ピーポッド(PEAPOD.Inc) 先駆者の挫折 -オンラインスーパー

戦略ケース
ピーポッド(PEAPOD.Inc)
先駆者の挫折
-オンラインスーパーピーポッドの今
1.ビル・マロニーCEOの辞任
2000 年3月 27 日、ピーポッドのビル・マロニーCEOの辞任が発表された。これにより、
2月に合意した投資家グループからの1億 2000 万ドル(126 億円
1ドル 105 円換算、以
下同様)の出資計画が暗礁に乗り上げた。オンラインスーパーのパイオニアとして、時代
の寵児として脚光を集めているピーポッドではあるが、慢性的な資金難を抱えて、事業再
構築の検討を迫られている。
(1) ピーポッドの概要
イリノイ州に本社を置くピーポッドはネット上で顧客が注文した商品を自宅まで配送す
るサービスを行うオンラインスーパーを展開している。(図表1)。アメリカ8つの主要都
市で事業を展開し、約 10 万 4000 人の会員数を獲得している(図表2)。98 年の売上高は
6930 万ドル(75.6 億円)である。また、利益面では創立以後一度も黒字になっていない。
現在、順調に拡大させていた売上も、その伸び率は鈍化している(図表3)。
(2) 沿革
1989 年に、アンドリュー・パーキンソンとトーマス・パーキンソン兄弟によってピーポ
ッドは創立された。
トーマスが専用ソフトを開発し、90 年に専用ネットワークを通じてオンラインスーパー
のサービスを開始した。当時は現在のようにインターネットから注文する仕組みではなか
った。専用ソフトと市販通信モデムを購入しなければならなかった。サービス提供エリア
は 96 年までシカゴとサンフランシスコの2地域のみであった。
94 年にウェブサイトを立ち上げ、96 年6月以降は、展開エリアをボストン、ダラスなど
7地域まで拡大させた。97 年にはナスダックに上場した。そして、98 年には専用ソフトを
使わず、ウェブ上から直接注文ができる仕組みを開発した。
インターネットの普及もあり、会員数は順調に伸び、95 年に1万 6000 人、97 年には7
万人を超え、98 年には 10 万人を突破した。
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図表1
ピーポッドの会社概要
社名
Peapod.Inc
本社所在地
米国イリノイ州スコーキー市
創立
1989年
社員数
フルタイム 285人
パート
1,135人
URL
www.peapod.com
図表2
ピーポッドの展開エリアと提携スーパー
展開エリア
展開エリア
提携スーパー
提携スーパー
イリノイ州
イリノイ州
シカゴ
シカゴ
Jewel
Jewel Osco
Osco
カリフォルニア州
カリフォルニア州
サンフランシスコ
サンフランシスコ
サンノゼ
サンノゼ
-
-
オハイオ州
オハイオ州
コロンバス
コロンバス
Kroger
Kroger
マサチューセッツ州
マサチューセッツ州
ボストン
ボストン
Stop&Shop
Stop&Shop
ヒューストン
ヒューストン
テキサス州
テキサス州
ニューヨーク州
ニューヨーク州
Randlls
Randlls
オースチン
オースチン
ダラス
ダラス
Tom
Tom Thumb
Thumb
ロングアイランド
ロングアイランド
Edwards
Edwards Super
Super Food
Food Stores
Stores
Walgreens
Walgreens
Andronico’s
Andronico’s
出所 ピーポッドホームページより作成
図表3
ピーポッドの売上推移
100.0
(億円)
80.0
75.6
98年
99年*
59.7
60.0
40.0
72.8
30.7
20.0
0.0
96年
97年
*99年実績は99年第1四半期売上から推計
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2.ピーボッドが開発したオンラインスーパー展開
オンラインスーパーの発想は、「食品の買い物は面倒がられている」「お金を稼ぐよりも
余暇の時間が求められている」という調査結果がヒントになっている。買い物時間の省略
が売りである。
(1)オンラインスーパーの仕組み
オンラインスーパーはピーポッドがオンラインを利用して、顧客の代わりに買い物をし、
