診療対応マニュアル 総論 目次 1.外国人患者に対応するときの基本的な留意点..........................1 2.文化の違いの留意点................................................2 3.宗教上の注意点....................................................4 4.韓国の医療と文化の違い............................................6 5.中国の医療と文化の違い............................................8 6.ブラジルの医療と文化の違い.......................................10 7.ペルーの医療と文化の違い.........................................12 8.フィリピンの医療と文化の違い.....................................15 9.アメリカ合衆国の医療と文化の違い.................................17 10.院内外の案内表示の方法...........................................19 (院外、院内、診療時間、休日年末年始休診の案内、予防接種の案内) 11.医療機関の書類(入院説明書や手術同意書など)を翻訳するときの注意 ................................20 12.多言語問診票・会話集・医療ガイドなどの情報.......................22 13.日常会話程度の日本語ができる患者の注意点.........................24 14.日本語ができる家族・友人・会社の通訳の注意点.....................25 15.医療通訳者のより良い受け入れ方...................................27 16.医療通訳者の倫理と医療用語知識、受講した養成講座の内容...........29 17.在留資格の種類、日本国籍で言葉や文化の異なる人...................31 18.外国人患者の生活背景.............................................32 19.不法滞在者の状況と対応方法.......................................34 20.公的医療保険の加入状況と未払いの可能性...........................35 21.外国人患者に関する相談窓口.......................................37 (参考) ・医療機関内外掲示例 医療機関等外国人対応マニュアル ~総論~ 1.診療対応マニュアル 1)総論 1.外国人患者に対応するときの基本的な留意点 (1)偏見を持たないこと 外国人は確かに日本人と違うところが多々ありますが、まず、同じ人間であるという意識を持 ち、偏見を排除することが重要です。よくある偏見は「途上国の出身者は教育水準が低い」、「肌 の色が黒い人、あるいは浅黒い人は社会的地位が低い」、「外国人は犯罪に手を染めている可能 性がある」、「外国人は日本のルールや習慣を守らない」、「何人も集まって気味が悪い」とい ったものです。 人間誰でも知らず知らずのうちに偏見をいだくものですから、いつも自分の心に「偏見は芽生 えていないか」を自問自答するとよいでしょう。そして、しりごみしないこと、冷たくしないこ とに心がけてください。 ただし、日本人と同じになればよい、という考え方は禁物です。(第2章(3)参照) (2)不安をいっぱいかかえていることに気づくこと 外国人は、異国に暮らしていることでまず不安をかかえています。その上で、病気やけがにな ったときの不安、医療機関を訪れたときの「白い世界」に対する不安がかぶさっています。さら に後述するように言葉の不安、医療事情や文化の違いによる不安があります。日本人であれば、 両親や親族からアドバイスをもらったりして何某かの安心を得られますが、外国人は日本国内に そうしたリソースを持ち合わせない人が多くいます。そこで、こうした何重もの不安に気づき、 何かと心配りをしてあげたいものです。人によっては、こうした不安のためにぎりぎりまで医療 機関に行くのをためらって重症化してから訪れるというケースもありますが、「なぜもっと早く 来ないのか」としかるよりも、温かい姿勢で接したいものです。 ただ、外国人は弱者であるという見方は一方的かもしれません。自立の力を備えた一人の人間 であるという見方も同時に必要でしょう。 病棟などの声かけでは、下記のような母国語で簡単なあいさつを試みてはどうでしょうか。発 音やイントネーションは外国人患者さんに直してもらえばよいのです。 [簡単なあいさつの例] ● コリア語 おはよう・こんにちは・こんばんは アンニョン・ハセヨ? - 1 - ● ● ありがとう カムサ・ハムニダ 元気ですか? コンガン・ハセヨ? 中国語 こんにちは ニー・ハオ ありがとう シェ・シェ 元気ですか? チン・クァン・ル・ヘェ? スペイン語 おはよう ブエノス・ディアス (こんにちは ブエノス・タル・デス ありがとう オラ こんばんは ブエナス・ノチェス) グラシアス 元気ですか? ● こんにちは(「ハロー」に相当) コモ・エスタ・ウステ?(または、「ケタル?」) ポルトガル語 おはよう ボン・ジア(ブラジル) ありがとう オブリガード(男) オブリガーダ(女) 元気ですか? コモ・エスタ? (3)3つの壁があること 外国人患者は、「言葉の違い」、「医療事情や文化の違い」、「生活背景の違い」という3つ の壁があります。それぞれの内容については、後で述べますが、まず、日本人と違って、乗り越 えるのがなかなか難しい「壁」があるということを念頭に置いておく必要があります。 2.文化の違いの留意点 (1)自分らしさ(アイデンティティ)の基礎は文化にあり ここでいう「文化」とは、価値観、世界観、習慣、行動様式、風習、言語などを指します。人 は、生まれ育った地域社会の文化に大きく影響されています。つまり、その人の自分らしさ(ア イデンティティ)のある部分は文化によってつくられてきたと言えるかもしれません。生まれた 時から培ってきたものですから、容易に変えられませんし、変えることに大きな苦痛を伴うと考 えてもよいでしょう。 日本人同士でも文化の違いを感じる場合がありますが、外国人の場合は、特に大きく異なると 感じます。そのために、「見慣れないもの」、「異質なもの」に映り、排除したくなる場合もあ るようです。あるいは、自分にゆとりがある場合は「違い」を寛容に受け止めることができても、 高ストレス下にあるときや相手の予期せぬ行動に出会ったとき(たとえば患者さんのクレームな ど)に、思わず「異質さ」を意識してしまうことがあります。こうしたことに対処するためには、 文化の違いに出会ったときには「異質さ」や「排除」の感情を抱いてしまうことがあるという心 の動きの傾向を予め承知しておく必要があります。 また、アイデンティティは一つではないということも意識しておくとよいでしょう。人はたと えば、女性であり、母親であり、社会人であるという複数のアイデンティティを持っています。 - 2 - 「違う」ところでコミュニケーションが取りにくい場合は、「同じ」ところをきっかけにしても よいかもしれません。 (2)文化に優劣なし かつて、遅れた未開の文化と進んだ欧米の文化という区分で文化を見ていた時代がありました。 手で食事をすることや呪術が普及していることは文化的に劣っていると考えられていました。た だ、現在では、文化人類学の成果や人権意識の向上もあって、こうした認識は誤りであるとされ ています。文化に優劣や高低はつけられないということです。 ただ、アングロサクソン系の白人とアジア諸国の人を比較すると、応対に差がある人が見受け られます。白人だと「どうも引いてしまう」が、アジア人だと「親しみをもって対応できる」と いう人もいますし、アジア人の方を軽く見てしまうという人もいます。差をつけた応対は、でき れば避けたいものが、どうしても意識してしまう場合は、自分の中にわき上がる感情の傾向を予 め承知しておくとよいでしょう。 (3)「日本人と同じようにすべき」という考え方には慎重に 人種差別撤廃運動が盛んな時代には、たとえばアメリカでは「白人と同じ扱いにしてほしい」 と叫ぶアフリカ系アメリカ人のことが良く報道されていました。しかし、今では、アフリカ系ア メリカ人にはアングロサクソン系アメリカ人とは異なる独自の文化があり、尊重すべしと主張さ れています。日本では「郷に入っては郷に従え」といいますが、これを「日本に来たら日本人と 同様の考え方をすべきである」と解釈するのは、避けたいところです。多様であることを尊重し、 異なるところを受け入れる心を持つことをお薦めします。 「日本国籍にすればいいのに」とか、「顔立ちが日本人に似ていて良かったね」といった言葉 は、思いやる気持ちから発せられたとしても、外国人にとって自分の故郷やアイデンティティを 否定されたような気がして複雑な気持ちになるといいます。 (4)気がつかない文化の違い 「文化の違いを受け入れる」と言っても、何が文化の違いに由来するものなのかわからなけれ ば、対処の仕様もないところです。ただ、文化の違いに気づくのは、なかなか難しいことでもあ ります。どうしても、外国人患者さんも日本人と同じ考え方をし、日本のやり方は理解している と思ってしまいます。その結果、医療に対する考え方、宗教行為、習慣・国民性のちがいに気が つかず、医療者と患者さんの双方に「戸惑い」、「混乱」、「不信」が発生することがあります。 たとえば、時間にルーズな人や約束を守らない人、自己主張の強い人に出会ったときには、通常、 文化の違いというより性格のせいにしがちです。あるいは、能力のせいにしたり、マナーの欠如 や社会階層の低さのせいにしたりしてしまいます。 外国人のそうした行動に出会った場合には、すぐに性格や能力のせいにしないで、一旦、判断 を保留しておいてください。他者の文化に気づくには、まず、自分の文化がどのようなものかを 承知しておく必要があります。自分の文化を吟味した上で、出会った行動をとらえ直してみては - 3 - いかがでしょうか。 (5)文化の違いに気づくために各国の文化に関する知識を 外国人の行動が文化の違いに由来すると気づくためには、いくつかの国や地域の主な文化に関 する知識を持っておくとよいでしょう。韓国、中国、ブラジル、ペルー、フィリピン、アメリカ 合衆国の文化については後述しましたので、参照してください。(第4章~第9章) ただ、各国の知識の中でも、特に政治事情や外交政策については、外国人患者さんにコメント するのは避けた方が無難でしょう。たとえば、日本で「市民を弾圧する独裁政権」という報道が あったとしても、その患者さんはその政権を熱烈に支持している場合があるからです。 全体的な文化の違いについては、文化人類学者のエドワード・T・ホールが時間と空間の文化 に関する整理体系としてモノクロニックとポリクロニックという概念を提示しています。世界に は、アングロサクソン的な直線的な時間管理を行う文化ときっちりとしたスケジュールを立てる のが難しい、たとえばラテン的な文化があるといいます。また、ホールは意思疎通の面から見て、 高コンテキスト文化と低コンテキスト文化があるとも言っています。たとえば、文脈を言葉で伝 えなければなかなか意思疎通ができない欧米人は低コンテキストであり、言葉に出さなくても察 することで了解する日本人は高コンテキストといえます。このように、世界の文化の全体傾向を 知識として習得しておくと、文化の違いに気づきやすくなるのかもしれません。 とは言え、外国人ひとり一人と接すると、本当に「人それぞれ」であると感じます。几帳面だ と言われている日本人より几帳面なラテン系南米人もいますから、出身国の文化は全体傾向とし ては言えるものの、個人個人にそのまま当てはまるものではないということも承知しておく必要 があります。 3.宗教上の注意点 (1)一つの国の中には多数派のほか少数派の宗教があること 多くの患者さんは宗教をとても大切にしていると思われます。患者さんの出身国には、その国 の主要宗教があります。中国は例外ですが、たとえば、フランスやイタリアであればキリスト教 カトリック、ドイツやオランダであればキリスト教プロテスタント、タイやカンボジアは仏教、 インドネシアはイスラム教、インドがヒンドゥー教、パキスタンがイスラム教といった具合です。 こうした知識は、患者さんの文化や生活背景を理解する上で重要なものといえるでしょう。 併せて、その国には主要宗教の他に少数派の宗教が存在している場合があることもおさえてお くとよいと思われます。仏教の国と表現される日本にキリスト教が根づいているように、たとえ ば、インドネシアにはヒンドゥー教が、インドにはイスラム教が少数派ですが普及しています。 それぞれの国の多数派宗教の他に、その国の中で様々な宗教が信仰されていると考えておいたほ うがよいかもしれません。 (2)宗教行為に注意すること - 4 - 宗教の中には寺院や教会、モスクなどの宗教施設が重要な役割を担い、外国人にとって相談場 所であり、居場所となっています。熱心な信者はそうした施設に通い、聖職者や宗教リーダーの ことばに耳を傾けたり、信者同士のヨコの連携を深めています。多くの日本人は信仰によって「救 われる」という感覚を実感できないことから、外国人患者さんの信仰と宗教行為には意識して注 意しておく必要があります。以下に述べる宗教に関する知識を身につけた上で、「人がとても大 切にしていることを最大限尊重する」という態度で当たればよいでしょう。 宗教上のタブー、やってはいけないこととしては、たとえば、ヒンドゥー教は牛肉を食べては いけないし、イスラム教は豚肉を禁じています。ユダヤ教は肉製品と乳製品を一緒にしたもの、 たとえばチーズバーガーは食べられません。個人的にそうしたことをゆるく解釈し守っていない 人もいますが、他人の前では守っているように装うことが多いようですので、守っていないこと が患者さんの家族や友人に伝わらないよう気をつけましょう。 宗教についても、各国の政治事情と同様に、思わぬ論争に発展してしまうことを避けるために 自分の意見や主張を表明しないほうが無難でしょう。 (3)イスラム教徒への留意点 a. 