シスコ・システムズ(Cisco Systems,INC:CSCO) ポスト・ウィンテルの

戦略ケース
シスコ・システムズ(Cisco Systems,INC:CSCO)
ポスト・ウィンテルのニューリーダ-
現在のアメリカの成長をリードするインターネット・ネットワーク産業。その象徴であ
るシリコンバレーに本社を構えるシスコ・システムズ(以下「シスコ」)は創業1984年
の若い企業だが、その爆発的な成長力により、アメリカではすでに「Wintelco(ウ
ィンテルコ:Windows-Intel-Cisco)トライアングル時代」という表
現も使われている。
シスコが扱っているのはルーターやスイッチ、ハブ(集線装置)、ATM(非同期転送モ
ード)などパソコンや携帯電話などの情報端末と比較して地味な機器であるが、
「インター
ネット(WAN)やネットワーク(LAN)」を支える機器である。これらの製品はネット
が円滑に機能する上で必要不可欠、膨大な情報の流れの交通整理を行う重要な役割を担っ
ている。つまり事業ドメインは「インターネットやネットワーク」そのものである。
1.ハイパー成長企業
1984年創業のシスコは6年後の1990年に株式公開したが、その当時の売上高は
約80億円程度であった。それが1999年度には1兆2,000億円と約150倍に急
拡大。しかも高い収益性を誇っている(図表2)。
図表1 シスコシステムズの会社概要
アメリカ本社
日本法人
本社所在地
カリフォルニア州サンホセ
東京・千代田区
設立年月日
1984年
1992年
事業内容
ルーターやハブなど、インターネット(WAN)・ネッ
トワーキング(LAN)機器を販売するネットワークベ
ンダー。いくつかの分野で製品が業界標準となっている
1999年度
業績
121億5,000ドル(対前年比43%増)
(1兆3,940億4,240万円)
従業員数
18,700名
-
出所:ホームページより作成
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
1
戦略ケース
図表2 売上と純利益の推移
20,000
(単位:ともに100万ドル)
売上高-左目盛
15,000
2,100
2,000
純利益-右目盛
1,350
10,000
2,500
1,500
12,150
1,049
913
1,000
8,459
6,440
5,000
500
4,096
0
1996
1997
1998
0
1999 (年度)
出所:ホームページより作成
そして株価は1998年7月に1,000億ドルを突破した。会社創業以来14年で
1,
000億ドル達成はアメリカ株式史上最速のスピードである。マイクロソフトでさえ、2
0年近くを要している。1999年5月末時点での時価総額は1,500億ドルを突破し、
ナスダック(アメリカ店頭株式市場)ではマイクロソフト、インテルに続く3位、世界で
もトップ10にランクされている。その額は、フォードやコカ・コーラやシティグループ
といった伝統企業、日本ではNTTやトヨタ以上である。社長兼CEOのジョン・チェン
バースは今や「21世紀情報化社会のジャック・ウェルチ」とまで称されるようになった。
2.世界一のインターネット企業
シスコの急成長は、単にルーターやハブといったハードを売るということだけでは達成
し得なかった。シスコはインターネットの特性をうまく社内にも取り込んで、その業務革
新に成功したインターネット企業である(図表3)。
(1)製品受注の8割がインターネット経由
シスコがインターネットでの製品受注を始めたのは1996年だが、インターネットで
の売上比率は約30%だった。それが1998年には70%を越え、1999年の夏には
80%を達成した。
シスコの製品出荷のうち、半分は実際にはシスコを経由していない。顧客がシスコのホ
ームページにアクセスして製品を注文すると、その情報は製品スペックや顧客の居住エリ
アによりホストコンピュータに選別されシスコの契約工場の中で最も適切な工場に
転送
される。契約工場は即座に製品を組み立て、直接顧客に配送する。こうしてシスコの担当
者が知らないうちに顧客から注文が入り、知らないうちに製品が売上となるシステムが構
築されている。
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
2
戦略ケース
図表3 シスコの発注・受注・サポート網
シスコシステムズ
顧客
開発期間
を半減
ソフトウエアの更新は
95%がインターネット経由
研究開発
顧客の技術サポートの
77%がインターネット経由
ペーパーレス
中堅・
中小企業
HP
従業員
注文の
80%はインターネット経由
遠隔研修
自社工場
家庭・個人
インターネットで
100%部品調達
部品
メーカー
大企業
インターネットで
注文を自動転送
製品の50%は
シスコを経由せずに
直接出荷
契約工場
出所:「日経ビジネス」(1999年3月1日号 日経BP社)
(2)顧客への技術サポートの8割がインターネット経由
最近でこそ、ユーザーサポートはインターネットでのオンラインが中心になってきてい
るが、そのさきがけはシスコである。
1996年ごろからインターネットやネットワークが急速に普及し始めるが、顧客はそ
の仕組みへの習熟度が低く、製品技術についての問い合わせが増え、その対応に費やす人
件費が莫大なコストになっていた。ところが問い合わせの内容を分析してみると、その多
くが同じか似ているもので、ある程度のパターン化できるものであった。こうした点に着
目し、Q&Aとしてデータベース化してホームページにアクセスしてもらうようにした。
(3)顧客のソフトウエア更新の95%がインターネット経由
そして技術サポートのインターネット化が副産物を生み出した。顧客は技術サポートの
データベースにアクセスする際に、自分なりの解決策や思わぬ利用法をシスコにフィード
バックしてきた。これによって製品技術情報を集めたデータベースをサーバ上で自動更新
