戦略ケース チャールズ・シュワブ・コーポレーション (The Charles Schwab Corporation) アメリカネット金融市場の覇者 -チャールズシュワブの顧客戦略 米金融界で躍進を続けるオンライン証券取引会社の最大手、チャールズ・シュワブ・コ ーポレーション(以下シュワブ)が日本最大手の損保会社である東京海上火災保険と 99 年 6月合弁会社を設立し(会社名:シュワブ東京海上証券株式会社)、12 月から本格的なサー ビスを開始した。まだ日本ではなじみのうすいシュワブだが、本国アメリカでは 600 万以 上の顧客口座と 5500 億ドル(59 兆 4000 億円、108 円換算)以上の預かり資産を所有、1998 年売上高 27 億ドル(2916 億円) (対前年比 119%)、収益成長は 1990 年以来平均 20%成長、 投資信託運用実績ではフィデリティ、バンガード、メリルリンチに次いで4位の業績であ る。 シュワブの最大の強みは多様なサービスとチャネルの有機的融合とそれを運営する適切 なコストである。しかし、同社が提供する商品数は他社と比べて圧倒的な優位性があるわ けではない。特に価格優位性があるわけではない。にもかかわらず、シュワブが成長して いる要因は何であろうか。その強みを歴史的背景から探ってみる。 図表1 チャールズ・シュワブの会社概要 本社所在地 アメリカ サンフランシスコ州 設立年月日 1971年 1974年にディスカウント・ブローカーとして登録 事業内容 株式、債券などの金融商品のオンライン取引 ブローカー 従業員数 13, 300名 (99年8月現在) 図表2 チャールズ・シュワブの売上・純利益推移 (百万ドル) 売上 純利益 400 348 350 270 300 234 250 173 200 2,736 118 135 150 2,299 1,851 100 1,420 965 1,065 93 94 50 0 95 96 97年 98年 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 1 戦略ケース 1.シュワブのビジネスデザインの変遷 (1)ディスカウント・ブローカーとしてのスタート シュワブの創立者で現CEOのチャールズ・シュワブ氏は従来型の証券会社として 1974 年チャールズ・シュワブ・コーポレーションを設立した。業界で無名の同社は顧客獲得の ために、1974 年に売買委託手数料が自由化されるとすぐ、他社より安い手数料を導入した。 しかし、このディスカウントサービスによるビジネスモデルはすぐに競合他社の模倣を 受けることになる。 (2)支店コンピュータネットワーク化による付加価値の創出 業績が落ち込んだシュワブには新たなビジネスモデルの確立が必要であった。そのため には、価格以外の付加価値の創出が必要である。シュワブは会社を差別化し顧客に新しい 付加価値を提供するため、支店のコンピュータネットワークを展開し「投資情報」を配信 することを新たな付加価値とした。 支店ネットワーク化は全ての顧客に同じ投資情報を、同じ時間で提供できるメリットを 生んだ。その結果、シュワブは 1977 年から 1983 年までに売上 460 万ドルから1億 2650 万 ドルへと成長し、1984 年にはディスカウント・ブローカー業界の全体シェア 20%を獲得す るまでになったのである。 投資情報を新たな付加価値としたビジネスモデルは、投資知識のない顧客を投資信託市 場にアクセスさせ、新しい市場を開拓することにも貢献した。同時に投資情報の提供によ って他のディスカウント・ブローカーより優位に立ったのである。 (3)投資信託専門アドバイザーのネットワーク構築 しかし、80 年代も半ばに入ると競合他社にもコンピュータが普及しネットワーク化も優 位性を保てなくなった。 一方、投資信託の世界は大口顧客から小口顧客へと移りつつあった。小口顧客の多くは 投資信託を重要な資産形成と考えていたが、投資信託の知識は乏しい。彼らに投資信託の 運用方法、アドバイスを提供していたのはFP(ファイナンシャル・プランナー)と呼ば れる投資信託専門のアドバイザーである。 シュワブはこのFPに着目した。FPは顧客の注文書、月次報告書、納税報告書などの 作成に大変労力がかかっており、常に「これらの作業を代行してもらいたい」と願ってい たのである。一方、シュワブにとってもFPが持っている小口顧客情報は大変魅力的であ った。 