干満のメカニズム

干満のメカニズム
潮の満ち干(みちひ)は月の引力によることはみなさんご存知ですね。でも、月と同
じ側の海が満潮になるのは判りますが、月と反対側も満潮になるのはどうしてだろう
と考えたことはありませんか。
多くの「雑学事典」や「物理の常識」といった本にその理由(メカニズム)が書かれて
います。でも、どれを読んでも、分かったようで分からないという経験をお持ちの方も
多いのではないでしょうか。そこで、いくつかの本に書かれている例を挙げて何が分
からないのかを検討してみましょう。なお、以下で起潮力というのは、海水を引き寄せ
る力という意味に使うことにします。
その1
まず、「地球の雑学事典」(大浜一之:日本
実業出版社)をみてみましょう。図1.のよう
な図とともに、以下のような説明があります。
干満のメカニズムは簡単。図のように、月
の側の海水が月に大きく引き寄せられる。こ
れが満潮で、地球の反対側も同時に満潮に
図1.満潮が二つできるのは
なる。理解に苦しむ感じもするが、これは反
作用。当然、その間が干潮となる。このために、6時間ごとに干満が繰り返され
る。・・・・・・。
うまく説明されているようですが、これだけの文章で、皆さん分かりましたか?月の
側が引っ張られると、反対側がその反作用で反対側に引っ張られるというのですが、
もう少し補足説明が必要なようにも思うのですがどうでしょう。他の本ではどのように
扱われているのでしょうか。あと二冊ばかり覗いてみましょう。
その2
次に、「物理の常識なるほどゼミナール」(鈴木良次:日本実業出版社)を見てみまし
ょう。やはり、図2.ような図をもとに説明があります。曰く・・・。
潮の満ち干が月の引力で起こるとすると、月に向いている側はよいとして、なぜ、反
対側も満潮になるのか不思議に思われるかも知れません。
これは、月の引力が、地球の裏と表で大きさに違いが
あるからです。
地球を固い球として、その外側を海の水で包んでいる
と考えます。図のBは地球の中心で、Aは月に面した海,
Cは反対側とします。この三つの点は、月からの距離が
違うので、引力の大きさも違います。
ところで、地球の中心にいて考えると、引力が働いて
いるものの、月が地球の周囲を回っていることで釣り合
いが取れているわけですから、Bでの引力を差し引いて
考えることが出来ます。同じことを、AとCで考えると、A
はなお月に引かれる力が残り(Aのベクトル-Bのベクト
図2.満潮が二つできるのは
ル)、海水が盛り上がって満潮となるわけです。
では、Cはどうでしょうか。Bより小さい引力でしたから、逆に月からは反発されること
になり(Cのベクトル-Bのベクトル)、やはり海水は盛り上げるというわけです。
だんだん、分かってきましたね。でも、海水に働く力としては、海水を引っ張る月の引
力ともう一つの海水に働いている力(遠心力)についてはっきり述べていないために、
もう一息のところで理解を難しくしているようです。
そこで、そのあたりのことをすらっと書き流している次の一冊をみてみましょう。
その3
最後に、「物理質問箱 はて、なぜ、どうして)」(都筑卓司、宮本正太郎、飯田睦治
郎:講談社)を覗いてみましょう。
話を簡単にするために、地球は固体の球で、どんな力が加わってもゆがんだり曲
がったりしないものと仮定しよう。そうして、その上に一定の厚さの水の層があり、地
球をおおっているものとする。
図3.月の起潮力
月は図3.の右の方にあるとしよう。地球の各点に働く月の
引力は、総合すると、地球の中心における一つの力で表され
る。それは中心Cから、月の方向に向いた矢印で表される。
矢の長さは引力の強さ、矢の方向は力の働く方向を示す。こ
のように、大きさとともに方向を持つ量をベクトルといい、矢
印で表す。
さて、月が頭の真上に見えるA点を考えてみよう。A点は地
球の中心Cより月に近いので、A点に働く月の引力はAA’は、
C点に働く引力CC’よりも強くなっている。
また、月と反対側の地点Bを考えると、B点は中心Cよりも
月から遠いので、月の引力はCC’より弱いBB’で表される。DとEにおける月の引力
は、図の矢印のように、月の方向に向いているベクトルで表される。
ところで、中心Cを基準にして考えると、Aに働く月の引力は、CC’とAA’との差とし
て表される。それは、下図のAA’のように、月の方向に向いた小さいベクトルで表さ
れる。また、B点においては、月と反対側に向いたBB’で表される。DとEでは、月の
引力の大きさは中心Cに働く力とあまり変わらないが、その方向が月の方を向いてい
る。したがって、CC’との差を考えると、DでもEでも、残りの力は地面の方向を向いて
いる。
このように、地球全体と、各点に働く月の引力の差の力が潮汐力(起潮力)といわれ
るものである。それは、月に向いた点Aと、反対の点Bで、海の水を膨らませるように
働き、ABと直角になるC、D点では、海の水を押し付けるように働く。
