アラブ首長国連邦での出産と子育て(7)最終回 UAEでの子育て

JOMF NEWS LETTER
No.228 (2013.1)
アラブ首長国連邦での出産と子育て
第 7 回 : UAE での子育て :
イスラム教国で子どもを育てる
海外出産・育児コンサルタント
Care the World 代表
ノーラ・コーリ
【 イスラム教国で暮らすということ 】
アブダビ、ドバイでの生活はイスラム教無しには語れません。1日5回の祈りは朝早くからスピー
カーで流れ、子ども達はこのアザーン(祈り)を耳にしながら育ちます。女性と子どもは特別扱いで
す。地下鉄には女性と子ども専用の車両が必ずあります。アブダビとドバイ間のシャトルバスに乗る
ときも、女性や子どもは優先され、男性よりも先にバスに乗ることができました。長い列の男性をわ
きにみながら、一番先頭に割り込む気持ちは特別でした。スーパーマーケットのレジでも女性専用
のレジがありますので、子ども連れの場合、その列に並べばあまり待たされることもありません。
このように女性や子どもが表立って優遇されていることはとてもよい点ではありますが、それに伴
いさまざまな制約もあります。そのひとつがラマダンです。信者はラマダンの間、日没までなにも口
にすることができません。そのため、タクシーの運転手もこの期間はいらいらしているので、日本人
は外出をためらいます。さらに、子どもは免除されるといえども、外で食べさせるのに気をつかうと
のことです。このようなことも UAE(アラブ首長国連邦)での暮らしのストレスともいえます。
【 少数派の女性と子ども 】
どこを歩いていても、女性と子どもの数が圧倒的に少ないのが
この国の特徴だという印象を受けました。それは暑さのせいであ
まり外に出ていないのだろうと最初のうちは思い込んでいましたが、
統計で女性と男性の比率を見たときに納得しました。この国では
UAE 市民(日本人の間では彼らのことを National と呼んでいま
す。)はわずか 20%以下で、ほとんどが外国人なのです。その外
国人の大多数が建設現場に就労している出稼ぎ労働者なのです。
そのため、男性の数が圧倒的に多く、女性の3倍にもおよぶので
す。日本人の母親は外出するにあたって、このような男性労働
者の視線が気になるとしきりに訴えていました。私も最初は気づ
長い黒い服に身をまとう女性たち
かなかったものの、そのように言われてから気づきました。ましてや子ども連れの日本人女性はと
てもめずらしく、目立ちます。
また、宗教上の理由からアラブ人は女性一人ではあまり行動しません。なるべく夫、男性の親戚、
JOMF NEWS LETTER
No.228 (2013.1)
あるいは女性同士のグループで外出しています。そのように制限されれば、外出もままならない状
況になります。また、子どもはいつも家でメイドが見てくれるので、休みの日でなければ、めったに子
どもを連れて外出はしません。このような環境からも日本人ママ一人と子どもの外出は億劫になり
がちです。
【 ことば 】
UAE は中近東でもめずらしく英語が通じる国です。この国が大きく成長した理由のひとつに、英
語を主体とした国の政策があったことでしょう。どこを歩いていても必ず英語の表示がされています
ので、アラビア語が読めなくても不自由はありません。現地の人はもちろんのこと、外国人のほとん
どが英語を理解します。そして、日本人の多くが少なくとも英語はある程度理解できますが、やはり
ドクターとの会話、トラブルが起きたときの大家との交渉などはレベルが違うため困難とのことでし
た。ましてやアラブ人やインド人はなまりが伴うので、理解しづらいとのことでした。そのため、ことば
による苦労は人によっては落ち込むほどでもあり、外出をためらう原因のひとつにもなっています。
【 現地の子どもたちとの生活のギャップ 】
UAE で暮らしているものの、アラブ人の子ども達や家族と近づく機会はなかなかないようです。そ
れは彼らの生活と日本人との生活とがあまりにもかけ離れていることに原因があるようです。まず
アラブ人の子どものほとんどはメイドによって育てられています。公園でもモールでも子どもを連れ
ているのはほとんどメイド、幼稚園のピックアップすらメイドです。母親とのコンタクトがないため、プ
レイデートなどのアレンジがむずかしいようです。そして、アラブ人の子ども達はメイドによって育て
られているため、たいへん甘やかされているようです。甘いものやファーストフードを小さいうちから
与えられたり、公共の場で走り回ったり、5歳になっても哺乳瓶を使っていたりします。さらにアラブ
人の子ども達は夜遅くまで起きていて、涼しくなってからの行動です。しかし、日本人の子ども達は
10時にはもう床についているという生活です。そのため、社会はキッズフレンドリー(子どもに対し
て寛容)ですが、このような現地の人との生活のずれや育て方やしつけの違いから彼らとの交流は