日常行為が宗教と結びついていること イスラム教は、女性のスカーフ着用に宗教上の意味があるように、日常の行為と宗教が結びつ いているため、日常行為を変更することができませんし、そのために他の宗教に増して厳格に映 ります。イスラム教徒に対する対応を間違えると、医療機関内でも小さなトラブルや苦情が起こ る可能性があります。 ただ、イスラム教に由来する行為や制限は、厳格な人とゆるく解釈する人といった人による違 い、宗派による違い、国・地方の習慣による違いという3つの違いがあるようです。外から眺め る限りでは違いが判然としません。したがって、すべてのイスラム教徒は同じように行為すると 思い込まない方が無難なのかもしれません。 b. お祈りとラマダーンの留意点 イスラム教徒は、通常、毎日早朝から就寝までの間に5回、メッカの方向に向かって 10 分間程 度のお祈りをします。患者さんからメッカの方角を聞かれたときは、真北と真東の方角を教えて あげると、自分でメッカの方角を割り出すといいます。お祈りの場所は、病棟であれば病室の片 隅やベッドの上で行って良いそうです。 イスラム教では年に1回、ラマダーンという断食月があります。1年のうち1か月間(毎年開 始日が 10 日ずつ前にずれていく)、日の出から日没までは水も含めていっさいのものを口にする ことができず、日没後に飲食をします。ただし、入院中の健康管理上必要な食事や決められた時 間に服薬の必要がある場合、点滴の必要がある場合などは断食を許され、後日健康になってから その日数の分だけ各自で断食を行えばよいそうです。 c. イスラム教の制約への注意点 イスラム教では、女性が夫以外の男性に肌をさわらせるのは宗教上許されないことです。その ため、女性患者の場合は女性医師を強く希望することになります。ただし、生命の危険があると - 5 - きや意識不明の場合は、許されているそうです。 食事の面では豚肉がタブーです。ラードやゼラチンなどが料理や加工品にわからない形で入って いても食べられません。豚肉以外の動物肉の場合でも、ハラールというイスラム教による「儀式 処理」された肉以外は食せません。アルコール類も一切だめです。基本的に魚介類や豆類、穀物 類で作られた食事が良いでしょう。特別に作れないようであれば、ベジタリアンと同じにすれば いいと思います。 (4)原理主義への認識は正確に 9.11 の同時多発テロ以来、イスラム教というと原理主義がイメージされることが多いのではな いでしょうか。原理主義は強い排他性と非寛容が特徴となっていますが、イスラム教の専売特許 ではありません。アメリカでは 1920 年代にキリスト教原理主義者が主張する「人は猿から進化し た」という理論を拒否した理論が支持を集め、テネシー州では学校で進化論を教えた教師が有罪 となりました。インド西部のグジャラート州では 2002 年に一部のヒンドゥー教原理主義集団が煽 動してイスラム教徒を大量に虐殺したことがあります。 どの宗教でも原理主義が支持を集めることがありうるということだと思われます。イスラム教 特有のことではないということは認識しておきたいものです。 4.韓国の医療と文化の違い ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 診療行為と患者の医療に対する考え方は、日本と大きな違いはありませんが、漢方に対する信頼は 厚く、西洋医術が発達した現在でも根強い人気があります。そのため、普通の病院以外に漢方院(ハ ンイウォン)という医院があります。ここは、漢方医術を専門とする大学で医術を学び、国家試験に 合格した漢方医がいて治療をしてくれます。 韓国の医師は一人で受け持つ患者の数が多く、いつも忙しそうにしていますが、どちらかと言 うと日本の医者よりは患者の話をゆっくり聞いてくれます。服薬による治療のほか、軽い風邪で も注射をします。注射は医師ではなく看護師が行います。 一方、患者さんの医療に対する受け止め方は、医師に対する信頼は強く、医師から言われたこ とはよく守ります。患者さん個人の主張よりも医師の判断に任せて頼りにします。手術に関する 抵抗もあまりなく、医師が必要と言えば素直に従う人のほうが多いようです。 病気でもないのに、疲れたときは点滴をしに病院に行きます。近頃は、美容と疲れにプラセン タ注射がはやっているようです。男女共に美容に関心が高く、糖尿病でもないのに、太っている 人は内科に行って、脂肪を無くす注射をしてもらうとともに、薬も処方してもらいます。美容意 識が高いために、まちでは無資格の闇医者に美容整形を受けてトラブルになるケースも少なくあ りません。 韓国の人は宗教を信仰している人が多く、信者達はもちろん、神父、シスターや牧師、僧侶等 が病室に訪れてお祈りを捧げることがよくあります。 病院内でも携帯電話を普通に使っています。 - 6 - ②医療事情の異なる点 街中には、きれいな施設を整えた個人病院も多くありますが、それよりも大学病院のような大 きな病院を好む傾向があるようで、国・公立、私立の大学病院はいつも混雑しています。これら の大きな総合病院のなかには「特診」という制度があり、通常の診察よりも治療費は高くなりま すが、医師を指名でき、また時間の予約ができる病院もあります。 入院の場合は、患者さんには必ず家族の1人が付き添うことが求められ、ほぼ 24 時間身の回り の世話をします。ただ、家族が忙しくて付き添えない場合には、お金を払って介護人を雇います。 最近では、多忙で付き添えない人で、かつ介護人を雇うお金が無い人のために国から援助が出る ようになったと聞きます。 大きな総合病院の多くは、院内に霊安室が併設されていて、そこで葬儀も行われます。葬儀は、 それぞれの信仰に合わせて行われます。霊安室は主に地下に設置されていますが、最近では病院 の最上階に設けて雰囲気も明るくするなど、傾向が変わってきているようです。 薬事情としては、まちの薬局では、日本とほぼ同種類の薬しか買えませんが、避妊薬は処方箋 なしでも買えるといいます。 出産については、日本と同様、自然分娩と帝王切開があり、妊婦検診等も日本と同様です。男 の子を好む傾向があり、お腹の赤ちゃんの性別に強い関心を持っているため、生まれる前に知り たがります。入院期間は日本より短めで、自然分娩が2日間、帝王切開は1週間のようです。退 院すると直ぐに赤ちゃん同伴で「保養所」という施設に、15 日~1月間ほど入所します。そこで 産後の体をケアし、ヨーガ、エステ等を受けて産後のダイエットにも励みます。保養所には保育 士、看護師が常勤しており、医師が常駐するところもあるといいます。 ③特有の病気 ファッピョン(火病)という韓国固有の病気があります。原因は、激しい怒りの抑圧と衝撃に よるストレスから起きるといいます。症状には個人差がありますが、うつ病に似ていて精神的に は、やる気が起こらない、イライラする、自信が持てない、不安、記憶力減退等があり、身体的 には、食欲がない、消化不良、のどの渇き、胃の痛み、頻尿、手足の震え、むくみ、動悸、頭痛、 慢性疲労等があります。 こうしたファッピョンのように、治りにくくて、精神的な疾患と思われている病気に対しては、 一般的な病院よりは漢方医に頼る人が多いようです。また、体の具合が悪い時も「これはファッ ピョンたから」と言い、精神的に乗り越えようと努力するなど無理をするため、大きな病気に気 がつかない場合もあります。 ④文化の違い 韓国の国民性や習慣をながめると、日本より家族の絆が強く、家族をとても大事にしているよ うに見受けられます。今でも長男は家の跡継ぎとして大事にされ、長男の嫁は男の子を産めない と、かたみが狭い思いをするといいます。愛する若者同士が両親の反対で別れるのもめずらしく - 7 - ありません。家系も大事にしていて自分の名字を誇りに思っています。先祖代々の命日にも、家 族が祭祀を行うこともあるようです。お盆と正月には、必ず家族が集まり、先祖に茶礼(チャレ) という儀式をした後、お墓参りをします。 目上の人には必ず丁寧語を使います。初めて会った人にお歳を聞いたりしますが、年上の人を 敬い、1歳でも上の人には他人でもオンニ(お姉さん)ヒョンニム(お兄さん)と呼んだりしま す。また、出身地、出身学校などを聞いて自分との関連を探して仲良くなるきっかけを見つけよ うとします。一旦、仲良くなったら家族のような付き合いをします。見知らぬ相手に対して不愛 想な顔をしていたり、怒ってるように見えることもありますが、話しかけてみたら親切な人が多 いです。ただ、仲良くなっても頭をたたいたり、さわったりすると、とても嫌がられますので気 をつけましょう。 お年寄りを敬い親切にします。たとえば、お年寄りがまちで重い荷物を持っているのを見たら、 荷物を持ってあげます。公共の場所で席を譲ってあげるのも良く目にします。 情に厚くて世話やきで、感情をすぐ表に出します。自己主張も強く、他人に自身の意見を押し 付けることも多々あります。気が短いために他人とよく喧嘩をする一方で仲直りも早いというの も特徴かもしれません。思っていることは、はっきり外に出す人が多いようです。遠まわしな言 い方をする人は、あまりいません。そのため、直接的に言わないと理解してくれない場合があり ます。また、社交辞令は通じないといいます。社交辞令で言ったことは、本気に取られてしまい ます。 宗教は、人口の約3割がクリスチャンで、仏教が2割、残りの半分が無神論者といいます。占 いを好む人も多く、大学受験、就職、縁談や家を買うときなど、人生の節目節目で占いをします。 また、何かに行き詰まった時などは「ムダン」と呼ばれる巫女(神子)にお払いしてもらうこと も多いようです。 名前の呼び方も覚えておいたほうがいいかもしれません。日本と同様に姓だけでもよいのです が、韓国は姓の数が少ないので、たとえば「金 ○○さん」とフルネームで呼ぶことが多いよう です。名前の多くは漢字で標記しますが、日本語と読み方が違うので、日本読みで呼ばれると違 和感を覚えるようです。たとえば、金は「キム」、李は「イ」、鄭は「ジョン」、韓は「ハン」 と読みます。日本人には発音できない名字も多くありますが、発音できる名前であれば、本人に 聞いて韓国語読みで呼んであげたほうが親近感がわくと思われます。 食文化については、野菜を多く食べることやキムチ(2種類以上)、ナムルなどが常に出され ること、にんにくをたっぷり使った料理が多いことが特徴です。日本では焼肉が韓国料理の代表 格のように思われていますが、焼肉を誰でもお腹いっぱい食べるようになったのはつい最近のこ とです。焼肉料理のときにも、肉を野菜に包むなど、野菜を多くとります。栄養指導などの場合 には、焼肉を頭に思い浮かべないほうが先入観を防げるのでよいかもしれません。 5.中国の医療と文化の違い ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 中国の医師は、忙しいので患者さんの話をあまりじっくり聞きたがらないといいます。医師と 患者の関係は、日本よりも対等な感じで、遠慮することなく平気で何でも質問します。また、しっか - 8 - りと主張をし、治療法の希望を言ったり、薬の処方の方法にも注文を付けたりするようです。医 師が多忙であることや人々の医療知識の不足もあって、日本のようなインフォームド・コンセントは ほとんど行われないようです。セカンドオピニオンは、普通に行われているといいます。もう 1 つ日 本と違うのは、重大疾患の告知について、なるべく本人を避けて、まずは家族に告げるように配慮し ています。 中国人は漢方薬をよく好み、漢方専門医科大学なども多くあります。生活の中で常に漢方的な考 え方で体調を管理している人も少なくないといいます。たとえば、風邪一つとってみても、「風寒」 と「風熱」とに分け、服薬やケアの仕方も変えています。漢方薬は一般的に副作用が少なく、価格が 安いと考えられ、大いに愛用されているようです。ただ、漢方以外の薬についても自分で服薬コン トロールできると考え、効かないと思ったら倍の量を飲んだり、回数を増やしたりしますので、 要注意でしょう。 治療法では、服薬よりも注射を好むようです。日本でも医師に注射の依頼をする中国人を見か けます。 ②医療事情の異なる点 中国の医療機関(総合病院・専門病院・感染症予防療養院・婦女幼児保健所など)は基本的に「国 営」ですが、近年、外資合弁のクリニックや眼科・歯科などの個人開業医もできてきました。総合病 院は、カバーする地域の広さや病床数などの設備、主任クラス医師の定員など、医療サービスのレベ ルによって、9つの区分に分けられています。特に日本と異なる点は診療料金の先払い制で、検査を 受けるのも、薬をもらうのも、料金を払った領収書の提示によって受けられるという徹底ぶりです。 入院や手術の場合は、ディポジット制を取っている病院も多いといいます。 各種医療機関の中で、教授クラスの医師が多い大型の総合病院や大学病院に多大な信頼が寄せられ ています。紹介状なしで受診できますので、軽い病気でもこうした大病院にかかります。その結果と して、大きい病院ほどいつも大混雑という状況に陥るようです。中国人患者さんから、よく「どこそ この病院が大きいですか」と質問されますが、大きいかどうかで病院を評価する傾向があるようです。 一方、地方に行くと、こうした大病院がないため、専門的な治療や高度な治療は難しいところです。 日本在住の中国人患者さんに帰国治療を勧める場合は、本国での居住地域や所得の状況などを考 慮する必要があります。 看護師も日本と比べても不足しているため、入院では家族による付き添いが必要になります。食事 の差し入れも普通に行われています。ただ、近年、余裕のある家庭では、お金を出して付き添い介護 のヘルパーを雇うケースも増えているようです。 公的医療保険制度は対象者別にできていて、都市従業者基本医療保険及び都市住民基本医療保険、 公務員医療補助、農村コミュニティ医療制度の4つに分かれています。また、特定生活困窮者には医 療扶助制度も整備され、順次全国に普及していくとされています。 薬事情でも異なる点があります。まちの薬局で処方箋がなくても買える薬(たとえば利尿剤な ど)がたくさんあります。病気になっても医療機関に行くゆとりが無い人は、薬局で薬を買って 済ませています。 出産については、妊婦検診は妊娠判明時と出産予定日前の2回だけで、すべて自費といいます。 妊婦さんは妊娠中に体重が増えても、赤ちゃんへの影響を気にせず、むしろ赤ちゃんが小さいこ - 9 - とを心配します。産後は1か月間、家事や入浴など一切せずに身体を休めることに専念します。 また、「優生優育」という考え方が強く、妊婦健診で異常を見つけた場合や、妊娠中に赤ちゃ んに影響を及ぼす恐れがある病気にかかった場合は、人工中絶を選ぶ方が多いといいます。 ③特有の病気 中国だけに特有のものかどうかわかりませんが、ヨード欠乏症として甲状腺の異常(吉林省が中心 に多いといいます。)が見受けられるようです。中国では食塩にヨードを添加することを法律で決め られているといいます。 フッ素中毒(歯のエナメル質形成障害、関節変性病変)やセレン欠乏症(カシンベック病や克山病) も聞かれるようです。 ④文化の違い 中国には 56 の民族が暮らしており、多民族多文化国家と言えます。うち漢民族が9割を占めますが、 ウィグル族などイスラム教徒の民族も多くいます。また、モンゴルに隣接する内モンゴル自治区のモ ンゴル族や北朝鮮に隣接する吉林省の朝鮮族、インド・ネパールに隣接するチベット自治区のチベッ ト族など、多様な民族構成を見せています。 地域や歴史形成の経緯によって、同じ漢民族でも言語がたくさんあります。北京語を標準語とし、 中国大陸と台湾で広く使用されていますが、福建省と台湾の閩南(ミンナン)語、香港や広州の広東 語、上海を代表とする呉儂(ウーノン)語(上海語)は、お互いまったく通じない別の言語と考えたほ うがいいでしょう。文章は共通ですが、中国大陸で使われている簡体字(省略漢字)と台湾・香港・ 東南アジアなどで使われている繁体字(旧字体)は、お互いに読めない場合もありますので注意が必要 です。 名前の呼び方も配慮が必要です。漢字で書かれていますので、日本語の読み方でいけそうです が、中国語の読み方をする人もいます。どう発音すればよいか、患者さんに尋ねる必要がありま す。 中国の国民性については、黄河文明以来、幾度にも及ぶ王朝の変遷や異民族同士の通婚統合を経 て、今の国民性が形成されているといいます。よく「大陸的」と言われるように、細かいことを気に せず、よく言えばおおらか、悪く言えばいい加減ということでしょうか。ただ、「理」を追求する傾 向は強いようです。 また、公的な制度やシステムに頼るよりは、自分を信じる傾向があります。「家族」という概念は、 夫婦と子どもという核家族の概念よりも、血のつながっている三等親までをイメージした方がいいで しょう。時に本当の母親よりも父方の叔母が家族の最高決定権を握っている場合もあるようです。い まの中国は著しい近代化と都市化進んでいますが、まだまだ親子関係は強く、親を敬い、大事にし、 親の言うことを無視できない風潮があるといいます。 他人に対しては、簡単には信用しないが、言いたいことを言い合って、一旦友たちと認めたら、そ の人のために犠牲を惜しまない傾向もあるようです。 6.ブラジルの医療と文化の違い - 10 - ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 ブラジルの医師は患者さんの話をよく聞き、 ていねいに対応する点が日本と異なるといいます。 また、栄養指導面でも、日本と比べるとかなり詳細なリストが患者に渡されます。そのリストに ある食べ物をいかに組み合わせてストレスのない食事にするかというところに焦点が当たってい ます。糖尿病患者にも、それぞれ食べてもよい量を示すとともに果物を食べることをすすめてい るものもあります。 薬についても、何のためにどのくらい飲まなければならないのかと言ったことを具体的に理解 していないと、良くなった時点で中止してしまうこともあるようです。処方の仕方も異なってお り、総じて強めのものを短期間服用として出されるようです。日系南米人患者さんの中には、日 本の薬は効かないと思いこんでしまっている人が少なくないようです。また、母国の薬を飲み続 けていることもありますので、注意が必要です。 なお、医療機関への受診に当たっては、連絡なしのキャンセルがときおり発生しています。こ れも、事前に連絡を入れてほしいものですので、次回予約の日程調整のときは、無断キャンセル をされると何がどう困るか具体的に説明しておくとよいでしょう。 ②医療事情の異なる点 ブラジルの都市部では、かなり医療水準は高く、最先端に位置する診療科も多いようです。医 師の多くは、病院の勤務医であるとともに自分のクリニックを持っていることが多いといいます。 しかし、地方に行くと病院も少なく、満足な医療を受けることができないといった地域差があり ます。各地域に保健所はあり、簡単な診療は保健所でもやっています。 公立病院は、無料で診療を受けることができますが、朝から長蛇の列、手術の期日についても 順番待ちで数年後という状態で満足に治療を受けることができない状況です。これを解消するた めに各自治体で 24 時間体制の医療施設の建設が始まっているようですが、これについても都市の 中心部では機能し始めましたが、周辺部ではまだまだ地域の保健所に頼る状況だといいます。 公的医療保険制度ではありませんが、健康保険というものは存在していて、個人で入るもの、 勤めている会社が掛け金を半分、残りの部分を労働者が払う(日本の社会保険と同様に扶養家族 もこの保険で医療を受けられます)というものもあります。個人で入る場合は、入るときにどの ような検査が年に何回できるか、先進医療はどこまで受けられるかなど、極めて細かく自分自身 で決めて入ることになるそうです。また、会社に勤めている場合の健康保険については、会社の 入っている保険会社の保険ということになるわけで、会社のレベルによっても受けられる医療の 質は変わってくるかもしれません。こういった保険は、保険会社が提携している病院に行くとい うことになります。 出産は、自然分娩、帝王切開のどちらもありますが、自然分娩の場合も無痛分娩を望む人が多 いようです。どちらにするかは、妊婦さんの希望が最優先されますので、日本では必ず帝王切開 にするような例でも、危険性も話したうえで自然分娩が選択されることもあります。また、時間 の問題(夜、産気づいたときに病院まで行く)や医師の不在時に陣痛が起ってしまい、医療事故 につながるということが懸念されるため、計画的に帝王切開を望む妊婦さんが多いということで - 11 - す。妊婦の体重管理が緩いことも特徴かもしれません。日本の体重増減感覚と比較すると、多少 太ったくらいでは「増」のうちに入らないといった、かなりアバウトな数値の捉え方をするよう です。産後の入院期間はたいへん短く、自然分娩の場合は、出産後、その日にシャワーを浴び、 次の日には退院します。帝王切開でも3日くらいで家に帰るといいます。 ③特有の病気 南米の農村地域によく見られる病気としてシャーガス病があり、アメリカ合衆国でも南米から の移民に感染が認められるといいますから、日本でも日系南米人の感染が懸念されます。 ④文化の違い 日系ブラジル人で現地の日系人のコロニア(集住地区)出身の人たちは、日本の習慣をきちん と身につけている人が少なくありません。また、ブラジルにいた時には強く自分は日本人だと思 って生活してきています。日本に来たとたんにブラジル人と言われ、アイデンティティをどこに 求めたらよいか悩んでいる人たちも見かけます。 ブラジルでは、家族を非常に大切にし、またそれぞれの誕生日を皆で集まって祝うのは当然と いった考えがありますので、入院・退院の日程希望にそうした要素が入ることもあるかもしれま せん。 ブラジルの宗教は 90%がカトリックと言われています。ただ、日曜の朝は教会へ行くと言う人 はそれほど多くはないようです。日本在住のブラジル人はよく教会に集まりますが、同国人同士 の情報交換などネットワークをつくるという側面が大きいのではないかと思われます。 食文化については、夕食時間が 21 時くらいから始まるのが最も日本と異なる点かもしれませ ん。おそらく、ブラジル人患者さんにとって病院の食事時間は、とても早いと感じていると思い ます。料理については、量が多いことや肉食に偏っていること、超甘いものをよく食べることが 特徴としてあげられます。 7.ペルーの医療と文化の違い ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 ペルー人がよい医師と感じるのは技術だけでなく、心を開いて接してくれる医師です。医療技 術以前に、「友人を迎えるように接してくれた」という言葉は、よい医師を表現するときによく 使います。ですので、たくさんの検査をして「問題ない」とだけ言う医師には戸惑いを感じます。 どんな検査をして、どんな数値でどのくらい問題ないのかを知りたいのです。治療が必要な場合 も、リスクや注意点、副作用などの説明を受けて、患者自身が病気をきちんと理解し判断したい と思っています。日本の医師に時間がないことは十分理解していますが、自分の意見を聞いてほ しいと感じています。質問や説明を求めると嫌がる医師に対しては冷たいと感じますし、一度診 察において医師に不信感を抱くと悪化してもその病院に戻らず、別の病院を受診し、治療が遅れ - 12 - てしまうこともあります。 癌などの重篤な疾患の場合は、帰国して治療もしくは一時帰国の可能性があるため、早めにき ちんとしたインフォームドコンセントをする必要があります。中南米は日本から遠方にあるため、 帰国のために飛行機に乗っているだけでも1日以上かかります。立ち寄り先によってはトランジ ットビザを用意しなければいけません。帰国には体力と気力が必要です。一時帰国で母国での生 活を整理することもあれば、本国での治療を考えて日本での生活を整理する必要もあります。本 国の医師にセカンドオピニオンを仰ぐこともあります。重度になってからの帰国は移送が困難な ため、できるだけ時期などを含めて詳細なインフォームドコンセントを必要とします。また、「帰 国しての治療」に関しては、医師から勧めると治療を拒否しているように感じるので、伝える際 には注意してください。帰国の話をするときは患者への説明の中であくまでも選択肢の一つとし てください。 一方、医療機関の受診にあたっては、連絡なしのキャンセルがときおり発生します。予約の際 にキャンセルについて具体的に案内をすることをおすすめします。キャンセルがどうして困るか について詳しく説明してください。 ②医療事情の異なる点 ペルーでは、医療技術や診断能力は、医師によってかなりの差があり、一般的には日本や欧米 先進国と比べるとまだ高いとは言えません。また、診療所と病院、都会と地方、公立病院と私立 病院の医療レベルに格差があります。 貧困層を中心とした国民健康保険機構(SIS)があり、これを使うと自己負担がなく無料で 医療を受けられます。ただ、SISで治療を受ける場合は、利用施設が限られているため混雑が 予想され、その治療も日本の公的医療保険のように一律ではありません。保険を利用する場合は、 1か月待ちも当たり前で、それが嫌ならお金を出して私立の病院やクリニックに行きます。 診療報酬制度のある日本の病院では、基本的には病院による治療費の格差がないので、かぜ程 度でも、より大きな病院や大学病院を選ぶ傾向にあります。この場合は、日本の医療システムに ついて、ていねいに説明する必要があります。 子宮頸がん検査は広く普及しています。「パパニコラウ検査(Prueba de Papanicolau)」と呼 びます。 薬については、ペルーでも医師の処方箋をもって薬局に買いに行くシステムですが、薬の種類 や量は日本と違いますので、帰国して治療する場合は確認が必要です。薬の量については、ほと んどのペルー人が「日本の薬は弱い・効かない」と信じています。自分たちは子どものころから 強い薬になじんでおり、自分たちの身体には日本の薬は効かないと漠然と思い込んでいます。そ のため勝手に量を増やしたり、逆に飲まずに本国から薬や注射液を取り寄せたり、民間療法に頼 ったりします。投薬管理は患者任せにするのではなく、細かくチェックする必要があります。ま た、点滴や栄養剤の処方を好む傾向にあります。 また、入院中は一人でさびしいということから、家族や友人たちがたくさん見舞いに来ます。 - 13 - 患者にとってはたいへんうれしいものですが、人数が多かったり声が大きかったりして、他の患 者さんやまわりに迷惑をかける場合もありますので、その場合は、悪気はありませんので、遠慮 せず注意してください。 予防接種では、DPT(3種混合)やMRRなどは基本的に日本と同じです。Hib ワクチンも 普及しています。ただ、接種時期が違うものがあります。たとえば、BCGは生後すぐに打ちま す。日本では3か月からなので、接種時期が遅いとお母さんが不安に思うことがあります。 出産については、都市部では病院での出産が一般的ですが、助産師の出産も多くあります。ブ ラジルと違い都市部の病院での出産でも自然分娩が多く、問題がある時の判断は医師に任せます。 日本のように出産初期から厳密にコントロールするという習慣ではないため、比較的のんびりし ていて妊娠中期に病院に行くと日本の産科病棟ではすでに分娩の予約が一杯だったということも おきますので、妊娠がわかれば、できるだけ早めに受診することをすすめてください。妊婦さん の体重コントロールもアバウトなので、体重増加が妊婦にもたらすリスクについて、ていねいに 説明することをおすすめします。 ③特有の病気 ペルー本国に比較的多い疾患は、呼吸器疾患、がん、結核、糖尿病、高血圧などです。日本に いるペルー人には、夜勤や過酷な労働を長期間続けている人が多く、30 代~50 代男性の心疾患、 脳疾患が少なくありません。また、交通ルールの違いから交通事故にあう人も増えています。ま た、家族がいなかったり、家族と別れてしまった人の中には、異文化でのストレスが溜り、うつ 症状を訴える人もいて、心療内科や精神科の受診を希望する人もいます。精神科受診に関しては 日本人よりも抵抗は少ないようです。 ④文化の違い ペルー人には、全体的に自己決定力が高く、治療に関しても他人任せにせず、積極的に選択し たいという人が多い傾向にあると思います。 話すときには顔の表情が豊かで、ゼスチャーも大げさに見えます。日系人については、大きく 分けて、ペルーで日系人コミュニティの中で育った人と、コミュニティとの接触がない中で育っ た人の2通りあると言われ、両者の文化・習慣は違うといいます。たとえば、時間感覚なども日 系コミュニティの中で育った人は日本人の感覚に近いといいます。 ペルー人は家族をとても大切にし、いつも連絡を取り合い、もちろん、困ったときは助け合い ます。 ペルー人の多くはカトリックを信仰していますが、それ以外の宗教を信じている人もいます。 宗教によっては一定の医療行為を禁止していたりするので、事前に確認をすることをおすすめし ます。また、本国では火葬より土葬が一般的ですので、火葬する際は遺族への配慮をお願いしま す。死期が近づくと宗教者を呼んでお祈りを希望することがあります。 - 14 - 食習慣は地方によって違います。日系人が住んでいる都市部では、魚も食べますが、一般的に は肉や豆、じゃがいもなど高カロリー食が普及しています。