チャイナインパクト! ホンダ、スズキ国内バイクメーカーの逆襲

戦略ケース
チャイナインパクト!
ホンダ、スズキ国内バイクメーカーの逆襲
これまで世界市場を席巻してきた日本の二輪メーカーが、海外で中国メーカーの攻勢を
受けている。お膝元の日本市場の規模がピーク時の1/4にまで縮小するなか、収益源で
あったアジア市場で低価格を武器にした中国製二輪車にシェアを奪われ、事業基盤が揺ら
いでいる。日系二輪メーカーは今後も競争力を維持していくことができるのか、各社の取
り組みを整理する。
1.高付加価値化に逃げずに正面から挑戦を受ける
2002 年1月末、国内バイクメーカー各 図表1 各社の 2002 年度出荷計画
社の国内出荷計画が発表された。2001
国内出荷
輸出
年の国内出荷総台数が対前年約2%減
の 76 万台だったにもかかわらず、ホン
ホンダ
430,000
(5.6)
470,000
(▲ 5.1)
5,900,000
(35.2)
ヤマハ発動機
230,000
(1.5)
510,000
(▲ 1.6)
1,540,000
(23.0)
スズキ
112,000
(5.0)
330,000
(7.8)
1,000,000
(▲ 6.0)
川崎重工業
28,000
(40.0)
262,000
(5.6)
984,000
(27.9)
ダは対前年 5.6%増の 43 万台、ヤマハ
発動機は同 1.5%増の 23 万台、スズキ
は同 5.0%増の 11 万2千台、川崎重工
業は同 40.0%増の2万8千台と、4社
全てが出荷増を見込んでいる。各社、従
来の市場価格から2~3割下回る 10 万
円前後のスクーターを投入し需要を拡
海外生産用
部品
上段:国内出荷計画
下段:対前年比
単位 台
単位 %
大させる考えだ。
低価格化に踏み切った背景には、低価格市場で正面から中国製製品の挑戦を受けようと
する各社の決断がある。中国メーカーの追い上げに対し高付加価値商品にシフトし棲み分
けるのでは、長期的に競争力を維持することができない。かつて、日系二輪メーカーは欧
米で最下層市場に進出し、そこでのビジネスをベースに品質を向上させ、コストパフォー
マンスに勝る商品を上位市場に投入しシェアを拡大させてきた。高付加価値製品シフト政
策では、日系二輪メーカーが欧米メーカーに対してしたことを、中国系メーカーにされか
ねない。そこで、中国メーカーが最下層市場に浸食してくる前に、自分たちで最下層市場
を再開拓し、中国系メーカーが自由に活動できる領域を狭めてしまおうというわけである。
以下では、中国メーカーを活用し低価格化を進めるホンダと国産での低価格化にこだわ
るスズキの取組みを紹介する。
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2.中国メーカーを活用するホンダ
これまで圧倒的なシェアを誇っていたアジア市場でのシェア低下に対する危機感から、
ホンダは中国の模倣品メーカーを M&A でグループ内に取り込むというショック療法を断行。
製品価格を中国製製品と同程度に引き下げると共に、アジアでの研究-製造-販売体制を強
化、再度攻勢に出る。
(1)ベトナムで 80%から 10%へシェア下落
ホンダが海外で販売する二輪車製品は、基本的に「欧米向けの大型スポーツバイク」と、
「アジア向けの小型実用車」に大別できる。中国模倣品メーカーは技術的に模倣の容易な
「アジア向け小型実用車」に照準を当て、日系メーカーのシェアを切り崩しにかかってき
た。
75 年3月にタイから販売を開始した「CG125」の超ロングセラーヒットが貢献し、90 年
代後半までホンダは、タイの 75%、ベトナムの 80%などアジア市場で圧倒的なシェアを占
めていた。アジアの二輪市場は 70 年代に入り急速に拡大した。当時、競合他社がメンテナ
ンスの簡単な2ストロークエンジン搭載の実用車で販売を伸ばすなか、ホンダは性能は高
いもののメンテナンスの難しい4ストローク搭載車にこだわり低迷していた。その状況を
一変させたのが「CG125」である。構造の簡単な「OHV 方式」を採用し、4ストロークであ
りながら高い耐久性を実現し、一気にそのシェアを拡大させたのである。
しかしながら、ベトナム市場で中国系模倣品メーカーがホンダの半額で類似製品を投入
