株式会社ワールド SPAを制するものはアパレル業界を制す ワールドの

戦略ケース
株式会社ワールド
SPAを制するものはアパレル業界を制す
ワールドのあくなき挑戦
図表1
ワールドの事業構成比
(%)
100%
卸事業比*
36.5
80%
60%
47.6
76.2
59.5
66.6
40%
63.5
52.4
20%
23.8 SPA
事業比
40.5
33.4
0%
1995
1996
1997
1998
1999
ワールドは1992年に寺井社長(当時常務経営企画部長)がSPAビジネスモデルを
導入し、一貫してSPA事業を拡大させてきた(図表1)
。ワールドは自社のSPAビジネ
ス モ デ ル を 「 S P A R C S ( S uper
Production
A pparel R etail
Customer
Satisfaction)構想」
(スパークス構想)と呼び、その内容は顧客を起点として製造、企画、
小売というアパレルのサプライチェーン全体の業務を製造企業であるワールドが担当する
ものだ。
SPAとはアメリカの衣料品小売大手GAPのドナルド・フィッシャー会長が1986
年に発表した「Speciality store
retailer
of private label apparel」の頭文字
を組み合わせた造語で、素材調達、企画、開発、製造、物流、販売、在庫管理、店舗企画
などすべての工程を1つの流れとしてとらえ、サプライチェーン全体のムダ、ロスを極小
化するビジネスモデルのことである。従来、日本で採用されてきたSPAビジネスモデル
は小売業者が製造、企画を担当するものであった。なぜなら、小売業者の方がPOS分析
や購入者分析、店舗開発など「販売」のノウハウを多く所有しており、効率的にSPAモ
デルを推進できるからだ。現在、成長が著しい「ユニクロ」「良品計画」などは小売業が起
点となっている日本のSPA企業の代表である。
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戦略ケース
しかし、ワールドはアパレル商品の製造、卸売(一般専門店への販売)で成長してきた企
業である。小売業としての経験は42年間の歴史の中でもわずか9年あまりでしかない。
そのワールドがなぜSPAビジネスモデルを採用したのか。どのようにしてSPA事業を
成功させたのか。本論で解明する。
1. ワールドSPA事業の強さ
(1)ワールドSPA事業の実績
ワールドの全社総売上高は1997年をピークに減少傾向にある。1999年度の総売
上高は1509億円(対前年比97.7%)であった(図表2、3)。
しかし、SPA事業売上高は961億円(対前年比118.2%)であり、SPAモデ
ル導入以降、急激に成長をしている。
1998年には全社売上高に対するSPA事業売上高が52.4%を占め、創業以来ワ
ールドの屋台骨を支えてきた卸事業を上回った。社内での主導権が完全にSPA事業に移
行したのである。
(2) PARCS構想提唱の背景
ワールドがSPARCS構想を提唱したのは4つの問題を解決するためであった。
1)1ブランド当たりの収益性の悪化
図表2
ワールドの業績推移
単位:億円
150
2,000
売上高
1,500
経常利益
114
102
107
95
100
1,000
1,495
1,609
1,543
1,509
50
500
0
1996
1997
1998
1999
0
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図表3 ワールドの会社概要
ワールドは80年代後半から1991
社名
年までに、販売ターゲット拡大政策によ
株式会社
ワールド
・神戸市中央区港島中町6‑8‑1
・千代田区麹町2‑10‑1
り年に20以上のブランドを開発し1
本社所在地
992年までにはワールドグループ所
社長
寺井
設立
1959年1月13日
有のブランドは100ブランドを越す
秀蔵
までにいたった。その結果、多ブランド
店舗数
化による内部競合の発生と1ブランド
従業員数
当たりの収益性の低下が顕著になって
直営店:97
2304人(2000年9月現在)
きた。
出所:ワールドホームページ
2)一般専門店や得意先との取引条件による軋轢
ワールドのメイン顧客は一般専門店であり、展示会発注で専門店との取引を行うという
スタイルであったが、一般専門店との取引条件はすべて、個別交渉となっていたので、「他
の得意先がうちよりいい条件で取引しているのでは」という疑心暗鬼が専門店や得意先の
間に起こり始めた。ワールドは1992年に全ての得意先にアンケートを行った。その結
果、全得意先約3000社のうち36%が取引条件に不満を持っていることが分かった。
3)アパレル一般専門店の疲弊
商店街立地が多いアパレル一般専門店は店舗、店主の高齢化、商業施設の郊外化、大型
化の流れの中で地盤沈下が目立ちはじめ、1980年代中頃からは競争力の低下が顕著と
なった。ワールドの取引先の多くは一般専門店であったので、一般専門店を主な販路とす
るワールドはチャネル政策を改善する必要があった。
4)アパレル主要購買層へのアプローチ
従来の卸事業の最終顧客は高度経済成長期にメインユーザーであった、現在の40代、5
0代であったのに対して、80年代後半から90年代にかけて、アパレルの主要購買層は
