炎症性腸疾患の病態解明に向けて︱注目される腸内細菌との関連︱

消化器関連疾患︵炎症性腸疾患︶
炎症性腸疾患の病態解明に向けて
金 井 隆 典
腸疾患などで起きており、病因に関与すること
︱注目され る 腸 内 細 菌 と の 関 連 ︱
はじめに
プロバイオティクスとは
ことが報告され、炎症性腸疾患など dysbiosis
関連疾患においてもFMTが注目されている。
が示唆されている。
ヒト腸管内には、およそ1、
000種・10
0兆個の腸内細菌が存在し、宿主であるヒト生 最近、再発性クロストリジウム・ディフィシ
ル感染症に糞便微生物移植法︵ Fecal microbiota
体と健全な共生関係を維持している。最近の研
transplantationFMT ︶が治癒効果を上げる
究では、健全な共生関係が、消化やビタミン合
成だけでなく、正常な免疫、代謝、神経系の形
成に関与することがわかってきた。
凄まじいスピードの近代化に伴い、衛生環境
の変化、抗生物質の乱用、食生活の変化などが
シアの科学者メチニコフとされている。彼はブ
起こり、腸内細菌叢全体のバランスが乱れた状
健康に有益な腸内細菌であるプロバイオティ
クス︵善玉菌︶の概念の基礎を築いたのは、ロ
態 “dysbiosis”
が 生 じ る。 実 際、 dysbiosis
はク
ロストリジウム・ディフィシル感染症、炎症性
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ルガリア地方の人々におけるヨーグルト摂取と
ともわかってきた。
が存在すること︶が恒常性維持に重要であるこ
FMTの歴史
長寿の関連性に着目し、乳酸菌など善玉菌の摂
取が健康増進に寄与すると提唱した。また、本
邦では古くから味噌・鮒寿司・糠漬けなどの伝
コアラは離乳期に、ユーカリの葉を主食とす
統的な発酵食品を通じて、善玉菌を多く摂取し
る母親の肛門より糞便を摂取する。これはまさ
科学的裏づけが動物レベルの研究で次々と発表
これまでプロバイオティクスについて科学的
エビデンスに乏しいと思われてきたが、近年、
植する行動である。ヒトでのFMTは4世紀の
るための消化酵素遺伝子を保有する善玉菌を移
ユーカリの硬い葉を構成する食物繊維を消化す
にこれからユーカリを主食とするにあたって、
されている。理化学研究所の本田らのグループ
中国で急性食中毒に対して記載されている。
てきた。
は、ヒト由来のクロストリジウム属に属するク
ま た、19 5 8 年 に は、 米 国 の Eiseman
ロストリジウム・コッコイデスとクロストリジ
ら
によって、偽膜性腸炎︵現在のクロストリジウ
ウム・レプテュムの混合菌が免疫を抑える制御
ファージに作用して、炎症抑制効果を発揮する
トリジウム・ブチリカム単菌が腸管粘膜マクロ
グループでも、酪酸産生菌の一つであるクロス
性T細胞を誘導することを解明し、われわれの
注目されることがなかった。
抗生物質万能時代への突入にあっては、あまり
る︶に対してFMTが報告されている。当時の
ム・ディフィシル感染症に相当すると思われ
様な腸内細菌コミュニティー︵多種類の善玉菌
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機序を明らかとしてきた。さらに、腸管内の多
しかし、 世紀に入った欧米では、クロスト
リジウム・ディフィシル変異株の出現によって
2)
抗生物質で治癒しても高率に再燃する、時に致
腸内細菌叢の撹乱を契機として下痢を発症し、
感染症は高齢患者の免疫能低下や抗生剤による
うになった。クロストリジウム・ディフィシル
の症例が増加したことで、再び脚光を浴びるよ
再発性クロストリジウム・ディフィシル感染症
因子が関与している。
態には環境因子・遺伝素因・免疫異常などの多
社会的損失も非常に大きい。潰瘍性大腸炎の病
年期に発症し、再燃・寛解を繰り返すことから
実際、潰瘍性大腸炎は、社会的活動性の高い若
ないが、常に再燃のリスクを残した治療である。
2003年にはオーストラリアのグループか
死性の疾患で、欧米では代表的な院内感染とし
ら6例の症例検討において、FMTの潰瘍性大
うな背景の中で、われわれのグループでは、本
て大きな社会問題となっている。
2013年に、オランダのグループによって
発表されたランダム化比較試験によるFMTの
邦初となる潰瘍性大腸炎に対するFMTの臨床
機に、 dysbiosis
関 連 疾 患 でF M T の 臨 床 試 験
が一気に加速した。
海外では投与方法は経鼻胃管︵もしくは十二
指腸︶
、注腸で施行されているが、われわれは、
内視鏡を用いるほうが直近の大腸の炎症を評価
確かに近年の生物学的製剤など新薬の登場は劇
現時点において、炎症性腸疾患の代表である
潰瘍性大腸炎では根治治療には至っていない。
に限定したことについては意見の分かれるとこ
法を採用している︵図︶
。また、ドナーを家族
ことを勘案して、下部消化管内視鏡を用いた方
できることや全結腸にドナー糞便を散布しうる
的に内科治療を変貌させたと言っても過言では
炎症性腸疾患とFMT
研究を開始した。
有用性の検討のインパクトは鮮烈で、これを契
腸炎患者における有用性が報告された。このよ
5)
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6)
4)
大腸内視鏡を用いた FMT の実際
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(筆者作成)
ドナーは2親等または配偶者に限定している。
ろである。同じような生活様式の家族の糞便中
に含まれる腸内細菌は病気こそ発症していない
健 康 人 ド ナ ー で あ っ て も、 患 者 と 類 似 し た
を呈している可能性がある。しかし、
dysbiosis
われわれの最初の臨床試験では第三者の糞便に
対する抵抗感、未知の感染症への懸念から家族
をドナーとすることとした。
FMTの将来
FMTの概念自体は決して新しいものではな
いが、これまでの検討の中で明らかな有用性が
証明された疾患は再発性クロストリジウム・デ
ィフィシル感染症のみであり、炎症性腸疾患を
含めた他の疾患においては未だその有効性のエ
ビデンスは得られていない。
本邦では欧米と比較して、再発性クロストリ
ジウム・ディフィシル感染症の症例が少ないこ
ともあって、FMTは進んでいなかった。しか
し、簡単に世界中を行き来できるようになった
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現代においては、再発性クロストリジウム・デ
ィフィシル感染症が日本に上陸するのは時間の
問題かもしれない。
また、適応疾患の拡大や有効性の高い症例の
選定、確実性・安全性の高い方法の確立などの
工夫を重ねることが求められている。現在、米
国では健康人ドナーから回収した糞便を凍結さ
せカプセル化して投与を行う方法も試みられ
ており、北米を中心に健康人の糞便を元にした
〝糞便バンク〟も設立されている。
人類の経験から生まれたFMTは近年の科学
の進歩によって、今まさにそのメカニズムが解
明されつつある。解決すべき多くの課題は残さ
れているが、予防医療や先制医療の点からも今
後注目を集めることは疑いがない。
︵慶應義塾大学医学部
消化器内科
教授︶
文献
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Atarashi K, et al : Treg induction by a rationally
selected mixture of Clostridia strains from the human
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