君はひとりじゃないんだよ

大人と子どもの中間―大学時代はちょうどそんな不安定な時期なのかもしれません。皆さんも、社会
に出ることへの不安、自我との葛藤、親からの自立など、今の年齢ならではのいろいろな悩みに揺れ動
き、もやもやした毎日を送っているのではないでしょうか。
「女性ネットSaya-Saya」を主宰するセラピスト・野本律子さんは、
「悩んでいるのは君だけじゃない、
みんな悩んでいるんだよ、と言ってあげたい」と語ります。そして、皆さんの気持ちが少しでも軽くな
るよう、こんなアドバイスをくださいました。
“いい子”でいる必要なんてない
親が子育てに無意識だと、自分でも気づかないうちに
子どもに向けてあるメッセージを送っていることがあり
ます。
たとえば、自分は経済的な問題で大学を出られなかっ
た父親が、息子が行く大学に「そんな学校はダメだ」っ
てケチをつけることがあるんですが、実はこれには、息
子が当たり前のように大学に進むことに対して、
“おま
えは幸せじゃないか、そんなの俺は許さない”って無意
識に怒る気持ちが込められているんです。息子にしてみ
たら、がんばって目標を達成しても親から認められない
ことになりますよね。でも、こういうふうに息子の足を
ひっぱる父親って、けっこういるんですよ。
母親の場合だと、大学まで出たのに外で働かずに家に
野本律子(のもと りつこ)さん
セラピスト
家族機能研究所のセラピスト、事業部長を経て、暴力被害で傷つい
た女性たちのために「女性ネット Saya-Saya」「相談室 Saya-Saya」
を設立。家族の問題や嗜癖(依存)の問題、対人トラブルなどに関す
る相談を数多く受けている。 Saya-Saya 事務局 TEL 03-3800-0738
いて持っている能力を閉じ込めている人が、自分の果た
せなかったことを娘に期待して、
“社会で活躍しなさい”
る子どもは、たとえばよく勉強するとか、いい子でいる
っていうのと、
“私みたいに結婚して女性として幸せに
とか、夫婦の間をとりもつような働きを無意識のうちに
生きなさい”っていう両方のメッセージを送ってしまう
していることが多いんです。両親と子どもという三角形
例があります。どうしていいかわからなくなった娘は、
のバランスが、子どもに負担がかかる形で妙にとれちゃ
無意識に成長しないという行動をとる。それが摂食障
っているところが問題なんですね。
害 ※1 などにつながるんですね。男の子が親の期待に縛
私たちが相談を受けているのは、父親がアルコール依
られて、社会に出る前に挫折してしまってるなんていう
存症になるとか、今だとリストラされるとか、または子
例もよくみます。
どもが薬物依存になるとか、主にバランスがどこかで崩
そうやって親や夫婦の問題に巻き込まれてしまってい
れた人たちなんですが、バランスが崩れるというのは再
RECOMMENDED By R. Nomoto
Books
&
CD
http://www.iff.co.jp/index.html
さとる
野本さんが以前所属していた家族機能研究所(精神科医・斎藤学代表)の関連会社として、さまざまな心の問題に関するサービ
スを提供する IFF のホームページ。心の問題を学び、知ること、癒すことの手助けになる情報が得られる。
『今日1日のアファメーション ∼自分を愛する 365 日∼』(西尾和美 著 ヘルスワーク協会)
アファメーションとは、自分に語りかける肯定的な言葉のこと。意識的によい言葉を選んで言い続ければ、
意識や心のあり方も前向きに変わる。
「自分ってダメな人間かも…」なんて、ちょっとネガティブになったときに開いて
みては? 著者はアメリカで活躍するカウンセラー。
ウォン・ウィン・ツァン
『FRAGRANCE』(Wong Wing Tsan さとわミュージック)
NHK スペシャル「家族の肖像」のテーマ曲を手がけたピアニスト、ウォン・ウィン・ツァンのソロ・アル
バム。超越状態で弾く独特の奏法は優しさに溢れ、その一音一音が心身を癒すと注目されている。
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理工
Circular
College of Science and Technology Nihon University
VOL.31 2002. WINTER No.111
構成できるということだから、ある意味でチャンスでも
相談室 Saya-Saya スタッフ
あるわけなんです。もし、三角形が破綻せずにそこそこ
の生活ができて子どもが独立したとしても、問題は内在
したままなわけですから、いつ崩れるかわからない。次
の世代の子が思春期を迎えたとき、今度は大きく崩れる
松本和子(まつもと かずこ)さん
カウンセラー/社会福祉士
親の顔色を見て、自分を抑えて育った
ことにもなりかねない。二世代にわたって問題を抱える
子どものカウンセリングでは、本当はあ
ことだってあり得るんです。
のとき自分はこういうことを感じていた
そういう中で子どもが救われる、楽になる方法の一つ
