大島順子さんからの回答 (PDF 822KB)

講演での質問に対するお答え
大島 順子
2016/11/28
6項目(最後の1つは会場での質問)
▶︎フランスでは農業ハウス等の人工物はありませんか?あればどのように受け入れていますか?
フランスの果物や野菜の栽培農地面積に占める施設栽培用地は 4%弱と低いです。しかも、農業ハウスなどは野菜の栽培に適していて生産
量も多い温暖な地域に集中しているので、そうでない地域を普通にドライブしていると全く見かけることがありません。南仏をドライブ旅
行したときに、地中海沿いの丘陵地帯にビニールハウスがたくさんあるのを見て、フランスにもこういう風景があるのかと驚いたのを覚え
ています。
フランスがスペインやオランダのように広大な土地を人工栽培のために使うことはあり得ないと思っていたのですが、少し前からは企業も
参加した大規模な集約農業を行うプロジェクトが立ち上がっていることが話題になっています。搾乳牛 1,000 頭(合計 1,720 頭)をドイ
ツ型の超近代的な酪農工場ファームの中で飼育し、し尿処理施設でメタンガスをつくって電力として売る「千頭の牛ファーム」とあだ名が
付いたプロジェクトが 2009 年に立ち上がったときには、地元住民、環境保護を訴える人達、伝統的な農業を行う人々が激しい反対運動を
おこない、全国ニュースでも大きく扱われました。最近では、1 カ所の施設でトマトを 1 日に 50 トンも生産する農業ハウスのプロジェク
トなども持ち上がっています。フランスもグローバリゼーションの波には勝てないのかもしれません。
都市から農村に移り住んだ人々を「ネオ農村住民」と呼んで調査した報告では、地元の農業者にとっては生産の場に過ぎない土地を使用す
るのですが、農村の自然に憧れて移住したネオ農村住民たちは、大規模な集約農業を環境破壊だと受け取るので、両者の間に衝突が起こる
ケースもあると記述されていました。
▶︎フランスと日本どちらが住みやすいですか?(物価、文化、人づき合いなど)
それぞれに良いところと悪いところがあるので、良いところだけ合わせたらとても住みやすいだろうと思います。
通貨がユーロになってからフランスの物価は急上昇しましたが、それでも生鮮食料品の価格は日本よりもかなり低いです。日本では、無く
ても全く困らないものはフランスと比べて非常に安いので面白いです。フランスは、国の政策でも個人生活でも、生活に最低限必要な基礎
的なところから固めていく国で、日本は逆に、部分的でも贅沢をすることで豊かさを味わう国だと感じています。
私がフランスの居心地が良いと感じるのは、無理に人と同じように振る舞わなくても良いこと、思っていることをストレートに言っても許
されることです。労働時間が日本より短いために(年休は 5 週間以上、週 35 時間労働、残業は振り替え休日にする)友人同士で過ごせる
時間が長くなるので良いです。フランス人は冗談を連発するので楽しいですが、議論好きな人たちなので、政治批判が長々と続くときなど
には閉口することもあります。
友人として付き合うときのフランス人は本心しか言わないので、相手が本当は何を思っているのかを推察する必要はないのでリラックスし
ていられます。ただし、フランス人は個人それぞれの考えや好みを尊重するだけに、自分が望んでいることは全て言葉で意思表示しなけれ
ばならないので疲れます。そういう意味では、生まれ育った習慣や文化の中で、何も言わなくても意思疎通ができる日本の方が住みやすい
と言えます。
フランスで暮らすときの最大の問題は、企業や店舗のスタッフにサービス精神がないことです。買ったものが不良品だったり、保証期間中
に壊れたりしたときには、メーカーなり店舗なりに「お願いして」解決しなければならないので大変な苦労をすることになります。しか
し、私が顧客のクレーム対応をする立場で働くようになった場合を想像すれば、「お客様は神様」の応対をしないで済むならストレスがた
まらずに良いだろうとは思います。
1
▶︎村への移住が進み、人口が増えても小さな村のままでいるのはなぜか。
農村人口は増えているのに、全コミューン(市町村)の半分が人口 500 人にも満たない小さな村であるのはなぜか、というお質問でしょ
うか?
フランスにはコミューンの数が異常に多いという特徴があります。都市から農村に人口移動があったくらいでは、小さな村が大きな村にな
ったり、町になったりしなくても無理はありません。
フランス本土のコミューンの数は長らく 36,000 を超えていたのに、ようやく 35,585 にまで減少はしました。しかし、総人口は 6,450 万
人ですので(日本の約半分)
、フランス人を全国のコミューンに均等に振り分けると、全てのコミューンが農村(人口 2,000 人未満のコミ
ューン)となってしまいます。現在、農村は 3 万余りを数え、人口 500 人未満の小さな村は 2 万弱あります。200 人未満の村は 1 万、
100 人にも満たない村も 3,500 近く存在しています。
たとえ現在の都市住民の 3 人に 1 人が農村に移り住んだとしても、各農村での人口増加は平均 500 人程度に過ぎません。実際には、不便
な生活を強いられる過疎地の小さな村に移り住む人は少ないはずですので、小さな村は数多く残り続けるでしょう。
小さな村を無くすための市町村合併をすれば話しは別ですが、フランス人は村に愛着があるので猛烈な反対運動が起きるだろうと思いま
す。地方圏は合併が成立して今年から 22 から 13 になりましたが、県の合併も必要だと数年前から言われているのに進展していません。
市町村の方は、周辺のコミューンが協働する市町村共同体を形成することによって、小さな村でも合併せずに機能できるようにしていま
す。
▶︎田舎の既存の住民と新しく移住した住民の関係はどうなのか?