その商品を宅配するサービスである。
ピーポッドのシステムには大きく2つの特徴がある。ひとつは既存のスーパーマーケッ
トと提携することで、無在庫でサービス提供ができることである。ピーポッドは地域ごと
にクローガー(アメリカで売り上げナンバー1のスーパーマーケット)などと提携してい
る。顧客からの注文を受けた後、提携スーパーに常駐しているピーポッドのパート社員が
商品をピッキングし、そのスーパーから直接ピーポッドの宅配員が配送する。ピーポッド
は在庫コストを持たない仕組みになっている(図表4)。
ふたつめは、注文後、数時間で自宅まで配送できることである。通常、ネット上での買
い物は、注文から自宅に商品が届くまで数日間を要す。ピーポッドは展開エリアを限定す
ることによって、注文から配送までのタイムラグを解消している。加えて、数時間で宅配
できるサービスは生鮮食品の扱いも可能にしている。
図表4
ピーボッドのオンラインスーパーシステムの変遷
商品・
在庫情報
無在庫型
メーカー
注文・
支払
発注
提携
スーパー
供給業者
商品
情報
注文・
支払
ピーポッド
自宅
商品
配達
商品
・
商品情報
在庫保有型
発注・
支払
注文・支払
メーカー
ピーポッド
供給業者
ピーポッド
配送
配送
センター
指示
自宅
・
商品
配達
商品
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(2)注文から配送までの流れ
具体的に注文から配送まで流れを確認してみる。ピーポッドは生鮮食品や日用雑貨など
約 25000 アイテムをデータベース化している。消費者はインターネット上でデータベース
化した商品を選択する。選択しやすいように4つの工夫を行っている。
1)カテゴリー別分類
スーパーの店内と同じようにカテゴリー別分類を行っている。シーフードやフローズン
といった分類である。さらに、「ピクニック」「誕生パーティー」という目的別のカテゴリ
ー分類もある。そのカテゴリーの中を見ていくと、ブランド名、容量、価格が表示され、
商品を一覧して比較することができる。各商品には栄養情報が掲載されている。消費者は
脂質や塩分比率を見ながら商品選択ができる。
2)商品検索
レシピの材料を購入したい時などキーワードで検索できる仕組みを整備している。検索
結果は、カロリー数や脂肪分、塩分、価格などでソートすることができる。
3)自分専用の個人リスト
よく購入する商品を自分専用の個人リストに登録することもできる。子供が好きなメニ
ューの材料リストや掃除用品リストなど自分にあったリストを作成し、そのリストの中か
ら注文することができる。
4)前回の注文
前回と同じものを注文する時には、前回注文リストが残っており、そこから注文するこ
とができる。
商品を選択すると、消費者は配送時間の選択と支払い方法の選択を行う。
配送時間は1時間 30 分の幅で指定することができる。さらにもう少し配送時間を限定し
たい場合は、追加料金を支払えば 30 分の単位で指定することができる。
支払いは4つの方法から選択できる。小切手、クレジットカード、ギフトカード、ピー
ポッド専用の決済システムPEPである。PEPは銀行口座から自動的に引き落とされる
仕組みである。
インターネット上で注文が終了すると、その情報はピーポッドのパート社員である「パ
ーソナルショッパー」に渡される。彼らは提携スーパーの店内で注文商品をピッキングす
る。例えば、野菜の注文がある時は、店内で最も新鮮で品質の良い野菜を選択する。「パー
ソナルショッパー」は商品選択のプロでなければならない。そのため、ピーポッドでは、
教育プログラム「ピーポッドユニバーシティー」を設け、トレーニングできる仕組みを構
築している。ピッキングされた商品は、宅配を担当するピーポッドのデリバリー・ドライ
バーに渡り、指定時間に配送される。
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(3) 顧客負担コスト
顧客は、月間会員費 4.95 ドル(520 円)と 6.95 ドル(約 730 円)の配送料と購入額の5%
の手数料を負担する。さらに、配送時間を限定すれば5ドルが追加される。例えば、月1
回、3000 円購入した場合、費用が 1400 円で、商品代と合わせ合計 4400 円支払うことにな
る。
(4)顧客メリット