肉はキログラム単位のかたまりで購 入します。朝食は軽めで、昼食と夕食はしっかり食べます。デザートや飲料も甘いものが多く、 肥満も問題になっています。また、風邪や熱のある時、水分・糖分補給を目的としてコカ・コー ラを飲む習慣があります。腎臓病や糖尿病患者の栄養指導は、もともとの食習慣が違うため非常 に困難です。単に肉を食べるなという指導では、日本人に米を食べるなというくらい本人にとっ ては過酷なものになりますので、日ごろの食事内容を聞いたうえで、その食習慣をベースに指導 をするように心がけるとよいでしょう。 ペルーの主要言語はスペイン語です。一部の高等教育を受けた人は英語もできますが、一般の 人はできません。スペイン語はポルトガル語に似ているため、ポルトガル語を理解する人もいま すが、厳密には違いますので注意が必要です。 8.フィリピンの医療と文化の違い ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 フィリピンでは、労働者の給料が低いのにもかかわらず、非常に物価が高い状況です。その上、 食品と薬品は物価の変動が大きく、たとえば、市販のかゆみ止めの軟膏(500 グラム)を、数年前 は約 100 ペソ(日本円=約 50 円)で買えたものが、最近は約 300 ペソ(日本円=約 600 円)と、中間 所得者層にとっても高額なものになっています。公的医療保険制度が不十分なフィリピンでは、 診療費や薬代は全額自己負担のため、通院・入院の治療費や処方薬代はもちろん、市販の薬を買う ことさえ、なかなか難しい状況です。したがって、低所得者層は、信仰がある・なしに関係なく、 野草や薬草による民間療法を行う呪術師や祈祷師、または自己判断の治療法(たとえば、下痢の とき、炭酸をぬいたコカ・コーラに少量の片栗粉を混ぜて飲みます。食あたりでは、卵の白身に 大さじ山盛りの砂糖を混ぜて飲みます。)に頼るなどの手段を選ばせざるを得ないようです。 経済的格差の問題以外に、病気への正しい知識・理解の不足が原因で、病気が重症化したり、 不適切な処置によって失命したりするケースが多々あります。体調が優れない時は、市販の薬を 服用するのが習慣となっていて、よほどの異常がない限り、病院での診療を避けようとする傾向 があります。 ②医療事情の異なる点 フィリピンの総合病院は、医師たちが病院内に診察用のクリニックを独立開業していて、病院 内の検査施設や入院部屋を共有で使用する“オープンシステム”という形態をとっています。ま た、ほとんどの病院は、クリニックと検査室は別棟にあることが多く、同じ建物内にあっても、 各種検査室が異なる階にあったりするため、その病院に通いなれている人でさえ迷ってしまうこ とがあります。その上、受診や各種検査では、予約がある場合でも待ち時間が1時間以上は当た り前の状態です。支払い方法も独特で、医師、各種検査室がそれぞれ会計場所を設けており、患 者は、医師の診察費用は医師へ直接支払い、各検査費用は、検査内容ごとにそれぞれの専用会計 - 15 - 場所で一つ一つ支払います。 各検査は、検査ごとに先に支払いを済ませないと検査を受けることができません。また、入院 の場合には、入院前に前払い金を支払わなければ入院手続きもできないシステムになっています。 それぞれが独立した医療システムでは、病院、医師、検査所を自分の財布の許容範囲で自由に選 ぶことができますが、個人の責任で医療が行われることになるのは、問題と言えるかもしれませ ん。また、信頼できる医師と納得できる検査を求めると、設備が充実している私立病院でしか得 られないため、その分費用も高額になります。貧富の差がとても激しいフィリピンでは、経済力 によって自由に選択できる医療システムができあがっていると言えるでしょう。 出産については、中間所得者層と高所得者層は、病院で妊婦検診を行い、分娩も病院です。出 産費用が高くつくのですが、その分、妊婦1人に医者が1人付きます。一方、低所得者層は、妊 娠健診で通院することはありません。出産も地区の診療所や自宅(産婆さんによる出産介助)にな ります。そうした診療所は、分娩室がない上、ベッドの数が少ないため、出産を控えている妊婦 が1つのベッドを2人で共有して、その状態で出産するのは珍しいことではなく、診療所の床で 布を敷いて出産することもあります。出産費用は安いのですが、利用する妊婦も多いため、妊婦 数人に、医師が1人という状況です。病院で出産して母子ともに健康な場合の入院期間は、出産 後2、3日といったところですが、診療所で出産した場合は、出産後数時間で家に帰されてしま います。 昔の言い習わしとして、生まれた赤ちゃんが洗礼(キリスト教徒となる儀式)を受けるまで、魔 よけのお守りに、肌着に赤い木や赤い布、腕にブレスレット等を着けたりし、外出の時は、おで こに赤い口紅を少し塗ったりします。 ③特有の病気 食生活に起因すると思われますが、塩分濃度が高い味付けに高カロリーかつ栄養価が不十分な 食生活の結果として、糖尿病、心臓病、癌や高血圧などの病気になりやすい人が増加していると いいます。 フィリピンの人々は、「食べる=生きる喜び」というほど、食べることに執着するため、街角に は屋台から高級レストランまで、飲食店が数多くあります。不衛生な屋台で売られている食べ物 や飲み物は、下痢、A型肝炎、E型肝炎、コレラ、食中毒や腸チフスなどの感染症の原因になっ ています。 ④文化の違い フィリピン人は陽気で楽天的、親切で知られていますが、内面は、競争心が激しく、負けず嫌 いな傾向にあるため、グループ内での結束力が欠ける場合もあるようです。家族や自分のためな ら、人一倍努力する精神力も持ち合わせています。 時間感覚についても注意が必要で、集合時間にいつも遅れて来るといいます。これはフィリピ ノ・タイムと呼ばれているようですが、10 時からの会議では会議が始まるのは 11 時です。フィ リピノ・タイムが定着していて、時間通りに始まらないから遅れていったほうがよいという考え の人もいるようです。 - 16 - フィリピン人は、ジョーク(冗談)が大好きで、日常でもジョークを連発して笑って過ごしてい ます。セミナー、会議や授業のときでもジョークは絶えません。 人から何か誘われて、都合が悪くても、その場でノーと断らないといいます。直前にキャンセ ルするのか、まったく連絡なしで当日現れない、というのが普通のようです。フィリピンでは、 はっきりと断るほうが相手に失礼な行為ととらえられています。また、先のことより現在のこと を最優先させる傾向があるため、約束したときはそのつもりだったが、今はその気がなくなった ということもよくあるといいます。 また、フィリピン人は人の話を真剣に聞かない傾向があるようですので、医療機関側としては 患者さんに何かを伝える際には、かなりていねいに説明する必要がありそうです。 フィリピンでは、英語が広く共通語として使われており、アメリカ・イギリスに次いで世界で 3番目に英語を話す人口が多い国といいます。フィリピン独自の言語で代表的なものは、タガロ グ語ですが、もともとは、マニラ周辺で使われていた言語で、テレビ・ラジオなどのメディアを 通じて全土に広まったのをきっかけに、フィリピン人同士の会話では、タガログ語がよく使われ ます。英語も広く用いられているため、タガログ語に英語が混ざったタグリッシュと呼ばれる言 語を話す人も多いです。また、各地には、それぞれ独自の言語が 100 以上も残っています。 宗教については、アジアで唯一のキリスト教国(カトリック)です。それは、スペインの植民地 支配の影響であると考えられます。全人口の 90 パーセント以上がキリスト教で、その他の宗教は、 イスラム教や仏教などは 10 パーセント以下になっています。日本でも地域のカトリック教会とつ ながりを持ち、そこで友人・知人のネットワークや同国人コミュニティを育んでいます。 食文化については、フィリピンでは、先住民族が食べていたシンプルな調理方法の料理から、 スペインや中国の食文化を取り入れた料理まで、さまざまな味わいが混在しています。中には、 地方独特の料理や日本人になじみやすい料理も数多くあります。中間所得者層と高所得者層は、 高価な肉類を使った料理が中心で、低所得者層は、安価な魚介類と野菜類を使った料理がほとん どです。調理方法は、料理のバリエーションが豊富ではないので、「煮る・揚げる」が一般的です。 味付けには、魚醤(塩の代用)を利用したものが多く、また、料理の仕上げには味の素が欠かせな いといいます。 9.アメリカ合衆国の医療と文化の違い ①診療行為と患者の医療に対する考え方の異なる点 アメリカ合衆国(以下「米国」と略す。)は移民の国ですから、米国文化といっても移民の出 身国の数だけあるとも言えそうです。医療機関の問診票には、どんな人種・民族の血を引いてい るかをおさえる意味で家族構成を尋ねる項目が必ず設定されているといいます。医師と患者との 会話でも、血筋について詳しく交わされるのが一般的のようです。 高血圧症や心臓病、糖尿病、がん、腎臓疾患などは、生活環境と遺伝の両方によるところが大き いと考えられているからです。 友人・知人との日常会話でも、「自分は○×系の血が8分の1入っているから、△□は食べな い方がよい」とか「あなたは4分の1△○系だから糖尿になりやすいのですね」、髪や肌の色か ら「皮膚がんにかかりやすいから直射日光に長く当たるのは避けた方がよい」、「血圧は肌の色 - 17 - が白い人より黒い人のほうが高い」、「インド系の人や先住民の子孫は糖尿病にかかりやすい」 といったフレーズが普通に交わされるようです。このように米国では、病気の原因を生活習慣の ほかに、人種・民族の疾病傾向と結びつけて考えるのが常識になっているといいます。 米国では、医療はサービス業であり、患者さんはカスタマーであるという意識が医療側にも患 者さん側にも浸透しています。医師は自己紹介のあと「どこから来たのか」とか「天気がいいね」 などと軽い会話を交わすことがあるといいます。それによって患者さんをリラックスさせ、訴え たいことを余さず言わせることができるようです。 ②医療事情の異なる点 米国は、医師と看護師の間で上下関係があまり感じられず、互いにファーストネームで呼び合 い、一緒に働く仲間であるという意識が強いようです。 米国の医療保険は、民間の保険会社や団体が販売するものが中心となっています。保険契約の 内容は、どこまで保険でカバーするかによって非常に細かく分かれており、それによって当然値 段も異なります。平均的な家族の年間保険料は 80 万円とも 100 万円ともいいますから、保険未加 入の人も数千万人いるようです。また、保険の対象となる医療機関も指定されているようで、た とえば有名大手病院や大学付属病院に行っても保険契約上対象外であれば、医療機関側も門前払 いをするといいます。とは言え、65 歳以上の高齢者にはメディケア、低所得者にはメイディケイ ドという公的医療保険は用意されてはいます。 このように米国の医療は普通の市民にとっては高額なので、市販薬で済ませる傾向があるよう です。サプリメントや健康補助食品などもよく飲まれていて、薬局には日本より多様な薬や健康 食品が置いてあります。 出産に関して異なる点は、米国の産婦人科は、診察台のカーテンがなく、患者さんと医師は、 向かい合って話をしながら診察するそうです。患者さんにとっては日本のようにカーテンがある 方が、何をされているのかわからず怖いといいます。また、米国はキリスト教の影響が強いため、 医師も人工中絶に対して日本より厳しく考える傾向があり、極端に言うと中絶イコール殺人とい う意識があります。 米国は歯科診療が高額なことでも有名です。歯科対象の保険料も高額なため、歯科の医療保険 に入っている家庭はまれだといいます。最近は水道水にフッ素は入れる州や市は増え、虫歯の無い世代 も珍しくないようです。そうした地域の歯科医は、歯の治療というよりは、むしろ歯並びの矯正や定期健 診、親知らずが生える際のケアなどが仕事の中心となっているといいます。 ③特有の病気 米国に特有の病気というのは聞こえてきませんが、移民の国であるため、たとえば、第6項の ブラジルのところで紹介したシャーガス病など、世界各国の風土病やその国特有の病気が移民の 多い地域を中心に持ち込まれている可能性があります。 ④文化の違い - 18 - 米国人はキリスト教の影響から、どこにいても「いつも神が見ている」と感じています。病気 やけがで入院したときなど、教会の聖職者が病床に来て家族同然に慰めたり祈ったりしてくれま す。また、高ストレス社会なのか、その解消のために雨の日も風の日も毎日欠かさずジョギング をしたり、精神的な安定を求めてペットをたくさん飼ったりします。カウンセラーのところに通 うのも普通のことで、日本のように隠したりしないといいます。家族や友人に悩みをぶつけて巻 き込むより、その道のプロに任せるべきだという考えが行き渡っているということでしょう。 米国は奉仕の精神が広く行き渡っていて、ボランティア大国といえます。具体的には、各宗教 の教会や寺院、民族コミュニティ、地縁組織などの奉仕活動が活発に行われています。この中に は医療を提供するボランティアも見られ、低所得者や貧困層のセーフティネットとなっているよ うです。 米国の食事文化を見ると、その多様性と極端さが見えてきます。どの店にもベジタリアン向け のメニューがあり、アレルギー体質の人向けに街には必ずと言っていいほど有機栽培食材店があ ります。きっちりカロリーコントロールする人もたくさんいる反面、主食をあまりとらずに肉食 を好み、いつでも甘い物を口にしている人もたくさんいます。 米国でも中華料理はよく食べられていますし、最近は日本料理も浸透してきましたので、箸の 使用はそれほど問題ないものと思われます。 10.院内外の案内表示の方法 (院外、院内、診療時間、休日年末年始休診の案内、予防接種の案内) (1)外国人の案内表示の理解度 医療機関には、建物の外側や院内にいくつもの案内表示がありますが、日本語だけで書かれて いる場合がほとんどです。これを外国人患者さんはどの程度理解できるでしょうか。2010 年 10 月に実施した愛知県内の定住外国人への聞き取り調査(有効回答数 964 名)によれば、「聞く」、 「話す」においては、「できる」+「だいたいできる」の回答が 61.7%、54.8%であったのに対 し、「読む」、「書く」では 36.6%、31.2%でした。つまり、県内の定住外国人の7割近くの人 が、案内表示の文字を読むことができないということになります。特に非漢字圏の外国人には漢 字の判読は困難を極めるようで、かなを振るだけでも理解できる人は多いといいます。