感覚から、永続する自立と誇りの感覚が生まれ、
[逆
に]筋肉や肛門の不能感・自制心の喪失感・親から過剰にコントロールされている感覚か
ら、永続する疑惑と恥の感覚が生まれる。
p.76 自律の問題に確かな解決を見つけると、四、五歳の子どもは次の段階、すなわち次の
クライシス
危 機 に直面する。自分が一人の人間であるという強い確信を得ると、今度は、自分がどの
ような種類の人間になろうとしているのかを見出さなくてはならない。
p.79f 男の子は、最初の生殖器的な愛情を、他の点では自分の身体に安心感を与えてくれ
る母親的な大人に結びつけ、最初の性的な競争意識を、その母親的な人物を性的に所有し
ている人物に対して抱く。他方、女の子は、父親や他の重要な男性に愛着を持ち、母親に
嫉妬する。
p.81 男の子の場合、真正面からの攻撃により「ものにする」という点が強調されるが、女
の子の場合には、この「ものにする」が、自分自身を魅力的でかわいらしく見せるよう変
イニシアティヴ
化することがある。こうして子どもは、男性的・女性的な自 主 性 の必要条件となるもの、
すなわち、社会的目標の選択とそれを達成するための忍耐力を成長させる。
p.86f さて、これから第四の段階に取り組まねばならない。それは「私は私が学ぶもので
ある I am what I learn」という段階である。子どもは、何かを開始するにはどうしたらい
いのか、他人とたくさん付き合うにはどうしたらいいのか、その方法を教えてもらいたが
る。
p.93 そこで教師の選択と訓練は、この段階の子どもたちに降りかかる危険を避けるために、
非常に重要な意味を持つ。第一に、前述した劣等感、自分は何の役にも立たないという感
情がある。この問題に対応するには、子どもができることをどのように強調すればよいか
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理解し、子どもに精神医学上の問題があった時にはそれに気づくことのできる教師が必要
である。
ス キ ル
ス キ ル
p.95 技術の世界、および新しい技術を教え分かち合う人との間に良好な関係が築かれると
子供特有の時代は終わりを告げる。そして青春時代が始まる。しかし思春期と青年期には、
セイムネス
コンティニュイティ
それまで依拠していた斉一性と 連 続 性 のすべてが、再び問い返されることになる。なぜ
なら、子ども期の初期に匹敵するほどの早さで身体の成長が急速に進み、さらに身体的な
生殖器の成熟が全く新たに付け加わるためである。…若者たちは…〈自分自身についてど
う感じるか〉と〈他人の目に自分がどう映るのか〉を比べ、あるいは、〈それまで培ってき
た役割や技術〉と〈この時代の理想となるプロトタイプ〉をいかに結びつけるかという問
いに没頭する。
p.124 青年期とは、子ども期の最後の、締めくくりとなる段階である。しかし、青年期の
アイデンティフィケーションズ
発達過程は、その個人が子供期の 同
一
アイデンティフィケーションズ
化 を新しい種類の 同
一
化 に従属させ
たときに初めて、最終的に完結する。この新しい同一化は、社会性を身につけ、同じ年代
の若者たちと共に、その間で、競争的な徒弟期間を過ごす中で達成される。そこには子ど
も期の陽気な遊び心や若者特有の実験的な熱意といった特徴は、もはや見られない。それ
らの同一化は、恐ろしいほど切迫感を伴って、若い人々に選択や決心を強制する。そして
その選択や決心はますます緊迫感を高め、より決定的な自己定義・撤回できない役割パタ
ーン・さらには「人生への」コミットメントに、若者を導く。
【解答】
エリクソンは、人間のアイデンティティの形成は幼年期から青年期にかけてそれぞれの
時期に起こるアイデンティティの危機に対して、周囲の環境にサポートされながら、自身
で克服することによって行われると考えた。アイデンティティの形成は、一方で幼年期か
ら青年期にかけてそれぞれの時期に起こるアイデンティティの危機を、周囲の環境にサポ
ートされながら、自身で克服することによって完結するという共通の方式がある。他方、
それぞれの時期の特徴があり、エリクソンはフロイトが主張した 5 つの性的発達段階(口
唇期1、肛門期、男根期、潜伏期、性器期)を踏まえて説明している。以下、幼年期から青
年期のアイデンティティ形成の特徴を説明する。
幼年期において人は、自律を獲得するために恥・疑惑という危機に対抗する。1 歳過ぎた
ころから確実に自分の足で立つ準備ができると親に支えられて維持していた身体を自分で
支える状態となる。また、その後トイレの際に排せつ物をためる構造ができることで排せ
つ行為を我慢することができるようになる。前者の一人で立つという行為によって幼児は