会員の年間平均客単価は 2500~3000 ドル(26 万 2500 円~31 万 5000 円)である。1回
あたりの購入額は平均 100 ドル(1万 500 円)である。利用回数は年間 25~30 回、1ヶ月
あたり2回以上利用している。1回あたり購入単価約1万円に対して1回あたり費用は約
1500 円という計算になる。商品価格はスーパーの店頭価格とほぼレベルである。
ピーポッドの会員は働く女性が約 80%を占め、ミドルからアッパークラスが中心である。
会員の再利用率は高く、80%以上がリピート購入している。つまり、会員は、1500 円で買
い物コスト(買い物にかかる時間や手間)が解消されるメリットをこのシステムから得て
いる。
3.オンラインビジネスの見直しと拡大
オンラインスーパーの展開で会員数を拡大させてきたピーポッドであるが、現在、会員
数は頭打ちの状態である。そのため、いくつかのビジネスチャンスを模索している。
(1)在庫保有型システムへの転換
これまでピーポッドは無在庫型の仕組みであった。しかし、98 年ロングアイランドに、
99 年にはカリフォルニア州に自社配送センターを設けた。それにともない、提携スーパー
であるセーフウェイとの関係を解消した。今後、他地域でも順次、配送センターに切り替
える予定である。在庫保有型のシステムへと転換しようとしている(図表4)。これは、粗
利益率改善と配送コストを下げることが狙いである。
従来のシステムではスーパーマーケット同等の価格で商品を売ることになり、商品販売
におけるマージンを得ることができない。粗利益率が極めて小さくなる。商品販売におけ
る粗利益率は約6%である。配送センターを保有すれば、卸価格と小売価格のマージンを
得ることができる。
配送センターを保有している地域では、1回あたりの注文につき約5ドルを支払うだ
けになる。月会員費と商品価格の5%の手数料はかからず、顧客が負担する費用を大きく
削減することができる。
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(2)パッケージ商品による全国配送
「ピーポッド・パッケージサービス」を導入した。これは、例えば、新生児が誕生した
世帯向けに必要な商品を詰め合わせた「赤ちゃん向けパック」などを販売するものである。
配送エリアは全米である。これまで、地域限定して生鮮食品を扱っていたのに対し、日持
ちする商品をパッケージ化することでビジネス展開エリアの拡大を狙っている。
(3)インタラクティブマーケティングサービス
ピーポッドのホームページには「Advertising & Research」というコンテンツがある。
これは、企業向けにインタラクティブのマーケティングサービスを有料で提供するもので
ある。ピーポッドが持つ会員データベースを活用するもので、具体的には3つのメニュー
がある。ひとつは、オンラインプロモーションである。オンラインでの商品決定時に効果
的にプロモーションをかける仕組みである。会員のプロフィールに合わせて、商品注文画
面で最適な広告を表示する。
ふたつめは、POSデータの提供である。特定セグメントが購入しているもの、それと
関連購買しているものを把握できる。属性など顧客プロフィールがデータベース化されて
いるため、店頭でのPOSデータと比べ、顧客イメージがつかめるのが特徴である。
みっつめは、オンラインマーチャンダイジングである。顧客の購入パターンなどを追跡
することで、効果的なプロモーションや関連販売などを発見するものである。
こうしたオンラインビジネスの見直しと拡大によってピーポッドの収益の取り方が多岐
にわたるようになった。これまでの収益源は、月会員費と配送時の手数料と提携スーパー
からの契約基本料金だけであった。現在では、これらに加え、メーカーから得るインタラ
クティブマーケティング費や小売マージンがある(図表5)。
図表5
ピーポッドの収入構成比
インタラクティブ
マーケティング
収入
メンバー手数料
小売業ロイヤリティ
23.3%
3.7%
73.0%
商品販売の
収入
97年度構成比
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4.ピーポッドの戦略転換
オンラインビジネスの見直しと拡大の背景にはピーポッドの戦略転換があげられる。そ