日本では農村に入った人を「移住者」と呼びますが、フランスでは単に「引っ越してきた人」ですし、IターンやUターンという単語も存
在しません。社会学者は、都市に嫌気がさして農村に移り住んだ人々を「ネオ農村住民」と呼んで分析・研究しています。
フランスで都市から農村に移り住む人々が目立ち始めた 1970 年代には、ささやかな農業を営んでいた農村住民は都市からの移住者を「割
り込んできた人たち」という目で見ていたと言われますが、都市と農村で生活様式の差が消滅した今日では移住者が区別されることはあり
ません。それでも、農村に移り住んだ都市住民たちが既存の住民と話すときには、自分ないし親の出身地は田舎なのだと強調していること
が多いので、農村住民が持っているかもしれない障壁を取り除こうとしているのかもしれません。
ただし、農村に多く移住するヨーロッパ諸国の人々は目立つので、やはり識別されています。イギリス人移住者の急増がした 10 年ほど前
には、彼らが農村の住居を買いあさって不動産価格を高騰させてしまったので農村の若者が家を買えなくなった、コミュニティーを作って
フランスに同化しないなどと批判もされました。パリから来た人も、メンタリティーが農村住民にとっては異質なために懐疑的な目で見ら
れる傾向があります。しかし、彼らが村の人たちを馬鹿にするような態度をして嫌われない限りは、孤立したり、悪口を言われたりするこ
とはありません。
熟年世代以上で村に移り住んだ人々の場合は、村の有志たちがオーガナイズする食事会やイベントに積極的に参加したり、意気投合した既
存の住人を家での食事に招待したりするなどして、村に溶け込もうとすることが多いと感じます。そういう努力をして友人の輪を広げてい
くと、1 年か 2 年ですっかり村に溶け込んでしまいます。もともと住んでいた人たちの方でも、自分の故郷に対する誇りが強いので、気が
合いそうだと感じた都市からの移住者には、田舎での生活の楽しみ方などを自慢げに教えてあげたりしています。
もっとも、たとえ農村に溶け込めない移住者になってもフランス人は気にしないで、気が合った人たちとだけと付き合って生活を楽しんで
います。それがフランスでの農村生活の気楽さであり、農村に移り住むことへの躊躇というバリアを無くしていることにもなっているとも
感じています。
2
▶︎フランスの村で暮らす人たちはどのような仕事をしていますか?(生活に必要なお金を稼ぐための仕事)
大きな町からは遠いし、周りには畑しか広がっていないところでは、住民たちは何をして生計をたてているのだろうと思ってしまいます
が、そういう農村はフランスにはたくさんあります。近くに産業があれば、そこに働きに行く人が多いわけですが、フランスは日本のよう
に工業は盛んではありません。しかも最近のフランスの不況は深刻ですので、農村部ではよけいに雇ってくれる会社や工場を見つけるのは
困難です。
農村部でさえも、農業人口は8%程度に過ぎないと言われます。狭い農地でも収入を得ることができるワイン産地には農家が数多くありま
すが、私の印象では普通の農村では 100 戸に 1 戸が農家だと感じています。農家の跡取りではなかった人が農業者となることには、日本
よりも容易ではないと思います。
農村に家があることを強みにしてできる仕事として、民宿経営をする人はよくいます。小さな自営業も多いと感じます。インターネットを
使っての仕事をするのは辺鄙な農村でも可能ですが、そういう仕事をしている人は例外的です。それぞれが何とか仕事を見つけているので
あって、農村住人の仕事としてはこれが多いと言えるものはありません。
なお、農村に移り住んだ人々の 46%は、おもに子育てに適しているという理由で農村を選んだ 25~34 歳の世代(総人口に占める割合は
19%)で、彼らは会社の従業員や肉体労働者の場合が多く、収入は少ない、というアンケート調査がありました。
▶フランスの無電柱率はどのくらいか
ヨーロッパの先進国では、少なくとも大都市には電柱を立てないのが普通になっており、パリやロンドンやボンの無電柱率は 100%、ベル
リンは 99%。日本では、東京 23 区は 7%、大阪 5%、幹線道路沿いでも 15%だそうです。
配電網の地中化率(2013 年):
● フランス:
● 日本:
※ 地中化率
高圧(20kV) 45%、低圧 42%
高圧(6.6kV) 8%、低圧 1%
=
地中線延長
÷ (架空線亘長+地中線延長)
十数年前のフランスの新聞記事では、フランスの電線地中化率は他のヨーロッパ先進諸国に遅れをとっているので、電力会社が地中化に拍
車をかけていると報道していました。当時のフランスは 28%に過ぎなかったのに対して、オランダでは 100%、ドイツでは 60%でした
(2000 年)
。
フランスでも、人口 5,000 人を超す規模の町や、美しい町や村では、少なくとも中心地では電柱が全く見当たらないと感じています。し
かし、フランスの人口密度は低いために(オランダはフランスの 3.5 倍、ドイツは 2 倍)、過疎地の集落では電柱を見かけます。それでも、
日本のように何本もの電線が蜘蛛の巣のように張り巡っているという配線の仕方は、フランスでは見たことがないように思います。
3