第2次ベビーブーマーであるハイティーンに変わりつつあった。彼女らは消費者の中で最
も自由になる財源を持っている消費者であったからだ。彼女らへのアプローチがワールド
の社内では大きな問題になっていた。
これら4つの問題を打破しようとしたのが199
2年に現・寺井社長が立ち上げた「スパークス構想」である。寺井氏は新業態部部長に就
任し、SPAブランド第 1 号となる「OZOC」を立ち上げた。
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(3) SPARCS構想の概要
ワールドのSPARCS構想(SPA事業)は3つの異なるビジネスグループから形成
されている(図表4)。
ひとつめが、
「OZOC ループ」、ふたつめが「UNTITLED グループ」、みっつめが「INDEX グル
ープ」である。「OZOC」は団塊ジュニアを対象としたブランドで、いまある20のSPAブ
ランドはすべて、この「OZOC」で培ったノウハウを雛形にしている。
「OZOC」のノウハウとは、「仮説→修正→検証」の繰り返しによる商品作りとクイックレ
スポンス体制である。
まずは、「次シーズンには、こんなデザインの服が売れる」と商品企画部が仮説を立てて
マスタープランを作成する。次に内見会を開いて、その「仮説」に対し、販売部のスタッ
フの視点による修正が加えられる。さらに、店頭でテストセールスを行い、細かい販売デ
ータを集める。こうして、何度かの検証を終えて、商品ができる。最初のマスタープラン
からほぼ4ヶ月で店頭に商品が並ぶスケジュールだ(オンワード樫山など大手アパレル製
造企業では企画から店頭販売まで通常1年間かかると言われている)。
商品企画部も販売部もこの4ヶ月は「機関銃のように仮説を撃つのが仕事」(三宅敦・ワ
ールド経営企画部長)である。さらに、1999年から出てきた仮説を1つ1つ検証する
チームを創設した。膨大な量のアイディアを具現化することで、差別化商品、新しい販売
システムを他社に先駆けて開発する。
この「仮説→修正→検証」システムを実践するため、初回に売場に投入されるのも最小
限の数量のみである。あとはPOSデータで売れ行きを見ながら、シーズン中に補充して
いく。売場では1週間分のPOSデータをもとに、翌週と翌々週の発注を決めていく。ワ
ールドの商品の90%以上が国内での生産体制を構築しており、発注分は1週間から10
日で納品できる。時には他社の売れ行きを一般専門店でチェックし期中に新しいデザイン
を投入することもある。
図表4
ワールドのビジネスモデル
SPARCS構想
製造機能
企画
資材納品
資材
メーカー
卸・編集機能
小売機能
ワールド本社
ワールド
テキスタイル
開発指示
納品
販売
商品
納品
企画
納品
発注
一般専門店
(約3000店舗)
リザ
ノーブルグー
製造
資材納品
ワールド
インダストリー
(6工場)
ワールドファッション
エス・イー
ストアオペレーション
SPAブランド店
97店舗
(OZOCなど)
東京チャーム
直接納品
黒矢印は商品の流れを示す
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し か
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し、この機動力の高さは逆に弱みになることもある。「売れ筋に追加、集中することで、他
社と比べ独自性が薄れる」(三宅経営企画部長)という。
「OZOC」はこの弱みにはまり、1999年秋冬の既存店売上は前年比26%減と不振に終
わった。しかし、同じSPAブランド「UNTITLED」は同27%増となった。両ブランドの
大きな違いは、初期企画の商品と期中に追加対応した新しい商品の構成比にある。
「OZOC」の場合、初期企画は17%で、残りは期中の売れ筋を見ながら即座に投入した
商品だった。一方「UNTITLED」は初期企画商品が28%と高い。
こうしたことから「初期企画の商品構成比の低下は、他社との同質化を招き、既存店売
上が下落する傾向にある」(三宅経営企画部長)という"仮説"が導き出されている。
2000年春の商戦では「OZOC」は初期企画商品を22%まで上げ、昨年の失敗を"修正
"している。
(4)SPARCS構想の成果
ワールドのSPARCS構想によるSPAブランドは93年秋の「OZOC」投入から6年
間でゼロから961億円まで拡大し、同社の屋台骨を支えるまでに至った。
アパレル企業のSPA導入企業は「ファイブフォックス」「サンエー・インターナショナ
ル」「ユニクロ」などがあるが、今やSPAでないと成功しないというのがアパレル業界の
常識となりつつある。
2.ワールドの課題
革新的なビジネスモデルと機動的な組織でアパレル企業の勝ち組み評価されてきたワー
ルドだが、今3つの壁に直面している。
(1) 卸事業の縮小化
1999年〜2000年の卸事業売上はマイナス1828億円と大幅な減少。全社売上
に占めるシェアも1999年47.6%から2000年には36.5%と12%近く下が
ってしまった。これでは、卸部隊の士気低下は避けられないし、全社売上を食い潰すだけ
になってしまう。現に全社売上は1997年をピークに減少傾向にある。
(2) SPAブランドの失速
1998年から基幹SPAブランドである「OZOC」が失速し、既存店売上高が対前年比
