(3)ずれ力をなくす具体策

床ずれの真実とOHスケール
1章
(3)ずれ力をなくす具体策
ベッド上で体を起こす動作に伴ってずれ力が発生するのは,水平から約30度以上起
こした時です。具体的にどういった場所にずれ力が掛かりやすいかを示したのが図5
です。ベッドにぴったりと体を密着させても,ずれ力は発生します。基本的には,少
しでも体を動かせばそこにずれ力は必ず発生すると考える必要がありますが,特にお
尻と踵にずれ力が集中しやすいと言われています。図6が,ベッド上で体を起こす動
作に伴うずれ力の発生を防ぐための理想的な体の位置です。まず,膝の部分を少し上
げてから上体を起こすと,ずれ力が掛かりにくくなりますが,体とベッドの位置を正
確に合わせる必要があります。しかしながら,現場で毎回実践するのは困難です。写
真3は,ベッド上で体を起こす動作に伴い,強いずれ力が発生している証拠写真です。
下から上の方向にずれ力が加わっているのがわかります。車いす(座位)利用者の場
合については,P.24から紹介しています。
また,踵にもずれ力と圧迫力が掛かり,床ずれが発生しやすくなります。写真4は
踵の部分です。踵に白いところがありますが,これはずれ力と圧迫力で毛細血管が圧
迫され,血液が流れていない部分です。そのまま放置されれば,床ずれが発生します
(写真5)
。できた床ずれの形状が写真4の白い部分とまったく同じです。さらに踵に
図5 ベッド上で体を起こす時のずれ力
腸骨稜上前縁
①
30度以上挙上すると
ずれ力が発生
ずれ力
①と一致していない
大浦武彦:わかりやすい褥瘡予防・治療ガイド,P.79,照林社,2001.より一部改編
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図6 ずれ力を防ぐ体位
腸骨稜上前縁
①
③
②
ベッドを上げる
①∼③の位置を合わせる
大浦武彦:わかりやすい褥瘡予防・治療ガイド,P.79,照林社,2001.より一部改編
写真3 体位変換時に生じた床ずれの実例
ずれ力
創傷被覆材の貼り方は問題ないが,頭側
挙上でずれ力が働いた証拠。
写真4 踵に掛かるずれ力と圧迫力
ベッドを起こすと踵がマットに押し付けら
れる。頭側挙上時に踵がずれて圧迫される。
踵の白くなっているところが血流が悪い部
分(矢印部分)
。
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写真5 踵にできた床ずれ
ずれ力と圧迫力が掛かった結果,
床ずれができてしまう。
床ずれの真実とOHスケール
1章
ずれ力や圧迫力が加わらないためには,踵を浮かすようにするとよいでしょう(写真
6)
。この時,末梢の血流が著しく低下していたり,浮腫(むくみ)のある場合は,
膝からアキレス腱部分まで広い部分を使って圧力を分散します。また,挙上する高さ
は踵がわずかに浮く程度にしましょう。挙上しすぎると,仙骨部の圧力が上がるから
です。末梢の血流低下や浮腫(むくみ)がない場合も,そのまま放置せずに,ベッド
の上げ下げをする時に,ずれ力が働いている状態を解除してあげるとよいでしょう。
それでは,頭側挙上動作をした後,いかにずれ力を取り除くかを説明しましょう。
ベッドを頭側挙上した後に,そのままお辞儀をする動作をしてもらうとずれ力が解除
されます(写真7)
。さらに,左右の足を別々に一度持ち上げて下ろせば,踵のずれ
力を解除することができます(写真8)
。これを習慣化することにより,体圧分散は
写真6 踵への圧迫力を防止する方法
常に踵に圧迫力が加わらないようにする
には,踵は浮かせる。この場合,下腿全
体を使って圧を分散させないと,クッ
ションを入れた部分に新しい床ずれがで
きてしまう。特に閉塞性動脈硬化症や糖
尿病などで血流低下が著しい場合や,浮
腫(むくみ)がある場合は,常に全下肢
を挙上しておく必要がある。
写真7 頭側挙上動作後のずれ力の取り除き方
頭側挙上後,お辞儀をするようにして,ベッドの背と体との間にすき間をつくる。
これで背部,尾骨部までのずれ力を解除する。
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写真8 踵のずれ力の取り除き方
踵のずれ力を除くために,
片足ずつ挙上する。大きく
動かすことで,大腿後面,
坐骨部のずれ力も解除でき
る。
マットレスで,ずれ力はケアで解除できることになるのです。
ずれ力を解除することで,床ずれの発生を防ぐ方法を紹介しました。しかし,これ
までの研究で,床ずれはそもそも「できやすい人」と「できにくい人」がいることが
わかっています。その区別が初めからわかっていれば,本人に合った適切な予防的ケ
アが提供でき,床ずれ発生を未然に防ぐことができます。これまで,日本では床ずれ
の予防に「ブレーデンスケール 日本語版」(以下,ブレーデンスケール)が多く使
われてきましたが,そのスケールにはいくつかの問題があることが確認されています。
そこで,新たな研究成果に基づき開発された「日本人の褥瘡危険要因」(OHスケー
ル)は,日本人の特性に合ったものであり,使い勝手がよいことから最近は病院管理
の面においても注目を集めています。
2001年に発表された大浦スケール(表1)を初めて見た時,日本人のエビデンスに
基づいていながらシンプルで使いやすく,全入院患者を対象に床ずれ予防対策が導入
できると思いました。しかし,急性期病院では,意識状態は良好でも自力で体位変換
できない人もいます。そこで,意識状態の低下を自力体位変換能力の低下ととらえ,
その原因は問わないことにしました。その後,統計的に検証しても問題がないことが
わかり,大浦スケールは,OHスケール(大浦・堀田スケール)へと進化を遂げたの
です(表2)
(第1章「3−1)日本人に合った褥瘡ケアの模索」,P.28参照)。
OHスケールでは,手術や検査後の安静度の指示においてもリスクが予測できるの
で,手術や検査中に,リスクに合わせた体圧分散マットレスをあらかじめ準備するこ
とが可能になりました。
それでは,実際のOHスケールの使い方を説明していきましょう。
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表1 大浦スケール(2001年 厚生労働省,総合研究)
意識状態
病的骨突出
浮腫
拘縮
褥瘡の危険要因
点数
明瞭
0点
どちらでもない
1.5点
昏睡
3点
なし
0点
軽度・中等度
1.5点
高度
3点
なし
0点
あり
3点
なし
0点
あり
1点
表2 日本人の褥瘡危険要因(OHスケール)
(2002年)
日本人の褥瘡危険要因(OHスケール)
褥瘡危険要因点数表(全患者版)
どちらでもない
1
※1
2
※2
3
※3
なし 0点
あり 3点
4
※4
なし 0点
あり 1点
自力体位変換
できる 0点
病的骨突出(仙骨部で測定)
浮腫
関節拘縮
なし 0点
1.5点
軽度・中等度
1.5点
できない 3点
高度 3点
※1 単純に自力で体位変換できるかできないかを決める。不完全な場合は「どちらでもない」
とする。自力体位変換ができなくなった理由は,看護ケアの際に必要。麻痺,意識状態
の低下,老衰,疼痛,手術,麻酔,薬剤などがある。
※2 簡易測定器を当てて測定する。
※3 下肢,背中などにおいて圧痕の程度で判定する。治療で浮腫が消えた時は 1.5 点とする。
※4 関節可動制限の有無で判定する。
OHスケール(レベル)
〈合計点数〉
1∼3 点…軽度レベル
4∼6 点…中等度レベル
7∼ 10 点…高度レベル
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