「日本脊髄障害医学会雑誌」第 16 巻、2003 年 救命救急センターに長期入院を余儀なくされた 頚髄損傷患者に対する検討 菊地尚久 安藤徳彦 横井 剛 横浜市立大学医学部附属市民総合医療センターリハ科 Key words: emergency care unit (救命救急センター), Spinal cord injury(脊髄損傷) 1ength of stay (入院期間) 〔目的〕 我々は昨年の本学会において救命救急センターにおける外傷性頚髄損傷患者のリハビ リテーションについて報告し、合併症治療、既往歴、生活環境などの患者側の要因と回復期リハ 病院の待機期間のために長期入院となる患者がいることを報告した。そこで今回は救命救急セン ターに 60 日以上入院となった外傷性頚髄損傷患者に対して、通常の短期入院患者との比較、転 院へのアプローチを調査し、その原因を検討したので報告する。 〔対象および方法〕 調査は後方視的に施行した。対象は 2000 年1月から 2002 年9月までに当院 救命救急センターに入院した外傷性頚髄損傷患者のうちリハ科に併診があり、60 日以上の入院 となった患者9名である(以下長期群)。比較対照として同時期に入院した入院期間 60 日未満の 外傷性頚髄損傷患者を全体から無作為に9名抽出した(以下短期群)。性別は長期群では男性8名 女性1名、短期群では男性7名女性2名であった。入院期間は長期群では 62 から 223 日で平均 125.0 日±71.8 日、短期群では 15 から 24 日で平均 22.7 日±7.4 日であった。 調査項目は年齢、残存機能レベル、入院時の ASIA 機能スケール、退院時 FIM 運動スコア、受 傷前の家庭環境、居住地、合併症(循環器、呼吸器、腹部骨盤内臓、脊椎以外の骨折脱臼)、精 神疾患の既往、転院へのアプローチである。このうち転院へのアプローチ以外は短期群と比較し た。年齢、退院時 FIM 運動スコアは t 検定により P<0.05 を有意として統計学的に検討した。 〔結果〕 年齢、残存機能レベル、ASIA の機能スケールを表1に示す。年齢については長期群が 17∼71 歳で平均 43±19 歳、短期群が 17∼72 歳で平均 45±24 歳と t 検定において有意差を認め なかった。残存機能レベルについても長期群の C4:1例、C5:1例、C6:4例、C7:2例、C8:1例 に対し、短期群は C4:0例、C5:3例、C6:5例、C7:0例、C8:1例と大きな差は認めなかった。 また ASIA の機能スケールでは長期群の A:4例、B:4例、C:1例、DE が0例に対し、短期群では A:3例、B:5例、C:1例と大きな差は認めなかった。 -1- 表1. 年齢・残存機能レベル、ASIA 機能スケール 年齢(歳) 【長期群】 【短期群】 43±19(17∼71) 45±24(17∼72) レベル C4:1 C5:1 C6:4 C4:0 C5:3 (例) C7:2 C8:1 C7:0 C8:1 A:3 B:5 ASIA(例) A:4 B:4 C:1 C6:5 C:1 図1.退院時 FIM 運動スコア 退院時 FIM 運動スコアを図1に示す。長期群の 20.9±10.3 点に対し、短期群では 17.0±5.0 点と入院期間が少ない短期群の方がやや低かったが、有意な差は認めなかった。 受傷前の家庭環境については、長期群では受傷前単身生活者が 44.4%、家族と同居していた のが 55.6%であったのに対し、短期群では受傷前単身生活者が 11.1%、家族と同居していたの が 88.9%と長期群で単身生活者が多い傾向がみられた。 居住地については県内居住者と県外居住者に分けた。長期群では県内が 77.7%、県外が 22.3% であったのに対し、短期群では県内が 88.9%、県外が 11.1%と大きな差は認めなかった。 合併症の頻度を図2に示す。長期群では 循環器が 11.1%、呼吸器が 55.6%、腹部 骨盤内臓が 22.2%、脊椎以外の骨折・脱臼 が 55.6%で、呼吸器と脊椎以外の骨折・脱 臼が多かった。短期群では特に高い部位は 認めなかった。 図 2.合併症の頻度 右:長期群 左:短期群 -2- 図3.精神疾患の既往 右:長期群 左:短期群 精神疾患の既往について示す(図3) 。 長期群では 33.3%に既往があったのに 対して短期群では全く認められなかった。 [考察] 全身状態の重症度と退院後の介護環境は転院先の選択に大きな影響を与えると思われ た。しかしながら全身状態の重症度と回復期リハの必要性は一致するとは限らない。したがって、 急性期病院のリハ医は回復期リハの必要性を検討した上で必要性が高い場合には救命救急担当 医と相談して適切な転院先を探すことが必要となる。その際にはリハに関する情報を十分に回復 期リハ担当医に伝えて連携を蜜にしていく必要があると考える。 また、精神疾患の合併はリハ専門病院への転院に大きなマイナス要因になると考えられる。転 院に関して相談する際に統合失調症、境界型人格障害、うつ病などの既往があるとその病名だけ で転院を断られてしまうことが多いため、精神科単独の病院への転院が多くなってしまうが、こ れらの病院ではリハスタッフを十分に確保できない、頚髄損傷患者に対する全身管理が不十分で あるなどの理由のため、回復期リハを十分に行うことは困難である。受け入れ先の病院は病名だ けではなく、そのコントロール状況も判断した上で受け入れ可能かを判断してほしい。 その際には紹介元の病院から詳細な情報伝達を行うと共にお互いの信頼関係を築くことが重 要である。したがって、回復期リハの必要性があるこの様なタイプの患者に対しては、一般病棟 で精神疾患のコントロール可能な場合は精神科医師に相談しながらリハ専門病院でリハを行う ことが必要ではないかと考える。 以上の問題の根本は急性期から在宅までの一貫した治療体系が目本ではまだ未整備であるこ とが原因であると考える。すでに欧米では脊髄患者に対するモデルシステムが整備され、理想的 なシステムを構築している国もある。我が国は救命救急の技術では先進的であるが、転院後の環 境設定は未整備であると考える。今後頚髄損傷患者が急性期病院で待機することなく、また回復 期リハを十分に行え、社会復帰できるシステムを整備していくことが必要と考える。 -3- 【まとめ】 1)救命救急センターに長期入院となった頚髄損傷患者に対して対照患者と比較し、原因を検討 した。 2)損傷レベル、ASIA 機能スケール、退院時 FIM 運動スコアに差は認めなかった。 3)全身状態の重症度、単身生活者、精神疾患既往が大きな要因であると思われた。 4)回復期リハの必要性が高い患者はリハ医同士で密に連携し、必要な治療を与えるべきである。 5)頚髄損傷患者に対する急性期から社会復帰までの一貫したシステムを構築していく必要が ある。 文献 1) 菊地尚久,他:救命救急センターにおける脊髄損傷患者のリハビリテーション−リハの効果と退院後の 転帰に注目して−。日本パラプレジア医学会雑誌 15:112-ll3,2002. 2) 菊地尚久,水落和也:特集/救命救急センターとリハビリテーション 多発外傷 −脳外傷を中心に−。 MB Med Reha 9:36-41, 2001. 3) 大西正徳,他:救命救急センターにおける外傷性脊髄損傷のリハビリテーション。日本パラプレジア医 学会雑誌 12:212-213,1999. Chen, D., et al: Medical complication during acute rehabilitation following spinal cord injury-current experience of the model systems. Arch Phys Med Rehabil. 80: 1397 -1401, 1999. -4-
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