またカタ カナも苦手な人が多いので、ひらがなを振るとより親切な対応となります。 外国人診察を効率的に行うためには、病院の院内外での多言語表示が必要となってきますが、 キーワードは「万国共通に判りやすいこと」です。見落としがちなのが、外看板や診察券に記載 されている内容、病院名、診療科目、診察時間、休日・休診についての案内でしょう。特に診察 券は、数あるカードの中から探さなくてはならないので、病院の独自のロゴマーク、シンボルマ ークを使用するのも良いと思われます。 (2)大きな病院における案内表示の例 a. エントランス表示 大きな病院は、外観や様子から、そこが病院であることの判別は可能ですが、敷地が広大です - 19 - 【写真は豊田厚生病院の院内案内表示】 多言語診察申込書 診療科をA,B,C,Dの4 番号で各部署を標示 ブロックに色分けている。 総合案内、新患受付、各ブロ ック受付 【写真はすこやか診療所(豊橋市)】 エントランスとホームページのポルトガル語案内 【写真は岩永耳鼻咽喉科と併設中部いびき睡眠研究所(美濃加茂市)玄関の案内表示】 代診の案内も日本語とポルトガル語併記で表示している。 【写真は岩永耳鼻咽喉科(美濃加茂市)院内の注意書き表示】 院内の日本語による注意書きは、全てポルトガル語に翻訳されている。 のでメインのエントランス表示と総合受付の場所を多言語で表示しないと判りにくいと思われま す。 b. 院内表示 外国人患者さんは、病気を抱えている上に日本語が十分でなければ、迷子にならないよう気を つけながら病院内を移動することは、それだけでストレスですし、多忙な医療スタッフにとって も道案内の説明は煩わしいものがあるでしょう。迷路のような院内を、総合受付→診療科受付→ 検査室→診察室→他の診療科→会計→処方箋発行と院内を歩き回るのには、判りやすい案内表示 は必須と思われます。番号やアルファベット表示、色表示によって判りやすくなっているところ もありますが、多言語表示や絵文字などのピクトグラムがあればより判りやすい表示となり、い わゆるユニバーサルデザインとなるでしょう。 c. IT化 最近は再診受付や自動支払機など、無人によるタッチパネル式の受付、会計が導入されていま す。まだ日本語のパネルしかないところが多いようですが、ATMなどのように多言語によるガ イダンスも必要となってくるでしょう。 (3)開業クリニックにおける案内表示の例 a. エントランス表示 大きな病院の場合と違い、外側の案内看板に、クリニックであることが判るようにすることと、 できれば診療科と診療時間が多言語でわかるようにする工夫が求められます。 b. 予約 最近は待合時間の短縮のため、インターネット予約であったり、音声ガイダンスによる予約電 話を導入している開業クリニックが増えてきています。高齢者の患者にとっても、この予約シス テムはわかりにくいと思われるますが、外国人患者にとっても同様です。多言語による音声やホ ームページのガイダンスも必要となってくる場合もあるでしょう。 c. 注意書き案内 診療時間変更や院内での注意事項など、日本語で案内表示しているものは、できれば日本語に 併記して外国語での表示もほしいところです。 11.医療機関の書類(入院説明書や手術同意書など)を翻訳するときの注意 (1)外国人患者さんは日本語の読み書きが難しい 在住外国人は、何年日本に暮らしていても日本語は難しいといいます。中でも文章の読み書き は苦手な人が多いようで、日常会話が流ちょうな人でも、かなり苦労しています。特に漢字は読 み方と意味の2つを覚える必要があり、辞書もその読み方がわからないと引けないので、たいへ - 20 - んだという話しを聞きます。 健康なときでさえ苦労する日本語文章ですから、病気やけがのときはなおさらたいへんでしょ う。医療機関側も提示した書類を外国人患者さんが確実に理解したか確認する必要があります。 書いてもらう場合は、ある程度時間がかかることを想定しておいたほうがよいでしょう。 (2)文書を翻訳する場合の注意点 日本語の読み書きが苦手な外国人患者さんには、書類を翻訳したものを見てもらえば、より円 滑に診療が進みます。ただ、翻訳版の作成にあたっては、いくつか注意すべき点があります。 a. 翻訳する言語の選定 翻訳は、どの言語で行ったらよいでしょうか。英語は世界に通じる言語ですから、英語圏以外 の患者さんにも有用な場合があります。そのほか、よく来院する患者さんの母国語を選定するこ とが必要と思われます。ただし、在日韓国・朝鮮の方の多くは日本語が第一言語であって翻訳版 を必要としていません。ちなみに、愛知県全体ですと、ポルトガル語、中国語、タガログ語、ス ペイン語、韓国語といったところが上位にくると思われます。 b. 翻訳料金の目安 翻訳料金は、1言語につき、1ページいくらという算定をします。1ページの中にどのくらい 字数があるかも料金に関係してきます。また、英語以外の言語は、英語よりも翻訳人材が少ない ので割高に料金設定されている場合もあります。大ざっぱな目安としては、A4判1ページ(800 字程度)で英語が 7,000 円前後かそれ以上で、中国語やポルトガル語、タガログ語、韓国語が英 語の2割り増しといったところでしょうか。 c. 翻訳会社への発注上の注意点 翻訳の発注に当たっては、医療のことが良くわかっている会社や団体を選ぶとよいでしょう。 そして、発注したらしっぱなしではなく、日本語文章の意味や解釈を十分に相手方に伝える必要 があります。医療機関側としては「この文章は当然、こういう意味だ」と思っていても、受注者 や翻訳者は違う意味にとってしまうことが、たまにあります。 翻訳版の書類は、翻訳文章と日本語文章を併記した形につくるとよいでしょう。何が書いてあ るか医療機関側と外国人患者さん側の両方が理解できます。なお、日本語文の漢字にはかなを振 ってください。 また、翻訳作業は、翻訳言語が母語の人と日本人翻訳者のペアで行うよう指示することをおす すめします。対象言語が母語の人は母語の表現は得意ですが日本語の解釈が苦手ですから、日本 人翻訳者と力を合わせて、相互にチェックしながら作業を進めてもらいます。 (3)署名を要する書類は日本語版に署名をしてもらうこと 患者さんの同意を求め、署名をしてもらうような書類は、翻訳版に「見本」や「参考手引き」 といった表示をしておき、署名は日本語書類のほうにしてもらってください。翻訳版の書類に署 - 21 - 名をもらうようにしておくと、その外国語文章について外国人患者さんが万一違った意味に解釈 をしてしまった場合、その言語が理解できない以上、その場で訂正のしようもなく、あとで「知 らなかった」とか「そういう意味で署名したのではない」などという混乱が生じ、場合によって は訴訟に発展しかねません。 12.多言語問診票・会話集・医療ガイドなどの情報 (1)多言語に翻訳された医療問診票や会話集などの医療情報資料の例 医療機関が活用できそうな多言語に翻訳された医療問診票や会話集などの医療情報資料は、以 下のとおりです。 a. 多言語問診票 これは、どの医療機関でも作成している問診票の翻訳版(日本語併記)と思ってください。 最もポピュラーなものは、(財)かながわ国際交流財団のHP(*)に掲載されている「多言語医療 問診票」です。診療科別に 14 言語で翻訳され、無料でダウンロードできるため役に立ちます。 たとえば、内科の例ですと、「どうしましたか」の欄に「□熱( )度 □頭痛 □喉が痛い □動悸…」をチェックする形になっています。この他、問診事項として「薬や食物等でアレルギ ーを生じたことがありますか」、「現在飲んでいる薬はありますか」、「過去にどのような病気 をしましたか」、「その病気は治りましたか」、「手術を受けたことがありますか」、「輸血を 受けたことがありますか」が外国語と日本語で掲載されています。 (* http://www.k-i-a.or.jp/medical/index.html) b. 多言語診療会話集 これは、問診票よりも内容が詳しく、臨床でよく交わされる会話を多言語に翻訳したもので、 質問したいことがここに掲載されていれば、指さし会話集として活用できます。たとえば、神奈 川県の「外国語医科歯科診療マニュアル」(神奈川県国際課、2001 年 10 月)は、12 診療科別に 10 言語で翻訳され、神奈川県国際課のHP(*)から無料でダウンロードできます。 そのうち、産婦人科のページを紹介しますと、医師の質問例として「今日、相談したいことは 何ですか?」に対して患者の答の例が「月経にかかわる異常についての相談・更年期についての 相談・妊娠しているかどうか知りたい・性行為感染症について知りたい」ほか9つが日本語と外 国語で掲載されています。 この他、月経についての「初潮は何歳でしたか?」、「月経前の不調はありますか?」などの 質問と答の例、産前・産後の場合の「何分ごとに痛みますか?」や「出血はありましたか?」、 「傷が痛くないですか?」、「オッパイははっていますか?」など質問と答の例、授乳指導や保 育指導、退院後の日常生活についての会話も掲載されています。 (* http://www.pref.kanagawa.jp/cnt/f4248/p11909.html) (2)多言語医療情報資料の活用方法 - 22 - これらの多言語医療情報資料は、医療通訳者がいない場合に活用するものですが、掲載されて いる典型例の中に外国人患者さんの症状や訴えに該当するものが無い場合や、治療方針の説明な ど会話が患者さんの個別具体のことに発展する場合には、活用が困難です。 ただ、患者さんが多少日本語ができるケースでは、これらの多言語医療情報資料を「よすが」 に診療科を選んだり、おおよその病気の絞り込みをしたりできる可能性があります。まったく「よ すが」が無い場合よりも、診療は確実に前進しますし、リスクの低減にも寄与すると思われます。 患者さんにとっても母国語の文字は、医師の会話のうち「確実に理解できる部分」をつくり出す わけですから、それだけ不安を軽減できると思います。 そのほか、救急外来や緊急時など、医療通訳者を待っている時間的余裕がない場合や病棟など の看護ケアの場面での簡単なやりとりにも利便性が高いと思われます。 (3)多言語の母子保健ガイドの紹介 これは、日本語会話が困難な外国人妊産婦さん向けのものですが、産科の看護師や助産師、保 健師の方々にとってもケアや指導の際に有用だと思われます。そこで、ここではその一例として 「ママと赤ちゃんのサポートシリーズ~日本でくらす外国人のみなさんへ~」(五十嵐ゆかり監 修)を紹介します。主な内容は以下のとおりですが、日本語併記の9言語で翻訳されており、多 文化医療サービス研究会のHP(*)から無料でダウンロードできます。 (* http://www.rasc.jp/index.php?itemid=8) [ママと赤ちゃんのサポートシリーズの概要] 1.産婦人科で聞かれること ~どんなことを聞かれるの?~ あなた自身のことQ&A、日本語レベル、あなたの状態Q&A、あなたの月経Q&A、 あなたの妊娠についてQ&A、過去の病歴、輸血の経験 2.病院に連絡をするとき 病院に連絡したほうがよいときとは、持参するもの一例 3.日本の出産について 妊娠中の健康診査について、日本の分娩スタイル、里帰りの習慣、日本で出産したママ からのアドバイス 4.日本の出産に関する文化 腹帯、へその緒、お七夜、内祝、お宮参り、お食い初め、いろいろな国の文化の紹介 5.妊娠高血圧症候群とは? 体の中で何が起こるの?、なぜ怖い症状なの?、どうして症状がでるの?、元気な赤ち ゃんをうむために気をつけたいこと(体重、塩分、体を休めること) 6.バースプラン 出産のときの希望について、出産後の過ごし方について 7.お産後の生活 ~おうちに帰ってからのこと~ ママのこころとからだ、家族計画について、ママと赤ちゃんのサポート 8.授乳について 母乳について、こんな時は電話で相談しましょう - 23 - 9.赤ちゃんについて 生理的体重減少、黄疸、K2シロップ、ガスリー検査、出生届・出産育児一時金、健診、 新生児訪問 10.予防接種について 日本の定期予防接種のスケジュールの一例 11.よく使う出産に関することば 13.日常会話程度の日本語ができる患者の注意点 (1)本当は良くわかっていないことに注意 外国人患者さんは、まったく日本語ができないという人はまれで、ある程度ができる人が多い ように見受けられます。しかし、それも日常生活に使う言葉どまりで、医療に関する会話は理解 が難しいと考えておいたほうが無難でしょう。 問題は、外国人患者さんに「今の説明は、わかりましたか?」と尋ねると、良くわかっていな い場合でも「わかりました」と答える人が少なくないことです。フィリピン人やタイ人によく見 られますが、そうした「わかりました」は、とりあえずその場を丸く収めるための「わかりまし た」である可能性があります。最も注意したい点は、医療従事者の方々が「わかりました」とい う返事をなかなか疑えないということです。つまり、人は普通、理解していないのに「わかりま した」と言うはずはないと思っているために、患者さんの「その場しのぎ」を見抜けないことで す。 そして、日常会話ができるとわかると医療従事者の方々は、何とか相手にわかってもらおうと いう、ゆっくり話す配慮をしなくなるため、患者さんは「わかりません」と言えずに笑顔でうな ずくだけになるようです。 (2)英語が通じない外国人は多い 日本人はなぜか、外国人は皆、英語ならば通じると思い込んでいるふしがあります。しかし実 際は、各種調査や統計から推測すると、在住外国人のうち英語ができる人は2割~4割程度に過 ぎないといったところです。英語を公用語としている国の出身者であっても高等教育を受けてい ない人や地方出身者は難しいといいます。まして、医療の場面で使う英語は、日常会話では登場 しない用語が多いために、多少英語が通じる患者さんであっても十分な注意が必要となります。 反対に、医療従事者の方々の英語可能率はどうでしょうか。ある調査では、「診察に困らない 程度に英語ができる」と答えた医師は3割程度でした。さらに、そうした医師と業務を共にする であろう看護師の場合は1人だけでした。 こうしたことから、英語によって外国人患者さんとコミュニケーションが取れるケースは、英 語圏の患者さん以外では、ごく少数と考えておいた方が無難でしょう。 (3)日常会話程度の患者さんとのコミュニケーションの取り方 - 24 - 日常会話がある程度ができる外国人患者さんが来院した場合は、医療の言葉は理解できない可 能性が高いと思って対応してください。