ひと vol.12 風とともに海を越えて

「ひと」
VOL.12
デザインの方にも携わることができるようになってきました。
今回は、本学在学中に第1回イリノイ大学交換留学生として参加した卒業生を紹介します。
大学時代ヨット部に所属し、その経験から海を越えて現在ロンドンの建築事務所で活躍中です 。
海外に飛躍する原動力となったものは何か?お聞きしました。
やればやるほど仕事の内容も幅も広がり、働く場所としては非
常に満足しています。たしかにきつい時は3週間休みなしで働
いたり、帰りが朝の3時4時になったりすることもありますが、
その代わりにきちんと臨時休暇をとることが出来るので、日本
「Architectural Association School of Architecture」
の建築事務所よりは恵まれているのではないかと思います。
略して「AA」というのですが、全世界から面白い人たちが集ま
っていて、学生間でも競争意識が非常に強い学校でした。そこ
での1年間は本当に厳しいものでしたが、今考えるとその緊張
感や充実感がのちの勉強に大変役に立っています。
その後「London Metropolitan University」という大学
の「Master Course」と「Diploma Course」に行ったので
すが、このときにFlorian Beigelという非常にすばらしい先
生のもとで、街の再生のためいかに現存する建物や街の現状
に手を加えていけるかというテーマで、綿密なリサーチの大
切さと、それにもとづく設計プロセスを学んだことにより、将
「Industry in the city」プロジェクトモデル
来自分のやりたい建築デザインの分野がより明確になってい
きました。
また勉強の場としてロンドンを選ん
でよかったと思う点は、ヨーロッパの他
の国々に非常に近いということです。建
築をやっているとやはり色々な国に行っ
環境学部環境デザイン学科2002年卒 金
道 晃 さん
て、様々な建物や文化を見て回りたい
ものです。それを良くかなえてくれるの
学生時代のことを教えてください。
がこのロンドンという都市なのです。
学生時代で一番覚えている思い出は、4年間所属していた
ロンドンからの飛行機のチケットは比較的安く手に入るので、
上記プロジェクト現場風景
ヨット部での活動です。毎週土・日になると廿日市市の阿品に
僕も何度となくヨーロッパの国々を旅行して回りました。大学
ある工大の艇庫に泊り込んで昼夜語り合ったものです。
でも毎年1、2回Unit Tripといって所属しているUnit( 日本
目標を達成するために日々努力し、お互いに助け合いながら、
でいうゼミのようなもの)のみんなで建築や街を見るために
やはり多少は英語を喋れるようになったといっても、ネイティ
時には激しくぶつかり合いました。4年次にはキャプテンをや
旅行にいくのですが、勉強だけでなく、みんなと仲良くなるき
ブの人にはどうしても口では勝てないので、自分の作品のプレ
らせてもらっていたのですが、人の上に立つことの大変さ、相
っかけにもなりました。
ゼンテーションの時などは、その見せ方や発表の仕方にも随分
海外で仕事をする上で苦労した点は?
手に対する気配り、自分だけではなくチームとして前に進んで
力を入れました。内容が同じでも見せ方、発表の仕方によって
いくことを体験することができ、今の自分の基礎を築くことが
評価が全く変わってきてしまうので、より分かりやすくポイント
できたと思います。
を絞ってプレゼンをやるように心がけました。
また広い海で長い時間を過ごしているうちに、段々と境界線
を越えて広い世界に行ってみたいという希望も生まれてきて
将来の夢を聞かせてください。
いました。
しばらくはロンドンで仕事をしながら、イギリスの建築家資
手初めに、2年生の時にデラウェア短期語学留学を経験し、
格をとろうと思っています。そうすればまた選択肢も広がるだ
アメリカのスケールの大きさに圧倒されたのを今でも覚えて
ろうし、仕事の内容ももっと責任あるものになっていくと思い
います。いつかまた行きたいという思いが実って、4年次に第
ます。そして自分のデザインもプロジェクトに反映させること
1回のイリノイ交換留学に参加しました。アメリカでは専門の
ができるようになるはずです。
ロンドンでの就職活動と
現在の仕事について教えてください。
また、デザインの中心地ロンドンという街は、常に新しいも
でき、自分のデザインに対する考え方も大きく変わりました。
まだこのときは英語もままならない状態だったので、今から考
大学院で勉強を進めるにつれて、自分のやりたいデザイン
てくる奥の深い都市なので、
しばらくはここで十分に刺激を受
けながら、自分のデザインや考え方を深めていきたいと思って
建築だけではなく、工業デザインや写真の授業も受けることが
のに敏感になれるだけでなく、古いものの良さも同時に見え
えるとよくチャレンジしたものだと思いますが、そこで苦労し
の方向性というのがある程度見えてきていたので、それにあ
て得たものは自信と新たな夢への明確な道筋でした。また、こ
った建築事務所の中でもある程度の大きさで、大規模なプロ
います。正直、将来日本に帰るかどうかはまだ決めていません
の留学中に出会った友人達は、今でも付き合いは続いていま
ジェクトから小さなプロジェクトまでいろいろな設計の経験が
が、どこにいても、常に新しいことにチャレンジできる姿勢を
すが、世界中を飛び回っている精力的な人ばかりで、大変刺激
できるところを探していました。たまたま、自分が行きたいと
忘れず、自分自身を飽きさせないように前に進んでいきたい
になっています。
思っていたDavid Chipperfieldの事務所で、友達が働いて
と思っています。
いたので紹介してもらいました。週に100通ぐらい履歴書を
卒業後はどのような経験を積まれたのですか?
受け取る事務所だったので、入れるかどうか初めは不安だった
工大卒業後、
「海外で大学院に行く」という新たな目標のた
のですが、面接は非常にあっさりしていて、5分ぐらいで終わっ
望むそこからは、世界中の街につながっていることをこの
めに、まずはアメリカのロサンゼルスで英語の勉強をはじめま
ったと思います。運良く入ることが出来たのですが、まだ学校
インタビューから感じました。セールを巧みに操りながら
した。そしてロスにある大学に入ろうと準備をしていた時、力試
に行っている時だったので、学校で最終プレゼンが終わった次
進む海には境界線はありません。金道さんにはこれから
しにと思って受けてみたロンドンの建築学校からオファーがき
の日から休みなしで働き始めました。
もどんどん前に進んでもらいたいと思います。
たんです。散々悩んだあげく、ロンドンに行くことにしました。
初めはおもに模型の製作を担当していたのですが、段々と
私の自宅からも見える工大のヨット艇庫。瀬戸内海を
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