そこで、シュワブはFPと同社を結びつけるネットワーク組織「シュワブ・インスティ テューショナル・エンタープライズ」を発足し、FPの作業を一部代行する「クリアリン グ・ハウス(口座および取引処理センター)」を 1986 年に設立した。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 2 戦略ケース シュワブが提供した施策により、FPは小口顧客に対して投資アドバイス業務に専念で きるようになり、またシュワブは見返りとしてFPから既存顧客情報と新規顧客の紹介を 受けるようになったのである。 さらに、シュワブは「クリアリング・ハウス(口座および取引処理センター)」を進化さ せた「シュワブ・リンク」を 1988 年に開設。顧客やFPがどこにいても常にシュワブと相 互連絡が可能なコンピュータシステムを構築したのである。 この結果、1990 年までに同社の売上は3億 8700 万ドル、利益は 1680 万ドルとなりディ スカウントブローカー業界での市場シェアは 38.9%に拡大した。わずか6年で2倍近くシ ェアを伸ばしたのである。 (4)「スイッチボード・ビジネスモデル」の構築 しかし、顧客の間には投資プロセスの不合理性について不満の声が出始めた。彼らは1 回の投資に費やす書類の作成、小切手の作成などを面倒がったのである。 シュワブはこの不満を解消するビジネスモデルの構築を検討した。そして 1992 年にシュ ワブのビジネスデザインにおける最も革新的なビジネスモデルを発表したのである。 「ワン ソース」システムによる「スイッチボード(配電盤)」ビジネスモデルの構築である。 図表3 チャールズ・シュワブのビジネスモデルの変遷 利益の主要な源泉 利益の主要な源泉 第一段階 第一段階 ・1970年代 ・1970年代 第二段階 第二段階 ・1980年代 ・1980年代 第三段階 第三段階 ・1990年代 ・1990年代 ビジネスモデルの変遷 ビジネスモデルの変遷 ・売買手数料 ・アドバイス料 ・ディスカウント・ブローカー ↓ ・支店コンピュータネットワーク化 ・アドバイス料 ・FPからの販売権料 ・(80年代後半)ミューチュ アル・ファンドからの手数料 ・FPのネットワーク化 (シュワブ・インスティテューショナル エンタープライズ) ・コンサルティング料 ・ミューチュアル・ファンド からの手数料 ・スイッチボードビジネスの展開 ・顧客情報のデータベース化 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 3 戦略ケース 2.「スイッチボード・ビジネスモデル」の展開 (1)「ワンソース」システムの開発経緯と概要 1980 年代後半になると、投資家の関心はミューチュアル・ファンドに向けられる。 ミューチュアル・ファンドとは投資信託の一種で不特定多数の投資家から資金を集めフ ァンド・マネジャーと呼ばれる専門家が一番有利と思われる投資先を選び、分散運用し、 投資の結果得られた収益を投資額に応じて投資家に配分される金融商品である。 ミューチュアル・ファンドの投資家は投資の記録をつける煩わしさをなくし、取引手数 料を軽減したいというニーズを有していた。それを満たすために、シュワブが提案したの が「ワンソース」と呼ばれるシステムであった。その仕組みは、第三者から仕入れた数百 本のミューチュアル・ファンドを、大口の取引先から一般投資家に至る幅広い顧客層に割 安な手数料で供給するというものである。 「ワンソース」システムは手数料ゼロで行えるシステムとそれを支える無料ツール群か ら構成される。手数料がなくなったことにより「ワンソース」システムは顧客の経済性に 大きく寄与することになった。 また、 「ワンソース」サービスのメリットはミューチュアル・ファンド運用会社にも貢献 した。ミューチュアル・ファンド運用会社が広範な投資家を見つけるにはコストがかかる。 しかし、ミューチュアル・ファンド運用会社が「ワンソース」システムに登録すれば、シ ュワブが所有する 600 万以上の投資家にアクセスできるわけである。 「ワンソース」システムは大きな利益を生んだ。1992 年のシュワブの売上高は7億 5000 万ドルに達したのである。 この「ワンソース」システムによるビジネスモデルは投資家とミューチュアル・ファン ド運用会社の両者に「スイッチボード(配電盤)」を置くとの意味から「スイッチボード」 によるビジネスモデルと呼ばれている。 (2)「スイッチボード・ビジネスモデル」の新しい展開-インターネットを活用したオン ライン取引の開始 「スイッチボード」によるシュワブの新しいビジネスモデルの特徴は商品の多様化と顧 客ニーズの高度化、多様化を最適なチャネル(=アクセス)と適正なコストで結びつける 点にある。 