まずは医療通訳の派遣を要請することになりますが、派 遣を待てない場合や当座をしのぐ必要がある場合は、以下のような対応策を講じていくとよいで しょう。 a. 多言語に翻訳された医療情報資料の活用 前項で紹介した多言語問診票や会話集の該当部分を指さししながら、外国人患者さんと確実に コミュニケーションが取れているか確認していくとよいでしょう。また、説明したいことを図解 したり、身体器官の図や写真を活用したり、あるいはやさしい単語を使ってゆっくり会話するこ とが重要です。わかっていなくても「わかりました」と答えている可能性も考えて、理解してい るかどうかの確認は、慎重に注意深く念押ししながら行うことが肝要となります。 b. 患者さんの緊張をほぐす工夫を 外国人患者さんの中には、病院に行くと緊張し、日常では日本語ができても、診療場面では詰 まってしまう人がいるようです。さらに、体調不良であれば集中力も低下し、母語以外で会話す るのが困難になるといいます。そこで、外国人患者さんには、その国の言葉であいさつ(第1章 (2))するなどして、リラックスしてから診療に入るのが効果的でしょう。外国人患者さんの 緊張が和らげば、日本語もある程度スムーズに出てくると思われます。 c. 医療用語を平易な言葉に 侵襲、寛解、予後、転帰、軽快、穿孔といった用語は、日本人もわからない医療の世界の言葉 です。また、急性期、亜型、排菌、疼痛、開胸などは、文字を見れば意味はわかりますが、音で 聞いただけではわかりにくい言葉もあります。 日本人に対しても同様ですが、特に外国人患者さんには、こうした言葉を平易に表現すること が大切です。この場合、よりわかりやすい単語を探すより、言葉を説明してしまうほうが早いと 思われます。 14.日本語ができる家族・友人・会社の通訳の注意点 (1)子どもの通訳は極力回避 日本語が十分でない外国人患者さんが医療機関にかかるときは、自分の身内で日本語会話がで きる人を同伴していくのが普通のようです。中でも多いのが子どもの同伴です。子どもは言語の 習得が早いので、親から何かと頼られるのでしょう。ただし、医療機関における子どもの通訳は、 以下の理由から極力回避したいものです。状況によって子どもに通訳をお願いせざるを得ない場 合であっても、名前と住所、年齢などを聞く程度にとどめるか、簡単な診療行為でかつ高校生以 上に限定するといった「枠」をはめておく必要があります。 a. 子どもは身体器官や医療用語の知識が不足していること 日常会話はよどみない子どもであっても、胃・肝臓・腎臓・膵臓など形状や位置、機能などの - 25 - 知識、一般的な病気の知識、薬の用法の知識があるでしょうか。それを母語と日本語で言えるで しょうか。肝臓と腎臓を取り違えて通訳する可能性があるのです。誤った通訳のせいで、仮に親 の治療が遅れたとしたら、医療リスクも大きいですし、子どもも心の傷を負ってしまいかねませ ん。日本語がスムーズに出てくるからといって、子どもはおとなと同じ程度の医療知識を持って いると考えてはいけないということでしょう。 b. 子どもが親に病状を伝えることになること 通訳行為は、医師の言葉を患者に伝える行為でもあります。軽い病気であれば問題ありません が、重症の可能性がある病気では、子どもが親に「危ないかもしない」ことを伝えることになり ます。医療機関として子どもの通訳を了承するということは、子どもにメッセンジャーをさせる ことになるということも認識しておく必要があるでしょう。 c. 日常ストレスの増加につながること 外国人の子どもや国際結婚で生まれたダブルの子どもは、学校生活などで差別やいじめを経験 していたり、勉強についていけなかったり、友だちができなかったりと、日頃からストレスを感 じて生活している場合が少なくありません。そうした中で、医療機関へ行くために学校を休まな ければならないことや前述の心理的負担を考えると、子どものストレスはさらに増加してしまう でしょう。その意味からも、子どもの通訳には慎重になりたいものです。 (2)友人・知人の通訳の問題点 身内の中で日本語会話ができる人が見つからない場合は、同国人のネットワークなどを使って 日本語会話が可能な友人・知人を探すことになります。ただ、友人・知人の通訳も、医療通訳と してのトレーニングを積んでいない場合は、以下のような問題があります。 a. 個人情報の保護が徹底されないおそれがあること この場合の通訳は、友人・知人として通訳しますから、業務上の倫理基準として守秘義務があ るのではなく、通訳者は患者さんとの信頼関係が損なわれるかどうかを判断基準として病気のこ とを第三者に漏らすかどうか考えます。医療機関としては、患者さんが連れてきた通訳者だから、 通訳する過程で知り得たことが通訳者から外部にもれたとしても責任を問われることはありませ ん。ただ、結果として、患者さんと友人・知人、つまり頼む側と頼まれる側の力関係を考えると、 他人に知られたくないことが知れ渡っても、我慢するしかない状況に加担していることになるの かもしれません。 b. 医療知識と通訳技術の不足 医療通訳のトレーニングを受けていない友人・知人の場合は、基本的な身体器官の知識や一般 的な病気に関する知識、薬の用法に関する知識など医療に関わる知識が不足していることが懸念 されます。また、通訳技術面でも医療通訳に必要な「何も足さない、何も引かない」という原則 を知らない可能性があります。たとえば、外国人患者さんが1分間症状を訴えても、友人・知人 は「昨日からおなかが痛いと言っています」の1センテンスだけで済ませてしまうことがありま - 26 - す。このほか、メモの取り方や辞書の活用法なども未熟であれば、1錠を2錠と間違えたり、胃 の内視鏡を大腸の内視鏡と間違えて訳したりする可能性があります。 c. 何度も繰り返し依頼できないこと 友人・知人には、おそらく本来の仕事があります。日本語が十分できれば、職に就いている可 能性が高いでしょう。そうした中で仕事を休んで患者さんに同伴するのは、かなり無理をしての ことだと思われます。そうであれば、そうそう何回も患者さんに同伴するのは難しいところです。 医療従事者側が「次回も同伴できますね」と確認しても、ただ笑顔でうなずくだけか、「わかり ません」と答えるのが精一杯かもしれません。 (3)会社の通訳の問題点 外国人労働者を抱える派遣会社や外国人実習生を多く受け入れている企業では、専属の通訳者 がいる場合があります。外国人の生活全般にわたって様々な場所に通訳者として同伴し、サポー トしています。ただ、こうした会社の専属通訳者は以下のような問題があります。 a. 個人情報の保護が徹底されないこと 患者さんの病気に関する情報は、患者さんの意向にかかわらず、会社組織に伝わっていきます。 つまり、通訳業務としてしかるべき部署に社員の健康問題を報告するだけでなく、上司や同僚に も知れ渡っていくことになるわけです。また、場合によっては通訳者や会社同僚から外部にもれ ていく可能性も否めません。 また、プライバシーの尊重という意味からは、日頃から顔見知りである会社専属通訳者に、診 察の際に身体を見られたり、検査を受ける様子を見られたりするのは抵抗感を覚えるという患者 さんもいるようです。 b. 会社との利害関係の存在 患者さんの病気のことが専属通訳者によって会社に報告されると、どうなるでしょうか。会社 としては社員の健康問題は人事を考える上で重要情報ですが、社員にとっても雇用継続や昇進に 大きな影響を与える重大事項といえます。病気によっては、会社側が正しい医療知識に基づかず に自分で予後を想像し、社員の処遇を変更してしまうかもしれません。そのために解雇されてし まうようなことがあれば、患者さんの不利益はとても大きなものになってしまいます。 特に、重い病気や長引く病気の場合では、医療機関としても告知や治療方針の説明の際に患者 さんに「会社専属の通訳者による通訳で問題ないかどうか」を確認する必要があります。 c. 医療知識と通訳技術の不足 子どもや友人・知人の通訳と同様、会社の専属通訳者も医療知識と通訳技術が不足している可 能性があります。医療知識の質問をしてみたり、「何も引かない、何も足さない」正確な通訳を 行っているかなど会話の長さやメモ取りの様子を注意深く観察するとよいでしょう。 15.医療通訳者のより良い受け入れ方 - 27 - (1)通訳する上で通訳者へ若干の協力を 外国人患者さんに医療通訳者がつけば、確実に患者さんとの意思疎通ははかどります。その上 で、次のような医療従事者の方々のちょっとした協力があれば、さらにより正確で、より効率的 で、患者さんにとってより安心なコミュニケーションが可能になります。 a. 通訳者の位置に配慮すること 診察室の中で医療通訳者は、通常、患者さんのななめ後ろか、真横、あるいは、ななめ前に位 置取りをします。これは、「主役」である患者さんが話しやすいような配慮からなされているも ので、医師の横や後ろで通訳することはないことを了解しておく必要があります。 b. 通訳しやすい話し方で話すこと 医療通訳では、正確性を期すために逐次通訳で行います。同時通訳では行いません。したがっ て、医療従事者の方々には、会話は短く区切って、通訳できる「間」を確保することが求められ ます。医療通訳者が医療従事者の発した言葉を確実に把握するために、いちいち確認することも ありますが、面倒がらずにチェックをお願いします。 そのほか、難しい説明や重要な会話は特にゆっくり、わかりやすい言葉で話すと格段に通訳し やすくなります。また、会話の展開も順序立てて論理的に進むと、次にどんなフレーズが登場す るか通訳者にも予想がついて、通訳しやすくなります。 c. 通訳時間をせかせないこと 診療時間は、通訳が入ることによって通常の日本人の患者さんの2倍以上の時間がかかります。 と言って通訳無しで、日本語が十分でない患者さんを診察しますと、その場も行きつ戻りつしま すし、確定診断がなかなか下せないことにもなりかねず、さらに何倍もの時間がかかることにな ります。したがって、通訳が入ったときには、「時間がない」、「忙しい」とプレッシャーをか けずに、より正確な通訳を求めるような態度で臨む必要があります。 もし、医療用語が訳せないようであれば、時間はかかっても辞書を引くように指示するとよい でしょう。医療通訳のトレーニングを受けた通訳者であれば、辞書引きとメモ取りは基本である と承知していますので、必ず辞書と筆記用具は持参していると思います。 (2)外国人患者さんへ温かいまなざしを 医療通訳者にとって医療従事者の方々の外国人患者さんに対する冷たい目線や厳しい態度は、 緊張とストレスを高め、通訳業務への負担となり、通訳の質に微妙に影響します。意思疎通をよ り確実にするためには、外国人患者さんへ温かいまなざしを欠かさないようにすることが大切と いえます。 (3)通訳業務以外の雑用を依頼しないこと - 28 - 医療通訳者は通訳業務のために医療機関に赴いていますが、医療従事者の方々からは家族や友 人・知人、付添人などと同一視され、売店での買い物や家族への連絡などを頼まれるケースがあ ります。医療従事者と通訳者との力関係や患者さんの手前を考えると、なかなかその場で「通訳 として来ているので雑用はやらない」と言って断れないところでしょう。医療通訳者は自らの通 訳業務にプライドを持っていますし、より質の高い通訳を目指して事前勉強をし、その成果を出 すために集中しようとしています。そうした中で通訳業務以外の雑用を頼まれるのは、モチベー ションが低下し、プライドが傷つけられます。医療従事者の方々には、通訳業務の高度なスキル を認識していただき、うっかり雑用を依頼しないように配慮をお願いしたいところです。 16.医療通訳者の倫理と医療用語知識、受講した養成講座の内容 (1)医療通訳者の倫理基準 医療従事者にそれぞれ倫理規定があるように、通訳者にも同様の規定があります。トレーニン グを受けた医療通訳者であれば、そうした「倫理」を十分に承知しています。文章化されたもの としては、全国の医療通訳者によって作成された「医療通訳共通基準」(2010 年 10 月、 http://sites.google.com/site/the3rdnationalconference/home/standard)の中にある「倫理項 目」や、ほぼ同様の内容で医療通訳士協議会が制定した「医療通訳倫理規定」があります。ここ では、前者の主な内容を紹介します。医療通訳者がどのような「倫理」に基づいて行動している かがわかると思います。 a. 守秘義務 職務上知り得た患者情報等の秘密の保持 b. 中立・客観性 通訳の業務範囲を守り、利用者に対して自らの意見をさしはさんだり、助言したりしないこと、 通訳に自分の価値観や主観を混ぜないこと c. 正確性 通訳は、忠実かつ正確に行うとともに、患者等の背景や文化について考慮すること、自らの専門能 力を自覚し、それを超える通訳業務となる場合は、その旨、利用者に申し出ること d. 信頼関係の構築 通訳者は利用者を尊重し,利用者が話しやすい態度を保つこと、相手を思いやる気持ちを持つこと e. 利用者との私的な関係の回避 利用者と個人的な関係を構築しないこと、その立場を利用して利用者から個人的な恩恵を受けない こと (2)医療通訳者の医療用語知識 トレーニングを受けた医療通訳者は、どの程度の医療用語知識を持っているのでしょうか。医 療従事者の方々は、それを知ることによって現場で交わす会話レベルの下限と上限(易し過ぎず ・難し過ぎず)の予測が可能になるのではないでしょうか。それが結果として効率的な診療にも - 29 - つながります。 医療通訳者の医療用語知識は、医療従事者並みの専門用語知識までは求められていません。少 し病気や身体の仕組みに詳しい一般の人のレベルと思ってください。具体的には、中学高校で習 う身体器官の名称・機能や、新聞・テレビ、日常会話の中で登場する病気などに関する知識を持 っています。たとえば、2、3年程度の経験を持つ医療通訳者であれば、以下のような用語はス ムーズに通訳できると思われます。 a. 身体器官 心臓、胆嚢、脾臓、延髄、水晶体、扁桃腺、頸椎、子宮、脊椎など b. 病名 白血病、脳梗塞、肝炎、虫垂炎、直腸がん、中耳炎、狭心症、合併症など c. 診療科名 主要診療科すべて d. 症状 寒気、腫れ、膿む、動悸、下痢、発作、嘔吐、めまい、下血、妊娠など e. 治療用語 切除、全身麻酔、摘出、点滴、服薬、処方、抗生物質、錠剤、帝王切開など f. 検査法 血液検査、尿検査、心電図、CT、超音波検査、内視鏡検査、喀痰検査など (3)愛知県医療通訳養成講座の内容 医療通訳者は、次の項目について学習した上で、医療通訳を行っています。愛知県の養成講座 のプログラムは、上述の①の「医療通訳共通基準」を参考にして作成されたものです。 