し、常に最新の情報が提供できるようになった。このシステムの定着によりホームページ
へのアクセス頻度が上がり、ソフトウエアの更新も95%がインターネット経由と定着し
ている。
シスコではこうしたシステムが構築されなければ、サポートのために1,000~1,
500人もの技術者を雇わなければならなかったと試算している。実際、シスコの技術者
の数は年々増加しているが、その多くは新製品開発に投下されている。
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
3
戦略ケース
(4)部品は100%インターネット調達
サポート業務の成果は研究開発を始めとする社内にも波及していった。自社の最終組立工
場で使用する部品や資材の調達は100%がオンラインである。つまり電子取引の仕組み
を持たない企業は、シスコとは付き合えないということになる。
(5)新製品の開発期間が半減
WANとLANによるオンラインでの情報・データ交換により新製品開発の期間が従来
の25日から10日と半分以下に短縮された。また、技術サポートでの顧客からのフィー
ドバックにより蓄積されたアイデアなどが研究開発にも共有化されることで開発期間を半
減させるなどの効果を生んでいる。
(6)従業員はペーパーレスな仕事環境
従業員は「インターネット活用の積極性」が給料、ボーナス、ポストといった評価につ
ながっている。研修も集合研修という形式ではなく、ネットを活用した遠隔研修で実施さ
れている。もちろん日常の仕事環境もほぼ100%ペーパーレスである。
こうしてインターネット活用を推し進めた結果、従業員1人当たりの平均売上高は65
万ドル。これは日本でも生産性が高いとされるNECの約2.8倍、富士通の3倍以上の
高さである(図表4)。
インターネットを活用して成長している企業の代表格として、パソコンのダイレクト販
売を展開する「デルコンピュータ(「進化する製造業」」があげられる。
シスコがインターネットを通じて販売している製品の売上は1999年初頭で、このデ
ルの3倍にも達する。またインターネットの活用により年間5億ドルという驚異的なコス
ト削減=業務の効率化を実現させている。シスコこそ世界一のインターネット企業と呼ぶ
にふさわしい企業である。
図表4
社員の一人当たり年間売上高
シスコ
650
スリーコム
446
ノキア
377
236
NEC
エリクソン
212
富士通
209
アルテカル
201
モトローラ
201
シーメンス
単位:千ドル
165
0
100
200
300
400
500
600
700
出所:シスコシステムズ「年次報告書」/各社1998年度
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
4
戦略ケース
3.ネットワーキング時代のニューリーダー
シスコのジョン・チェンバース社長はマイクロソフトのビル・ゲイツやインテルのアン
ディ・グローブ(現会長)のようにカリスマ性のある企業のトップとして華々しい注目を
集めているわけではない。しかし、シスコが急成長を果たしたのは1995年1月にチェ
ンバースが社長兼CEOに就任してからである。当時のシスコは「成長とスピード」を強
調する現在の戦略に転換したばかりであったが、その具体的な4大方針はチェンバース中
心に作られている。
1) 広範囲な製品ラインを揃え、ネットワークのワンストップショッピングを目指す
ルーターからスイッチ、ATM、IP(インターネット・プロトコル)への製品ライン
を拡充する。
2) 効率的な買収をビジネスプロセスとしてシステム化する
A&D(買収・開発):自社に足りない技術と製品をエンジニア人材やマネジメント人材
の両方を得るために、主に「スタートアップ」と呼ばれるまだ若くて小さいけれども独
創的なハイテク技術を持った企業を買収する。出来上がった会社ではなく、製品開発の
ための開発チームを自社に取り込むスタンス。
3) ネットワークの業界標準を確立する
ルーターの業界標準達成を始め、展開している16製品分野のうち、11の分野で首位
か2位を確保。
4) 戦略的パートナーシップを構築する
マイクロソフト、インテル(ともに1997年)などの通信サービス会社やシステムイ
ンテグレーター、ソフト会社と提携。また家庭用市場を睨み、ソニー、松下電器(同1
998年)など大手企業とは提携することで、自社内でできない技術の確保に努めてい
る(図表5)。
図表5
年度
グローバルアライアンス
企業
1996 ・ヒューレットパッカード
・マイクロソフト
・インテル
1997
・アルカテル(通信システム)
・GTE(電子認証サービス)
・KPMG(会計監査・税務・コンサルティング)
・EDS(サービスプロバイダー)
・ソニー
・三星
1998
・松下電器
・USウェスト(通信サービス:CATVなど)
・スプリント(長距離通信サービス)
・ピープルソフト(システムインテグレーション)
出所:シスコシステムズ
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
5
戦略ケース
チェンバースは「カレンダーでの1年間は、インターネットビジネスの世界では7年間
に相当する。我々はインターネット・イヤーで市場をみることを決断した」と宣言し、社
長就任後の5年間を駆け抜け、4大方針を実現に結びつけてきた。
企業分割の危機や無料OS「Linux(リナックス)
」の台頭に揺れるマイクロソフ
ト(「変わるネット経済の覇者-、マイクロソフトの戦略の行方」)、互換チップや低価格パ
ソコンの台頭で厳しい価格競争にさらされているインテル(「21世紀もインテル、入って
る?」)はともにインターネットでは後発組で、現在はその対応に追われている段階である。
地味な製品を展開し、日本ではあまり馴染みのないこのシスコがポスト・ウィンテルのネ
ットワーク時代の覇者となる確立は極めて高いと思われる。
copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved
6