1
幼年期の前の乳児における発達段階のこと。乳児は口からすべての情報を取り入れて成長
する。対象に吸い付きそれが何であるにしても自ら進んで受容的に取り入れようとする。
母親は乳児の口の感覚に乳房を通じて対応し、刺激を与える期間を考慮することによって
信頼関係を構築することができる。
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自分の世界を「私」と「あなた」のように明確に区分することができるようになる。また、
その後排せつのコントロールができるようになると、自分自身をコントロールする感覚を
身につけることができるようになる2。その際に他者から過剰なコントロールを受けるか、
あるいは反対に放置される状態になると、自分自身の意志で筋肉を収縮させて排せつのタ
イミングを調整することができずに、自身の自律への疑惑と恥の感覚に陥ってしまう。周
りの家族や環境のサポートを受けながらそれらの課題を克服することで自律を身につけ、
次の段階へと進むことができる。
4、5 歳になると自身の自律からどのような人間になろうかという課題に向き合うように
なる。どのような人間になろうかと考えた時、最初の目標となるのは一番身近な大人であ
る父親か母親である。子どもたちは異性の親を「ものにしている」同性の親を目標にしな
がら競争心を持つようになる 3。しかし、親に遠く及ばない身体と精神面の発達を自覚する
ことで男の子は父親に女の子は母親に嫉妬する。この対抗心的な営みが男性・女性それぞ
れの自主性を発達させる。子どもはこの時期において、目標を目指すことによってそれを
達成するための努力と忍耐を身につけるのである。
学校に行くようになる(6 歳~)と子供は次の段階である「私は私が学ぶものである」と
いうアイデンティティの形成を行う4。子どもたちは遊びによって人間関係や社会のルール
を学びつつ、学校での勉強という個人的に興味の湧かない物事を習得しなければならない。
この段階において社会の強制力が初めて見え隠れする。子どもたちは、遊びや幻想とは異
なるような自分では考えつかない現実・実用的な事柄を学習することができる。この学習
によって現実世界で働く大人の社会に参加しているという感覚を得ることができるのであ
る。この段階の危機は社会が見え隠れする中で感じる自身の劣等感である。学校での評価、
或いは学校生活の中で他者と自信を比較した結果、自信を無くして退行することを望む可
能性がある。この危機を回避するためには、教師が精神的不安を抱える生徒に気づき、自
分にできることがたくさんあることを気づかせるような人でなければならない。
以上のようなアイデンティティは自分自身の成長だけにフォーカスした個人的な能力の
ス キ ル
発達を繰り返す中で形成される。自分自身の成長に必要な技術 を身につけ、また周囲の人
間からその技術を認められることによって完結し、この時少年期は終わりを告げる。そし
て青春時代が始まり、思春期と青年期のアイデンティティを形成していくのである。この
思春期において子ども期の初期と匹敵する早さで身体的に成長し、生殖器も成熟していく5。
2
第二段階の肛門期における感覚。自分自身で排せつを意識して適切な時にトイレに行くと
いうトイレットトレーニングが可能になる。
3 第三段階である男根期の葛藤。性器に関心を寄せ、性器欲求が集中する時期である。未発
達な段階での関心であり、両親のように性的関係をもつことができないという事実に深い
挫折を味わう。(エディプスコンプレックス)
4 第四段階である潜伏期に対応している。学業や人間関係に関心が移ることで、男根期にお
ける未発達な初期段階の性器欲求が抑圧される。
5 第五段階の性器期の時期である。
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思春期・青年期の子どもたちは〈自分自身がどう感じるのか〉という視点から離れて〈他
人の目に自分はどう映るのか〉という客観的な考え方を身につけるようになる。それまで
は自分自身の役割や技術の形成のみに没頭していたが、そこから発展して他者に映る自分
や社会の理想像を自分といかに結びつけるかという問いに没頭するようになるのである。
青年期は、この子ども期のアイデンティティを思春期・青年期で形成した新しい種類のア
イデンティティに組みこむことによって完結する。この新しいアイデンティティは社会に
係る最初のステップの段階を踏む。青年たちは、社会が求める人物像を見据えながら社会
性を身につけようと努力する。この段階でのアイデンティティの形成は、社会から受ける
切迫感を伴って、青年たちに選択と決心を必要とする。少年期までの陽気さと縛られない
