インバウンドの教科書

SEMINAR
ナベケン流
インバウンドの教科書
渡邉賢一
ソーシャルプロデューサー
vol. 11
スタディーツアーを考える
欧州での日本研究が盛んです。
今回はローマ大学東洋学研究所のマルコ・デルベネ教授が主催する
日本へのスタディーツアーを参考に、
今後の可能性を考察してみました。
「彼らの日本への関心は、大学に入る前に授業で
ます。なかでもデルベネ教授は欧州における近現代
日本の歴史や美術作品に出会ったことがきっかけ
の日本史学の中心的存在であり、数多くの優秀な
です」と、今回のツアーを企画したデルベネ教授は
人材を輩出しています。
語ります。確かにアニメや漫画、映画から日本好
きになる方々は多いのですが、学校での授業や博物
教授は旅のプロデューサー
館や美術館での日本関連の企画展、テレビ番組の
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特集などで日本への興味・関心が高まったという
デルベネ教授は、明治時代から大正、昭和にお
学生が多いのも事実です。
ける日本の政治行政学の変化や戦後のメディア制
ローマ大学の東洋学研究所は、言語学、考古学、
度を専門的に研究しており、数多くの論文を発表
歴史学、芸術、哲学、宗教、地理、文化学などア
しています。今回の日本へのスタディーツアーでも、
ジアに関する70以上の研究分野を持ち、日本研究
大正デモクラシーをテーマとした視察が予定に組み
に関する権威でもあります。今回参加した学生は
込まれています。日本に訪れることで、教科書や
全部で6人、芸者を専門的に研究する学生や、鎖
座学ではなく、実体験に基づいた学びの機会が得
帷子(くさりかたびら)を研究する学生もいたりと
られるといいます。
個性的です。約2週間の日本での滞在期間内で、
特に多言語で書かれた日本に対する研究論文や
じっくりと各々の研究分野を学びます。
文献の数が入手しずらい海外では、今回のような
最初の数日間は教授からの提案で、千葉県佐倉
スタディーツアーは最良の教育コンテンツになりま
市の民宿に宿泊し、都会にはない日本の風土や自
す。たとえば、国立博物館の戦国時代の甲冑展示
然と調和した暮らしや、江戸時代の佐倉藩城下町
コーナーで、実際に使われた甲冑を目の前に見なが
の武家屋敷などを体験しました。その後は東京を
ら、学芸員の方から変わり兜の意味や彩り豊かな
拠点とし、上野の国立博物館やさまざまな展示施
装束の意義が生死に立ち向かう戦国武将の心意気
設を中心とした研究体験学習を行うという内容で
と密接な関係があることを教えていただくことなど
す。自由時間もたっぷりと用意されており、谷中
は、日本に訪れなければ得られないリアルな学習機
千駄木などの下町散策や鎌倉の街歩きなど、学生
会です。
たちはのんびりと気ままに日本の旅を楽しむことが
歴史的資料や文献が数多く保存されており、美
できます。
術品や芸術作品が豊富で、学芸員も充実している
欧州での日本研究はとても盛んです。例えばイタ
日本は教育的エッセンスにあふれた国であるといえ
リアではローマ大学、ベネチア大学、ナポリ大学、
ます。デルベネ教授は今後も日本へのスタディーツ
サッサリ大学などの大学において門戸が開かれてい
アーを継続的に実施し、学びの機会を創出してい
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きたいと意気込んでいます。また、日本研究をし
ている教授同士は横のつながりが深く、イタリア国
内でも研究者は連絡を取り合う仲であるといいます。
こうしたノウハウはシェアされやすい環境にありま
す。日本へのインバウンドツアーの質を高め、需要
を喚起する上で、海外の大学教授は旅のプロデュー
サーとしてとても重要な存在であるといえます。
プランニングはインターネットで
日本へのスタディーツアーはどのように組み立て
日本へのスタディーツアーに参加したローマ大学東洋学研究所の学生
たちとデルベネ教授(右から4人目)
られているのでしょうか。現状では旅行会社が間に
入ることはほとんどなく、教授が旅のテーマを決め
したテーマに魅力を感じ、実際に旅に参加します。
た後に、個人的な人脈を伝って情報を収集し、イ
日本側がこうしたスタディーツアーの需要をしっか
ンターネットを使い旅程をプランニングすることが
りと喚起していくために、教育者の方々に対する教
主流であるといいます。
育旅行プログラムの情報発信が肝心です。地域や
確かに6〜15人くらいの中小規模の団体ですので、
テーマに応じた学びのエッセンスを効果的に伝え、
そのほうが効率がよいのかもしれません。ホテルや
先生方が旅をプランニングしやすい環境を提供して
航空券、鉄道の予約などは学生が行います。ちな
いくことが大切です。海外の方々を対象とした教
みに今回の東京都内での宿泊施設は、半蔵門線水
育インバウンド観光専用の情報サイトを業界として
天宮前駅近くにある長期滞在のウイークリーマンシ
構築することも一考の価値ありといえます。
ョンでした。キッチン付きの部屋を男女で2部屋レ
最近では、日本語学習の需要も高まっています。
ンタルし、自炊と外食を織り交ぜながら2週間近く
たとえば、海外での日本語学習者数は133カ国・
滞在するプランです。航空券は航空券検索サイトで
地域において約370万人おり、この3年間では約70
購入したということです。教育プログラムに関連す
万人増加しています。1979年比では学習者は約28
る情報はすべてインターネットで収集し、事前学習
倍となり、教育機関数は13倍の約1500機関、教師
もしっかりと行っているといいます。
数は12倍の約5万人となっています(国際交流基金
自由時間の旅のプランニングは、イタリア語で書
調べ)
。外務省や文化庁を中心に、日本語教育者
かれた日本観光ガイドやブログで収集しており、旅
の横のネットワークづくりも推進されています。日
行期間中はi-Phoneやスマートフォンとガイドブック、
本研究者と共に日本語を学ぶ方々の、日本へのイ
ノートを常に持ち歩いています。半数は日本に何
ンバウンド観光の需要が今まで以上に期待できるな
度か遊びに来たことがあり、残りは日本は初めてで
か、日本側として“学び旅”のプロデューサーであ
す。美味しい寿司や魚料理に憧れており、築地や
る教育者同士のネットワークを構築し、新しいスタ
御徒町での買い物が楽しみだと張り切っていました。
ディーツアーを開発する体制づくりが期待されます。
インターネットで日本の面白い情報やエリア情報を
また、日本中の大学や専門学校が世界の隅々か
見つけ出し、日本への興味・関心は高まるばかり
らさまざまな分野で学ぶ留学生を受け入れていま
です。
す。こうした留学生の出身国や学校にこそ、日本
教育者とのネットワーク構築を
教育的なアプローチがきっかけとなり、日本に関
心を持つ学生が増えるなか、
教授や教育者の方々は、
日本へのスタディーツアーのプロデューサーとして
益々重要になってきます。学生たちは教授がプラン
の魅力を発信している影響力ある教育者がいるは
ずです。今後の連携が期待されます。
わたなべ・けんいち●国際電信電話、朝日新聞社、内閣官房地域活
性化統合事務局を経て、ソーシャルプロデュースを専門とする一般社
団法人元気ジャパンを設立(代表理事)。内閣官房地域活性化伝道師、
(財)日本広報センター研究員、フランス放送局「Nolife」の人気番組
「Japan In Motion」や仏ジャパン・エキスポのアドバイザーを務める。
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