低用量アスピリンによる 上部消化管粘膜傷害の ハイリスク

はじめに
低用量アスピリンによる
上部消化管粘膜傷害の
ハイリスク
樋 口 和 秀
とした報告では、胃・十二指腸潰瘍が6・5%、
3)
びらんが ・2%としている。
低用量アスピリンは、心血管イベントの二次
このようにアスピリンは、胃・十二指腸をあ
予防に有効であることが示され広く用いられて
る一定の頻度で傷害している。副作用としての
いる。一方、低用量アスピリン療法中における
る消化管出血のリスクは2・5倍︵ %信頼区
に発表された
らの1、454人を対象
Uemura
間1・4∼4・7︶と評価される。2014年
95
スピリン服用者は1・ %で、アスピリンによ
55
消化性潰瘍の発生頻度は Yeomans
らの成績で
は、 ・7%に潰瘍がみられるとされている。
1)
らのメタ解析によると、消化管出血
Weisman
の頻度は偽薬服用者が0・ %に対し低用量ア
2)
31
説する。
報告は少ないが、最近の本邦の報告を含めて概
に関するリスクファクターについて、まだまだ
ある。低用量アスピリンによる上部消化管出血
出血発生の危険因子を認識し、予防する必要が
を上回らないように、アスピリンによる潰瘍や
上部消化管有害事象が心血管イベントの抑制率
29
38
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(306)
10
有意なリスクファクター
ラベプラゾールも大規模臨床試験の結果、5㎎ 、
㎎ の両剤が保険適用を獲得した。
10
b.
アスピリンの用量と剤形の違い
1990∼ 年までの報告をまとめた非ステ
ア ス ピ リ ン に よ る 出 血 性 潰 瘍 に つ い て、
ロイド性抗炎症薬︵NSAID︶関連上部消化
管出血のリスクファクターに関するメタ解析結
が施行された 試験
randomised controlled trial
のメタアナリシスの結果によると、発生頻度は
a.
潰瘍・出血の既往歴
7)
出血性胃潰瘍の既往のある人の相対リスクは
・4であり、出血歴のある人は極めてリスクが
8)
51 42
24
ズ比は1・ ︵ %信頼区間1・ ∼1・ ︶
47
95
88
・ %︶であるが、アスピリンの用量低下によ
での発生頻度は2・3%︵プラセボ投与では1
であり、アスピリンの1日用量が163㎎ 以下
68
る出血性潰瘍の減少は認められなかった。
45
高い。
一方、本邦におけるアスピリン関連上部消化
管出血に関する多施設共同のケースコントロー
9)
15
き、潰瘍の既往のある人の相対リスクは5・9、 2・ %︵プラセボ投与では1・ %︶
、オッ
果によると、潰瘍の既往のない人を1としたと
99
は2・2であり、同様のことが言える。その他
の本邦の報告でも有意なリスクファクターとさ
頼区間1・7∼4・0︶
、2・7︵ %信頼区
95
間1・4∼5・3︶
、3・1︵ %信頼区間1
95
ないとされている。これまでは、その他の報告
・3∼7・6︶で、3群間で傷害の頻度に差が
95
れている。
それらを受けて、本邦では、胃・十二指腸潰
瘍の既往のある患者がアスピリンを内服すると
きは、予防投与が保険で認められている。今般
上部消化管出血の相対危険度は2・6︵ %信
ルスタディにおいて、潰瘍既往歴の相対リスク
各種の異なる剤形での検討結果から、1日量
325㎎ 以下の素剤、腸溶剤、制酸緩衝剤での
5)
3)
6)
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39
4)
さらなる前向きの大規模な報告が待たれる。
本邦の報告は内視鏡を用いたものである。今後
二指腸粘膜傷害の発生率が低いとされている。
での報告では、腸溶剤は制酸緩衝剤より胃・十
も同様のものが多かった。しかし、最近の本邦
が病変発生の低下につながっているかもしれな
本邦において、特に高齢者では H. pylori
の感
染率が高く、萎縮性胃炎のため酸分泌能の低下
もしれないと指摘している。可能性としては、
いるが、著者らも患者選択のバイアスがあるか
︵
︶
いとしているが、いずれにしても、高齢者は注
意が必要である。
d.
11)
c.
年齢
25
対リスクが、陰性者を1としたとき1・ 、 H.