すると、状況は一変した。1998 年まで約 80%を維持していたホンダ製バイクのシェアが一
気に低下、2001 年には9%にまで縮小してしまったのである。
(2)模倣品メーカーをグループに取り込むショック療法
この危機的な状況に直面し、アジア・大洋州地域統轄の鈴木克郎専務は「世界トップだ
とかホンダブランドだとか威張ってると、すぐにやられるぞ。中国の二輪車メーカーの方
がホンダらしいじゃねえか」と昨年夏の本社の幹部会議で怒りをぶちまけた。鈴木氏の檄
を受け、中国模倣品メーカーをグループ内に取り込むという、ショック療法が行われた。
今年1月、ホンダがベトナム市場で投入した低価格バイク「Wave α」の部品を生産
する新大洲本田摩托(天津市)は、昨年秋に中国のホンダ系二輪合弁メーカーと、ホンダ
製バイクの模倣品メーカーが合併してできたものである。この合併企業の設立作業と平行
し、昨年夏ごろからホンダの二輪車開発部隊が中国に飛び、中国製部品を活用した「Wa
ve
α」の開発に着手、今年 1 月には従来の半分の開発期間でベトナム市場に導入した。
さらに、新大洲本田摩托では本年度半ばまでに日本向け製品の生産を開始、日本国内で 10
万円を切る価格で発売する計画である。
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「Wave α」を中国製バイクと同程度の価格に設定できたのは、模倣品メーカーのそ
れまでのモノ作りを参考に、部品仕様を徹底的に見直すことで実現した。単純にバックミ
ラー等をコストの安い中国の子会社製に切り替えるだけでなく、サスペンションの金属カ
バーをはずし塗装に切り替えるなど、見栄えは若干悪くなるものの耐久性に影響を与えな
いような工程を徹底的に排除したからである。また、エンジン部品については氷点下で作
動する厳格な日本基準をやめるなどの措置が取られた。これらの結果として、部品によっ
ては1/3にまでコストダウンを実現した。
(3)防戦から攻勢へ動き出す
ホンダ車の価格が下がると、ベトナムの中古車市場で異変が起きた。中国製の中古バイ
ク価格が約 200 ドルへと新車価格の半額以下にまで下がったのである。一方、日本製中古
バイク価格は状態の良いものならば三割安程度で維持されており、「二輪車は資産」と考え
られている東南アジアで、買値は若干高くても資産価値が大幅に減らない日本車を評価す
る動きが出ている。
このように低額商品投入の効果が現れてきたことから、ホンダはアジア各国で攻勢へと
動き出す。
第一に、低価格車種導入でシェアが回復しつつあるベトナムでは販売網を拡大する。ハ
ノイやホーチミンなど都市部を中心に約 130 店で販売してきたが、今年は地方都市など百
店を新たに開拓する計画だ。
第二に、タイやフィリピンなどその他の東南アジア地域でも低価格車種を投入する。ま
ずは、6 月からフィリピンで「Wave
α」のノックダウン生産が始まる。
最後に、中国メーカーの本拠地、中国市場での本格的な事業展開を進める。現在、年間
1400 万台の中国市場でホンダの販売台数は 80 万台程しかない。
この大苦戦している中国で、
今年 2 月に上海市に二輪車の研究開発会社、本田摩托車研究開発を設立、来年4月に始動
させるなど、研究開発機能を確立し主力機種「スーパーカブ」などで従来の 10 倍の 20 車
種以上を投入する。
中国へ研究開発機能を移管するのは、
「各省ごとにデザインや機能性などの好みが違うほ
ど中国はユーザーのニーズが多様化している」
(鈴木・ホンダ専務)からである。従来、中
国向け商品は本田技術研究所の朝霞研究所(埼玉県朝霞市)で開発を手がけていたが、そ
れではスピードが遅いだけでなく、現地ニーズを吸い上げられなくなってきたためである。
「日本国内で中国の二輪車の流行などを考えるのはもはや限界」、現地で「製品開発から生
産まで一貫体制を整えていく」(吉野浩行・ホンダ社長)考えである。
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3.国産でも5万円目指すスズキ
一方、スズキは国内の生産性向上での低価格化にこだわる。スズキは今年 2 月に、国産