が、
“幸せになっていいんだよ、あなたはそこから抜け
んだという気持ちを取り戻すプロセスがあって、その中で自分がどう
したいのかっていうのを見つけていくんだと思うんですよね。その時
期がちょっと年代的に遅くなっていると感じます。親からは、就職を
出していいんだよ”って気づかせてあげること。
“あな
して、社会の当たり前のコースを進んでほしいという要求がすごくあ
たたちのせいじゃなくて、あの2人の問題だからね”っ
るものだから、せっかく親から離れて大学に入って、やっと自分らし
て。だから、ご両親には決して否認をせず現実をみてほ
しいし、子どもには自分の欲求、幸せを実現しようとし
く生きられると思ったらここでまた社会的な価値観の違いに悩まされ
てしまう。どうしたらいいかわからないから、本来の目的ではないん
だけれど、大学院に行ったり、留学したりっていう形で社会に出るの
てほしい。そして、みんな自分の幸せは人に依存しない
を引き延ばそうとする人が多くなっています。最近は、親子の分離と
ことです。
か自立といったことが、親のほうも難しくなってるなぁという感じが
ありますね。
自分を物語ろう
相談に来た若い人たちは、とにかく“語る”ことです
ごく元気になります。ミーティング
※2
を行うと、最初
って文化の中に溶け込んでいれば、そんなことはないわ
けです。
は誰がどういう悩みをもっているかわからないけど、み
大学にできる効果的な方法の一つとして、電話相談も
んなが話していくうちに、
“あの人も自分と同じ問題を
いいのではないかと思います。顔が見えないということ
もっているんだな”っていうことがわかって、そういう
は、相談者にとってはすごく気が楽なんです。ひきこも
人たちの中で自分を語るようになり、辛かったことを語
りの人も電話は使いやすいですから。もちろん、どこの
っていく。
“自分を物語る”って私たちは言っているん
誰かは絶対に聞かない。そういったホットラインを開設
ですが、そうなると状態がよくなっていきます。
してみてはいかがでしょうか。
今まで彼らには、自分の気持ちをしっかり聞いてくれ
大学生活の中では、仲のいい友だちが苦しんでいて、
た人は誰もいないと思うんです。だから、誰かが自分の
何か力になりたいと思うこともあるでしょう。周囲のほ
話を聞いてくれるだけで楽になる。答えを探していく過
うが焦っていろいろと口を出したくなったりすることも
程につきあってくれる人がいて安心する。そういう点で
あると思いますが、そういう気持ちが実はその友だちを
ミーティングはとても効果的です。年齢が違う人、自分
いちばん追い込むことになるんですよね。だから、友だ
よりちょっと先に相談に来たかもしれない人、いろいろ
ちが話したければ聞くっていうのはもちろんだけど、相
な人が同じ立場にいて、お互い何か指示をしたりするの
談する場所があって、相談することは少しも恥ずかしく
ではなくずっとつきあい続けていくっていうところに意
ないんだよってアドバイスしてあげてほしいんです。う
味があって、カウンセラーと相談者という一対一の関係
ちの相談室も“つながり”っていうコンセプトでやって
だけでは得られないものを得ることができるんです。情
いるんです。専門家に相談する道があるということを、
報もたくさん入ってきますしね。
ぜひ教えてあげてほしい。その後に、自分にできること
があればいつでもやるよ、君のそばにいつもいるよって
相談していいんだよ
言ってあげてください。焦らずに友だちが答えを探すの
を見守ってあげてください。
日本ではいまだに、心の問題で病院に行くのをためら
ってしまう傾向がありますが、アメリカではカウンセ
リングを受けるのは少しも恥ずかしいことじゃないし、
自助グループ ※2 に参加することなんて逆に勧められる
くらいです。体のお医者さんに行くよりも気軽なんじ
ゃないでしょうか。日本でも自助グループのようなも
のがもっと身近になってくれればいいんですが、今の
ままでは、もし大学内にそういった部屋があったとし
てもちょっと行きづらいでしょう。これは大学内の問題
ではなく、社会の問題ですよね。社会にそういう場があ
特集:悩みごと よろず相談室
※1 摂食障害
拒食症(神経性無食欲症)と過食症(神経性大食症)に代表される食行動
の問題。先進国に多くみられることから、社会・文化のあり方と密接に関連
した障害であると考えられている。
※2 自助グループ・ミーティング
自助(セルフヘルプ)グループとは、
「共通の問題を抱えている者同士が
支え合い、問題解決をはかろうとする自主運営グループ」 のこと。皆対等
で、先輩後輩も指導者もない中で、事実を語り、仲間の話を聞いてお互いの
経験などを分かち合うことで、自分がひとりで苦しんでいるのではないこと
がわかってくる。 基本的に、言い放し、聞き放しをルールとしたミーティ
ング形式をとっているところが多い。
理工
Circular
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