a. 知識・倫理(18 時間) ⅰ) 患者背景・多文化に関する知識・理解 ・外国人患者等を取り巻く生活状況、在留資格制度、各種支援機関・団体など患者等をサポート する機関の情報に関する知識 ・患者等の出身国・地域の宗教、習慣、価値観の違いに関する知識・理解と医療制度・医療実践 スタイル(日本との違い)に関する知識・理解 ⅱ) 所属団体、支援機関に関する知識 ・あいち医療通訳システムの使命、組織構成、活動内容に関する知識 ・医療通訳派遣の制度・事業の内容、派遣ルール、医療通訳者サポート機能に関する知識 ・医療通訳に関する全国的な取り組みの現状と課題のアウトライン ⅲ) 医療に関する知識 ・身体器官のしくみに関する知識 ・基礎的な病気とその症状に関する用語(問診で使用される程度)の知識 ・主な検査方法に関する基礎知識 ・主な治療方法に関する基礎知識 ・メンタルヘルスに関する基礎知識 ・感染症対策、予防接種などに関する基礎知識 ・主な投薬・服薬方法に関する基礎知識 ・受付、診察、検査、治療、会計、薬処方など受診の流れに沿った患者等の動きに関する知識 ・医師、看護師、医療ソーシャルワーカーなど医療従事者の種類と役割に関する知識 - 30 - ・各種健康保険制度、出産一時金、公費負担制度、海外旅行傷害保険などに関する知識 ⅳ) 倫理 ・医療通訳としての心構えとして、「医療通訳共通基準」に謳われている倫理基準の知識 ・病気のときの人間の心理に関する基礎知識 ・対人援助スキルの基礎知識 b. 技術(18 時間) ⅰ) 語学力、通訳の基礎技術 ⅱ) 模擬の医療通訳(ロールプレイ)による実践的な通訳技術 ⅲ) コミュニケーション・スキルの基礎、状況判断力 c. 現場研修(6時間) 17.在留資格の種類、日本国籍で言葉や文化の異なる人 (1)在留資格は大きく3つに分類して考えるとわかりやすい 在留資格とは、外国人が 60 日を超えて日本に滞在するために必要な「出入国管理及び難民認定 法」(以下「入管法」という。)に定められた資格です。27 種類あり、日本で生活するには、そ のどれかを取得する必要があるというわけです。在留資格を日常会話で「ビザ」と呼ぶことがあ りますが、正確には「ビザ」は「査証」のことを指し、入国に当たっての事前審査を経た許可証 のようなものです。在留資格はビザとは異なり、日本滞在に必要な「資格」です。 在留資格は、次のとおり、就労に着目して大きく3つに分類できます。 a. 特定範囲の中で就労が認められている(仕事に就いてもよい)在留資格 単純労働以外の職業に就くために滞在している場合に職業を指定して付与されるものです。職 業を変えると不法滞在になってしまいます。 主な在留資格:「教授」(大学の教授等)、「医療」(医師、看護師等)、「教育」(小中高 の語学教師)、「人文知識・国際業務」(企業の語学教師、デザイナー、通訳など)など b. 就労が認められていない在留資格 働いてはいけない在留資格です。ただ、「留学」などは、資格外就労許可を受ければ一定時間 内(アルバイトやパート)で働くことは可能です。 在留資格の例:「短期滞在」(旅行者やビジネスでの一時滞在者など)、「留学」(留学生)、 「家族滞在」(就労外国人等が扶養する配偶者・子)など c. 就労活動に制限がない身分・地位に基づく在留資格 その人の身分や地位に注目して付与される在留資格で、単純労働も含め、どのような職業に就 くことも可能です。 - 31 - 在留資格の例:「永住者」(法務大臣から永住許可を受けた者)、「日本人の配偶者等」(国 際結婚の人、その両者の実子や特別養子)、「定住者」(インドシナ難民、難民、日系3世など) (2)日本国籍で言葉や文化の異なる人 日本国籍を持つ人は日本人ですが、帰化した元外国人と中国帰国者の場合は、第一言語が日本 語ではなく、持っている文化(価値観、習慣、行動様式など)も異なる場合があります。 前者の帰化については、5年以上日本に滞在し、生活できる程度の収入基盤があって、日本語 がある程度話せて、罰則歴がなければ申請可能です。日本語が話せると言っても、日常会話程度 の人も多いようですから、医療の言葉は難しいと考えておいたほうが無難です。ただ、在日韓国 ・朝鮮人の帰化の場合は、一世以外は日本で生まれ育っていますから、言葉と文化の壁はありま せん。 後者の中国帰国者とは、太平洋戦争終戦時に旧満州に住んでいた日本人が避難する中で、死別 ・生き別れによって中国人に引き取られたり、中国人の妻となったりして中国に残留した子ども や女性のうち、日本に永住帰国した人たちのことをいいます。母語が中国語で、日本語の習得に はたいへん苦労しています。日本で独立して生計を立てるのが困難なために国による様々な支援 の取組が講じられています。 18.外国人患者の生活背景 (1)国際結婚の外国人女性の生活背景は日本人配偶者次第 ここでは、国際結婚の多くを占める、妻が外国人で夫が日本人というパターンを想定して、そ の外国人女性の生活背景を記載します。結婚の契機としては、結婚仲介業者によるものと外国人 女性が働く飲食店で知り合うものが顕著です。 こうした外国人女性の生活背景をみると、地方都市や農村地域の場合は、異国での文化ストレ スに加えて、地方都市や農村地域特有の人間関係によるストレス(外国人女性が都会育ちであれ ばなおさら)、近くに同国人がいないために相談相手ができないことなどが問題となっています。 都会の場合は、パートナーである日本人男性の生活状況と態度に大きく影響されます。たとえ ば、男性側が非正規雇用者である場合は生活に困窮するケースもありますし、その場合は健康保 険の加入状況もかんばしくないでしょう。 アジア人女性に対するドメスティック・バイオレンス(DV)もよく聞かれます。外国人の場 合は、日本のDV支援制度の情報が入らないことや、在留資格を失うことを懸念して離婚できず に我慢してしまうことなど、日本人の場合以上に事は深刻です。 なお、国際結婚の外国人患者さんの場合、医療機関の中でのコミュニケーションを考えると、 家族である日本人配偶者とは日本語で会話できますので、医師の説明はもっぱら患者さんの配偶 者である日本人と行われて、患者さんは何も知らされていなかったという事態が起こりえます。 患者さんがどの程度日本語ができるかなど、その場の状況によっても異なりますが、患者さんと - 32 - 直接コミュニケーションを取れるよう、何らかの方策を講じる必要があります。 (2)留学生は日本語の問題は少ない 留学生の多くは、自費で留学している学生です。彼ら彼女らは、日本への渡航費と大学等の学 費、住居費などの生活費を出せる程度の家庭環境があると思われますが、実際にはコンビニや飲 食店でアルバイトをしている人が少なくないようです。言葉の面では、留学生は日本語がかなり の程度できます。多くの場合、日本語学校で日本語を習得してから大学・大学院等に入学します し、日本語による講義でも鍛えられるからです。 また、多くの学校で留学生センターなどを設け、生活支援の取組にも力を入れています。独立 行政法人「日本学生支援機構」も支援活動を行っています。留学生の患者さんで生活支援が必要 な場合には、こうしたところをリソースの一つとして考えてもいいかもしれません。 留学生は国民健康保険の加入が義務づけられています。ただ、自己負担の額が高額になると、 仕送りや貯金でやりくりできずに生活を圧迫することになりますので、その場合は高額療養費の 情報を丁寧に提供してあげるとよいでしょう。 (3)工場労働者は生計維持が楽ではない 外国人が単純労働者として働く場合は、工場への派遣労働の形が多いようです。したがって、 景気変動の影響を大きく受け、ときとして長期間仕事が無いなど、不安定な生活状況と言えます。 こうした外国人労働者は、多くが日系ブラジル人・日系ペルー人とその家族ですが、日系3世や 非日系の配偶者は日本語会話が十分ではありません。また、日系人は容姿は日本人と同じですが、 持っている文化は、日系人コロニア出身者以外はブラジルやペルーのそれですから、注意が必要 です。 外国人工場労働者は、日本語が十分でなくても南米人コミュニティの中で生活していけます。 その意味で生活支援が必要な場合は、こうしたコミュニティのネットワークが頼りになる場合も 多いといいます。たとえば、言葉に自信がない外国人労働者が医療機関にかかる場合は、日本語 ができる家族・友人や派遣会社の専属通訳に頼んでいます。 近い将来に帰国するかそれとも日本に永住するか、揺れている人も少なくありません。そのた め、高いお金を払って健康保険や年金に加入する必要をあまり感じない人もいるようです。派遣 会社も経費節減のために健康保険の加入手続きに消極的な場合があるといいます。 (4)永住者の生活背景は多様 在留資格「永住者」は、大きく「一般永住者」と「特別永住者」(在日コリアンなどの戦前・ 戦中から日本に住む朝鮮半島・台湾出身者とその子孫)の2つに分けられます。「一般永住者」 は、ほかの在留資格で日本に在留していて一定期間が経過し、永住要件を満たした人が得られる もので、入国していきなり取得できるものではありません。そのため、その生活背景は、どのよ うな在留資格から移行したのかを確認しないとわかりにくいと思われます。たとえば、留学生か ら日本企業に就職した人であれば、日本語がかなりできますし、生活状況も安定している場合が - 33 - 多いと思われます。国際結婚の場合は、上述のように配偶者や配偶者の家の事情によって問題が 異なります。 言葉の問題をみると、留学生のように専門の日本語教育を受けていない外国人の場合は、長い 期間日本に生活していても、会話は日常レベルどまりで読み書きは困難という人も少なくないよ うです。また、日本に永住するわけですから高齢化の問題もあり、病気や要介護の外国人は今後 増えていくと思われます。 19.不法滞在者の状況と対応方法 (1)不法滞在とは 不法滞在とは、出入国管理及び難民認定法に基づく国外に強制的に退去させるべき次の5つの ケースをいいます。 ・不法残留 許可された在留期間を超えて滞在している場合、オーバーステイ(超過滞在) と俗称されるもの ・資格外活動 許可を受けずに、与えられた在留資格以外の仕事(職種)に就いている場合 ・不法入国 パスポートも持たずに、あるいは偽造パスポートで入国した場合 ・不法上陸 パスポートは有効でも入国審査(上陸許可)を受けずに入国した場合 ・刑罰法令違反等 刑罰法令に違反して刑事処分を受けた場合 なお、人権団体などは、こうした不法滞在を「非正規滞在」と呼びますが、不法残留から不法 上陸までのケースを、それだけでは犯罪者と言うべきではないという視点から「不法」ではなく 「非正規」としているものです。 (2)不法滞在者は生活苦とストレスをかかえている 不法滞在者は、中小零細企業の工員や建設労働者、飲食店や風俗営業店の店員や歌手・ダンサ ーが見受けられます。ただし、その数は、かつての半分以下に減っています。生活状況は、重労 働、危険業務、深夜労働、低賃金、非正規雇用が多く、賃金未払いも聞かれます。飲食店で働く 女性の場合は、日本人男性との交際で子どもができたり、男性側が養育費を払わなかったりとい うケースもよくあることのようです。いずれにしても、言葉と文化の異なるところで、慣れない 仕事に就き、ストレスと孤独感をかかえながら仕事をし、生活している場合が多いと思われます。 なお、人身売買の被害者も不法滞在状態ではありますが、現在では扱いが「犯罪者」から「被 害者」に変わりました。彼女らは東南アジアの貧しい家庭の出身で、ブローカー組織にいい仕事 があるからと言われて連れてこられ、家族の借金などを理由に売春を強要されます。そのため、 HIVなどに感染していたり、精神疾患にかかっていたりする場合があります。患者さんとして 医療機関を訪れた場合は、「救出」やその後の生活支援を考えて、警察や支援NPOに相談する などの対応が必要かもしれません。 (3)不法滞在者に対応するときの基本姿勢 - 34 - 不法滞在の患者さんへの対応は、病気やけがに苦しむ一人の人間であるとすることから出発す るとよいでしょう。医師法第 19 条では「応召義務」として「診療に従事する医師は、診察治療の 求があつた場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」と規定しています。基 本的には、通常の患者さんと同じ様に対応することです。その上で、上述のような不法滞在者と しての生活上の問題を考えることだと思われます。 (4)不法滞在者に対応するときの注意点 a. 健康保険の加入資格 不法滞在者は国民健康保険に加入できません。会社で入る健康保険の場合は、手続きのときに 在留資格を確認しないために加入できます。労災保険は在留資格不問ですが、中小零細企業で働 いている場合は、会社が経費節減のために加入させないことがあります。ただ、これは法律違反 ですから、労働基準監督署に相談しながら、会社に加入手続きと治療費支払いの負担を求めると よいでしょう。なお、労働基準監督署は不法滞在者を拘束したり、入国管理局に通報したりする ことはありません。 b. 無保険者の場合 無保険の場合は自費診療になりますので、10 割負担の医療機関でかかることが出発点になりま す。もし自身の医療機関が 10 割以上の場合は、他の 10 割で診療する医療機関を探すようアドバ イスするしかありませんが、外国人拒否や差別、偏見と受けとられないように丁寧に、できれば 母語で理由を説明する必要がありそうです。あるいは、公費負担制度の対象とならないか、行旅 病人法の対象とならないか検討することも重要です。 自費診療でいく場合は、確実なコミュニケーション確保のために医療通訳者を入れること、治 療費のおおよその総額を最初に伝えること、安価な方法でどこまで治療するかを患者とよく相談 することが求められます。治療費支払いが困難であれば、何回かの分割払いに応じる必要もあり そうです。 (5)公立病院の通報義務 国または地方公共団体の職員は、「入管法」により不法滞在者を通報しなければなりません。 公立病院(独立行政法人や指定管理者は除く。)についても、医療関係者や職員のうち、常勤・ 非常勤を問わず公務員であれば、通報義務があります。ただし、この規定の解釈については、国 会の法務委員会において法務省人権擁護局長が告発しないことによる社会の不利益と比較考量し て「行政目的を阻害することが非常に著しい場合は告発しなくてよい」と答弁しています。つま り、通報すると自身の本来業務(医療機関では医療行為)ができなくなってしまいますから、こ の場合は通報しなくてよいのです。 20.