で現行機種より2~3割安い 11 万2千円の 50cc スクーター「レッツ2
スタンダード」
を発売した。このコスト削減を実現したのは、
「仕様見直し」「量産効果」「在庫削減=労働
力投入のJIT化」の3つの取組みである。
(1)「仕様見直し」による製造コストの大幅な引き下げ
第一に、色付きの樹脂を採用することで塗装工程を省くなど、ホンダと同様に部品の仕
様変更によるコスト削減が実施された。さらに、鈴木会長は今年2月の記者会見で「セル
スターター(電動のエンジン始動装置)を取ってしまえば、あと一万円は下がるだろう」
と、10 万円以下への値下げは視野に入っていることを示唆した。
(2)相互 OEM 供給による「量産効果」の確保
第二に、相互 OEM 供給による「量産効果」の確保によるコスト削減を実施している。川
崎重工と業務提携し、現在、国内では二百五十ccクラスを中心に二機種ずつを供給し合
っている。鈴木会長は「ニッチ(すき間)製品は相互OEMで生産量を二倍に増やし、コ
ストを引き下げる」と今後もOEMの対象機種を広げる方針である。
このOEMの効果は軽自動車で既に実績をあげている。従来のマツダに加え、今春から
は日産自動車にも供給を開始した。
(3)労働力のJIT投入で見込み生産減らす
最後に、労働力のJIT(ジャスト・イン・タイム)投入による見込み生産の極小化、
すなわち在庫リスクの極小化によるコスト削減に取り組んでいる。二輪車の売上は春と冬
に集中する。これまではその時に必要な量を夏と秋に見込み生産し対応してきた。しかし、
予測が外れた場合、人気車種では品切れがおき、不人気車種では在庫が積みあがってしま
い、売上拡大の機会を逃すだけでなく、在庫として積みあがった商品がコストとなり収益
を圧迫することもあった。
しかし、今年の2月からは生産要員の勤務時間を変更し、春と冬の繁忙期は通常より1
時間多い9時間勤務にする。代わりに閑散期の金曜日を休日に振り替える。二輪車の需要
変動に合わせることで見込み生産を減らし、完成車在庫を圧縮するのである。
新制度導入のきっかけは昨秋の鈴木会長の工場視察であった。春の繁忙期に作りだめし
ておいた在庫を見つけ、
「部品納入と同様、人員配置もジャスト・イン・タイムでなくては
ならない」と改善を指示したのだ。
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4.バイクでのフルライン収益モデルの構築
ホンダ、スズキの取組みをみると、国産二輪車メーカーは中国二輪車メーカーを迎え撃
つ体制を整えたと見ることができる。
しかし、低価格化競争が激化することで業績が低迷し、ブランドイメージの低下を招く
のではないかという懸念も存在する。1980 年代の 50cc スクーター市場を巡るホンダとヤマ
ハの「HY戦争」では、業界全体が疲弊し今日の国内市場低迷の遠因をつくったからであ
る。
この悪循環を回避できるか否かは、ピラミッド型のブランド構造を構築できるかどうか
にかかっている。クウォーツ時計で一時世界市場を席巻したセイコーの時計事業売上が全
盛期の半分へ縮小するなど、日本製ブランドが崩壊の危機に直面する一方で、スイスのス
ウォッチグループ(旧SMH)は現在も高収益を維持している。セイコーグループの 2000
年度時計事業売上 1250 億円、営業利益約 95 億円に対し、スウォッチの時計事業売上は約
1800 億円、営業利益約 310 億円と収益力に大きな差が出ている。スウォッチグループは高
級ブランドのオメガ、ロンジン、中級ブランドのティソ、サーティナ、そして低級ブラン
ドのスウォッチといったピラミッド型のブランド構造を持つ。そのうちスウォッチなどの
低級ブランドで日本メーカーの侵食を抑えつつ、高級ブランドで利益を稼ぎ高収益を維持
しているのである。
日系二輪メーカーの低価格化政策の成否は、二輪市場でこのようなピラミッド構造を構
築することができるかにかかっている。
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戦略ケース 中国家電 vs.日本家電~日本企業は中国企業に勝てるのか~
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