で10%以上落ち込んでいる。新規店の出店によって、SPA事業は2桁成長しているも
のの、好調なのは「UNTITLED」と「COUP DE CHANCE」くらいである。
「INDIVI」「INDEX」
「BOYCOTT」「TAKEO
KIKUCHI」など中堅SPAブランドも1999年後半以降、前年割れ
の店舗が目立ってきた。
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(3)海外ブランド、低価格アパレルへの顧客流出
ファッション業界では、海外ブランド(ルイ・ヴィトンやシャネルなど)の売れ行きが
絶好調である。ルイ・ヴィトン・ジャパン社の昨年の売上高は1000億円を超えること
が確実になった。ここ数年、同社は対前年比で10%前後の伸びを続けており「とにかく
必死に供給を確保している」と同社はコメントする。海外ブランド人気の一方でユニクロ
など安価で高品質な製品もよく売れている。だが、価格的に中間にある国内アパレルブラ
ンドやデザイナーズブランドは不振が続いている。ファッション業界では高級化と低価格
化の二極分化が進んでおり、どっちつかずの国内アパレルブランドはますます窮地に追い
やれている。
3.ワールドの挑戦
(1)新業態の開発
ワールドでは、アパレルという分野を飛び越えた、新しい店舗運営の試みも始まってい
る。1998年10月に銀座・松屋の前に編集型大型世代店舗「オペーク」を開業した。
「オ
ペーク」はターゲットを25〜30代までののキャリアウーマンに絞り、洋服、化粧品、
靴、美容院、レストランなどを組み合わせた店舗である。
銀座に出店したのには意味がある。
「この店舗自体が百貨店へのアンチテーゼになってい
るからだ。百貨店の客層は老若男女と幅広い。逆にターゲットとする世代には必要な商品、
サービスを絞り込んだ店舗をつくれば満足度は上がると考えた」
(池上雅俊・ワールド専務)
松屋など銀座の百貨店は20時には閉店するが、オペークの閉店時間は21時。
最も購買率が高いのが20〜21時の時間帯である。また、百貨店ならブランド別のブ
ースになっているが、オペークならひとつの売場で比較購買できる。銀座店では年商15
億円の売上目標に対し、すでに20億円を突破。松屋やセフォラなど競争が激しい中、確
実に支持を集めている。2000年8月には大阪、阿倍野にも出店。2001年には大阪
市内、名古屋にも出店する。
(2)卸事業の再構築
1)取引制度改革の実施
ワールドと一般専門店との取引は買取制が基本であったが、実際には売上至上主義の下、
返品受け入れを条件に専門店側に在庫を押しこむケースも多くあった。また、取引条件は
個別交渉であったので、取引条件の管理にもかなりの労力を費やした。これでは正確な利
益計画は立てられないし、在庫や売り掛けが膨らんで資産内容も悪化する。そこで、寺井
社長は完全買取方式を徹底させる代わりに取引条件をガラス張りにして透明性と公平性を
期した。また、全体の掛け率を高くした上で、発注額や支払い条件(支払いサイト、現金
決済)に応じて掛け率をさらに上げる仕組みにした。
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2)小売事業で培ったSPAノウハウの適用
ワールドは取引先である一般専門店3000店舗の個店特性に合わせた最適品揃えを実
現するために、2000年10月から商品展示会をこれまでのブランド別から世代別にセ
グメントを変更する。通常、アパレル企業の卸事業は、販売時期の1年前に商品企画をス
タートさせ、半年前に行う展示会で一般専門店から注文を受け、注文を受けた分を生産し、
一般専門店に納品するという 1 年のサイクルでの受発注が行われている。しかし、現在の
ように消費者ニーズが激しく変化し、1 年前に消費者の欲する商品を、高い精度で企画する
のは困難である。そこで、ワールドでは各一般専門店が必要とする最適商材を、ワールド
ブランドの中から幅広く選択出来るようにし、1 年を数回に分けて商品発注できる商品受発
注システムを構築しつつある。また、半年前に行っていた商品展示会を、販売時期の約3
〜4ヶ月前に変更。商品開発サイクルもこれまでの 1 年から半年に短縮させる。さらに、
販売シーズンに入ってから開催する商品展示会を毎月実施(これまでは季節別年4回のみ
実施)し、人気商品はFAXで追加注文を受ける。また、専門店の店頭情報をオンライン
ネットワークで共有化し、専門店間でも商品が行き来できるシステムをワールドが全額負
担で構築する「バーチャルSPA」の仕組み作りにも取り組んでいる。
寺井社長は「ビジネス構造として理想に近いのはコンビニ。最も注目しているのはセブ
ンイレブンのシステムである。特にセブンイレブンから学ぶべきことは、膨大なデータと
体験ソフトに裏付けられた店頭支援情報システム」と明言している。
コンビニエンスストア業界は利便性を追求するがアパレル業界は利便性を追求するわけ
ではない。しかし、寺井社長はコンビニエンスストアの利便性、消費者データの有効活用
とアパレル企業の感性とを融合した「今までにない事業」を構築しようとしている。その
実験店舗が「オペーク」である。ワールドの挑戦は始まったばかりである。
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