クローン病における 生物学的製剤の役割

クローン病における
生物学的製剤の役割
消化器関連疾患︵炎症性腸疾患︶
はじめに
安
藤
朗
狭窄といった腸管合併症の悪化をきたして手術
に至る症例が多かった。
病︵
C D ︶の 病 態 に
Crohn
Crohn’s
disease
そのようななか、2002年に抗TNF α
は食事抗原の関与が強く示唆され、本邦ではア
抗体であるインフリキシマブ︵IFX︶の投与
ミノ酸製剤を中心とした栄養療法の重要性が強
投与されてきた。しかし、これらの治療法では
︵アザチオプリン/6 メルカプトプリン︶が
イドを基本薬として、難治例には免疫調節剤
アミノサリチル酸︵5 ASA︶製剤とステロ
調されてきた。また、薬物療法としては、5
%がヒトの蛋白の構造であることからキメラ
ラ抗体︵IFXの %がマウス蛋白の構造で、
蛋白の総称︶の一つで、このTNF α をキメ
果たしているサイトカイン︵免疫反応をおこす
TNF α は、CDの病態形成に主要な役割を
が可能となり、CDの治療法が大きく変化した。
−
CDの病勢のコントロールは難しく、栄養療法
−
と薬物療法を併用しているにもかかわらず、食
の病勢が劇的に改善するだけでなく、これまで
抗体と呼ばれる︶で中和することにより、CD
−
事の量を増やすとともに病気が進行し、瘻孔、
25
−
(205)
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65
75
−
−
の治療法ではほぼ不可能であった粘膜治癒︵内
視鏡的潰瘍病変のほぼ完全な消失︶を目指すこ
とが可能となった。
最近の話題について解説する。
IFXの効果と二次無効について
験できなかったことが可能になった。また、腸
可能にしたことなど、従来のCD治療法では経
える。また、高い有効性、即効性、維持療法を
指すという非常に高度なレベルに変化したと言
NF α 抗体の登場により、内視鏡的治癒を目
に投与されている。
治性CDに対する中心薬剤の一つとして積極的
実証されており、現在では維持療法も含めて難
でも同様の臨床試験が実施され同等の有効性が
瘻合併症例に対する有効性が報告された。本邦
CCENTⅠ・Ⅱにより、難治性CDおよび外
すなわち、従来のCDの治療目標が患者の症 IFXの効果については、欧米において実施
状・栄養状態の改善であったとするなら、抗T
された大規模多施設共同無作為二重盲検試験A
管合併症が進行して非可逆的な症状に至る前の
ただ、投与症例が増加するにつれて、維持療
発症早期から抗TNF α 抗体の投与を開始す
法中にIFX の効果が減弱する症例︵二次無
1)
2)
3)
効︶が増加しており、その対策が検討されてい
ることによって、CDの自然史をコントロール
することも可能になったとも言われている。
一定の見解は未だ得られていない。
る。免疫調整剤のアザチオプリンの併用が抗I
FX抗体の産生を抑制するとする報告もあるが、
ここでは、IFXとADAそれぞれの効果と
TNF α 抗体はCD治療の中心となっている。
ダリムマブ︵ADA︶の投与も可能となり、抗
−
IFXに加えて、2010年にはマウス蛋白
を全くもたない全ヒト型の抗TNF α 抗体ア
4)
5)
−
66
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−
−
IFXがマウス蛋白を含むキメラ抗体である
のに対し、ADAはより抗原性の低い完全ヒト
ADAの効果と第一選択薬としての位置付け
Aに変更した症例の %に抗ADA抗体が検出
系を用いた検討では、IFX二次無効からAD
されたが、抗TNF α 抗体未投与症例では
%が陽性という結果であった︵図①②︶
。同様
注射を特徴とする。IFXとの厳密な比較試験
投与であるのに対し、ADAは2週間毎の自己
DA抗体が高率に出現し、ADA無効症例では、
FX抗体が出現するとADAに変更しても抗A
の結果が欧米からも報告されたことから、抗I
G抗体である。IFXが2カ月毎の静脈
は報告されていないが、寛解導入率や寛解維持
抗ADA抗体の存在はIFXの効果には影響し
12
率に関する有効率はIFXと同等とされる。
型
54
−
かったと思われる。しかし、IFX、ADA血
に誘導され、その効果が十分発揮されない可能
ると、ADAに変更しても抗ADA抗体が高率
説明のうえ、患者自身の選択に委ねる場合が多
中濃度や抗薬物抗体濃度測定を用いた薬物動態
った症例では発揮されにくいことが経験される。
今後の展望
期待できる可能性がある。
A抗体の誘導に至っても、IFXの効果は十分
性が高い。一方、ADAの先行投与から抗AD
置付けが明らかになってきた。
学的解析から、ADAの第一選択薬としての位
7)
ないことも明らかになっている。
抗TNF α 抗体未投与症例に対するIFX
以上の結果をまとめると、IFXを第一選択
とADAの選択に関して、投与法の違いなどを
薬として抗IFX抗体の誘導から二次無効に至
10)
6)
臨床的にADAの効果は、抗TNF α 抗体
未投与症例と比較して、IFXに二次無効とな
−
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−
われわれの研究室で開発した抗ADA抗体測定 抗TNF α 抗体の登場によりCDの治療法
−
67
8)
9)
Ig
は劇的に変化しただけでなく、そのすばらしい
臨床効果は新たな分子標的薬の開発を加速度的
に促進した。現在、抗TNF α 抗体に続く
F α 抗体の効果減弱例に対しても新たな治療
様々な抗体製剤の臨床試験が進行中で、抗TN
−
戦略の構築が可能となる日も遠くないものと思
われる。
︵滋賀医科大学医学部
消化器内科
教授︶
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−
1)
2)
3)
4)
5.9 ȝg/mL
10
4.0
3.0
2.0
1.0
0.0
0
CRP ” 0.3 mg/dL
CRP > 0.3 mg/dL
30
20
ADA 䝖䝷䝣್䠄ȝg/mL䠅
①抗 ADA 抗体濃度と ADA トラフ値の関係
40
1.12 ȝg/mL-c
ᢠADAᢠయ⃰ᗘ䠄ȝg/mL-c䠅
ADA 投与中の 40症例の患者について、ADA トラフ値、抗 ADA 抗体濃度、CRP の関連を示
(文献8より引用改変)
した。
40
20
10
ADA䝖䝷䝣್䠄ȝg/mL䠅
㻭㻰㻭䝖䝷䝣್
ᢠ㻭㻰㻭ᢠయ
2
1
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Roblin X, et al : Development of an algorithm
(209)
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69
0
0
30
3
7)
8)
9)
10)
p < 0.05
4
p < 0.05
ᢠADAᢠయ⃰ᗘ䠄ȝg/mL-c䠅
②抗 ADA 抗体濃度と ADA トラフ値
抗 TNF-α抗体未投与症例(バイオナイーブ)と IFX に二次無効となって ADA に変更した
患者を比較した。抗 ADA 抗体陽性のカットオフ値は 1.12 で、その陽性率はバイオナーブ症
(文献8より引用改変)
例では 12.5%であったが、IFX 二次無効症例では 54.1%であった。
incorporating pharmacokinetics of adalimumab in
inflammatory bowel diseases. Am J Gastroenterol,
109, 1250-1256 (2014)
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