さて、ここからが前の二冊の本の説明にはなかった大切なところです。
まず、地球全体に働く月の引力は、月と地球が共有の重心の周りを回っているた
めに起こる遠心力とバランスしています(図4.参照。ここは説明のために本文とは別
に図をもうけました)。だから、地球の中心を基準にして地球表面の海のことを調べる
ときには、考えなくてもよいわけである。各点における月からの引力の差だけが問題
になります。
図4.地球と月の共有の重心
これで、ほとんどの人が理解されたのではないでしょうか。以上の三冊でも、難しい
数式など使わなくても、潮の満ち干を相当なところまで理解することができることが判
ったと思います。
それでもまだ「文章だけでなく、具体的に数式で表したらどうなるのかが知りたい」と
いう人もいるはずですね。そこで、最後の仕上げをしておきましょう。
地球と月の中心間距離をR(m)、地球の半径をr(m)、月の質量をM(kg)、万有引
力定数をG(N・m2/kg2)とします。
図5.で月に面した点Aにおいて、質量1kgの物体と月との間にに働く引力は、ニュ
ートンの万有引力の法則から以下のようになります。
図5.月の引力と遠心力
また、地球が月との共通重心の周りを回ることによって、質量1kgの物体に生じる
遠心力の大きさは、地球の中心における質量1kgの物体と月の間に働く引力の大き
さに等しいので、
したがって、起潮力は
≒
となります。ここで r は R に比べて十分小さい(r/R≒0)としています。
同様にして、月と反対側の点Bにおける起潮力は
≒
となります。上の計算では月の引力の方向を正(+)の向きにとっていますから、Fb
の結果が負(-)ということは月の方向とは反対向きに起潮力が働いていることを意
味します。なお、ここでもr は R に比べて十分小さい(r/R≒0) としています。
けっきょく、引力と遠心力との力関係で、月に近い部分は引力が優り、反対側では
遠心力が優るということになります。遠心力という言葉を持ち出すだけで、話はずっと
判りやすくなりましたね。
以上より、
1.月に面した点Aと月と反対側の点Bの起潮力は大きさがほぼ等しく、向きが逆であ
る。
2.起潮力は月の質量に比例し、地球から月までの距離の3乗に反比例する。
ことが分かります。
さて、次に太陽も月と同じように地球に引力を及ぼしていますが、これはどう考えた
らよいのでしょうか。実は、この干満の差の原因の大部分は、月による引力で、一部
分は太陽の引力によるものです。以下では、物理量の下付きのサフィックスはs が太
陽、m が月を表すものとします。
太陽と月を比較すると、
1.太陽の質量は月の 2.7×107倍である。
2.太陽の地球からの距離は月からの距離の 389 倍(太陽からの距離は Rs=
149,600,000km、月からの距離は Rm=384400km。したがって、Rs/Rm=389)である。
したがって、太陽による起潮力は
上で導かれた式を参考にすると、月による起潮力 Fm と太陽による起潮力 Fs は
:月による起潮力
:太陽による起潮力
:月の起潮力との関係
となり、太陽による起潮力 Fs は、月の起潮力 Fm の 0.46 倍であることが分かりま
す。
したがって、太陽、月、地球が一直線上にある新月や満月の頃は、太陽と月の引力
が加算されて大潮になります。反対に、太陽と月が地球に対して直角方向にあれば、
太陽が干潮部分の海を引っ張ることになり、引力は打ち消しあうので小潮になるわけ
です。
また、上げ潮は、干潮から満潮になるまでを、下げ潮は満潮から干潮になるまでを
いいます。干満の差は九州の有明海では5mほどですが、カナダのファンディー湾で
は16mにも達するといわれています。
図6.大潮と小潮の際の月と太陽の位置関係
さて、月の引力により月の方向に海水が引っ張られることから、月が頭上にあれば
満潮になるはずですが、実際はそれより 2,3~10 時間も遅れるところがあります。
これは、月の引力を受けても、潮の流れは無限に早いわけではなく、海水相互の摩
擦や海底や陸地との衝突などの理由により動きが妨害されるためで、月の動きに潮
の流れが直ぐに追従できないからです。
理科年表には 1 年間にわたっての満干潮の時刻や水位が詳しく記されています。そ
れによれば、満潮の時刻の月の南中からの遅れは、東京湾で 6 時間程度、瀬戸内海
の高松で 6 時間、ここ敦賀の満潮時間は、東京湾より 2 時間 40 分も早いようです。
以上が満干のメカニズムですが、実は、起潮力は海水ばかりでなく、岩石部分にも
作用しており、25cmもの昇降運動を繰り返しています。その為に、直径が1kmもあ
るような加速器では、起潮力のために粒子が運動する軌道が変わることも考慮して
設計されていると言われています。
このように、月の運動が、地球の運動のリズムに影響を与えている可能性は大きい
と思われます。つまり、月齢と地上の自然現象との間に何らかの相関があるかも知れ
ませんね。
2004.3.4