むずかしいと判断しました。
【 子育てグループ 】
現地の人との交流は限られているものの、ママ友に
おいては、現地の人たち、外国人の人たち、そして日本
人とチョイスはあります。特に外国籍のグループに所属
すれば多国籍のお友達ができることでしょう。しかし、こ
とばのバリア、住んでいる地域、子どもが通っている学
校、生活習慣の違いから、多くの日本人は日本人同士
のグループが一番心地よいようでした。ドバイには「赤
ちゃん会」という組織が存在し、ここではどの小児科医
子育てグループ「赤ちゃん会」
JOMF NEWS LETTER
No.228 (2013.1)
がいいか、薬の作用についてなどの医療情報、どこで何が買えるかなどの生活情報、どこのナーサ
リーがよいかなどの教育情報の情報交換が頻繁に行われています。また、テーマを決めて話し合
いの場を設けたり、イベントを組んだり、バースデーパーティーをしたり、日本の季節にちなんだ行
事を行ったりして、母子ともに楽しめる機会を設けています。
グループが大きいとショッピングモールの子どもの遊び場を利用したり、小さいグループの時は、
各家庭を持ち回り、活動を続けています。そのため、日本から持ってくるものの1つとして、お菓子
の本が上がっていました。現地では和菓子はもちろん手に入りませんし、日本人の口にあうお菓子
も手に入らないため、皆さん、手作りに励んでいました。
【 母親のメンタルヘルス 】
日本人が少ないだけにすぐお友達が見つかることはよい点でもあり、子育てグループは支えあい
の場でもあります。しかし、逆に狭い日本人社会が窮屈になることもあります。ただでさえ子どもが
小さいと行動範囲は限られます。アブダビにしろドバイにしろ、決して大きな都市ではありません。ま
してやそれに気候が加わり、宗教からくる特殊な環境が加わると外に出る範囲が狭められます。生
活は建物の中、移動は自動車でという極めて人工的な環境での生活です。また、日本人駐在員の
妻は仕事に就くことはできないので、子どもとの時間をもてあましてしまうこともあります。そのような
退屈やいらいらがつのると愚痴に変わっていきます。この段階で夫に話すなり、日本にいる友人な
どに愚痴をこぼすことができればよいのですが、場合によっては日本人の集まりの場で特定の人へ
の嫉妬に変化したりすることもあります。このようなうわさが流れると、狭い社会だけにうわさはもの
すごいスピードで伝わります。うわさの対象となった人はいてもたってもいられない状況に追いやら
れることがあります。そのため、日本人同士の集まりではどことはなく、お互いにことばを慎重に選
んでいたり、緊張した雰囲気を感じることがあるようです。このように特殊な環境に耐えていることが
多いので、定期的に一時帰国を計画したり、海外へ旅行へ行くなり、骨休みならぬ、気持ちの休息
をとることは不可欠だと感じました。
【 まとめ 】
このように UAE での子育て環境は気候面でも生活習慣や文化の面でも特殊ではありますが、治
安のよさ、子どもにやさしい国民、怖い病気の心配がない、日本人コミュニティーが支えあっている、
など UAE での子育てはよいところがたくさんあるという印象を受けました。これから UAE に行かれ
る方には是非、そのような UAE 子育てならではのよい点に注目し、おおいに現地での生活を楽しん
でいただきたいと思います。
=編集部より=
6月より開始した UAE シリーズは今回で終了です。
ノーラ・コーリさんには今までもオランダ、フランス、韓国、パナマ、インド等多くの地域の
JOMF NEWS LETTER
No.228 (2013.1)
報告を掲載させていただき、イスラム圏のアラブ首長国連邦での妊娠、出産、小児医療等につい
ての貴重なレポートをご紹介させて頂きました。また次のシリーズの予定もありますので楽しみ
にお待ち下さい。
今までの記事は JOMF サイト TOP ページ右上の Google でサイト内検索をかけると多数ヒットし
ますのでぜひあわせて読んでみてください。
プロフィールを簡単にご紹介します。:海外出産・育児コンサルタントとして、20 年以上に渡
り、世界の出産、子育て事情を調べています。精神医学ソーシャルワーカーとしては海外在住女
性のメンタルヘルスにかかわっています。日本で生まれた日本人ですが、アメリカ、カナダ、シ
ンガポールと海外在住 27 年。現在はニューヨークにて知的および身体障害者のデイケア施設の管
理職に就いています。
「海外で安心して赤ちゃんを産む本」、
「海外で安心して子育てをする本」、
「愛は傷つけない-自立に向けてのガイドブック」など多数の著書が出ています。上記の他、医療
通訳 (妊娠、出産、育児、福祉、教育
を専門とする)、バイリンガル教育コンサルタントと
しても活躍中です。詳細は下記サイトでもご覧になれます。
http://www.caretheworld.com