の要因が競合他社の参入激化とビジネスシステムの限界である。
(1)競合他社の参入激化
アメリカにおけるオンラインスーパービジネス市場は、2007 年に 850 億ドル(約8兆 9000
万円)の規模まで拡大すると予測されている。この巨大市場に現在、ネット・グローサー
が参入している。ネット・グローサーのシステムは、生鮮は扱わず、自社倉庫を保有し、
FEDXを使い、全米に配送するシステムである。その他には、アマゾン・ドットコムが
出資しているホームグローサー・ドットコムもある。
さらに、かつて提携関係にあったセーフウェイも 99 年にイントラネットを使い、オンラ
インスーパーの実験を行っている。大手スーパーもネット販売に向けて着々と準備を進め
ている。今後、オンラインスーパーを巡る競争はますます激しくなっていく。
(2)ビジネスシステムの限界
競争環境が激化するなかで、ピーポッドは赤字経営のままである。経営が好転しない理
由としては、会員数の拡大ができなかったからと考えられる。
ピーポッドの会員数は約 10 万 4000 人(世帯)である。ピーポッドが展開するエリアの
世帯数は約 600 万世帯である。会員シェアは約 1.7%に過ぎない。商品販売の粗利益率を6%
とする無在庫型システムの収益構造を基本として計算すると、損益分岐点は会員数約 72 万
6000 人(利用回数は変わらないとする)である。現在の約7倍の会員数を獲得しなければ
ならない。これを達成するには無在庫型のシステムでは困難である。顧客が負担するコス
トが高いことが障壁となっていると考えられる。
(3)顧客層の拡大と効率化
こうした状況下において、ピーポッドは顧客層の拡大とシステムの効率化に重点をシフ
トした。これまで地域限定でミドルからアッパークラスにターゲットを絞っていた。しか
し、在庫保有型システムへの変更による顧客が負担する費用の低下やパッケージ商品を全
米に配送する展開は、顧客をミドル層から下の層に、さらに展開エリアの拡大を促し、顧
客の拡大を試みるものである。3~5年後にはオンラインスーパーの展開エリアも主要 40
都市で行う計画である。
さらに在庫保有型はマージン率を高め、パーソナルショッパーなどによる人手をかけ
なければならない部分を自動化させ、効率化を図るものである。収益構造の転換である。
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在庫保有型システムでマージン率 15%(通常ドラッグストアでのトイレタリー商品の平
均マージン率は約 18%)で計算すると、会員数は約 29 万 5000 人、現状の約 2.8 倍で利益
が獲得できる。
顧客層の拡大は、同時に、メーカーに対するインタラクティブマーケティングの影響力
を高め、そこでの収益拡大を促進しようとする狙いがあると思われる。
5.ピーボッドが抱える課題
現在、利益体質実現へ向けてシステムの転換を図っているピーポッドにとって、大きく
2つの課題がある。
(1)計画的な在庫管理
ピーポッドは在庫保有型にシステムを変更している。これによって小売マージンが得ら
れるからである。同時に、商品在庫を抱えることになる。これまで提携スーパーに任せて
いた在庫管理をピーポッドが担うことになる。計画的な在庫管理が必要である。しかし、
在庫計画に失敗し、余剰在庫を抱えるようになれば在庫コストによって収益を圧迫する可
能性は充分にある。
(2)配送能力の向上
ピーポッドでブルーベリーを注文したのに、クランベリーが届いた、というクレームが
報告がされている。このケースはピーポッドの配送能力は未だに充分ではないという例え
である。展開エリアを拡大させ、会員数を拡大させていけば、ますます配送能力の向上が
問われる。配送能力の未熟さは、信頼感を喪失し、顧客を失いかねない。
ナスダックの株価は上場当時の 16 ドルから現在3ドル程度にまで低下している(2000 年
3月 29 日現在)。ピーポッドの再浮上は利益体質への転換が実現できるかにかかっている。
オンラインスーパービジネスでは在庫保有型システムの成功が鍵になる。無在庫型のオン
ラインスーパービジネスで脚光を集め、そして挫折したピーポッドは新たなシステム確立
に向けて動き出した。
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