シュメールの都市国家

授業のながれ
地図帳でティグリス川とユーフラテス川を押さえながら,点在する遺跡を探させ
ることで,興味を持たせたい。
メソポタミア文明
ティグリス川・ユーフラテス川に挟まれた大地・・・メソポタミア
BC3500年
シュメール人の都市国家がおこる ウルの遺跡
BC2400年
アッカド帝国
ハンムラビ王
BC2000年
古バビロニア王国
ハンムラビ法典「目には目を」
現存する最古の法律
BC 8世紀
BC550年
アッシリア帝国
ペルシャが支配(アケメネス朝ペルシア)
文化のまとめ
・くさび形文字 ・天文学の発達 ・太陰暦
・七曜制
・60進法
・ジックラト(神殿)
・ハンムラビ法典
シュメールの都市国家
紀元前2700年ころまでに民族系統不明のシュメール人の都市国家が多数形成された。
ウル・ウルクなどがその代表である。都市国家では,最高の神官・戦士でもあった王を中心
に,神官・役人・戦士などが都市の神を祭り,政治や経済・軍事の実権をにぎって,人民や奴
隷を支配する階級社会が成立した。
土地は原則として神のものとされ,外国との交易も神殿が独占し,戦争や平和も神の名
においてもたらされた。こうした神権政治にもとづく都市国家は,大規模な覇権を競った。
そのため,優勢な都市国家は,大規模な治水や灌漑によって生産を高め,交易によって必
要物資を入手し,互いに覇権を競い合った。そのため,優勢な都市国家の支配層には莫大
な富が集まり,壮大な神殿,宮殿,王墓がつくられて,豪華なシュメール文化が栄えた。しか
し,たえまない戦争のため,一般人民が疲弊して国家は衰え,セム系のアッカド人によって
征服されてしまった。その後はアッカド人→シュメール復活→アムル人となり,アムル人の
バビロン第1王朝が起き,ハンムラビ王の時に最大になるのである。