公的医療保険の加入状況と未払いの可能性 - 35 - (1)在住外国人も公的医療保険に加入義務あり 在住外国人も公的医療保険に加入義務があります。国民健康保険の場合は、3 か月以上日本に 滞在できる在留資格を持っているか、または 3 か月以上滞在予定である外国人が対象となります。 しかし、外国人の中には保険制度の無い国から来た人もいますし、逆に自己負担ゼロという国か ら来た人もいます。前者であれば、なぜ保険料が徴収されるのか理解できない場合もありますし、 後者であれば、保険に入っているのになぜ医療機関でお金を取られるのか納得がいかない場合も あります。保険のしくみをていねいに説明する必要がありそうです。 (2)外国人の公的医療保険加入率は8割 在住外国人の公的医療保険の加入率は、全国いくつかの自治体の調査やNPOの調査を見ると、 おおむね8割程度と考えてよさそうです。地域によっても異なるとの報告もありますが、ほとん どの在住外国人は公的医療保険に加入していることになります。ただ、ごく一部に他人の保険証 を使用しているケースや病気になってから溯って保険料を支払い加入するケースなども聞きま す。とは言え「外国人は保険が無い」というのは、過去の話になっているようです。 残りの2割の未加入外国人のケースですが、外国人が保険料の給与天引きを敬遠するケースや 会社側が掛金負担をきらうケース(その両方)、将来帰国を考えている外国人が年金加入をきら うためにセットとなっている公的医療保険に加入できないケース、あるいは単純に若くて健康だ からと加入しないケース、不法滞在者のケースなどが考えられます。いずれも、治療費が高額の 場合は未払いにつながる場合がありますので、そうならないように何らかの対応を施す必要があ りそうです。 (3)治療費未払いのプロセス 実際に医療機関の治療費未収金の状況を見ると、払えるのに払わない悪質なケースは日本人の ほうが多いといいます。ただ、外国人の場合も皆無ではありませんので、その発生プロセスを追 ってみましょう。 まず、公的医療保険未加入者が病気になったところから問題が発生します。保険がないので医 療機関に行かずにできる限り我慢したり、売薬で済ませたりしていますが、自然に治癒しない場 合は、どうしようもなくなってから医療機関にかかることになります。そのときには病気が重症 化している可能性もあり、治療費が高額になってしまいます。 こうした患者さんが公費負担制度や行旅病人法の対象とならない場合や無料低額診療の情報を 知らない場合、医療機関側で患者さんの払える治療費の上限を勘案して治療する配慮をせず、ま た患者さんの日本語が十分でなく確実な意思疎通が困難であった場合には、払わずに帰ってしま うという結果になってしまいます。この場合にも、多くの外国人患者さんは、上述のような悪質 なケースではなく、実際に払えない状況です。 (4)治療費未払いの対応策 - 36 - 上述のような治療費が払えない外国人患者さんの場合は、母国の家族・親族の支援は期待でき ないかを検討するとともに、地域の同国人コミュニティや教会からの支援の道も探ってみるとよ いでしょう。そのいずれも困難であれば、分割払いの可能性を検討することになります。その場 合、確実に払ってもらえるよう、支払い意欲の保持のため、たとえば身元や生活状況の確認、友 人・知人などの第三者の関与などが有効と思われます。そして最も大切なことは、これらの検討 や話し合いを確実に行うためには、医療通訳スタッフによる通訳が不可欠だということです。通 訳者を介してコミュニケーションを確保したことにより、未払い問題が解決できたというケース が実際に報告されています。 21.外国人患者に関する相談窓口 外国人患者さんが多言語で相談できる機関(窓口)があります。こうしたところがあることを 知らない外国人の方もおりますので、生活上のことで困ったことがあるようであれば、こうした 相談窓口を紹介してあげてください。 ★ あいち国際プラザ(愛知県国際交流協会) 電話 052-961-7902 http://www2.aia.pref.aichi.jp/topj/indexj.html 英語、ポルトガル語、スペイン語、中国語による相談有(中国語は、月曜日のみ) ★ 名古屋国際センター 予約電話 052-581-0100, e-mail: [email protected] http://www.nic-nagoya.or.jp/japanese/nicnews/johosodan/gaikokujinmuke 英語、ポルトガル語、スペイン語、中国語、ハングル語による『こころの相談』 ★ 多文化共生リソースセンター東海 電話 052-485-6150 e-mail: [email protected] http://trans.hiragana.jp/ruby/http://blog.canpan.info/mrc-t/ 多文化共生に関する情報の情報整理、提供 ★ 配偶者からの暴力被害者支援情報 電話 0570-0-55210 http://www.gender.go.jp/e-vaw/siensya/08.html 日本語を含む9か国語による情報提供 ★ 愛知県女性相談センター 予約電話 052-913-3300 http://www.pref.aichi.jp/0000012699.html 面談相談では月 1 回、フィリピノ語、中国語、ポルトガル語による相談 ★ 愛知労働局 電話 052-972-0253, 0532-54-1192 http://aichi-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/madoguchi_annai/gosoudan_naiyou_madoguchi/soudan03.html 外国人の労働条件等(労災)に関する相談、英語、ポルトガル語による相談あり(曜日による) - 37 - 医療機関内外掲示例 日本語・英語・中国語・ポルトガル語・スペイン語・韓国語・タガログ語 (日)禁煙 (英)Non smoking (中)禁烟 (ポ)Proibido fumar (ス)Prohibido fumar (韓)금연 (タ)hindi paninigarilyo (日)携帯電話使用禁止 (英)No cell phones (中)没有手机 (ポ)Proibido usar telefones celulares (ス)Prohibido el uso de móviles celulares (韓)휴대 전화 사용 금지 (タ)Walang mga cell phone (日)危ないので走らないでください (英)Please do not run (中)请不要跑这么危险 (ポ)Por favor, não corra (ス)Por favor, no se ejecutan (韓)달리지 마십시오 (タ)Mangyaring huwag tumakbo kaya mapanganib (日)お名前を呼ぶまでお待ちください (英)Please wait until your name is called (中)请等待,直到你的名字被称为 (ポ)Por favor aguarde até seu nome ser chamado (ス)Por favor,espere hasta que su nombre es llamado (韓)이름을 부를 때까지 기다 리세요 (タ)Mangyaring maghintay hanggang ang iyong pangalan ay tinatawag na (日)マスクをつけましょう (英)Keep in touch with mask (中)面膜保持接触 (ポ)Utilizar mascara (ス)Utilizar el rimel (韓)마스크를 착용합시다 (タ)Ilagay sa ugnayan sa mga mask (日)うがいをしましょう (英)Let the gargle (中)让的漱口 (ポ)Fazer gargarejo (ス)Hacer gárgaras (韓)양치질을합시다 (タ)Hayaan ang magmumog (日)診療時間 (英)Consultation hours (中)开诊时间 (ポ)Horário de consulta (ス)Tiempo para la consulta (韓)진료 시간 (タ)konsultasyon oras (日)面会時間 (英)Visiting hours (中)参观时间 (ポ)Horário de visita (ス)Horas de visita (韓)면회 시간 (タ)oras ng pagbisita (日)休診日 (英)Closed (中)医生没有咨询日 (ポ)Fechado (ス)Cerrado (韓)휴진일 (タ)walang-araw ng konsultasyon sa doktor (日)祝日 (英)Holiday (中)节日 (ポ)Feriado (ス)Fiesta (韓)공휴일 (タ)bakasyon (日)総合受付 (英)General reception (中)一般接收 (ポ)Recepção Geral (ス)La recepción general (韓)종합 접수 (タ)pangkalahatang pagtanggap (日)診療科受付 (英)Accepted medical department (中)接受医疗部门 (ポ)Recepção de departamento médico (ス)La recepción de departamento médico (韓)진료과 접수 (タ)Tinanggap medikal na departamento (日)内科 (英)Internal medicine (中)内科 (ポ)Clinica Geral (ス)Clínica General (韓)내과 (タ)panloob na gamot (日)小児科 (英)Pediatrics (中)儿科 (ポ)Pediatria (ス)Pediatría (韓)소아과 (タ)pedyatrya (日)外科 (英)Surgery (中)手术 (ポ)Cirurgia (ス)Cirugía (韓)수술 (タ)pagtitistis (日)整形外科 (英)Orthopedics (中)骨科 (ポ)Ortopedia (ス)Ortopedia (韓)성형 외과 (タ)Orthopedics (日)皮膚科 (英)Dermatology (中)皮肤科 (ポ)Dermatologia (ス)Dermatología (韓)피부과 (タ)dermatolohiya (日)産婦人科 (英)Obstetrics and Gynecology (中)妇产科 (ポ)Obstetrícia e Ginecologia (ス)Obstetricia y Ginecología (韓)산부인과 (タ)Kagawaran ng karunungan sa pagpapaanak at hinekolohiya (日)眼科 (英)Ophthalmology (中)眼科 (ポ)Oftalmologia (ス)Oftalmologia (韓)안과 (タ)Ophthalmology (日)耳鼻科 (英)Otolaryngology (中)耳鼻喉科学 (ポ)Otorrinolaringologia (ス)Otorrinolaringología (韓)이비인후과 (タ)Otolaryngology (日)案内所 (英)Information (中)信息化办公 (ポ)Informação (ス)Información (韓)안내소 (タ)impormasyon sa opisina (日)診察室 (英)Examination room (中)考场 (ポ) Sala de exame (ス)Sala de examen (韓)진찰실 (タ)pagsusuri kuwarto (日)検査室 (英)Laboratory (中)实验室 (ポ)Laboratório (ス)Laboratorio (韓)검사실 (タ)laboratoryo (日)会計 (英)Accounting (中)会计 (ポ)Contabilidade (ス)Contabilidad (韓)회계 (タ)accounting (日)病棟 (英)Ward (中)沃德 (ポ)Enfermaria (ス)Distrito (韓)병동 (タ)salagin (日)薬局 (英)Pharmacy (中)药房 (ポ)Farmácia (ス)Farmacia (韓)약국 (タ)parmasya (日)売店 (英)Shop (中)购物 (ポ)Loja (ス)Tienda (韓)매점 (タ)mamili (日)トイレ (英)Toilet (中)厕所 (ポ)Toalete (ス)Inodoro (韓)화장실 (タ)banyo (日)健康保険証 (英)Health insurance card (中)健康保险卡 (ポ)Carteira de seguro de saúde (ス)Cartera de seguro de salud (韓)건강 보험증 (タ)Health insurance card (日)診察券 (英)Patient registration card (中)病人登记卡 (ポ)Cartão de consultas (ス)Nombramiento de tarjetas (韓)진찰권 (タ)pasyente registration card (日)薬 (英)Medicine (中)医药 (ポ)Medicamento (ス)Medicamento (韓)약 (タ)gamot (日)注射 (英)Injection (中)注射 (ポ)Injeção (ス)Inyección (韓)주사 (タ)iniksyon (日)お名前を教えてください (英)Please tell me your name (中)请告诉我您的名字 (ポ)Como é seu nome? (ス)¿Cuál es su nombre? (韓)이름을 가르쳐 주시기 바랍니다. (タ)Pwede bang malaman namin ang pangalan ninyo? (日)電話番号を教えてください (英)Please tell me your phone number (中)请告诉我您的电话号码 (ポ)Qual é o seu número de telefone (ス)¿Cuál es su número telefónico? (韓)전화 번호를 가르쳐 주시기 바랍니다. (タ)Pwede bang malaman namin ang numero ng telepono ninyo?
© Copyright 2024 Paperzz