実験的な熱意は見えなくなり、代わりに社会の中の役割に導かれながら将来への誓約をた
てることで社会的なアイデンティティを形成していくのである。
問 3.p177「 < 人 間 の い わ ゆ る 生 物 学 的 な 適 応 [の 問 題 ]> を 、< 自 ら が 属 す る 共 同 体
の変化しつつある歴史の中で発達するライフサイクルの問題>にする」とあるが人
間の歴史や文化(のサイクル)がアイデンティティの形成にどのように影響を与え
るのか答えよ。
【引用】
p.54 ところで、赤ちゃんの生命を維持するために何が起こるべきか(与えるべき必要最低
限)、もしくは、赤ちゃんが身体的にダメージを受けたり慢性的な混乱状態に陥ったりしな
いためには何が起こってはならないか(初期に耐えうるフラストレーションの最大値)と
いう二点については非常に明確であるが、何が起こってもよいかという点についてはある
程度の幅が残されている。
p.75 あらゆる大国は(あらゆる小国も)ますます現代生活の複雑化や機械化の困難に直面
し、より大きい単位の・より大きい領域の・より相互依存的な組織の問題に呑み込まれ、
それによって個人の役割を再定義する必要に迫られている。この国の精神にとって重要で
あり、世界にとっても重要であるのは、ますます平等と個の意識が高まるのは、次第に複
雑化していく組織において分化された機能が必要とされる事実に由来するという点である。
p.109 しかし、民主主義にとって安全な世界を作りたいならば、まずは民主主義を健康な
子どもにとって安全なものに作り上げなくてはならない。
p.176 ここでも再びハルトマン(1939)が、新しい考察への端緒を開いた。ハルトマンは、
人間の乳児が「平均的に期待可能な環境 average expectable environment」に予め適応し
た状態で生まれると述べた。ここには、より本物の生物学に近い内容とともに、必然的に
社会的な定式が含まれている。というのは、どれほど理想的な母子関係であっても、それ
だけでは、乳児を生き延びさせるのみならずその子の成長と独自性の潜在性を発達させる
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エコロジー
微妙で複雑な「社会環境 milieu」を説明することはできないからである。人間の 生 態 は、
その特徴として、自然・歴史・テクノロジーに対する絶え間ない再適応を含んでいる。つ
まり、絶え間ない社会的な新陳代謝と、恒常的な(たとえごく小さな変化であれ)伝統の
再構成こそが、新たな世代の乳児たちにとって、環境の「平均的な期待可能性」を可能に
してくれる保証なのである。今日、急激なテクノロジーの変化が主流となった時代にあっ
て、科学的手段により、しかも柔軟な形を保ちながら、子育てと子供の教育に「平均的に
期待可能な」連続性を作りあげる課題は、実際、人間の生死をかけた問題になりつつある。
p.177 言い換えると、人間の環境は、一連の、多かれ少なかれ不連続であるとしても、文
化的・心理学的に一貫した段階を…許容し保証しなくてはならない。…その結果として、
精神分析的な社会学は、以下の課題に直面する。すなわち、人間の環境を、より年長でよ
り成熟した複数の自我が、若い複数の自我に対して、一連のまとまりをもった平均的に期
待可能な環境を提供しようとする組織的な努力にそのつど加わってゆく絶え間ない試みと
して概念化する課題である。
p.186 今日のテクノロジーの発展や経済的発展は、例えば農民的・封建的・貴族的・商業
的なイデオロギーの中で発展してきた、あらゆる伝統的集団アイデンティティや集団の連
帯の内部に侵入しつつある。多くの著者が指摘しているように、こうした全面的な発展は、
結果的に、宇宙的な前体制の感覚も、神の摂理に基づく計画も、生産(と破壊)の手段に
対する天の制裁も、すべて奪ってしまうように思われる。その結果として、この世界の大
部分の人々は、全体主義的な世界観に、すなわち、ミレニアムや社会の大変動を予言し、
神の死を唱道するような世界観に、魅了される用意をしてしまっているのではないか。今
日におけるテクノロジーの集中化は、こうした狂言的なイデオロギー信奉者たちの小集団
に、全体主義的な機会となるための具体的な力を与えてしまう可能性がある(Erikson,
1953)。
p.190 それよりも、否定的な集団アイデンティティへ向かう悪性の傾向を描写する方が容
易である。そうした傾向は、特に我が国の大都市に住む若者の一部に広がっており、そこ
では、経済的・民族的・宗教的な周縁部にいると、肯定的なアイデンティティを築くため
の基礎がほとんど与えられていない。この場合、否定的な集団アイデンティティは自然発