しかし、シュワブの強さはそれだけではない。商品の数なら競合他社も引けを取らない ほど成長している。シュワブよりも低料金あるいは無料でファンド商品を導入している企 業も多くある。では一体何がシュワブの強さなのだろうか。 それは、インターネットに代表される情報技術を駆使して行われるアクセス機能の編集 である。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 4 戦略ケース もともとシュワブは情報技術を活用した証券取引には定評があった。 1984 年にはコンピュータシステムを活用した「エコライザー」システムで法人、大口顧 客とのオンライン取引を開始していたし、1989 年にはプッシュホンによる小口顧客とのテ レホン取引も他社に先駆けて開始していた。 だが、最大の革新は 1995 年の「eシュワブ」によるインターネットでのオンライン取引 であろう。これにより、オフィスや自宅、世界中どこからでも、24 時間、専用口座を開設 でき、 「eシュワブ」へのアクセスが実現した。また、シュワブの主要顧客がコンピュータ 世代であったためインターネット取引はより拡大したのである。 現在、顧客がシュワブに発注する取引の 70%はインターネットである。手数料も「eシ ュワブ」導入時は 70 ドルであったが顧客の増加に伴い 48 ドル、29 ドルと低下している。 「eシュワブ」での1日の取引売買高は 20 億ドルに達し、オンライン口座は 1998 年末で 約 220 万口座、5年以内には取引量が倍増すると予想されている。 インターネットによるオンライン取引はシュワブに新たな付加価値を提供した。顧客情 報のデータベース化である。莫大な顧客数と刻々と変化する顧客の取引状況をデータベー ス化することは大変コストがかかる作業であるが、インターネットによるオンライン取引 はその困難を軽減する。インターネットによるオンライン取引は瞬時に顧客情報をデータ ベース化し、その顧客データを活用することが可能である。現にシュワブでは顧客情報を その顧客の資産ポートフォリオ管理のコンサルティングサービスやファンド売買のアドバ イスサービスに活用し、ディスカウントブローカーとコンサルティングブローカーの両立 を目指している(シュワブは 1996 年に生命保険会社を設立し、ディスカウントサービスも さることながら、コンサルティングもできる生命保険会社のフランチャイズ構築に乗り出 している)。 3.シュワブが目指す情報技術革新と顧客リレーションシップマーケティング シュワブが考える次なるビジネスモデルは情報技術革新を駆使した顧客リレーションシ ップマーケティングの展開である。 その具体的取り組みを2つ紹介する。 1) 携帯情報端末機器によるバーチャル投資取引 米アイテール・テクノロジー社と提携して行う複数の携帯情報端末機器に対応した無 オンライン取引を年内にもアメリカで開始する。これが実現すれば、パソコンのない 自宅や電話回線のない場所からでも株式取引が可能になる。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 5 戦略ケース 2) 顧客情報のデータベース化による新たなサービス提供 シュワブがインターネット取引で得た顧客情報をデータベース化することにより「コ サルティング業務」という新しいビジネス手法を開拓したことは前述した。今、シュ ワブが目指しているのは取扱い商品を拡大し、一部の商品で得た顧客情報を次の商品 販売に活かせるように顧客情報をより深掘りすることと、その情報に基づいた、専門 スタッフによるコンサルティングサービスの提供である。 いずれも高度な情報技術を活用し、顧客にとって使い勝手が良い金融サービスの提供を目 指すものである。 図表4 チャールズ・シュワブのスイッチボードビジネス概念図 ファンド 提供者 投資家 ファンド 提供者 投資家 Schwab Schwab 参考資料: 1) E.J.スライウィツキー/D.J.モリソン(1999) 「プロフィットゾーン経営 戦略」 2) 米国商務省(1999) ディジタル・エコノミー copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 6
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