陽性・NSAID使用者の相対リスクが、
pylori
陰性・NSAID非使用者を1とした
H. pylori
とき、6・ であったことを示し、NSAID
79
対リスクが9・2にまで達している。
高齢者では、腎機能、肝機能などの生体機能
におけるホメオスターシスの低下や血清アルブ
ミン濃度の低下、さらに総水分量や筋肉の減少、
79
用と
感染は独立した出血リスクで、
H. pylori
邦における多施設共同研究でも、アスピリン使
感染における出血性潰瘍のリ
H. pylori
スクは相加的であったことを報告している。本
使用と
13
脂肪の増加などから、総水分量が減少し、薬物
血中濃度が上昇しやすい。また、高齢者では胃
粘膜防御能が低下する傾向にあり、消化管粘膜
傷害を起こしやすいと考えられる。
65
者を1としたとき4・ 、 H. pylori
陽性者の相
ごとにリスクは上昇していき、 歳以上では相
らはメタ解析により、NSAID使用
Huang
者の出血性潰瘍における相対リスクが、非使用
80
年齢については、前述のメタ解析結果で、
∼ 歳までを1としたとき、年齢階層が上がる
4)
3)
10)
らの報告では、 歳以上で潰
唯一、 Uemura
瘍発生のリスクが低下するという結果になって
3)
40
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49
両者は相加的に作用していると報告されている。 けをし、抗血小板剤1・ 、抗凝固剤1・ 、
5)
70
87
ステロイド2・ という結果になっている。
らは、消化性潰瘍とは有意な
一方、 Shiotani
同 時 に、N S AI D お よ び COX-2 inhibitor
関係はないとしている。また、
らは、
Uemura
胃びらんと胃潰瘍では、病態が異なるため、
と他の薬剤を併用して、出血のリスクを比較し
H.
ている。NSAIDでは、抗血小板剤1・ 、
6)
50
抗凝固剤2・ 、ステロイド5・ 、アスピリ
48
10
、アスピリン2・ となっている。これまで
91 45
54
リンと COX-2 inhibitor
の併用では、粘膜傷害
の リ ス ク は 有 意 な 差 が な い と さ れ て お り、
の報告では、アスピリンとNSAID、アスピ
02
16)
ン再取り込み阻害薬︵SSRI︶とビスホスホ
15)
併用薬剤によるリスク
もアスピリンとの併用では注
COX-2 inhibitor
アスピリン服用者では、いくつかの薬剤併用
意が必要である。
が潰瘍・出血のリスクを増加すると考えられる。
一方、近年、その他の薬剤でリスクが高いも
のとして挙げられているのは、選択的セロトニ
これまでの報告を見ると、抗血小板剤︵チエノ
めの除菌を優先すべきであろう。
である。現時点においては、がん発生予防のた
どのように考えていけばいいかも大きな問題点
ン 0・ 、 COX-2 inhibitor
で は、 抗 血 小 板 剤
今後、がん発生予防のための除菌と胃・十二
指腸粘膜病変︵びらん・潰瘍・出血︶の予防を、 ▲1・ 、抗凝固剤0・ 、ステロイド▲0・
の関与もそれらの病変で異なる可能性が
pylori
あることを指摘している。
25
41
3)
ピリジン系薬剤など︶
、抗凝固剤︵ワルファリ
14)
ン︶
、ステロイド、NSAIDがある。
ネートであるが、アスピリンでのデータはまだ
Masclee
まだ少なく今後の詳細な検討が必要である。
らは、それらの薬剤を併用してリスクの重み付
13)
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41
12)
15)
併存疾患要因
独立した病態であるときもある。それらをまず
・大腸にも粘膜傷害や出血を起こすことが明ら
区別して検討するべきときが来ている。
アスピリンを併用する機会の多い疾患で、特
さらに、アスピリンが消化管に与える影響と
に注意が必要と考えられるものは、腎不全、糖
して、食道・胃・十二指腸だけではなく、小腸
尿病、肝硬変と言えるが、まだまだ明確なデー
タは少なく今後の検討が待たれる。
おわりに
日本人の胃の状態が変化しつつある。すなわ
ち、 H. pylori
の感染率の低下、 H. pylori
国民皆
除菌、食生活の欧米化による胃酸分泌動態の変
化が、上部消化管の疾患構造を変えつつある。
さらに、全身における疾患構造の変化とその治
療に用いる内服薬剤の変化もあいまって、胃に
与える影響も変わってきている。
そのような条件、環境の中で、アスピリンが
胃・十二指腸に与える悪影響がどのような形で
表れてくるのかはもっと詳細に検討しなければ
ならない。前述したように、びらん、潰瘍、出
血は、それぞれ非常に密接に関係しているが、
らない。
文献
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gastroduodenal ulcers during treatment with vascular
protective dose aspirin. Aliment Phamacol Ther, 22,
︵大阪医科大学
第二内科
教授︶
しての予防や治療対策を考えていかなければな
る。これらのことから、今後は、消化管全体と
程度や腸内細菌に影響を及ぼすという報告もあ
胃酸はあまり関係ないが、胃酸の抑制が病変の
かになってきている。これらの下部消化管は、
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