生する徒党形成の中に探し求められ、その形態は、近隣ギャング・ジャズ群集・麻薬組織・
同性愛者のサークル・犯罪組織など様々である。
【解答】
問 1 問 2 では個人のアイデンティティの形成が、その人の周囲の人間や生活環境によっ
て支えられていることを述べてきた。本問では、社会の歴史や文化の関係が個人のアイデ
ンティティにどう影響するかを考える。
人間は、幼年期から成人期そして老年期まで様々な発達の段階を踏んで自身のアイデン
ティティを形成する。この発達には常に社会が関わっていて、個人の発達の裏側には社会
の影響が大きな要素となる。ここで言う社会は自分が直接関わる近隣的な社会から、一つ
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のイデオロギーを形成するような国家単位の社会まで包括的な意味合いを持つ。どちらの
意味にせよ、エリクソンは個人のアイデンティティの形成に際して社会の影響を重要視お
り、今生きる人々は次の世代が適応できるような社会を形成する義務を有していると主張
している。本文で用いられているハミルトンの主張では、『人間の乳児が「平均的に期待可
能な環境 average expectable environment」にあらかじめ適応した状態で生まれる…』
(p.176)とあり、エリクソンはその論から発展させて人間の発達段階を論じている。乳幼
児から発達の様式を考察してきた本著では、常に周囲の環境との相互関係が重要であると
いう論拠が見て取れる。人類の歴史の中で、その時代の環境に適応できた人たちが子孫を
残すことによって、乳児は環境の変化に適応できる素質を予め備え、社会的な発達の定式
を持って生まれるようになった。個人の成長は乳児の段階から既に母子関係を越えた、そ
の子自身の潜在的資質が対応できるような平均的・安定的な「社会環境」が必要なのであ
る。この社会環境は、人間の歴史の中で形成され、常に再構築される伝統の積み重ねによ
って維持されている。それぞれの時代によって文化や考え方の違いはあるが、赤ん坊の生
命を維持するために何をするべきか(与えるべき必要最低限のものは何か)と成長に支障
をきたす混乱状態に陥らないためには何が起こってはいけないのか(フラストレーション
の最大値)という基準値の範囲内にある環境を表している。この再構築によって子どもた
ちが再適応できる範囲での社会環境の「平均的な期待可能性」を可能にしている。
本著の論は、近代の子どもの個別的な精神分析を主としながらもその背景にある全体的
な近代の変化の著しさを示している。子どもにおける自身への不安や成長しても持つ親へ
の内的依存性は、近代において宗教が生み出す公共性や慣習を重んじる伝統的な感覚を奪
ってしまった結果、他者との関係性の希薄になったために生まれたものである。エリクソ
ンは、この共同体の喪失によって現代のアメリカの若者が自閉的・退行的な逃避を行って
いると考えた。経済的・民族的・宗教的・主教的な周縁に追いやられてしまうことで人間
のアイデンティティ形成に必須である社会からの肯定を与えらくなってしまっており、そ
うした人たちが現代の画一的な要求から外れてギャング・麻薬組織・犯罪組織を構成して
いるのである。現代で民主主義と資本主義のイデオロギーを形成する国々が多数ある中、
先進国を中心として資本主義の優先的な思想が形成されている。その内実を見ると平等を
うたう民主主義の社会の中で経済的な格差が生まれ、機会の平等と個人の自由という主張
が絶対的に正しいものであるという考え方が個々人に生まれている。その結果、国内外問
わずますます競争が激しくなると同時に、より複雑で変化の激しい時代が形成され、個人
はより大きな組織の中に組みこまれて自身の役割を再適応できなくなっている。しかしエ
リクソンは、近代から始まるこの激しい変化の時代の中で、人間の環境をより年長の世代
が次世代の子どもたちに継続する平均的な期待可能性を持つものとして提供する努力を続
けることが必要だと考え、現代に起こるアイデンティティの危機を本著において警鐘して
いたのである。
近代が変化の時代であったように現代も変化の時代であるが、その変化の中に安易な停
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滞と閉塞が伺える。自分たちが生きる時代の考え方が永遠の真理であるという盲目的な信
仰が現代の閉塞感を生んでいる。エリクソンの社会的歴史的な精神分析の考察は、近代よ
り危うくなった現代における個人のアイデンティティ形成に際して歴史的な背景の理解と
平均的な社会環境の再構築を読者に訴えている。
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